04_アイルス家
勘当され行き場を失ってしまったメイシェリルを、リモニーはアイルス子爵家に連れて行くことにした。
ごく僅かな荷物を持ちエマニティス家の王都の屋敷を出るメイシェリルとリモニーを、勘当の手紙をメイシェリルに持ってきた老年の家令が見ていた。
「それではお元気で」
淡々とエマニティス家の財産の持ち出しは禁止だと伝えていた家令が、さらにメイシェリルにそう言って見送ったので、リモニーは家令を蹴飛ばしてやりたい気持ちを抑えるのに必死だった。
アイルス子爵家の屋敷は同じ王都にあるため、移動は馬車で短時間で済んだ。
少し懐かしさを感じるアイルス子爵家の屋敷では、リモニーの母親と兄が待ってくれていた。
「リモニー、おかえりなさい。メイシェリルはいらっしゃい。ここを本当の我が家と思って頂戴ね」
アイルス子爵夫人がリモニーとメイシェリルを代わる代わる抱きしめる。
そこにややふくよかな青年が声をかけた。
「2人とも久しぶり。そして済まない。いろいろと商会の方が落ち着かず、メイシェリル様の噂の対応が後手になってしまって…」
リモニーの2つ年上の兄、レオルドだった。
レオルド、「獅子」を冠する名前をつけてもらったが、体型と細い目、本人から漂う牧歌的な雰囲気のせいで、獅子より日向で眠る猫のようだと周りによく揶揄されている。
「レオルド様は商会長代理の役目でお忙しかったでしょう?
今回の件はうまく場をまとめられず、噂にも何も対応出来なかった私の落ち度ですわ。
私のせいでさらに負担をかけてしまって…どうお詫びしたら良いか…」
メイシェリルは顔を曇らせた。
「いや、メイシェリル様は悪くないよ。社交もさせず噂を放置したエマニティス家が良くないんだから。
ルーベリア様は何を考えているのやら……。
……あと商会が忙しいのは私が成人前でこんな見た目だからさ……」
とレオルドは肩を落として自嘲する。
普段のレオルドならその見た目で相手の懐に入り優位に商談を進めるだけの技量があったが、リモニーが最近受け取っていた母の手紙にはその兄の見た目が裏目に出ていると書いてあった。
年若く貫禄が無いため、一部の古参従業員と親族がレオルドに商会は任せられないと反発しているのだ。
「おや?屋敷の前に馬車が停まっているので来てみれば、噂の『嘘つききのこ令嬢』じゃないか!なんだ?うちに毒きのこでも卸にきたのかね?」
「メイシェリル様に失礼なこと言わないで!それに『うち』って言うけどあなたの商会じゃないわ!マグヌスおじ様!」
突如として乱入してきた無礼な中年男にリモニーは即座に言い返した。
マグヌス・アング、リモニーの祖父の妹の息子、つまり従兄弟おじである。
正直、リモニーは他人だと思っている。
実際血縁も至極薄いはずなのに、マグヌスは事あるごとに身内の面をして商会に加わろうとする厄介者だ。
リモニーの父が元気だった頃はマグヌスの介入を阻止できていたが、レオルドが代理となってからは古参従業員の一部がマグヌスの支持をし始めており、口出しする頻度が増えてしまっている。
「リモニーは相変わらずうるせぇなぁ!そんなんだと嫁ぎ遅れるぞー?」
ゲラゲラと下品にリモニーのことをひとしきり笑うと、マグヌスはメイシェリルの方を振り向く。
「それよりもメイシェリル、お前だよ。お前、婚約破棄されたんだろ?可哀想になぁ?あんまりにも哀れだったからオレが縁談持って来てやったよ!このままこの家に居てもお荷物になるだけだろ?」
「メイシェリルの縁談は私とレオルドで相応しい方を見つけます!そもそも平民のあなたがメイシェリルを呼び捨てにするなど無礼ですわ!」
リモニーの母がマグヌスにぴしゃりと言った。
しかしマグヌスはヘラヘラとしたままだ。
「無礼っつってもよー、こいつ実家から勘当されてんだろ?
で、まだアイルス家とも養子縁組してないってんなら、今はオレと同じ平民じゃねーか!
こーんなお高く止まったツラしてるが、一人じゃなーんにもできない育ちがいいだけのガキだろ?
それを賢いオレが商会のために有効活用してやろうって言ってんだよ」
「ちなみに嫁ぎ先とはどちらでしょうか?」
マグヌスの暴言に拳を握っていたリモニーを制するように、メイシェリルが訊ねた。
マグヌスはニンマリ笑う。
「隣国のアンガラだよ。あっちのお偉いさんが第三夫人を探してるんだと。
アンガラならすぐ嫁いで子作りだってできるだろ?」
「「「んなとこに嫁がせるワケないでしょ(だろ)!さっさと帰れー!!!」」」
リモニー、レオルド、アイルス子爵夫人の怒りが炸裂した。
なんとかマグヌスを追い出し、リモニーはメイシェリルを客間に案内した。
「帰って来て早々、嫌な目に遭っちゃったけど、今日はともかくゆっくり休んでね!」
「ありがとう、リモニー。でもこんな大変な時だから、私ができることは何でもお手伝いをさせて頂戴ね」
2人で紅茶を飲みながらようやくふっと息がつけた気がした。
「そういえば嫁ぎ先の話とかしてて思ったんだけど、もうエマニティス家とは関係無くなったんだから学院に復学するのもアリなんじゃない?」
「えっ?」
「兄様たちから聞いたわよ!
メイシェリルがブランク伯父様と一緒に研究のための道具とかいろいろ発明して学院に卸してるって!
金銭的にも我が家なら余裕だし、誰もメイシェリルを止める人なんていないわよ」
リモニーの言葉にメイシェリルは目を瞬かせた。
「発明なんかじゃないのよ。もうすでにあったものを使いやすいようにしただけなの。それに講師や学友の方たちにも手伝っていただいたし……。
でも復学……考えてもいなかったわ。……研究を続けて何か成果が出せればお母様も認めてくださるかも……」
ぽつりとメイシェリルが呟いた言葉に、リモニーはどう返そうかと言葉に詰まってしまう。
すると客間の扉がノックとほぼ同時に開かれた。
「すまない、リモニー、メイシェリル!急ぎ伝えたいことがあるんだ!」
「兄様!ノックの返事も聞かずに急に入って来ないで!馬鹿!マヌケ!変態!朴念仁!」
急ぎ入室してきたレオルドにリモニーは反射的に罵倒する。
「ごめん!でもそこまで言わなくても……」
「レオルド様、伝えたいこととは?」
兄妹喧嘩が始まりそうな雰囲気を制し、メイシェリルはレオルドに続きを話すよう促した。
「先程マグヌスが大声でアンガラ国にメイシェリルを嫁がせるという話をしたせいで、使用人の中にもマグヌスを支持する者が出てきたんだ……」
「何でそんなことになるのよ!」
リモニーが悲鳴をあげた。
「ブランク伯父様は元々別の令嬢と結婚する予定だったのはリモニーも知ってるだろ?
そこに王太子の婚約者候補から外れたルーベリア様との婚約が横やりのように組まれてブランク伯父様はエマニティス家に婿に行ったわけだが……
そのことでエマニティス家に対してあまり良くない感情を持つ使用人が実はかなりいたんだよ……」
リモニーは唇を噛む。
メイシェリルが勘当されたのにエマニティス家生まれというだけで不当に扱われるのは、理不尽だと感じる。
「マグヌスたちが強硬手段に出る前に、いっそのこと碑文館に入ってもらった方がいいかもしれない……」
碑文館とは古代魔法文明の遺物を読み解き、その技術や奇跡を現代に復元することを目的・至上とする機関である。
規律がとても厳しいことで有名だが、同時に数年碑文館で働いた者は一定の地位が保証されることでも有名である。
行き場の無い貴族の次男や令嬢が、よく碑文館入りしていることでも知られている。
「……おそらく、私は碑文館に受け入れてもらえません」
メイシェリルの言葉にレオルドはハッとする。
「そうか、碑文館と学院は方針が相反していることで、何回かトラブルになってるものな……。学院出身のメイシェリルは門前払いされる可能性が高いな……」
リモニーとレオルドはがっくりと項垂れた。
「1つ、どうなるか分からないですが伝手があります」
そう言ってメイシェリルはきのこを入れていた秘密の宝箱を出したのだった。




