開店準備 5
試作したプリンを食べてもらうため、ルナとミアは再びオルソン侯爵家を訪れていた。
プリンは朝早くに作り、十分に冷やしてから箱に詰めて持ってきた。ベリーソースと飾り用の果物は別の容器に分け、箱にはプリンが温まらないよう、氷を入れた容器も一緒に収めてある。
使用人に案内されて応接室に向かうと、マリアンナが迎えてくれた。
「いらっしゃい、ルナさん、ミアさん。こんなに早く作っていただけるなんて、ありがとう」
「いえ。ちょうど材料も揃っていたので」
「ふふ。どんなお菓子なのか、楽しみにしていたのよ」
挨拶を済ませて席につくと、マリアンナが傍らに立つ男性を紹介してくれた。
「こちらは、うちの料理長よ。今日は一緒に味を確かめてもらおうと思って」
「初めまして。オルソン侯爵家で料理長を務めております」
男性は丁寧に頭を下げた。
「初めまして。ルナと申します。こちらはミアです」
「よろしくお願いします」
「奥様から、料理がお上手だと伺っています。どのようなお菓子か楽しみにしておりました」
「ありがとうございます」
ルナは箱からプリンを取り出し、用意してもらったお皿に盛り付けた。
淡い黄色のプリンの周りにベリーソースをかけ、赤と紫のベリーを添える。
「まあ、きれいね。これは何というお菓子なの?」
「プリンといいます。牛乳と卵、砂糖を使って作ったお菓子です」
「アイシャが喜びそうだわ。さっそくいただいてもいいかしら?」
「はい。ぜひ召し上がってください」
マリアンナはプリンをひと口食べた。
「あら、とても柔らかいのね。それに、ベリーの酸味がよく合っているわ」
「ありがとうございます」
料理長もプリンを口に運んだ。
「これは珍しい食感ですね。どのように作っているのですか?」
「卵と牛乳を混ぜて、ゆっくり蒸して固めているんです」
「なるほど。蒸して作るお菓子なのですね」
「ルナさん、ぜひこれをアイシャのお誕生日のお茶会に出したいわ」
「本当ですか?」
「ええ。きっと子供たちも喜ぶと思うわ」
マリアンナは料理長に尋ねた。
「当日も用意できそうかしら?」
「はい。ただ、初めて作るお菓子ですので、一度作り方を教えていただけると助かります」
「もちろんです。実は、材料の分量と作り方をこちらにまとめてきたんです」
ルナは持参した紙を取り出した。
「ただ、蒸すときの火加減に少しコツがあるので、よろしければ一度こちらの厨房で一緒に作りましょうか」
「それは助かります。ぜひお願いいたします」
料理長はレシピを受け取り、目を通した。
「材料はどれも厨房にありますね。あとは実際に作って、火加減を確かめておきたいと思います」
「はい。よろしくお願いします」
ルナはマリアンナに向き直った。
「それと、今回はベリーを使いましたが、ほかの果物を添えても美味しいと思います。何種類かの果物を盛り付ければ、もっと華やかになりますよ」
「あら、それもいいわね。せっかくのお誕生日だもの。いろいろな果物を使いましょう」
「では、当日は色合いも考えて盛り付けることにいたします」
その後、ルナは料理長と相談し、後日、侯爵家の厨房で一緒にプリンを作ることになった。
「ルナさん、本当にありがとう。おかげで素敵なお茶会になりそうだわ」
「いえ。気に入っていただけてよかったです」
「そうだわ。当日は何か予定があるかしら?」
「いえ、今のところは特にありませんが……」
「それなら、よかったら当日もいらっしゃらない? 私と一緒に、子供たちの様子を見ていただけたら嬉しいわ」
思いがけない誘いに、ルナは少し驚いた。
「よろしいんですか?」
「もちろんよ。お菓子を考えてくれたのはルナさんなんだもの。それに、アイシャもあなたたちに会えたら喜ぶと思うわ」
ルナはミアを見た。
ミアも嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。では、ぜひ伺わせてください」
「よかった。楽しみにしているわね」
こうして、アイシャの誕生日のお茶会に出すお菓子は、プリンに決まった。
アイシャ様にも喜んでもらえるといいな。
ルナはそう思いながら、侯爵家をあとにした。
◇◇◇
翌日、商業ギルドから連絡が届いた。
先日ロイドに送った手紙について、話があるらしい。
ルナはミアと一緒に商業ギルドに向かった。
受付でロイドのことを尋ねると、奥の部屋に案内された。
「ルナさん、ミアさん。お待ちしておりました」
「こんにちは、ロイドさん」
「こんにちは!」
挨拶を交わして席につくと、ロイドは机の上に小さな木箱を置いた。
「先日のお手紙に書かれていた食材についてですが、取引先に確認したところ、特徴の似たものが見つかりまして」
「本当ですか?」
「ええ。いくつか取り寄せてみましたので、確認していただけますか?」
「はい。お願いします」
ロイドは木箱を開けた。
中には、小さな瓶と、紙に包まれた黒っぽいものが入っていた。
「まずはこちらです。東方から入ってきた調味料で、醤油と呼ばれているそうです。お手紙にあった、黒っぽい液体で塩気と旨味があるという特徴に近いと思いまして」
「醤油……」
ルナは思わず呟いた。
「少し香りを確かめてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
瓶の蓋を開けると、覚えのある香りが漂ってきた。
前世で何度も使っていた、あの醤油の香りだ。
「ロイドさん、少しだけ味を見てもいいですか?」
「構いませんよ。食用の調味料だと確認は取れています」
ルナは小皿にほんの少しだけ醤油を出してもらい、小さなスプーンで味を確かめた。
塩気の中に、独特の旨味がある。
間違いない。醤油だ。
「これです! 探していたのは、この調味料です」
「そうですか。それはよかった」
「ルナ、そんなに嬉しいの?」
ミアが不思議そうに尋ねた。
「うん。これがあると、作れる料理がもっと増えるんだよ」
「へえ。どんな料理?」
「いろいろあるよ。お肉の味つけにも使えるし、煮物にも使えるんだ」
「そうなんだ。楽しみ」
ロイドはもう一つの包みを手に取った。
「それから、こちらもお手紙に書かれていたものに似ていると思いまして」
紙包みを開くと、中には薄く乾燥させた黒いものが入っていた。
「海苔という食材だそうです。東方では、そのまま食べたり、料理に使ったりするそうですよ」
ルナは一枚手に取った。
薄く、少しざらついた手触り。
顔を近づけると、かすかに磯の香りがする。
見た目も香りも、覚えている海苔によく似ていた。
「これも、探していた海苔だと思います」
「両方とも見つかってよかったですね」
「はい。本当にありがとうございます」
ルナはロイドに頭を下げた。
「いえいえ。こちらも、どのように使われるのか興味がありますから」
ロイドは笑いながら答えた。
「ただ、どちらも東方から運ばれてくる品なので、仕入れには少し時間がかかります。特に海苔は、今のところ扱っている商人が少ないようです」
「そうなんですね」
「醤油の方は、継続して仕入れられる見込みがあります。必要な量が決まりましたら、早めにお知らせください」
「わかりました。では、今回は両方とも購入させてください」
「ありがとうございます。今後の入荷についても、わかり次第お知らせしますね」
「よろしくお願いします」
「それと、ほかの東方の食材についても確認していますが、そちらはもう少し時間がかかりそうです」
「わかりました。引き続きよろしくお願いします」
ロイドは木箱を脇に寄せると、手元の書類を開いた。
「ところで、お店の準備はいかがですか? そろそろ開店されると伺いましたが」
「はい。もう少しで準備が整いそうです」
「それは楽しみですね。仕入れについても、何かご相談があればお聞きしますよ」
「実は、調味料や保存の利く食材を、これから定期的に仕入れられないかと思っているんです」
「なるほど。どのようなものをお考えですか?」
「砂糖や香辛料など、調味料を中心にお願いしたいんです。肉や野菜は、メニューに合わせて市場のお店から仕入れるつもりなんですが……」
「それでしたら、こちらでもお手伝いできると思いますよ」
ロイドは必要な品を確認しながら、いくつか書き留めていった。
「最初はどれくらい使うかわからないと思います。開店してから様子を見て、注文する量を調整していくのがよいでしょう」
「はい。私もそのつもりです」
開店後の一週間分のメニューは、おおよそ考えてある。
ただ、実際にどれくらいのお客さんが来てくれるかは、始めてみないとわからない。
その後も必要な食材や注文の仕方について相談し、ルナたちは商業ギルドをあとにした。
帰り道、いつもの穀物店にも立ち寄った。
もうすぐ店を開くことを伝え、ライサの注文量を増やしたいと相談すると、店主は快く引き受けてくれた。
ひとまず開店に必要な分を注文し、今後は売れ行きに合わせて量を調整していくことにした。
「これで、ライサも大丈夫そうだね」
「うん。調味料の仕入れも相談できたし、あとは開店に向けて準備を整えるだけだね」
二人はそんな話をしながら、ルポアへと帰っていった。
◇◇◇
それから数日、ルナたちは開店に向けて準備を進めていた。
その間には、侯爵家の厨房で料理長と一緒にプリンを作り、当日も問題なく用意できることを確認した。
店内にも注文していたテーブルと椅子が届き、カウンターも取り付けられた。
「こっちの椅子も並べ終わったぞ」
レオが声をかけてきた。
「ありがとう、レオ。座り心地はどう?」
「悪くないな。高さもちょうどいいと思うぞ」
レオが椅子に腰かけると、ラズも隣に座った。
「ここからだと、厨房がよく見えるね」
「そうだね。お客さんにも、料理を作っているところが少し見えると思うよ」
「僕もここでご飯を食べてみたいな」
「お店が休みの日なら、ここで食べてもいいかもね」
「本当? 楽しみ!」
ルナは店内を見渡した。
二人掛けのテーブルが四つと、カウンター席が五つ。
全部で十三席の小さなお店だけれど、家具が並ぶとようやく飲食店らしくなってきた。
テーブルの間も十分に空けてあり、料理を運ぶのにも問題はなさそうだ。
営業時間は午前十時から午後三時まで。休みは週に二日設け、まずはミアと二人で無理なく続けていく予定だ。
メニューも決まり、必要な食材の手配も進んでいる。
開店までもう少しだ。
翌日。
朝食を終えたところで、ミアが二枚のエプロンを持ってやってきた。
「ルナ、エプロンが完成したよ! 見て見て!」
ミアが広げて見せてくれたのは、深緑色のエプロンだった。
腰のあたりには大きめのポケットがついていて、動きやすそうな形に仕上がっている。
「わあ、いいね! すごくきれいにできてる」
「でしょ。頑張ったんだよ!」
ミアはもう一枚のエプロンをルナに差し出した。
「こっちがルナの分だよ。着てみて」
「ありがとう」
ルナはエプロンを身につけ、腰の紐を結んだ。
「どう? 着心地は」
「うん、ぴったり。ポケットも使いやすそうだね」
「よかった」
ミアも自分のエプロンをつけた。
「お揃いだね」
「うん。こうして並ぶと、お店の人って感じがするね」
「二人とも似合ってるね」
ラズが声をかけた。
「ああ。店の雰囲気にも合ってるんじゃないか?」
レオも頷いた。
「ありがとう、ミア。こんなに素敵なものを作ってくれて」
「どういたしまして。これを着て接客するの、楽しみだなぁ」
「私もだよ」
ミアと二人で始める小さなお店。
お揃いのエプロンを身につけると、開店が近づいていることを実感する。
その日の昼過ぎ、ルポアに看板を注文していた店の職人がやってきた。
「こんにちは。ご注文の看板をお持ちしました」
「ありがとうございます」
ルナたちは店の外に出た。
「あっ! 僕の絵だ!」
ラズが声を上げた。
看板には、ラズが描いた下絵をもとにした絵と、店の名前である『ルポア』の文字が入っていた。
下絵の雰囲気を残しながら、遠くからでも見やすいように仕上げられている。
「わあ、すごいね。ラズの絵が本物の看板になってる」
ミアが言うと、ラズは看板をじっと見つめた。
「どう? ラズ。気に入った?」
「うん! 僕の描いた絵が、こんなふうになるなんて思わなかった」
「とても素敵な仕上がりですね」
ルナが言うと、職人は笑って頷いた。
「元の絵がよかったですからね。では、さっそく取り付けましょうか」
「はい。お願いします」
職人たちが作業を始めると、四人は少し離れたところから見守った。
看板は入口の上に取り付けられ、通りからでも店の名前がわかるようになった。
「これでどうでしょう?」
「はい。とてもいいと思います」
「よかったです。それでは、何かありましたらご連絡ください」
「ありがとうございました」
職人たちを見送ったあと、四人は改めて看板を眺めた。
「これなら、通りを歩いてる人も気づいてくれそうだな」
レオが言った。
「うん。いい看板になったね」
「なんだか、ちょっと恥ずかしいな」
ラズが照れたように笑った。
「でも、嬉しいでしょ?」
「うん!」
ミアの言葉に、ラズは大きく頷いた。
ルナは改めて店を見上げた。
初めてこの建物を見たときは、まだ何も決まっていなかった。
それが今では、店内の家具も調理道具も揃い、ミアが作ってくれたエプロンも完成した。
そして、入口にはラズの絵を使った看板が掲げられている。
「これで、お店の形はひととおり整ったね」
「うん。いよいよだね」
「二人とも、頑張ってね」
ラズが笑顔で言った。
「僕も、お休みの日には手伝うよ」
「ありがとう。でも、学園が一番だからね」
「うん。わかってる」
「俺も依頼がないときなら手伝えるから、何かあったら言ってくれ」
「うん。助かるよ」
お店を切り盛りするのは、ルナとミアの二人だ。
レオには冒険者としての仕事があり、ラズもこれから学園に通う。それでも、こうして応援してくれるのは心強い。
「ミア、これからよろしくね」
「うん。一緒に頑張ろうね」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
そうして準備を進めるうちに、アイシャの誕生日を迎えた。ルナとミアは、マリアンナに招かれてオルソン侯爵家を訪れていた。
先日、料理長と一緒にプリンを作った際も、問題なく仕上げることができたので、今日のお菓子は侯爵家の厨房で用意してもらっている。
「ルナさん、ミアさん。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「ありがとうございます」
マリアンナは二人を庭に面した部屋へ案内してくれた。
部屋の中央には、アイシャと三人の女の子が座るテーブルがあり、焼き菓子や果物が並べられていた。
「あっ、ルナさん! ミアさんも!」
アイシャが二人に気づいて声を上げた。
「こんにちは、アイシャ様。お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます! 今日は来てくださったんですね」
「はい。お招きいただいたので、お邪魔させていただきました」
「嬉しいです!」
アイシャは友達にも二人を紹介すると、席に戻った。
ルナとミアは、マリアンナと一緒に子供たちのテーブルから少し離れた席についた。
「アイシャには、今日のお菓子のことはまだ内緒にしてあるのよ」
「そうなんですね」
「ええ。どんな反応をするのか、私も楽しみだわ」
しばらくすると、使用人たちがお菓子を運んできた。
お皿の中央には、淡い黄色のプリンが盛り付けられていた。
その周りにはベリーソースがかけられ、赤や紫のベリーをはじめ、色とりどりの果物が添えられている。
「これは何というお菓子かしら?」
アイシャが尋ねると、給仕をしていた使用人が答えた。
「プリンというお菓子でございます」
「プリン……?」
アイシャは初めて聞く名前を繰り返した。
「とてもきれいね」
「この赤い果物も美味しそう!」
「わたくし、ベリーが大好きなの!」
四人はスプーンを手に取り、プリンを食べ始めた。
「まあ! とっても美味しいわ!」
「本当! すごく柔らかいのね」
「この果物と一緒に食べても美味しいわ!」
アイシャたちは楽しそうに感想を言い合っていた。
その様子を見て、ルナはほっとした。
アイシャ様、喜んでくれたみたい。
「ふふ。みんな気に入ってくれたようね」
「はい。よかったです」
しばらくして、プリンを食べ終えたアイシャがマリアンナのもとへやってきた。
「お母様! 今日のお菓子、とっても美味しかったです!」
「あら、そう。気に入ってくれたのね」
「はい!」
アイシャはルナに顔を向けた。
「ルナさん、この前、できてからのお楽しみっておっしゃっていましたよね」
「ええ。覚えていてくださったんですね」
「はい! どんなお菓子なのか、ずっと楽しみにしていたんです」
「気に入っていただけてよかったです」
「わたくしの好きなベリーもあって、とっても嬉しかったです。素敵なお菓子をありがとうございました」
アイシャは丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ、喜んでいただけて嬉しいです」
そのあと、アイシャは友達の待つテーブルへ戻っていった。
「よかったね、ルナ」
ミアが小さな声で言った。
「うん。本当によかった」
もうすぐ、ルポアも開店する。
今日のアイシャたちのように、料理を食べて笑顔になってくれる人がいたら嬉しい。
ルナはそう思いながら、子供たちの様子を眺めていた。




