開店準備 4
オルソン侯爵家のマリアンナ様から招待の手紙が届き、ルナはミアと一緒に屋敷を訪れていた。
使用人に案内されて応接室に向かうと、マリアンナが笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、ルナさん、ミアさん。来てくれてありがとう」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ふふ。そんなにかしこまらなくてもいいのよ。さあ、座ってちょうだい」
勧められた席につくと、カンナがお茶を運んできた。
「お店の準備は順調かしら?」
「はい。少しずつですが、必要なものも揃ってきました」
「それはよかったわ。開店するのを楽しみにしているのよ」
「ありがとうございます」
マリアンナは頷くと、扉に目を向けた。
「そうそう。今日は娘も一緒にお茶をいただこうと思っているの。紹介してもいいかしら?」
「もちろんです」
「ちょうど今、呼びに行ってもらっているのよ」
そう話していると、扉が控えめに叩かれた。
「どうぞ」
扉が開き、柔らかな色合いのドレスを着た女の子が入ってきた。女の子はマリアンナの隣まで来ると、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。アイシャ・オルソンと申します」
「初めまして、アイシャ様。ルナと申します」
「ミアです。よろしくお願いします」
「アイシャはもうすぐ八歳になるのよ」
アイシャはちらりと母親を見上げた。
「お母様、ちゃんとご挨拶できましたか?」
「ええ。とても上手だったわ」
アイシャは嬉しそうに笑った。
「最近、お茶会の作法やご挨拶を本格的に習い始めたところなの。今日はお客様にきちんとご挨拶したいと言っていたのよ」
「そうだったんですね。とても素敵なご挨拶でした」
「ありがとうございます。わたくし、お母様みたいな立派な淑女になりたいんです」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」
マリアンナは娘を優しく見つめた。
「さあ、アイシャもこちらに座ってちょうだい」
「はい、お母様」
アイシャはマリアンナの隣に腰を下ろした。
「ところで、今日はルナさんにお願いがあって来ていただいたの」
「はい。以前、お話しされていたことでしょうか?」
「ええ。実は、一週間後がアイシャの誕生日なの。八歳になるお祝いに、仲の良いお友達を招いて、小さなお茶会を開こうと思っているのよ」
「まあ、お誕生日なんですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
アイシャは少し照れたように微笑んだ。
「お友達が三人来てくださるんです。とても楽しみなんです」
「それは楽しみですね」
「それでね、ルナさん。以前、あなたの料理に興味があるとお話ししたでしょう?」
「はい。覚えています」
「いつかルナさんの作る料理をいただいてみたいと思っていたの。それで、今回のお茶会に出すお菓子を、何か考えていただけないかしら?」
「お菓子ですか……」
料理を作ってほしいと言われることは予想していたけれど、まさか侯爵家のお茶会に出すお菓子だとは思わなかった。
「料理ほど得意というわけではないんですが……」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。今回はアイシャの親しいお友達を招くだけの、小さなお茶会なの。それに、いつもとは少し違ったお菓子を用意できたらと思っていたのよ」
マリアンナは優しく微笑んだ。
「もちろん、無理にとは言わないわ。お店の準備も忙しいでしょうし」
ルナは少し考えた。
この国では、甘いお菓子といえば焼き菓子が中心だ。
自分の知っているお菓子の中には、こちらではあまり見かけないものもある。
せっかく頼んでもらえたのだから、何か作ってみたい。
「……わかりました。私でよければ、ぜひ作らせてください」
「あら、本当? ありがとう、ルナさん」
「ただ、一度試作してから、マリアンナ様にも味を確かめていただけないでしょうか? お茶会に出すかどうかは、それから決めていただければと思います」
「ええ、もちろんよ。楽しみにしているわ」
ルナはアイシャに目を向けた。
「アイシャ様は、どんなお菓子がお好きですか?」
「お菓子ですか?」
「はい。せっかくのお誕生日ですから、アイシャ様の好きなものを作れたらと思って」
アイシャの顔がぱっと明るくなった。
「わたくし、甘いお菓子が大好きです!」
勢いよく答えたあと、アイシャははっとしたように口を閉じた。そして、少し恥ずかしそうに続ける。
「……それから、ベリーの実も好きです」
「ベリーですか?」
「はい。赤いものも、紫色のものも好きです。甘酸っぱくて、とても美味しいんです」
「ふふ。アイシャはベリーを使ったお菓子が大好きなのよ」
「そうなんですね。ありがとうございます。参考にさせていただきますね」
「はい」
アイシャは嬉しそうに頷いた。
「では、帰ってから何を作るか考えてみますね。うまくできたら、改めてお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。ぜひお願いするわ」
「ちなみに、お菓子は何人分ご用意すればよろしいでしょうか?」
「アイシャとお友達が三人、それに私たちの分もお願いできるかしら。詳しい人数は試食のときにお伝えするわ」
「わかりました」
そのとき、アイシャが興味津々といった様子で尋ねた。
「どんなお菓子なんでしょう?」
「それは、できてからのお楽しみということで」
「はい。楽しみにしています」
オルソン侯爵家を出たあと、ルナは帰り道でお菓子について考えていた。
アイシャは甘いものとベリーが好きだと言っていた。
何かいいお菓子はないだろうか。
そう考えているうちに、先日届いた冷却魔道具のことを思い出した。
冷たいお菓子なら、プリンはどうだろう。
牛乳と卵なら手に入るし、ベリーを使ったソースを添えれば、見た目も可愛らしくなりそうだ。
ルナはミアと市場へ立ち寄り、赤と紫のベリーを買ってからルポアへ戻った。
◇◇◇
ルポアに戻った二人は、さっそく厨房へ向かった。
「それで、何を作るの?」
買ってきたベリーをテーブルに置きながら、ミアが尋ねる。
「うん。プリンを作ってみようと思うんだ」
「プリン?」
「牛乳と卵を使った、柔らかくて甘いお菓子だよ。冷やして食べると美味しいんだ」
「へえ。どうやって作るの?」
「材料を混ぜて、蒸して固めるんだよ」
「蒸して作るんだね。じゃあ、あたしも手伝うよ」
「うん。お願いね」
ルナは卵と牛乳、砂糖を取り出した。
今回は試作なので、まずは味を確かめることにする。
「プリン自体はこの材料で作れるんだ。あとは、ベリーを使ったソースをかけようと思ってるの」
「ベリーソース?」
「うん。アイシャ様はベリーが好きって言ってたからね。甘酸っぱいソースなら、プリンにも合うと思うんだ」
「へえ、美味しそうだね」
「うん。うまくできるといいんだけど」
まずは鍋に牛乳と砂糖を入れ、弱火で温め始めた。
「砂糖が溶けるまでゆっくり混ぜてもらえる?」
「うん」
ミアに牛乳を見てもらっている間に、ルナは別の器に卵を割り入れた。
泡立てないようにゆっくり混ぜ、白身と黄身をなじませていく。
「ルナ、できたよ」
「ありがとう。じゃあ、火から下ろして少し冷まそうか」
牛乳を少し冷ましてから、卵に少しずつ加えて混ぜ合わせる。
「一気に入れないんだね」
「うん。牛乳が熱すぎると卵が固まっちゃうから、気をつけないといけないんだ」
全体が混ざったところで、ルナは目の細かいこし器を用意した。
「次はこれでこすよ。こうすると、口当たりがなめらかになるんだ」
「へえ。いろいろ工夫するんだね」
こした卵液を小さな耐熱容器に分け入れる。
今回は試作なので、四人分と、味を確認するための予備を少し作ることにした。
「これを蒸せばいいんだね?」
「そう。火加減が大事だから、様子を見ながらやってみよう」
ルナは大きめの鍋に少量の湯を沸かし、蒸し台を置いて、その上に容器を並べた。
容器に水滴が落ちないように覆いをしてから、鍋の蓋を閉める。
湯が静かに沸く程度の弱火にして、ゆっくり蒸していく。
「強い火じゃ駄目なの?」
「強すぎると、中に小さな穴ができたり、固くなったりするんだ。なるべくなめらかに仕上げたいから、弱い火で蒸すよ」
「なるほど……」
ミアは鍋の様子を気にしているようだった。
しばらくしてから蓋を開け、容器を一つ取り出して固まり具合を確かめる。
表面は固まっているものの、まだ中心が少し柔らかすぎるようだ。
「もう少しかな」
再び蓋をして、少し時間を置く。
今度は容器を軽く揺らすと、表面が崩れることなく、全体がふるふると揺れた。
「うん。これなら大丈夫そう」
「できた?」
「たぶんね。冷やしてから確かめてみよう」
ルナは火を止め、容器を鍋から取り出した。
粗熱を取っている間に、今度はベリーソースを作ることにする。
「ミア、ベリーを洗ってもらってもいい?」
「任せて」
二人でベリーを洗い、傷んだ実や葉を取り除いていく。
赤と紫のベリーをそれぞれ少しずつ取り分け、残りを小鍋に入れた。
「全部使わないの?」
「飾りにも使いたいから、きれいな実は残しておこうと思って」
「あ、そっか」
鍋に少量の水と砂糖を加え、弱火にかける。
温まってくると、ベリーが少しずつ柔らかくなり、赤紫色の果汁が出てきた。
「わあ、きれいな色」
「うん。いい感じだね」
ルナは木べらで実を軽く潰しながら煮ていく。
厨房には、甘酸っぱい香りが広がり始めた。
ソースに少しとろみがついたところで火を止め、小皿に取って味を確かめる。
ベリーの酸味が残っていて、甘さもちょうどよさそうだ。
「ミアも味見してみる?」
「うん」
ミアは小さなスプーンでソースをすくい、口に運んだ。
「んー、甘酸っぱくて美味しい」
「よかった。プリンが甘いから、ソースはこれくらいの方が合いそう」
「早く一緒に食べてみたいなぁ」
「私も。でも、まずは冷やさないとね」
ルナはソースを別の容器に移し、冷ましておくことにした。
プリンの方も十分に粗熱が取れたので、冷蔵室に入れる。
「こういうとき、冷却魔道具があると便利だね」
「本当だね。届いたばかりだけど、さっそく役に立ってるよ」
ルナは冷蔵室の扉を閉めた。
ベリーソースも冷めたら一緒に入れておけば、夕食後には十分冷えているだろう。
「早く食べてみたいなぁ」
「夕食後には冷えてると思うよ」
「じゃあ、それまで楽しみにしてるね」
ミアは冷却魔道具を見ながら笑った。
この世界の材料で作るのは初めてだけれど、今のところ大きな失敗はなさそうだ。
あとは冷やしたときの食感と、ベリーソースとの相性を確かめるだけ。
アイシャ様にも喜んでもらえるといいな。
そう思いながら、ルナは夕食の準備に取りかかった。
◇◇◇
その日の夕食後。
「ねえ、そろそろプリン、食べられるんじゃない?」
「うん。もう十分冷えてると思うよ」
「やった。楽しみにしてたんだ」
ルナは厨房に向かった。
冷却魔道具からプリンとベリーソースを取り出す。
プリンはきれいに固まっているようだ。
小さなスプーンで予備のプリンをすくってみると、柔らかく、なめらかな感触が伝わってきた。
これなら大丈夫そうだ。
ルナはプリンの上にベリーソースをかけ、飾り用に残しておいた赤と紫のベリーを添えた。
淡い黄色のプリンに、赤紫色のソースがよく映える。
見た目も可愛らしく仕上がった。
「お待たせ」
ルナがプリンを運んでいくと、ラズが目を輝かせた。
「わあ、これがお菓子なの?」
「うん。プリンっていうんだよ」
「すごい。きれいだね」
ミアもプリンを覗き込んだ。
「ベリーをのせると、もっと美味しそうに見えるね」
「うん。アイシャ様がベリーを好きだって言ってたから、こんな感じにしてみたの」
四人分のプリンを並べると、ルナも席についた。
「じゃあ、食べてみようか」
「いただきます」
ミアとラズがさっそくスプーンを手に取った。
ルナもプリンをひと口すくい、ベリーソースと一緒に口へ運ぶ。
柔らかなプリンが舌の上でなめらかに崩れ、卵と牛乳の優しい甘さが広がった。そこにベリーの甘酸っぱさが加わり、後味もさっぱりしている。
思っていたよりもうまくできたようだ。
「わあ、すごく柔らかい。口の中で崩れちゃう」
ミアが驚いたように声を上げた。
「本当だ。これ、どうやって固めたの?」
ラズが不思議そうに尋ねる。
「卵と牛乳を混ぜて、ゆっくり蒸したんだよ」
「へえ、そうなんだ。僕、こういうお菓子初めて食べた」
ラズはもう一度プリンをすくい、口に運んだ。
「この甘酸っぱいソースも好きだな」
「確かに、甘さがしつこくなくて食べやすいな」
レオも頷いた。
「よかった。みんなの口に合ったみたいだね」
ルナも残りのプリンを食べた。
「ねえ、ルナ」
プリンを食べ終えたミアが顔を上げた。
「これ、お店でも出そうよ」
「うん。私も出してみたいけど、まずは今のメニューで始めてみようと思ってるんだ」
「……そっか。でも、いつか出せるかもしれないんだね」
「そうだね。お店の営業に慣れてきたら、考えてみようかな」
「本当?」
「うん。せっかく美味しくできたしね」
そう答えると、ミアは嬉しそうに笑った。
「でも、まずはマリアンナ様たちに食べてもらわないとね」
「あ、そうだった。アイシャ様のお誕生日のお菓子だもんね」
「うん。気に入ってもらえるといいんだけど」
「きっと喜んでもらえると思うよ」
ルナは笑って頷いた。
みんなには好評だったけれど、マリアンナとアイシャにも気に入ってもらえるだろうか。
明日にでも連絡をして、試食してもらえる日を聞いてみよう。そう考えながら、ルナは食べ終えた器を片づけ始めた。




