王都後編 5
一方その頃。
研究所では、その後も氷性質を持つ水属性の魔石を作る実験が続けられていた。
「……これで八個目ですね」
オリバーが、机の上に並んだ魔石を見る。
「十回やって八回か。最初に比べれば、ずいぶん安定してきたね」
リアムはそのうちの一つを手に取った。
何度か試した結果、リアムとオリバーの組み合わせなら、十回のうち八回ほどは成功するようになっていた。
マシューやヴィクターにも外から刺激を加える役を試してもらったが、こちらは二回に一回ほど。
わずかな強さやタイミングの違いで結果が変わるため、外から刺激を加える側にも高い魔力操作が必要らしい。
「問題は、殿下の代わりがまだいないことですね」
「うん」
水から氷を作れる者は少しずつ増えている。
だが、魔石に込めたわずかな魔力を冷やし、その状態を保つ操作に成功しているのは、今のところリアムだけだった。
「すぐに数を揃えるのは難しそうだな」
ヴィクターの言葉に、リアムも頷く。
「そうだね。でも、研究に使う分なら少しずつ作っていけると思う」
量産にはまだ程遠い。
それでも、実験を続けられるだけの魔石は確保できるようになった。
少し離れたところでは、マシューも実験の様子を見守っていた。
リアムは完成した魔石を一つ取り上げた。
「じゃあ、次はこれがどこまで冷えるのか調べてみようか」
「そうですね。氷属性の魔石と、どのくらい違うのかも気になります」
オリバーの言葉に頷き、リアムたちは次の実験に取りかかった。
まずは、魔石そのものがどの程度周囲を冷やせるのか確かめることにした。
水を入れた容器を用意し、その中に氷性質を持つ水属性の魔石を入れる。
しばらく待ってから、リアムは水に触れてみた。
「……冷たくなってる」
「どれ」
ヴィクターも指先を入れる。
「確かに最初より冷えているな」
「魔石の周りは特に冷たいですね」
オリバーの言葉に、リアムも頷いた。
魔石そのものは、触れてはっきりと分かるほど冷たい。
その影響で水も冷えてはいるが、容器の中すべてが同じように冷えているわけではない。
「これだけだと、どの程度使えるのかは分かりにくいね」
「そうですね」
オリバーは容器の中の魔石を見つめ、少し考える。
「それなら、冷却魔道具の術式を使ってみませんか?」
「冷却魔道具の?」
「ええ。魔石をそのまま使うのではなく、術式を通して冷却する力を広げるんです」
オリバーは以前、冷却魔道具の改良に携わったことがある。
既存の冷却魔道具では、氷属性の魔石を動力として術式を働かせ、周囲を冷やしている。
「氷属性の魔石用の術式が、この魔石にも反応するか試すってこと?」
「ええ。この魔石にも氷性質があるのなら、反応する可能性はあると思います」
「うん。やってみようか」
リアムが頷くと、オリバーは実験用の金属板を用意した。
中央には魔石をはめ込むための小さなくぼみがあり、その周囲に冷却用の術式を刻んでいく。
「まずは術式が反応するかだけ確認します」
そこへ、先ほどの氷性質を持つ水属性の魔石をはめ込む。
リアムたちが見守る中、オリバーが術式を起動させた。
しばらくすると、金属板の温度が少しずつ下がり始める。
「……動いてますね」
オリバーが金属板に触れる。
リアムも手を伸ばした。
「うん。冷えてる」
氷属性の魔石ではない。
それでも、冷却用の術式は確かに働いている。
「既存の術式にも反応するみたいだな」
ヴィクターの言葉に、リアムは頷いた。
「これなら、実際に魔道具に組み込んで試してみてもよさそうだね」
氷性質を持つ水属性の魔石でも、冷却魔道具を動かせる可能性が出てきた。
「それなら、小さいものを一つ作ってみましょうか」
オリバーが提案した。
「小さいもの?」
「ええ。まずは箱一つを冷やせるか試してみましょう」
現在使われている冷却魔道具は、一部の施設にある低温倉庫や、商会、高位貴族の屋敷に置かれるような大型のものがほとんどだ。
氷属性の魔石が貴重なため、小さな箱一つを冷やすために使われることはほとんどない。
「今回は性能を調べるためのものだから、このくらいで十分でしょう」
オリバーが示したのは、机の上にも置ける程度の箱だった。
「これなら、必要な力も少なくて済みそうだね」
「そうですね。さっきの術式を少し調整して取り付けてみます」
それからリアムたちは、実験用の小さな保冷箱を作ることにした。
箱の内側に冷却用の術式を刻んだプレートを取り付け、中央に氷性質を持つ水属性の魔石をはめ込む。
準備を終えると、リアムが箱の中を覗き込んだ。
「じゃあ、動かしてみようか」
術式を起動させる。
すぐに大きな変化が起こるわけではない。
だが、しばらく待っていると、箱の中の空気が少しずつ冷えていった。
「ちゃんと冷えてますね」
「どこまで下がるかな」
箱の中には、研究所で使っている温度測定器も入れてある。
リアムたちは一定の時間ごとに数値を確認しながら、変化を記録していった。
「五度を下回りました」
オリバーが記録を書き込む。
さらに時間が経つ。
「……三度」
そこからもわずかに下がったものの、やがて温度の変化はほとんど見られなくなった。
「二度と三度の間くらいですね」
「ここが限界かな」
リアムは測定器を確認してから、『鑑定』で魔石の状態も調べる。
氷性質は消えていない。
魔力は消費しているものの、魔石そのものにも異常はなかった。
「凍らせるほどではなさそうだな」
ヴィクターが言う。
「うん。でも、二、三度くらいまで冷やせるなら……」
リアムは冷えた箱の中を見る。
「物を冷たいまま保存するには、十分使えそうだね」
「少なくとも、保冷用の魔道具として試す価値はありそうです」
オリバーも頷いた。
氷属性の魔石ほど強い力はない。
それでも、小さな空間であれば、氷性質を持つ水属性の魔石でも十分に冷やせる。
ようやく、研究だけではない使い道が一つ見えてきた。
「問題は、ここからですね」
オリバーが記録を見ながら言った。
「今は冷えていますけど、この状態をどれくらい維持できるのかは分かりません」
「魔力の消費も調べないとね」
「しばらく研究所で使ってみるか」
ヴィクターが箱を見ながら言う。
「そうだね。動かしたままにして、どれくらい魔力が持つのか確認しよう。途中で温度が変わらないかも見ておきたい」
「それと、魔力を補充したあとも同じように使えるか確認したいですね」
オリバーは冷却用のプレートにも目を向ける。
「術式の方も、この魔石に合わせて調整すれば、もう少し効率よく冷やせるかもしれません。魔力の消費も抑えられる可能性があります」
「それは試してみたいね」
氷属性の魔石と、氷性質を持たせた水属性の魔石。
似た働きをしていても、まったく同じものではない。
それぞれの違いを調べ、この魔石に合った使い方を見つける必要がある。
「じゃあ、この箱はしばらく研究所で使いながら記録を取ろう」
「分かりました」
オリバーが頷き、ヴィクターも記録用の紙をまとめ始める。
リアムはもう一度、小さな保冷箱に目を向けた。
水属性で氷を作ることができるのかというルナの質問から始まった研究は、実際に物を冷やせる魔道具を作るところまで進んだ。
「一度、兄上に報告してくるよ」
「もう行くのか?」
それまで少し離れたところにいたマシューが声をかける。
「うん。氷性質の魔石が魔道具にも使えるって分かったからね。途中経過だけど、ここまでは報告しておいた方がいいと思う」
「分かった。なら俺も行こう」
マシューも立ち上がる。
「こっちは続けて記録を取っておきます」
オリバーの言葉に、リアムが頷いた。
「お願い」
リアムはこれまでの実験結果をまとめた書類を手に取ると、マシューとともに王宮へ向かった。
◇◇◇
「兄上、今いい?」
「ああ。研究の報告か?」
「うん。少し進展があったから」
アーサーの執務室に入ると、リアムは持ってきた書類を渡した。
「水属性の魔石に氷性質を残すことに成功したよ」
「できたのか?」
「まだ簡単には作れないけどね」
リアムは、成功率が上がってきた一方で、量産するにはまだ課題が多いことを簡単に説明した。
「それで今日は、冷却魔道具に使えるか試してみたんだ」
「結果は?」
「使えたよ。小さい箱なら、二、三度くらいまで下げられた」
アーサーが書類に目を落とす。
「氷属性の魔石ではなく、水属性の魔石でか?」
「うん。まだどれくらい魔力が持つのかも分からないし、長く使えるかも調べないといけないけどね。術式も、この魔石に合わせて改良できるか試すつもり」
「なるほど」
アーサーはしばらく書類を確認してから、顔を上げた。
「ずいぶん進んだな」
「まだ調べることは多いけどね」
「それでも、少し前までは水属性の魔力から氷を作ることすらできなかっただろう?」
「まあね」
アーサーはもう一度書類に目を落とした。
「なら、やはり一度ルナと話をしてみたいな」
その名前が出た途端、リアムは嫌そうな顔をした。
「……兄上、前にも言ったよね?」
「ああ、覚えている」
「王宮に呼んだり、面倒なことに巻き込んだりしないでって」
「だから、あのときは呼ばなかっただろう」
「じゃあ、今回も——」
「今回は理由が違う」
アーサーに遮られ、リアムは口を閉じる。
「船員病の件については、まだ検証を続けている。そっちについては今、何かを決めるつもりはない」
「じゃあ、何のため?」
「今回の研究についてだ」
アーサーは机の上の書類を示した。
「実際に研究を進めたのがお前たちだということは分かっている。だが、この研究が始まったきっかけは、彼女の『水属性で氷を作れないのか』という話だったのだろう?」
「うん」
「結果として、国にとって有用な研究につながる可能性が出てきた。ならば、きっかけを作った彼女にも何らかの礼はしておくべきだろう」
「うん。それは俺もそう思う」
リアムも、ルナがきっかけを作ってくれたことには感謝していた。
「それで、礼をするためにルナを呼びたいってこと?」
「それもある。一度、本人とも話してみたい」
「そっか。それなら分かった」
リアムは頷いたものの、すぐに考え込んだ。
「でも、ルナ、受け取るかな」
「断ると思うのか?」
「たぶん、実際に研究したのは俺たちだからって言うと思う」
簡単に想像できた。
自分は少し話しただけだから。
研究したのはリアムたちだから。
そう言って遠慮するルナの姿が目に浮かぶ。
「確かに言いそうですね」
それまで黙っていたマシューが口を開いた。
「マシューもそう思う?」
「ええ。船員病のときも、周りが協力してくれたからで自分一人の力ではないと話してましたから」
「だよね」
リアムが頷くと、アーサーは少し考えた。
「本人がそう考えていたとしても、研究のきっかけを作ったことに変わりはない。国として礼をする理由は十分にあるだろう」
「それはそうだけど……」
「ならば、何を贈るかはこちらで勝手に決めず、本人の希望を聞いてみればいい」
「ルナの希望……」
リアムは少し考える。
そして、ふと顔を上げた。
「兄上。それって、本当に何でもいいの?」
「……内容にもよるが、可能な範囲ならな」
「そっか」
リアムの頭に、一つのものが浮かんだ。
それなら、ルナも興味を持つかもしれない。
「何か思いついたのか?」
「うん。たぶん」
リアムは少し笑った。
「それなら、一度ルナに聞いてみようかな」




