開店準備 2
翌朝、ルナとミアは一階の店舗でメニューについて考えていた。
「さて、じゃあ何を出そうかな」
調理台に紙とペンを広げ、思いつく料理を書き出していく。
「昨日の石窯焼きも美味しかったよね」
「うん。ああいう料理もいいし、ハンバーグやシチューも出したいな。あとはパンに具を挟んだものとか」
「ああ、あれもいいね。手軽に食べられるし」
ミアが紙を覗き込む。
「それに、グラタンやドリアもいいよね。あとは魚のフライとか、肉の煮込み料理とか……」
考え始めると、作りたい料理が次々に浮かんでくる。
「ルナ、すごい数になってるよ?」
ミアに言われて紙を見ると、いつの間にか料理の名前でいっぱいになっていた。
「あ……ちょっと欲張りすぎたかな」
「これ、全部作るの?」
「さすがに無理かな。材料を揃えるだけでも大変そうだし」
それに、注文が入ってから何種類もの料理を作るとなると、ミアと二人では手が回らなくなりそうだ。
「じゃあ、最初は少なくしておけばいいんじゃない?」
「そうだね」
書き出した料理を眺めながら、ルナはどれを残そうか考える。
「そういえば、パンってここで焼くの?」
「ううん。パンを使うなら、パン屋さんから仕入れることになるかな」
「でも、余ったらどうするの?」
「そこなんだよね。開店したばかりだと、どのくらい売れるかも分からないし……」
少量ずつ仕入れる方法もあるけれど、毎日どれくらい必要になるのか、今は見当がつかない。
「……パンを使う料理はもう少し落ち着いてからにしようかな」
「ライサなら長く保存できるもんね」
「うん。必要な分だけ炊けば、無駄も減らせそうだし」
それに、ルナにはライサを使いたい理由があった。
「せっかくだから、ライサを主食にしたいんだよね」
この国ではパンを食べる人が多く、王都の人たちにライサはまだあまり馴染みがない。
「ライサって、そのまま食べても美味しいけど、いろんな料理に使えるでしょ? もっとたくさんの人に知ってもらいたいんだ」
「いいと思うよ。あたしもライサ好きだし、もっと食べてもらいたいな」
「うん。そうだね」
最初は珍しがられるかもしれないけれど、食べてもらうきっかけを作れればいい。
「よし。じゃあ、主食はライサを中心に考えようかな」
「うん」
「それで、メインのおかずを日替わりにするのはどうかな?」
「日替わり?」
「うん。今日はハンバーグ、明日は魚のフライっていうふうに、毎日違う料理を出すの。ライサとスープをつけて、セットにするんだよ」
「へえ。それならいろんな料理が食べられるね」
「そうなの。作る料理を絞れば、仕入れもしやすいしね」
日替わりなら、新しい料理を試すこともできる。
「それなら、日替わりセットはよさそうだね」
「うん。ただ、何を出すかはもう少し考えたいな」
「ほかにも何か出すの?」
「そうだね。日替わりだけだと選べないから、定番メニューも少し欲しいかな」
ルナは紙に新しく『定番メニュー』と書き込んだ。
「まずはドリアかな」
「ドリア?」
「ライサの上にソースとチーズをのせて、焼く料理だよ。このお店には石窯もあるし、ちょうどいいかなって」
「美味しそう。今度作ってみようよ」
「うん。石窯で焼く時間も確かめておきたいしね」
ルナは紙にドリアと書き加えた。
「それと、おにぎりセットもいいかなって」
「おにぎり?」
「うん。前に売ったライサの肉巻き串、あるでしょ? あれを串に刺さずに、丸く握って肉で巻くの」
「ああ、あれを丸くするんだね」
ミアが頷く。
「それと、もう一つは魚の身をほぐして、中に入れたものにしようかな。二つのおにぎりにスープをつけるの」
「肉と魚の両方が食べられるんだね」
「うん。手軽に食べられるから、お昼休みに来る人にもいいかなって」
「あたし、それ食べたいな」
「ふふ。じゃあ、試作するときは味見をお願いしようかな」
「うん。任せて」
魚の種類や味付けは、実際に作りながら考えればいい。
「じゃあ、日替わりセットとドリアとおにぎりセットかな」
「うん。まずはこの三つを試してみようと思う」
「楽しみだね」
メニューの候補がある程度まとまったところで、ルナはふと思い出した。
「……やっぱり醤油が欲しいなぁ」
「ショウユ?」
「うん。黒っぽい液体の調味料なんだけど、塩気と旨味があって、いろんな料理に使えるの」
肉巻きおにぎりにも合うし、煮物などにも使える。
ガルムでも代用できる料理はあるけれど、やはり味は違う。
「あとは海苔も欲しいな」
「ノリ?」
「海藻を薄く広げて乾燥させたものだよ。おにぎりに巻くと美味しいんだけど……」
この世界にも似たものがあるのだろうか。
海藻を食材として利用している地域があってもおかしくない。
「そうだ。ロイドさんに聞いてみようかな」
「ロイドさん?」
「うん。前に食材の仕入れについて相談したでしょ? 東の方から入ってくる食材も扱ってるって言ってたし、何か知ってるかもしれない」
「じゃあ、聞いてみようよ」
「そうだね。商業ギルドに手紙を預ければいいかな」
ルナは新しい紙を取り出した。
醤油や海苔に似たものがないか、それぞれの特徴を書いて尋ねることにする。あわせて、東方の国々で使われている食材や調味料についても聞いてみたかった。
「これでよし、と」
書き終えた手紙を畳む。
「じゃあ、今日は家具を見に行くついでに、商業ギルドにも寄ろうか」
「うん。そろそろ出かける?」
「そうだね」
二人で片づけを済ませ、出かける準備をする。
レオとラズにも声をかけ、四人で商業ギルドへ向かった。
◇◇◇
まず向かったのは商業ギルドだ。
「こんにちは」
中に入ると、受付にいたメーガンが顔を上げた。
「こんにちは、ルナさん。今日はどうされましたか?」
「ロイドさんに手紙を渡したいんですけど、こちらで預かってもらえますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ルナは用意してきた手紙を取り出した。
「少し調べてもらいたいことがあって。もし見つかったら、連絡をいただきたいんです」
「わかりました。ロイドさんにお渡ししておきますね」
「ありがとうございます」
メーガンに手紙を預けたあと、ルナたちは家具を扱う店に向かった。
「まずはテーブルと椅子だね」
「うん。二人掛けのテーブルを四つ置く予定だから、それに合うものを探したいな」
店内には大小さまざまな家具が並んでいた。
「わあ、いっぱいあるね」
ミアが店内を見回す。
お客さんの人数に合わせてテーブルを動かせるようにしたいので、あまり重すぎないものがいい。
「あ、これなんかどう?」
ミアが指さしたのは、四角い木製のテーブルだった。
飾りの少ないシンプルな作りで、大きさもちょうどいい。
「いいね。二つくっつけても使いやすそう」
「そうだな。これならルナたちでも動かせそうだしな」
レオがテーブルの作りを確かめながら言う。
「僕もこれがいいと思う」
ラズも気に入ったようだ。
試しに椅子を合わせてみると、高さもちょうどよかった。
「値段も予算内だし、これにしようか」
「うん」
店員に声をかけ、テーブルを四つと、それに合わせた椅子を八脚お願いする。
「そういえば、カウンター本体はどうするんだ?」
レオに聞かれ、ルナは頷いた。
「ああ、あれも必要だね。厨房の作業台に合わせて作ってもらいたいんだけど……」
店員に尋ねると、寸法に合わせて製作することもできるという。
「それなら、お願いできますか?」
「もちろんです。ただ、設置する場所を確認したいので、一度お店を見せていただけますか?」
「はい。大丈夫です」
後日、店に来てもらって寸法を測り、製作をお願いすることになった。
「じゃあ、カウンター用の椅子は、そのときに合わせて選んだ方がいいかな」
「そうだな。高さが合わなかったら困るしな」
ひとまず椅子は候補だけ決めておき、購入は後日にすることにした。テーブルと椅子の届け先を伝え、家具屋をあとにする。
◇◇◇
次に向かったのは、調理器具を扱う店だ。
「次は何を買うの?」
ミアが尋ねる。
「お店で使う鍋とかフライパンを見ておきたいんだ。今持ってるものだけじゃ足りないと思うから」
「そっか。お客さんの分も作るんだもんね」
店内には大小さまざまな鍋やフライパンが並んでいた。
「このくらい大きい鍋があれば、スープもまとめて作れそうだね」
ルナは棚に並んだ鍋を見比べる。
「うわ、大きいね。これ、いっぱい入れたら重そう」
ミアが鍋を覗き込んだ。
「確かに。大きすぎても使いにくいかな」
ルナは鍋の大きさを確かめながら、使いやすそうなものを選んだ。
ほかにも、フライパンや包丁、まな板など、必要なものを買い足していく。
「これで料理の準備も少し進んだね」
「うん。あとは食器も見に行こうか」
ルナたちは調理器具を購入し、食器を扱う店に向かった。
店内には皿や器、カップなどが所狭しと並んでいた。
「すごいね。こんなに種類があるんだ」
ミアが棚を眺めながら言う。
ルナは日替わりセットやドリア、おにぎりセットに使う食器を考えながら、棚を見て回った。
「あ、これ可愛い」
ミアが手に取ったのは、縁に小さな模様の入った白い皿だった。
「本当だね。でも、お店で使うなら、もう少しシンプルな方がいいかな」
「そう? 白いお皿ばっかりだと、ちょっと寂しくない?」
「料理が目立つ方がいいかなって思ったんだけど……」
「でも、これくらいならよくない?」
ミアが皿を持ち上げる。
確かに、縁に模様があるだけなら料理の邪魔にもならなさそうだ。
「それもいいね。じゃあ、こういうのも候補にしようかな」
「うん」
その後も見比べながら、大きな平皿や小皿、ライサ用の器、スープ用の器などを選んでいく。
十三席あるので、洗い替えの分も必要だ。
ドリアに使う耐熱皿については、石窯で使えるものか店員に確認してから選んだ。
「カップもいるんじゃないか?」
レオに言われ、飲み物用のカップやグラスも揃える。
「これでだいたい揃ったかな」
注文したものを確認すると、予定していた予算にも収まっていた。
食器は数が多くなったので、家具と同じように店まで届けてもらうことにした。
「今日はこのくらいかな」
「じゃあ、明日は看板だね」
ラズが嬉しそうに顔を上げる。
「うん。ラズ、よろしくね」
「任せて」
その日は買い物を終え、ルナたちは家に戻った。
◇◇◇
翌日。
ルナたちは看板を扱う店を訪れていた。
店内には木製の看板がいくつも並んでいる。小さなものから大きなものまで、形もさまざまだ。
「入口の上に取り付けるなら、横長の方がいいかな」
ルナは壁に飾られている看板を見上げた。
「そうだね。お店の名前も大きく書けそうだし」
ミアも隣で頷く。
「でも、あんまり大きいと重そうだな」
レオの言葉に、ルナも頷いた。
取り付ける場所のことも考えないといけない。
いくつか見比べていると、ラズが一枚の看板を指さした。
「ねえ、これどう?」
それは、横長で角が少し丸くなった木製の看板だった。
表面はきれいに整えられていて、絵を描くにもよさそうだ。
「あ、いいね」
「これなら名前も絵も描けそうだね」
ミアも気に入ったようだ。
「ラズはどんな絵を描くつもりなの?」
尋ねると、ラズは少し考えた。
「まだ迷ってるんだ。お皿に料理がのってる絵とか、ライサの絵とか……」
「どっちもいいね」
「ルナはどっちがいい?」
「うーん……」
店の名前は『ルポア』。
せっかくなら、名前を大きく書いて、その横にラズの絵を添えるのがいいだろう。
「ラズが好きな方でいいよ。お店の名前が分かれば、あとは自由に考えてくれて大丈夫」
「本当?」
「うん。楽しみにしてるね」
ラズは嬉しそうに頷いた。
店員に相談すると、下絵を持ってくれば、それに合わせて看板を製作してくれるという。
「じゃあ、この形でお願いしてもいいですか?」
「もちろんです。下絵をお持ちいただいてから製作しますので、できましたらお越しください」
「わかりました」
完成した看板は雨に濡れても大丈夫なように仕上げ、取り付けもしてもらえるらしい。
「帰ったら描いてみようかな」
「うん。ゆっくり考えていいからね」
ラズは頷きながら、もうどんな絵にしようか考えているようだった。
看板屋を出たあと、ルナたちは家に帰ることにした。
その途中、通りに並ぶ服屋が目に入る。
「あ、そうだ。ルナ、お店に立つときはどんな服を着るの?」
「え? 服?」
「うん。料理を作るときとか、お客さんの相手をするときとか」
そういえば、仕事着のことはまだ考えていなかった。
「動きやすい服なら、今持ってるものでいいかなって思ってたんだけど……」
「それでもいいけど、エプロンはあった方がよくない?」
「そうだね。料理をするときは必要だし、用意しておこうかな」
「ねえ、それならあたしが作ってもいい?」
ミアがルナを見る。
「ミアが?」
「うん。エプロンくらいなら作れるし、ルナとお揃いにしたいなって」
「お揃いかぁ。いいね」
せっかく一緒に店を始めるのだから、同じエプロンをつけるのもよさそうだ。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろん」
「でも、二人分も作るのは大変じゃない?」
「大丈夫だよ。開店までまだ時間もあるし」
ミアは笑った。
「それなら、生地を見ていこうか」
ちょうど服屋の隣に布を扱う店があったので、立ち寄ることにした。
店内には色とりどりの布が並んでいる。
「どんな色がいいかな?」
「うーん。汚れが目立ちにくい色がいいかも」
「じゃあ、濃い色?」
「そうだね。でも、あんまり暗すぎない方がいいかな」
二人で布を見比べていると、ミアが一枚の布を手に取った。
「これなんかどう?」
落ち着いた深緑色の布だった。
「いいね。お店の雰囲気にも合いそう」
「でしょ? これにしようよ」
「うん。私も気に入ったよ」
生地の厚さも確かめて、エプロンに使えそうな丈夫な布を選ぶ。
「レオとラズもエプロンいる?」
レオは首を横に振った。
「俺は料理をするわけじゃないし、今はいい」
「僕も大丈夫。お店を手伝うときに必要になったらお願いするよ」
「わかった」
ミアは二人に頷いてから、ルナを見る。
「じゃあ、まずはルナとあたしの分だね」
「うん。楽しみにしてるね」
必要な生地と糸を購入し、今度こそ家に向かう。
「早く作りたいなぁ」
「私も完成が楽しみ」
二人で顔を見合わせて笑った。
自分一人で始めようと思っていた店だったけれど、今はこうしてみんなが一緒に準備を進めてくれている。それが、ルナには嬉しかった。




