開店準備 1
新しい店舗兼住居への引っ越しの日。
ルナたちは朝から、今まで暮らしていた家で荷造りの仕上げをしていた。
「ルナ、この箱はもう閉じていい?」
「うん。そっちは食器だから、割れないように気をつけてね」
「わかった」
ミアが箱の蓋を閉じる。
少しずつ荷造りを進めてきたものの、改めて見ると思っていた以上に荷物が多い。
「こっちの棚はどうする?」
レオが部屋の隅に置かれた棚を指さした。
「それも持っていきたいんだけど……運ぶのが大変そうだね」
棚だけでなく、テーブルや椅子など、大きな家具もいくつかある。
運搬用の馬車は手配してあるけれど、これだけあると積み込むだけでも大変そうだ。
どうしようかと考えていると、近くで荷物をまとめていたラズが声を上げた。
「ねえ、大きいものは僕の空間収納に入れればいいんじゃない?」
「え?」
「そうすれば、運ぶのも楽になるでしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
レオが頷く。
空間収納なら、大きな家具もそのまま運べる。
便利なのは間違いないけれど、ルナは少し迷った。
ラズはそのスキルが原因で、つらい事件に巻き込まれたばかりだ。できれば、あまり人目につくような使い方はさせたくない。
「ラズ、本当にいいの? 無理に使わなくてもいいんだよ?」
「大丈夫。僕が使いたいんだ」
ラズは迷わず答えた。
「僕にも手伝わせてよ」
「……そっか。じゃあ、お願いしようかな」
ルナは念のため確認する。
「でも、外では使わないようにしようね」
「うん。知らない人の前では使わないよ」
「それなら、家具は家の中で出し入れしよう。窓から見えないようにも気をつけないとな」
レオの言葉に、ラズも頷いた。
「わかってる。気をつけるよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いするね」
「うん!」
ラズが棚に手を伸ばすと、目の前からすっと消えた。
「他には?」
「それじゃあ、このテーブルもお願いできる?」
「わかった」
ラズは次々と大きな家具を収納していく。
箱に詰めた荷物は、予定どおり馬車で運ぶことにした。
大きな家具がなくなると、あれほど物であふれていた部屋がずいぶんすっきりした。
「これなら積み込むのも楽になりそうだね」
「ほんとだ! さっきまであんなに物があったのに」
ルナはミアと顔を見合わせて笑った。
残った荷物を馬車に積み込み、忘れ物がないか部屋を確認する。長く暮らしたわけではないけれど、何もなくなった部屋を見ると少し寂しい。
最後に家の中を掃除し、鍵を返してから、ルナたちは新しい家へ向かった。
◇◇◇
新しい家は三階建てで、一階が店舗、二階と三階が住居になっている。
到着すると、まずは馬車で運んできた荷物を家の中に運び込んだ。
「じゃあ、大きい家具から置いていこうか」
「どんどん言ってね!」
ラズが張り切って頷いた。
家具を置く部屋までラズに来てもらい、その場で空間収納から取り出してもらう。
置き場所を相談しながらだったので時間はかかったけれど、重い家具を抱えて階段を上り下りするよりずっと楽だった。
「よし。大きいものはこれで全部だな」
レオが部屋を見回す。
まだ箱に入った荷物の整理は残っているけれど、寝具や普段使うものを出せば、ひとまず生活はできそうだ。
「思ってたより早く終わったね」
「ラズのおかげだね」
「僕、ちゃんと役に立てた?」
「もちろん。すっごく助かったよ」
ミアが答えると、ラズは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ラズ」
「うん!」
ルナも礼を伝え、ラズの頭を軽く撫でた。
荷物の整理はあとで続きをすることにして、ルナたちは一階の店舗に降りた。
「さて、今度はこっちだね」
店内を見回す。
「まずは掃除からかな」
「じゃあ、俺は奥の方をやるよ」
「あたしはこっちを片づけるね」
「僕も手伝う!」
四人で手分けして掃除を始める。
しばらく使われていなかったため、棚の隅や調理台の下には埃が溜まっていた。
生活魔法の『クリーン』も使いながら、細かいところまできれいにしていく。
ひと通り掃除を終える頃には、もう午後になっていた。
「うーん……この作業台、もう少しこっちに動かしたいんだよね」
ルナは厨房に置かれた作業台を見ながら呟いた。
「どこに置くんだ?」
「厨房と客席の間かな。料理しているところが、お客さんからも見えるようにしたいんだ」
ルナは置きたい場所を指さした。
「それで、作業台の反対側にカウンター席を作れないかなって」
「ああ、なるほどな」
レオに手伝ってもらいながら、作業台を厨房と客席の境目まで動かす。
「もう少し右かな。……うん、そのくらい!」
作業台を置いてみると、厨房と客席が自然に分かれた。
「ここにカウンターと椅子を並べたら、料理しているところも見えるね」
ミアが客席側に立って言った。
「うん。お客さんと話しながら料理もできるし、いいかなって」
「椅子は五つくらい置けそうだな」
「そうだね。あとは、ここから料理を運べるようにしておきたいな」
ルナは作業台の右側に残した通路を指さした。
実際に厨房と客席を行き来してみると、十分な広さがあった。
「これなら大丈夫そうだね」
厨房はひとまずこの配置にして、次は客席を考える。
「テーブルはどうするの?」
ルナは店内を見回した。
「四人掛けを二つ置こうかなって考えてるんだけど」
「それもいいけど、二人掛けの方がよくない?」
「二人掛け?」
「うん。二人で来るお客さんもいるだろうし、テーブルをくっつければ四人でも座れるでしょ?」
「あ、そっか」
確かに、それなら人数に合わせて席を変えられる。
「じゃあ、二人掛けを四つにしようかな」
「その方がいいと思う」
カウンター席が五つと、二人掛けのテーブルが四つ。
全部で十三席になる。
大きな店ではないけれど、最初はこのくらいがちょうどよさそうだ。
「テーブルと椅子も買いに行かないとね」
「他にも食器とか、いろいろ必要そうだな」
レオの言葉に頷く。
家具の値段は事前に調べてあるけれど、実際に配置を考えてみると、必要なものもはっきりしてきた。
「明日は家具を見に行こうか」
「うん」
ミアが頷いた。
そのあと、ルナたちは店の外に出てみることにした。
入口の前に立ち、建物を見上げる。
「看板は……やっぱり扉の上かな?」
「うん。そこなら通りからも見やすそう」
「じゃあ、看板も近いうちに探しに行こうか」
「僕も一緒に行っていい?」
ラズがすぐに尋ねた。
「もちろん。ラズに絵を描いてもらうんだもんね」
「うん! どんな絵にしようか、ずっと考えてたんだ」
嬉しそうなラズを見て、ルナも笑った。
「どんなお店になるかな」
「きっと、いいお店になるよ」
「うん。そうなるように頑張らないとね」
店内に戻ると、ルナは改めて厨房を見回した。
「そうだ。せっかくだから、一度石窯を使ってみようかな」
「石窯?」
「うん。開店までに慣れておきたいんだ」
宿の厨房でオーブンを使ったことはあるけれど、石窯を使うのは初めてだった。
この石窯には火の魔石を使った加熱装置がついている。
以前、使い方は教えてもらっていたものの、実際に火を入れるのは今日が初めてだ。細かい温度調整はできないらしく、焼き加減を見ながら使う必要がありそうだった。
「じゃあ、何か作るの?」
「うん。最初だし、簡単なものがいいかな。肉と野菜を一緒に焼くとか」
「いいね! あたしも手伝う」
ミアが頷く。
「それなら、材料を買いに行かないとね」
何を焼こうかと考えていると、もう一つ確認しておきたいことを思い出した。
「あ、そうだ。冷却魔道具を置く場所も決めておかないと」
以前、リアムと魔道具の大きさについて話していた。
厨房の配置が決まったので、今なら置ける場所も確認できそうだ。
「リアムにも見てもらった方がいいんだけど……」
「それなら、俺が研究所に伝えに行ってくるよ」
「僕も行く!」
ラズもすぐに手を上げた。
「いいの? 助かるけど……」
「どうせ買い物に行くんだろ? その間に行ってくる」
レオがそう言ってくれた。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「ああ。今日来られるかも聞いてくるよ」
「ありがとう。もし都合がよかったら、マシューも一緒に夕食を食べていかないか聞いてみて」
「わかった」
レオとラズが研究所へ向かうことになり、ルナとミアは市場へ行くことにした。
「何を買う?」
「お肉と、あとは芋とか玉ねぎかな。焼くなら根菜もいいよね」
「それなら、いろいろ買ってこよう」
「うん」
◇◇◇
買い物を終えて店に戻ると、ルナとミアはさっそく厨房に向かった。
「じゃあ、作ろうか」
「うん。何から始める?」
「ミアは野菜をお願いしてもいい? 私はお肉を準備するね」
「わかった」
二人で手分けして材料を切り、大きな鉄板に並べていく。油と塩、香草で味をつけたら準備は完了だ。
「これで焼くだけ?」
「うん。簡単でしょ?」
「どんな味になるか楽しみ」
ルナは火の魔石を確認し、石窯の加熱装置を動かした。
窯が十分に温まったところで、鉄板を中に入れる。
「どのくらいかかるの?」
「まだわからないから、途中で確認してみようかな」
しばらくして中を覗くと、奥の方から焼き色がつき始めていた。
「あ、奥の方が火が強いみたい」
「ほんとだ。手前はまだあんまり焼けてないね」
「じゃあ、向きを変えてみようか」
ルナは鉄板の向きを変え、もう一度石窯に戻した。
「そうだ、ライサも炊いておこうかな」
「あたしがやろうか?」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「任せて」
ミアがライサを炊く準備を始める。
その間、ルナはときどき石窯を覗きながら、焼け具合を確かめていた。
しばらくすると、肉と香草のいい匂いが漂い始める。
「いい匂い」
「うん。そろそろかな」
ルナが石窯を確認しようとしたところで、入口の方から声が聞こえてきた。
「ただいまー」
「おかえり」
厨房から顔を出すと、レオとラズの後ろにリアムとマシューの姿があった。
「リアム! マシューも来てくれたんだね」
「うん。ちょうど手が空いてたから来てみたんだ」
「ありがとう。オリバーさんは?」
「今日はまだ仕事が残ってるんだ。俺が確認して伝えておくよ」
「そっか。じゃあ、さっそく厨房を見てもらってもいい?」
「もちろん」
リアムたちを厨房に案内する。
「へえ、結構広いね」
「うん。作業台の位置も変えてみたんだ」
ルナが客席との境目に置いた作業台を指さすと、リアムは興味深そうにそちらを見た。
「なるほど。ここにカウンター席を作るんだね」
「そうなの。それで、冷却魔道具なんだけど……」
ルナは厨房の奥へ進み、住居へ続く扉の近くを指さした。
「この辺りに置けないかなって思ってるんだ」
「うん。ここなら置けそうだね」
「客席からもあまり見えないし、料理するときも使いやすそうだなって」
リアムは置き場所の幅や奥行きを確かめた。
「あとは魔道具の大きさ次第かな。それで、大きさはどうするの?」
「食材をある程度まとめて入れたいから、できればこのくらいかな」
ルナは両手で幅を示す。
「高さはこれくらいで、上の冷凍部分は少し小さめにしたいんだ」
「下は中を区切れるようにするんだよね?」
「うん。お肉と野菜を分けて入れたいし、作ったものを冷やすのにも使いたいから」
「それなら、棚を取り外せるようにしておくと便利かもしれないね」
「あ、それいいね」
リアムは寸法を確認しながら、紙に書き加えていく。
「これなら、だいたいの大きさは決められそうだね。オリバーとも相談してみるよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
リアムは楽しそうに笑った。
「じゃあ、詳しいところはまた連絡するね」
「うん。完成するのが楽しみ!」
リアムたちとの話が一段落したところで、ルナは石窯のことを思い出した。
「あっ、そうだ。料理」
慌てて中を確認すると、肉と野菜には少し濃いめの焼き色がついていた。
「……よかった。焦げてない」
鉄板を取り出すと、ミアが嬉しそうに覗き込んだ。
「わあ、美味しそう」
「ちょっと焼きすぎたかと思ったけど、大丈夫そうだね。ライサはどう?」
「こっちも炊けてるよ」
「じゃあ、二階に運ぼうか」
みんなで料理を二階に運び、食卓に並べる。
大皿に盛りつけた肉と野菜の石窯焼きに、炊きたてのライサ。簡単な料理だけど、なかなか美味しそうにできた。
「それじゃあ、いただきます」
ミアがさっそく肉を口に運んだ。
「うん、美味しい。中は柔らかいね」
「ほんとだ。思ってたより上手く焼けたかも」
ルナも一口食べてみる。香草の風味が肉によく合っていて、野菜にも旨味が染みていた。
「……美味いな」
マシューも気に入ってくれたようだ。
「石窯で焼くと、こんなふうになるんだね」
リアムが芋を口に運ぶ。
「初めて使ったにしては上出来じゃないか?」
レオにそう言われ、ルナは笑った。
「うん。これから少しずつ慣れていきたいな」
しばらく食事を楽しんでいると、ルナはふと思い出した。
「あ、そうだ。リアムたちに報告したいことがあったんだ」
「報告?」
リアムが顔を上げる。
「うん。実はこの前、私とミア、正式にエレンジア王国の国民になったんだよ」
「えっ、そうなの?」
リアムが驚いたように目を丸くした。
「いつの間に手続きしたんだ?」
「お店を持つことになって、商業ギルドで国民登録について教えてもらったの。それで、二人で手続きしてきたんだ」
「そうだったんだ。おめでとう」
「ありがとう」
リアムが笑うと、マシューも頷いた。
「それなら、ミアも属性判定を受けられるようになったな」
「もう受けてきたよ」
ミアが答える。
「えっ、もう? 何属性だったの?」
「土属性だよ」
「へえ、土属性か」
リアムが興味深そうにミアを見た。
「まだ何もできないけど、これから練習するつもり」
「そうなんだ。頑張ってね」
「うん」
ミアは嬉しそうに頷いた。
「それにしても、店の準備も始まったんだな」
マシューが食事を続けながら言った。
「うん。明日は家具を見に行くつもりなの」
「看板も探すんだよね!」
ラズが嬉しそうに顔を上げる。
「そうだったね。ラズも一緒に行こうね」
「うん!」
「完成したら、俺たちも食べに来るよ」
リアムがそう言ってくれた。
「うん。ぜひ来てね」
それからも、新しい店のことやこれからの予定など、話は尽きなかった。
まだ家具も揃っていないし、開店までにはやることがたくさんある。
それでも、こうしてみんなで食卓を囲んでいると、新しい生活が始まったのだと実感する。
新しい家での最初の食事は、賑やかで楽しい時間になった。




