第8話:【救世主はランドセルを背負ってやってくる】
「大変よ! ついに我が事務所に、世界的なハッカー集団から攻撃が仕掛けられたわ!」
氷室社長が真っ青な顔で叫びながら、ノートパソコンを振り回して部屋に飛び込んできた。 「社長、落ち着いてください! それ、ただの『Windowsの更新通知』じゃないですか?」 「違うわよ! 画面が真っ暗になって、変な英語がいっぱい出てるの! これじゃ今日の配信ができないわ、ドームが遠のいちゃう!」
陽葵と湊が画面を覗き込むと、そこには確かに謎の文字列が高速で並んでいた。しかしそれは攻撃ではなく、社長が無料配布の怪しい美少女ゲームをインストールしようとして、PCのシステムを根こそぎ破壊しかけているログだった。
「……終わったわね。この事務所も、私の女優復帰の夢も」 湊が絶望し、陽葵が泣きそうになりながらPCを叩こうとした、その時。
コン、コン。
ボロアパートの薄いドアが、控えめに、しかし正確なリズムで叩かれた。 開いたドアの先に立っていたのは、大きなランドセルを背負い、ぶかぶかのパーカーを着た小さな少女。
「……非効率極まりない。外までファンの回転音が聞こえてる。爆発させたいの?」
彼女の名は、白金凛。 近所に住む引きこもりの天才小学生だ。彼女は無言で部屋に上がり込むと、陽葵からノートPCをひったくり、小さな指を鍵盤の上で踊らせた。
「えっ、ちょ、ちょっと君!? 子供が触っちゃダメよ!」 社長の制止を無視して、凛はわずか30秒で画面を元通りにし、さらに陽葵のバグだらけのアバターを、見違えるほど滑らかに動かしてみせた。
「……直した。ついでに、社長が隠してたアダルトサイトの閲覧履歴も全部消去(物理削除)しておいた。感謝して」 「えっ、あ、ありがと……って、変なもの隠してないわよ!!」
凛は冷めた目で部屋を見渡すと、もやしの袋とパンの耳、そしてガムテープで補強されたスマホスタンドを見つめ、深いため息をついた。
「……。私は、自分の書いたコードが汚い絵で汚されるのが我慢ならないだけ。……今日から、私がこの『深海』のシステムを管理する。異論はないわね」
史上最年少の「最強エンジニア」が、もやし事務所に降臨した瞬間だった。 こうして、「もやし女子高生」「没落した女王」「毒舌エンジニア」、そして「ポンコツ社長」という、ドーム逆転劇のための全パーツが揃った。
「……よし! これで完璧よ! 3人合わせて、ユニット名は――」 「「「勝手に決めないで!!」」」
ボロアパートに、3人の怒号と、ほんの少しの希望が響き渡った。




