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『寿命の拳(からくり・ボクシング)』  作者: 水前寺鯉太郎
第二章

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第54話:砕け散る飛天


 【1】

 「——逃がさんばい、鴉ッ!!」

 肩を貫かれ、鮮血が舞う中、拳士の瞳はかつてないほどに静澄せいちょうだった。

 鴉の右脚が拳士の左肩に深く食い込み、物理的に二人の体が連結される。鴉にとっては必殺の「天狗・落とし」が完遂された瞬間だったが、それは同時に、三次元を自由に舞っていた彼が、ついに「地面(ゼロ距離)」という拳士の絶対領域に引きずり下ろされたことを意味していた。

 【2】

 鴉が慌てて脚を引き抜こうと、脚部アーマー『飛天』のガス噴射を最大出力で解放する。

 「ギギギィッ!」と金属の悲鳴が上がる。

 だが、拳士は離さない。左肩の骨が軋む音を無視し、全エネルギーを右拳へと収束させた。狙うは鴉の顔面ではない。跳躍の要であり、今まさに過負荷オーバーロードで火花を散らしている、鴉の右膝――アーマーの「関節駆動部」だ。

 【3】

 「——『可変式バリアブル』・クロス!!」

 拳士の右が、一点の淀みもなく放たれた。

 鴉が脚を戻そうとするベクトルと、拳士が踏み込むベクトル。二つの力が完全に合致した瞬間、拳士の拳が『飛天』の装甲の隙間に、楔を打ち込むように突き刺さった。

 「ドォォォォォン!!」

 衝撃波がリングの霧を円形に吹き飛ばす。

 【4】

 「ガ、ガァァァァァァッ!?」

 鴉の絶叫が三次の夜空に響いた。

 超高圧で圧縮されていた油圧シリンダーが内部から破裂し、美しい曲線を描いていた脚部アーマーが、醜くへし曲がった鉄屑へと変貌する。鴉の誇りであった「空を飛ぶ力」が、拳士の一撃によって根こそぎ破壊されたのだ。

 【5】

 宙に浮いたまま、鴉の肉体から寿命の光が溢れ出す。

 『寿命奪取を検知。……一〇年、二〇年……三二年!!』

 ウォッチが、勝利を祝う残酷な電子音を奏でた。

 鴉の体は糸の切れた人形のようにキャンバスに叩きつけられ、二度と跳ね上がることはなかった。霧が晴れたリングで、拳士は肩を抱えながら、膝を突く。

 「……届いたぞ。……空の先まで、俺の拳が」

 【6】

 準備室。モニターがノイズと共に「WINNER: KENSHI KOMATSUBARA」の文字を映し出す。

 伊勢谷はゆっくりと椅子から立ち上がり、手元の端末を閉じた。

 「……計算外だよ、拳士くん。……関節を狙うための『溜め』を、自分の被弾で作るなんてね」

 

 二回戦突破。

 三十二年の寿命を手に入れ、死の淵から生還した拳士。

 だが、次はいよいよ準決勝。

 勝ち残ったのは、拳士、伊勢谷、そして菊池。

 運命の抽選が、かつての仲間たちを「喰らい合うべき敵」へと変えようとしていた。

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