06_森の中の家
メイシェリルが目を覚ますと知らない天井があった。
(…ここは)
体が気怠いため、目だけ動かし自分のいる部屋を確認する。
小ぢんまりとしてはいるが、とても清潔感のある家の一室だということは分かった。
壁にはたくさんの草が干してあり、草と薬が混じったような香りが漂っている。
(…私は…何故ここにいるのかしら…?)
寝起きであまり回らない頭で目覚める前の出来事を思い出そうとした。
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アイルス家で巨大植物に呑み込まれた後、メイシェリルは一瞬の締め付けを感じすぐに明るい空間に放り出された。
「…ここは?」
辺りを見回すとどこかの民家の一室のようだった。
窓の外にはたくさんの木々が見えるので、林か森の近くかもしれない。
「んあー!!疲れた!この魔法便利だけど魔力の消費多すぎ!」
後ろでいきなり叫ばれてメイシェリルは声もなく驚いた。
振り返るとのたうち回る例の「緑の毛玉」がいた。
「あなたが緑の賢者様でしょうか…?」
勇気を出して緑の毛玉に話しかけてみる。
「んー?なんかそう言われてはいるけど…もーダメ、体シンドイ。ちょっと休む」
毛玉はノロノロ起き上がり、部屋の扉を開けた。
「あたしはちょっと休むから適当にやっててー」
廊下を毛を引きずりながら毛玉は進んでいく。
それをメイシェリルはどうしたら良いか分からずとにかく追いかけた。
「ここが食べ物あるとこー」
「ここの部屋で寝ればいいんじゃないー?」
「ここ本あるとこー」
毛玉はのたのた歩きながら扉の前を通過する度に気だるげに声を上げる。
メイシェリルはそれを聞きつつ頭の中で間取り図を描いていく。
そしてこの家は、平民の家より大分広く部屋数があることが分かった。
ある窓の前で毛玉は止まり、毛玉の中からニョキっと色白な腕が出て家の外の掘っ立て小屋を指差した。
「あそこ厠ね。森には呪いがかけてあるから今はあんま入んないでねー。迷うと助けるの面倒だから。
とりあえずこんなもんでいいでしょ、あとはもう1人で休ませて」
そうして毛玉は1人で屋敷の奥の方へと消えて行ってしまった。
(…勢いでここまで来てしまったけれど、私は一体何をすべきなのでしょう…)
1人残されると遣る瀬無い気持ちが胸に押し寄せてくる。
(賢者様は『森』と仰っていたけど、どこの森かしら…?)
とりあえずメイシェリルは少し家の外へと出てみることにした。
家の扉を開けると開けた草地だった。
奥には道らしきものがあり、道を囲うように生えているのはブナや楢の木だ。
合間にモミジも生えている。
下草も生えており、豊かな森の印象を受けた。
家の側には森から流れてく小川もあり、適度に湿気もありそうだ。
(この辺りに生えている木はそこまで高い山に生えるものではないわ)
それでもメイシェリルは標高に当たりはつけられても、場所までは特定できる気がしなかった。
(でも豊かな森に適度な湿気があるということは……)
メイシェリルの視線は木々から地面に向かう。
すると日陰の落ち葉の上にひょろりとしたきのこを見つけた。
思わず駆け寄って眺める。
(これは……図説でしか見たことのないきのこだわ。落ち葉の下がどうなってるのかも気になるところ……でも捲る前にまずは……)
メイシェリルは一旦室内に戻り、持って来ていた背負い袋から紙とペンを取り出した。
そして再びきのこの元に戻り、きのこのスケッチを始めた。
きのこを描き終えると、描いていたきのこの特徴や生えてる場所、周りに生えている木の種類や日付と時間を追記し、一旦ペンと紙を置く。
そしてきのこの生えた落ち葉をそっと捲ろうとした。
しかし捲ろうとした落ち葉が、その下の落ち葉数枚とくっついており、予想外に剥がすような手応えがあった。
(……やはり白い黴?のようなものがたくさんあるわ……)
落ち葉の黴のように白くなった部分をじっくり観察し、落ち葉を割ってその断面も確認する。
よく目を凝らすと生えているきのこの根元も少し白い。
(これがやはりきのこの『根』なのかしら……)
きのこは世間では植物の仲間と認識されているが、メイシェリルは納得できていなかった。
植物であれば根や茎や葉、花があるはずだが、きのこには傘や柄しかない。
もしくは傘も無いものもあり、植物とは懸け離れているようだと観察するごとに強い疑念を持つようになった。
(これが根だとするなら……柄は茎なのかしら……?でもそれだと……)
一息ついて周りを見渡してみると、朽木の側にまた別のきのこを見つけた。
(あれは以前にも見たことがあるものだわ!また観察できるなんてっ!)
令嬢としてやるべきことが多かったメイシェリルが、今まで実際に見たことがあるきのこは実はそれほど多くない。
何とか時間を捻出して父が連れて行ってくれた領地の森(短時間)や、学院に生えてるきのこの観察(これも時間が限られた)くらいである。
そのため実際に生えているきのこをここまでじっくり観察するのは、本当に久しぶりの出来事だった。
家の周りだけでも複数のきのこがあり、夢中になって観察し、特徴を書き留めていく。
そうやっている内に徐々に手元が暗く見えにくくなっていることに気付き、顔を上げた。
(いつの間にか夕方に……)
外に出た時は頭上にあった青空が夜空に変わりつつあった。
時間の流れる速さに面食らったメイシェリルは思わず勢い良く立ち上がった。
と、同時に視界が暗くなる。
飲まず食わずで半日いたため、立ち眩みを引き起こしたことをメイシェリルは悟った。
だが悟ったところでどうしようもできないままメイシェリルの意識は暗転し、その場に崩れ落ちてしまった。
(……私は外で気を失ってしまったのね……)
メイシェリルは一通りの出来事を思い出し、そっと体を起こした。
服はこの家に来た時と同じものだったが、寝苦しくない程度に緩められている。
(どなたが私をベッドまで運んでくださったのかしら?)
不思議に思っていると、部屋の外からトントンと軽い足音が聞こえてくる。
そしてメイシェリルのいる部屋の前で足音は止まり、扉が開いた。
現れたのは小柄な男の子だった。
長めの白い髪を後ろでざっくばらんに一つに束ねており、前髪の隙間から見える瞳はスミレのように綺麗な紫色をしている。
(歳は……十歳くらいかしら?)
サロンで見かけた小さな令息たちくらいだ、とマシェルは見当をつけた。
男の子はベッドに体を起こしているメイシェリルを見て驚いたのか、少し目を見開き足を止めた。
「あの、あなたはここの住人でしょうか?」
メイシェリルはとりあえず優しい声音を意識しつつ、その子どもに話しかけた。
「………いや、ここのダメ人間の世話をしに通ってるだけで、住人ではない」
変な間の後にぶっきらぼうな答えが返ってきた。
「お前、誰だ。あの婆さんに無理矢理攫われてきたのか?それにしては外でいろいろやっていたみたいだが」
男の子は訝しげな顔をメイシェリルに向ける。
「失礼いたしました。私はメイシェリルと申します。緑の賢者様に連れられてこちらに参りました」
メイシェリルは男の子に事情を隠さず説明した。
「あの、差し支え無ければ、こちらはどこであなたは……」
「ひどいよルスラ!せっかくここまで育てたのに熱湯をかけるだなんてっ!!あたしじゃなかったら死んでるからね?!」
メイシェリルが男の子に質問しようとした瞬間、廊下から泣きが入った凄まじい大声が割り込んできた。
「勝手に人を連れ込んで、そのくせ勝手に部屋に籠って寝コケているからだろ。そもそも手入れも一人で出来ないクセに髪を伸ばし過ぎだ」
ルスラ、と呼ばれた男の子は顰め面をする。
扉の陰から、ひょっこりと色白な髪の短い女性が顔を出した。
二十代半ばだろうか、美人という訳ではないが愛嬌のある顔をしている。
「あ!メイシェリル見つけた!なんでベッドにいるの?」
「家の外で倒れてたから俺が運んだ」
どうやら倒れたメイシェリルを運んでくれたのはルスラだったらしい。メイシェリルは小さな子に無理をさせてしまったと反省する。
「ルスラさん、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」
「ほんとにな」
子どもなのにルスラの眉間には渓谷のような深い皺ができている。
「ルスラー、髪切ったやつそのままだから片付けといてー。ひょっとしたら生きてる部分から根を出すかもしんない」
「バカ!ちゃんと片付けろよ!」
短髪の女性の言葉にルスラは一瞬で青褪める。
そして走りだして何処かへ行ってしまった。
「さてお邪魔虫はどっか行ったし……メイシェリル、見たよ!メイシェリルが書いたきのこのメモ!」
短髪の女性がメイシェリルのベッドに飛び乗った。
ふとメイシェリルは女性の深緑色の髪に見覚えがあることに気づく。
「……緑の賢者様でしょうか?」
「そうそう!ルスラが寝てるあたしの頭にバケツいっぱいの熱湯かけるから髪が萎れちゃってさー、こんなに短くなっちゃったよ。
あ!あたしのことはシオンって呼んで!呼び捨てね!『様』とかなんかむず痒いから」
緑の賢者についておどろおどろしい噂ばかり聞いていたが、実際のシオンはとても豪快で気さくな雰囲気だとメイシェリルは思った。
「それよりもメイシェリル!きのこの研究って実際なに調べてるの?なに研究してるの?」
知的好奇心に瞳を輝かせ、シオンはメイシェリルに問いかける。
「私はきのこがそもそも何なのかの追求と、きのこの魔法活用について研究しています」
「きのこが何か?植物じゃないの?土とかから生えるでしょ?」
「まだ確証は得られていませんが、植物とは異なるのではないか、と私は考えています。植物の茎や葉を薄く切ったものと、きのこの柄や傘を薄く切ったものを拡大して観察したところ、造りが大きく異なっていたので……」
「茎や葉を拡大して見る?!何それどんな魔法??」
シオンが好奇心が爆発したようにマシェルの肩を掴み揺らした。
「いえ、拡大して観察するための道具があるのです。元々学院の学長が発明した道具で、二枚のガラスレンズで対象を拡大して観るのです。魔法は見えやすさの調節に使っているくらいですね」
「へぇ~、学院ってのはなかなか面白そうなことやってんじゃん!あたしも観たい!やりたい!」
「持って来れたので、後でお見せできると思います」
背負い袋に壊れないよう厳重に包んだ荷物を思い浮かべ、メイシェリルは頷いた。
「うんうん!それじゃあこのままこの家で住み込みで研究するってことで良いかな?」
シオンはニコリと笑い右手を差し出した。
「はい、よろしくお願いいたします!」
メイシェリルは迷うことなくその手を握り返したのだった。
【作中補足】
きのこは黴と同じ菌類に分類されている。
しかし菌類という括りができたのは近代になってからとなる。
さらに20世紀(1900年代半ば)になって五界説が確立し、菌界に分類されるようになった。その後研究が進み、菌類が植物より動物に近いと定義された。




