05_灰と葉
「学院を退学した際に理事長から餞別でこちらを頂いていたのです」
宝箱から出したのは小さな守り袋のようなものだった。
この宝箱(と中身)はブランクの資産で買ったものやメイシェリル個人に宛てた贈り物が入っていたものだったため、エマニティス家から持ち出すことが可能だった。
実はエマニティス家のメイシェリルの部屋にあったものは殆どブランクが個人的に購入したものだった。
ただそれらをリモニーとメイシェリルだけで全部持っていくには人手と荷造りの時間が圧倒的に足りなかったため、必要最低限を厳選し持ち出すことしかできなかったのだった。
「理事長が私がもし研究を続ける気があるなら、理事長の知り合いである植物研究家に連絡をしてみて欲しいと。この袋に入っているのはその植物研究家に手紙を送れる『印の灰』だそうです」
『印の灰』はかまどや暖炉を通して短い手紙を瞬時にやり取りできる魔法で使用される特別な灰である、ということはリモニーも知っていた。
しかし貴重なものであるため、具体的にどう使われるのかは見たことが無かった。
「これを使ってその研究家の方に、私を受け入れてくださるか手紙を送ってみます」
そう言ってメイシェリルは紅茶のカップを置き、ペンを手にした。
メイシェリルは手紙を書き終えると、封をする前に客間の暖炉に向かう。
暖炉から一掴みほどの灰を掬い、紙の上に盛り、紙に盛った灰に杖の先端を突き刺した。
灰を崩しながら何かの文様を描いているようだった。
描き終わると文様が崩れるのも構わず、そのまま灰が溢れないよう紙で包み封筒に入れ封をした。
「申し訳ありませんが、私の部屋をここから移さないようお願いいたします。返信用の灰をこの部屋の暖炉のものにしましたので」
メイシェリルの願いを、リモニーとレオルドは頷き受け入れた。
メイシェリルは杖と手紙を持って暖炉の近くに寄り、暖炉の前に手紙を置いた。
それから手紙と暖炉の中を繋ぐように、理事長から貰った灰を落としていく。
時折何か呟きながら杖で灰と手紙をなぞっている。
リモニーは初めて見る長い魔法の手順を、息を殺して見つめていた。
「【印の元に正しく届けよ】」
メイシェリルがはっきりと最後の呪文唱えると、灰が青く燃えさかり手紙を包んだ。
「ちょっ!火!水!」
「待て、落ち着いて!」
リモニーは驚き、ポットのお湯をかけようとするがレオルドが制止した。
燃えていた手紙と灰は気付くと何処かに消えており、床には燃えた後も何も無かった。
「……これで手紙を送れたと思います……」
リモニーたちにそう呟いたメイシェリルの顔を見て、その青白さにリモニーは再び驚く。
「メイシェリル大丈夫?!顔色がとても悪いわ!」
「この魔法はとても魔力を使うものなの……。少し休めば治るわ」
「兄様、すぐにメイシェリルを休ませるわ!信頼できる使用人も何人か寄こして!」
リモニーはメイシェリルを支え、ベッドへと連れて行きながらレオルドに指示を出した。
レオルドも「分かった」と頷くと急いで部屋を出て行った。
手紙を送った結果、翌日にはあっさりと受け入れる返信が暖炉を通してやってきた。
ただ、いつどこに向かえばいいのかも、何を用意すべきかも書かれておらず、小さな植物の種が添えられているだけだった。
『準備ができたら種を水につけてね』
返信の手紙にはそれしか書かれていなかった。
とにかくメイシェリルの受け入れ先は決まったので、アイルス家の使用人に気取られないように秘密裏に準備を進めた。
どこでマグヌスに話が漏れるか、気が気ではない日々を過ごし1週間が経った。
その日は王都の商会連のどうしても欠席できない会合で、レオルドもアイルス子爵夫人も不在であった。
リモニーとメイシェリルはいつも通り客間でお茶を楽しむ。
「なんとか準備は大体整ったわね」
「ええ、おかげさまで」
どのような状況で出発となるか分からなかったため、荷物は背負い袋1つ分に収めた。
「そういえば準備が出来たらこの種を水に付けるのよね」
リモニーが送られてきた種を持ち上げる。
何度眺めても茶色く細長いだけの何の変哲も無さそうな種にしか見えなかった。
「リモニー様!大変です!マグヌス様が一部の従業員と使用人を連れてこちらへ向かっています!おそらくメイシェリル様を無理矢理連れて行こうとしています!」
客間の扉がいきなり開き入室してきた家令はリモニーに向かって叫ぶように報告する。
それに驚いたリモニーは、うっかり手に持っていた種を取り落とした。
ぽちゃん。
「「あっ」」
種は真っ直ぐにリモニーの熱い紅茶が入ったカップへと吸い込まれたのだった。
「ご、ごごご、ごめんなさいメイシェリルえ、これどうしたら、いえそれよりもマグヌスおじ様に帰ってもらわないと」
「ここまで来てそれはないだろ、リモニー。メイシェリル迎えにきたぞ」
焦るリモニーたちにやって来たマグヌスが声をかけた。
マグヌスの後ろにはマグヌスを支持する従業員や使用人が10人程控えている。
「お断りします」
メイシェリルがきっぱりと言う。
「なら多少力尽くになるのは仕方ねぇな。……おい、お前らソレは何だ…?」
下卑た笑いを浮かべていたマグヌスは、不意に怪訝な顔をしてリモニーの方を指差した。
「…なにこれ?」
リモニーの紅茶のカップから大きな葉が生えていた。
しかもリモニーたちが見てる間にもずんずんすくすく大きくなり、茎や新芽が生えてくる。
その新芽の中にあった葉の1枚は大きく袋状になり、人1人分ほどとなった。
そして袋が激しく動いたかと思うと長い緑の毛が生えた何かが中から飛び出してきた。
「熱っっっつい!!水につけてとは書いたけど、アツアツの紅茶に浸すとかバカじゃないの?!あたしが造った種じゃなきゃ芽吹かなかったよ!」
リモニーは袋から出てきたのがとてつもなく大きな毛の長い犬だと思った。
しかし叫んだ言葉で人間だとようやく分かった。
毛の塊は左右に揺れる。
「……ふーん、さすがのあたしでも状況はなんか察したよ。メイシェリルってのは誰?」
どうやら室内を見渡していたらしい。
顔も何もかも見えないため、リモニーは毛玉の言動で予測するしかない。
「メイシェリルは私です」
「んじゃ行こっか。荷物は少ししか持ってけないよ。あー、それくらい?じゃあギリギリ大丈夫」
メイシェリルと荷物を見て、うんうん頷く毛玉。
「待て!そいつはオレたちが連れて行くんだ!」
マグヌスが叫び毛玉に飛びかかった。
不意に毛玉から巨大なツルが飛び出し、マグヌスをはたき落とした。
「うるさいなぁ。あたしが連れてくって言ってんだから邪魔しないでよ。あんまり邪魔すると畑の肥料にすんぞ?」
毛玉は不機嫌に言う。
毛玉の言葉を聞いて、マグヌスの取り巻き達から悲鳴が上がる。
「……あっ、あっ、こいつっ緑の賢者だっ」
「あの人を土塊にする化け物?!」
「……無理だ敵わねぇ……」
「まだ死にたくない逃げろっ!!!」
取り巻きたちは床で伸びてるマグヌスを放置し客間から逃げて行った。
「よーし、これで邪魔者は居なくなったね!じゃあ出発しよう!この子もそんな長くは保たないし」
毛玉がご機嫌そうにメイシェリルの手をとった。
メイシェリルはリモニーの方を振り返り、片手でリモニーをギュッと抱きしめた。
「リモニー、今までありがとう。行ってくるわ」
掠れた声がリモニーの耳元を過ぎる。
無意識にリモニーは引き留めようと手を伸ばしたが、何も掴めなかった。
メイシェリルがリモニーから離れた瞬間に、メイシェリルと毛玉は袋の中に吸い込まれてしまった。
そして巨大植物は役目が終わったとばかりに萎れていき、跡形もなく消え去っていた。
「……よし」
リモニーはしばらく茫然とした後、我に返り自分に活を入れた。
「まずは家のゴミ掃除をしましょう。あの子がいつでも頼ってこれるように」
そう言って床に伸びているマグヌスを見下ろしたのだった。




