03_サロン(前編)
リモニーは慣れた手つきでメイシェリルの夜空のように美しい黒髪を結い上げる。
「今日はモンテス子爵家で開かれるサロンの参加よね?」
メイシェリルの支度を手伝いながらリモニーは確認する。
今日も今日とてサロンに参加しなければならない。
髪を結われながらメイシェリルは小さく頷く。
「ええ、今回はトニトスウェール様が成人して初めて参加するサロンなの。だから付き添うようにと、グランシャン侯爵夫人からお願いされたのよ」
それを聞いてリモニーはげんなりした。
トニトスウェールは御年二十歳のグランシャン侯爵家の一人息子で嫡男でもある。
この国では先々代の女王の時に制定された法により、二十歳から成人とみなされ、そこから結婚や子供を作ることが許されている。
先日晴れて大人の貴族の仲間入りをしたのに、わざわざ付き添い(しかも五歳年下の婚約者)をつける侯爵夫人と、それを良しとする侯爵のあまりにも過保護すぎる対応はリモニーには理解できなかった。
「リモニー、そんな顔しないで。他派閥の動向も確認するようお母様から指示があったから、ちょうどいいのよ」
メイシェリルはしかめっ面のリモニーを宥める。
学院を退学してからメイシェリルに当主代理として社交に参加するよう申し付けられることが増えた。
あまりにも増えすぎているため、ついこの間家令に文句を言おうとしたところ、メイシェリルが
「お母様は私が役目を全うできるときっと信頼してくださっているのよ」
と言って止めた。
メイシェリル本人が心の底からそう思っているようだったので、リモニーはそれ以上何も言えなくなってしまった。
(ルーベリア様が何を考えているかなんて分からないけど、メイシェリルが思うように社交できるよう、私は全力でサポートするまでよ!)
そう自分に言い聞かせることでリモニーは気持ちを切り替えるようにしていた。
「モンテス子爵家と言えば、王都より北西の方に領地を持つ中立派の家よね」
「ええ、豊かな森を持つ山があるので、材木や彫刻を施した家具で財を築いているわ」
「あら?そういえば一年前に前子爵夫人が亡くなってるわよね?」
「……前子爵夫人は……そうね、冬に肺を患って亡くなってしまったわ……」
リモニーが尋ねると、メイシェリルが珍しく物憂げに溜息をついた。
「え、あなたそんなに前子爵夫人と仲良かったかしら?」
「いえ、サロンに何度か参加させていただいたくらいよ。
……実は前子爵夫人のサロンでは、夫人が手ずから採取したきのこのパイ包みが提供されてたの。タマゴタケというきのこなのだけど、とても美味しいのよ。」
憂いを帯びた瞳のままメイシェリルは続ける。
「あなたがいつも待機してくれてる控えの間までは提供されていなかったわね。
前子爵夫人は今の子爵夫人のことあまり信頼されていないようだったから、さすがに今回はあのパイ包みは提供できないでしょうね……。
もっと詳しく夫人のきのこ狩りのお話を聞きたかったのだけど、そんな根掘り葉掘りは聞けないから、本当に惜しい方を亡くしたわ……」
(この子、学院辞めてもきのこ好きなとこは全くぶれないわね……)
リモニーは感心しつつ手際良くメイシェリルの髪に仕上げをした。
「とりあえず今回は今の子爵夫人がどのくらい社交慣れしているかと、他家の動向の見極めね。私も控えの間でいつも通り情報を集めてあなたに教えるわ。……はい、支度もできたわよ」
髪型やドレスの最終チェックをし、メイシェリルに報告する。
「いつもありがとう、リモニー。支度も完璧よ。それでは参りましょう」
馬車で王都にあるモンテス子爵家の屋敷に向かうと玄関ホールで優男な雰囲気の青年、トニトスウェールが待っていた。
「やあメイシェリル、今日も美しいね」
定型的な賛辞を述べながらトニトスウェールはメイシェリルにエスコートを申し出た。
(そうやってれば普通の令息なのに、中身はとんだ甘やかされ坊ちゃんなのよね……)
心の中で毒づきながらもリモニーは二人に静かに追随していく。
「いや、母上には困ったものだよ。私一人でも問題は無いと言っているのに、どうしても君を連れて行けと。まあ君の出番は無いと思うよ。他家の挨拶も腹の探りあいも全て私に任せて、今日はゆるりと楽しみたまえ」
何も聞いてないのにペラペラとトニトスウェールはメイシェリルに話しかける。
どうやら初めての母親の付き添いが無い社交で張り切っているのだな、とリモニーは思う。
メイシェリルはただにこやかに聞いていた。
そうしている内に控えの間に到着する。
「メイシェリル様、私はいつも通りこちらにおります」
リモニーは一礼し、控えの間に留まる。
控えの間の更に奥の扉からはサロン会場が見えた。
サロン会場の人だかりの中心にいる艶然とした雰囲気の女性が現モンテス子爵夫人だとリモニーは察した。
そしてメイシェリルを是非見守って欲しい、とトニトスウェールを期待を込めて見ると、トニトスウェールの様子がおかしい。
一心にトニトスウェールはそのサロン会場の人だかりを見つめている。
(ん??)
さらにトニトスウェールの視線を辿ると子爵夫人に釘付けとなっている。
「グランシャン侯爵令息様?」
まさか、と思いリモニーはトニトスウェールに声をかけた。
「ん?……ああ、私はモンテス爵夫人に挨拶に行ってくるよ。メイシェリル、君にはあちらの方々への挨拶をお願いするよ。後で何か気になることがあったら教えてくれたまえ」
目線は子爵夫人から外れないままトニトスウェールはメイシェリルに言い付けた。
(信っっっじられない!!舌の根も乾かぬ内にさっきと真逆のこと言ってるじゃない!)
リモニーは心の中でトニトスウェールをありとあらゆる罵詈雑言で罵倒する。
自分の語彙力が少ないことを後悔したのはこれが初めてだった。
「承知しましたわ。トニトスウェール様は夫人へのご挨拶に行ってらっしゃいませ」
リモニーが怒りに任せて何か言う前に、メイシェリルが穏やかな笑みを浮かべながらトニトスウェールに言い切った。
「ハハハ、さすがだメイシェリル。君ならそう言ってくれると思ってたよ!」
そう言ってトニトスウェールは足取り軽やかにモンテス子爵夫人の所へ向かってしまった。
「ではリモニー、私も行ってきますね。」
メイシェリルは何事も無かったかのようにリモニーに声をかけてサロン会場に足を踏み入れて行った。
メイシェリルを見送った後にちらりとトニトスウェールの方を見ると、爽やかな笑顔を浮かべてモンテス子爵夫人に挨拶している。
ただ、その目線が遠目から見ても夫人の豊満そうな胸元に集中しており、リモニーは尚のことガッカリした気持ちになった。
(……私もやるべきことをやりましょう……)
リモニーは湧き上がる苛立ちを抑えるために静かに深呼吸する。
(でもあれほどグランシャン侯爵令息が愚かとはっ!)
あちこちのサロンで待機し噂を集めているリモニーは知っていた。
メイシェリルを放ってまでトニトスウェールが夢中になっているモンテス子爵夫人の豊満な胸元が虚構で出来ているということを。




