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03_サロン(後編)

散々なサロンの始まりではあったが、リモニーは一旦心を落ち着けると早速顔見知りの侍女を探し世間話に興じた。

葡萄酒を片手にリモニー自身は当たり障りの無い話をしつつも、周りの話に耳を傾ける。


「プラテュー伯爵家の『継承の儀』の失敗、聞きましたこと?」

「ああ、ご子息が伯爵家の血を継いでなかったんですってね」

「どうやらプラテュー伯爵夫人のお相手は幼馴染の平民らしいですわよ」

「まぁ!でも伯爵夫人、元は愛人の子ですからねぇ。こうなるのも分かりますわぁ。そういえば元々は夫人のお姉様が婚約者だったけど、男性関係でいろいろあって妹の方に変わったんでしたっけ?」

「そうなのよ、姉妹揃ってとんだ阿婆擦れよねぇ」


控えの間では使用人と主人を待つ侍女達が入り乱れているため、かなり下品な言葉や話題が飛び交うことも多い。

リモニーはそれらを聞いて客観的な事実だけを拾っていく。


「緑の賢者がまた隣国の兵士を土クズに変えたらしいわよ」

「あちらの国も飽きずによくやるわねぇ。でも人を土クズに変える魔法なんて怖いわ。国もさすがに放置しすぎじゃないかしら?」

「そういえば、先ほどのグランシャン侯爵令息を見まして?モンテス子爵夫人にとても下品な視線を寄こして」

「でもモンテス子爵夫人も持て囃されたい性分だから満更でもないのではなくって?不憫なのはエマニティス伯爵令嬢よねぇ。うふふ」


(身内の恥は敢えて聞かないフリよ!)


ここで噂話に怒鳴り込んでは、ただの噂話で済むものが尾ひれや背びれがついて勝手に泳ぎ出す結果になることは分かりきっているので、リモニーは無心を貫いた。

そうしていると、控えの間に料理が運ばれてきた。

普段はサロンの残り物が出されることが多いが、今日は残り物とは思えないほど立派なパイ包みがある。モンテス子爵家の使用人が部屋にいる人々に声をかける。


「こちらは奥様から皆様に是非食べて頂きたいとご用意したものです」


それを聞いて控えの間にいた侍女達は沸き立った。

リモニーもメイシェリルが言っていたパイ包みを食べられると聞いて期待に胸を膨らませる。

一通り歓声が落ち着いたところで、使用人が言葉を続ける。


「奥様は先代の味を再現すべく自ら山へ登りました。前日の雨で道はとても悪かったのですかが奥様は諦めず、苦心の末に山頂付近の白樺の森で、紅く輝くきのこの群生地を見つけなさりました。なんとそのきのここそが、先代がパイに使用していたきのこだったのです」


別の使用人がパイの横にきのこが入ったカゴを置いた。

確かに肉厚なそのきのこの傘は紅い。

白い柄がよりその紅を引き立てている。

少し白いイボがついたものもあったが、リモニーが素人目に見ても美しい立派なきのこだった。


「えー、なお、白樺の森できのこを採る奥様のあまりの美しさに同行していた絵師が深く感動し、現在当時の絵を描いているところです」


(はいはい、奥様の山登り冒険譚として社交界で広げたいのね)


使用人の言葉にそうリモニーが考えている間に、噂のパイがやってきた。


(では頂こうかしら)


バターをたっぷり使用した生地はサクサクで贅沢な味がした。

そしてパイの中にはきのこが詰まっており、そのきのこがとてつもない旨味を持っていた。


(すごい!旨味が強くて舌がピリピリするなんて初めて!これはなかなか……)


そう思ってリモニーはもう一口と口をあけようとしたところ、


「なっ!!毒きのこですって?!」


甲高い大きな声がサロン会場から聞こえてきたのだった。


「奥様、どうなさいましたか?!」


先ほどパイ包みを配っていた使用人が慌ててサロン会場の扉を開けた。


すると会場の真ん中でモンテス子爵夫人が、家令と思わしき使用人を声高に詰っているのが見えた。


「こんなに美味なのに毒な訳がないでしょう!むしろ先代の時よりも美味しいと評判よ!!私のサロンに泥を塗ったお前を許さないわよ!」


と怒りに顔を歪め扇子で家令を打ちのめしている。


(こっわっ!どうするの、この雰囲気。あと毒って言ってたけど、どうしたらいいのかしら?)


リモニーは他人事として今後どうなるかの心配をしつつ、口の中に居座るきのこの旨味を流すように葡萄酒を口にする。


「お待ちください」


凛とした声がサロン会場に響いた。

怒れる子爵夫人に声をかけたのは己の主人だったため、危うく葡萄酒でリモニーは噎せそうになった。


(ちょっと!メイシェリル何するつもりなの?!)


「そちらの使用人にきのこが毒と伝えたのは私です。ですので、それ以上その方を打つのはお止めになっていただきたいのです」


メイシェリルの言葉を聞いてリモニーは理解した。

メイシェリルは毒きのこだと分かった際に密やかに子爵夫人に使用人を通して伝え、誰も恥をかかないように秘密裏にこの件を処理したかったのだと。

しかし誤算だったのは、そこまでの社交の技量と振る舞いを子爵夫人は持ち合わせていなかったことだった。


「これのどこが毒きのこだと言うのよ!さっきも言いましたけど、とても美味しいと評判だったわよ!なんなら先代のものより味が良いと言われていたわ!」


「美味しすぎるのが問題なのです。このパイに使われているのはタマゴタケによく似た『アカヒョウ』と呼ばれるきのこです。

『アカヒョウ』は旨味がタマゴタケより強いですが、毒があるのです。

先代の子爵夫人がパイに使っていたタマゴタケは柄とヒダの色が黄色く、根元に卵のようなツボがあります。

しかしこちらのお見せいただいたものには、柄もヒダも白色で根元に卵に似たツボがありません。あとは白い斑点のようなイボが傘につきますが……前日雨が降ったとのことでイボは多くは流れてしまったようですね。しかしいくつか残っているようです」


噛みつく子爵夫人にメイシェリルはきっぱりと言い切った。


「でも毒だと言うならまだ誰も倒れていないじゃない!言いがかりよ!」


「すぐに症状が出る毒では無いのです。それに少量であれば症状が出ない場合もあります。ただ、このまま大量に食べてしまうと、おう吐や腹痛、目眩や幻覚が出る可能性があります。まだ皆様は一口程度しか食べてないようですし、どうか一旦パイを下げてご確認いただけないでしょうか?」


食い下がり続ける子爵夫人に、メイシェリルが丁寧に懇願した。

それに対し子爵夫人の顔色は青くなっていく。


「メイシェリル!何故モンテス子爵夫人に恥をかかせるのだ!」


そこに要らぬ助け舟を出す輩がいた。

リモニーもよく知る人物である。


(何やってんのグランシャン侯爵令息!!)


顔をキリッとさせ、モンテス子爵夫人を背中に庇いながらメイシェリルの前に立ったのはトニトスウェールだった。


「グランシャン侯爵令息様、メイシェリル様は恥をかかせるつもりなどございませんでした!」


リモニーは我慢できずメイシェリルの側に寄り、トニトスウェールに訴えた。


「……グランシャン侯爵令息、私、折角のサロンがこんなことになってとっっても悲しいです……」


さっきの怒髪天や青い顔は何処へやら、モンテス子爵夫人も科を作りトニトスウェールに訴える。

さらにご丁寧に涙目の上目遣いで、立派な胸(人工物)をトニトスウェールの腕に押し付けた。

その瞬間、トニトスウェールの鼻の下がグンッと伸びたように見えた。

リモニーはそれを見て直感的に思う。


(あ。この人ダメだ……)


「メイシェリル、毒きのこを使っていると嘘を言ってサロンの雰囲気を台無しにしたことを、モンテス子爵夫人に謝罪したまえ。今なら夫人も寛大な心で許してくれるだろう」


「ええ、毒きのこだと言ったことを撤回ししっかり謝罪していただければ、私はそれで充分です……」


トニトスウェールとモンテス子爵夫人は、当然のようにメイシェリルに謝罪を要求する。

そこに「きのこは本当に毒きのこかも」や「よく分からないから有耶無耶にしよう」という考えや配慮は一切無かった。

周りのサロン参加者はただ困惑しつつも、面白そうにこのやり取りを観ているだけだ。

助け舟が出る余地は一切無い。

リモニーはどうやってこの場を治めるべきか、分からなかった。


「お断りします」


「え?」


メイシェリルの言葉をトニトスウェールは聞き返す。


「お断りします、と申しました。私は嘘をついておりませんので、謝罪はいたしません」


毅然としたメイシェリルに対し、トニトスウェールもモンテス子爵夫人も顔を怒りで赤くしていく。


「ただの令嬢がそんなきのこに詳しいはずがないでしょう?!」


「君は学院で一体何を学んでいたんだ!そんな強情で意味の分からないことを言う人間ではなかったろう!」


「トニトスウェール様、学院が悪いような言い方は撤回してくださいませ」


激情をぶつける2人にメイシェリルは淡々と返す。

それがトニトスウェールには尚のこと面白くなかったようだった。


「ええい!学がある女は碌でもないと母上が言っていたことは本当だった!年長者も男も立てられないような女はグランシャン侯爵家に相応しくない!婚約は破棄させてもらう!」


トニトスウェールは母親への崇拝を迸らせながら、高らかに叫んだ。


「承りました。あとは当主同士の話し合いになると思いますので、私たちはここで失礼いたします」


メイシェリルは静かに一礼をし、トニトスウェールに背を向けた。



「リモニー、あなたはどれくらいきのこを食べたかしら?」


「一口くらいね。その後にあの騒ぎだったから。他の人も同じくらいじゃないかしら?」


「ならおそらく控えの間にいらした方々も、酷い中毒になる方はいなさそうね。うっかりもし食べ続けても亡くなるような毒ではないから…大丈夫ね」


帰りの馬車に乗り込んだメイシェリルはリモニーに確認し、ほっと息をついた。


「「疲れたわね」」


ふと2人の口から溜息が漏れ出でた。

顔を合わせると互いに苦笑いを浮かべる。


「今日のことはお母様に直接ご報告する必要があるわ。帰ったら明日訪問する旨を家令に伝えましょう」


「まあ、いろいろあったけど、あんな人と結婚しなくて済むのはよかったかもね。次の婚約者探しはうちの兄様や母様にも噛んでもらってもっといい相手探しましょ!」


リモニーはメイシェリルを元気付けるように言った。


「……しばらく忙しくなりそうね。今日のことで良からぬ噂も出るでしょうから、なるべくいろいろなサロンに参加して臨機応変に対応していきましょう」


そうメイシェリルが言った通りの未来が来るとこの時リモニーは思っていた。

まさかエマニティス家当主と会えないまま婚約破棄され、メイシェリルがエマニティス家から勘当されるとは思いもしていなかった。


【作中きのこ】

アカヒョウ=ベニテングタケ(ベニテングタケの色とテングタケの学名(Amanita pantherina)から)

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