↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/23

02_エマニティス家

貴族令嬢の秘密の宝箱と言えば、何が入っているだろうか。

綺麗なガラス細工、鳥の羽、押し花の栞、ささやかな恋の話を書いた友達との手紙……

そういったものが基本は入っているとリモニー・アイルスは思う。

実際に12歳の子爵令嬢であるリモニーの宝箱はそういったものが入っていて、箱を開ける度にリモニーの心に煌めきとトキメキを与えてくれる。

残念ながら恋の手紙は入ってはいないが。


「……木っ端……??」


これがリモニーの二つ年下の従姉妹、メイシェリル・エマニティスの宝箱を見せてもらった時に出た第一声だった。

控えめだが品の良い装飾が施された箱の中に入っていたのは、木の欠片のようなものと黒い木の皮と思しきものである。


「そう、木の欠片に見えるものは「リスヤスメ」と呼ばれるきのこで、東の方の国では薬として使われるらしいの。こちらの黒いのはクロクモタケというきのこ。二つとも同じ種類のきのこなんですよ」


にこやかに説明するメイシェリルに対し、貴族令嬢にしては地味な宝物にリモニーは目を瞬かせる。


(これは……どう応えるのが正解なのかしら?!)


正しい対応を考えているとメイシェリルの父、ブランクがやってきた。


「やぁ、リモニー久しぶり。また素敵な淑女に成長しているね。これをあげよう。この前商談に行った時に見つけたものだよ」


そう言ってブランクはリモニーに陶器製の小さな猫の置物を差し出した。


「わぁ、叔父様ありがとう!とても可愛らしいわ!」


メイシェリルに対する返答で困っていたことは一瞬で忘れ、リモニーはブランクから猫の置物を受け取った。

リモニーはこの叔父が大好きだった。

物腰が柔らかく優しくて、見た目もふわふわのプラチナブロンドに金の瞳。

まるで物語に出てくる王子様のようで憧れていた。


「マシェルー!ただいま!相変わらず愛らしいねぇ~!いや、私が留守の間に美しさと賢さに磨きがかかった気がするぅー!」


その王子様像は愛娘を愛称で呼び、かつ猫なで声でぎゅうぎゅうと抱きしめる姿に一瞬でぶち壊されてしまったが。

メイシェリルは慣れているのかされるがままになっている。

ちなみにブランクが留守にしていたのは三日間だけである。


「マシェルにはこれをあげよう」


一通り再会を堪能したブランクは落ち着いたのか、メイシェリルに小さな袋を渡した。


「ありがとうございます、お父様」


メイシェリルが袋から出したのは、黒い焦げた不格好なクッキーに見えるものだった。


「これは…遠い東の国で「れいし」と呼ばれているきのこですね!」


メイシェリルは瞳をキラキラさせてブランクを見た。


(こんなのでいいのかしら……)


リモニーにはその「れいし」とやらの良さは分からない。

だがメイシェリルは実際すごく喜んでいるようにも見えるし、それを見ているブランクも目尻を下げており、嫌がらせでそんなものを渡しているようには全く見えなかった。


「マシェル、リモニーを少し借りるよ。リモニー、ちょっとこっちで個別に話をさせてくれないか?」


リモニーが密やかに戸惑っていると、ブランクに呼ばれ別室へと連れていかれた。


「メイシェリルの侍女になる件、受けてくれてありがとう」


別室に入るとブランクはリモニーに感謝を伝えた。

そもそもリモニーとメイシェリルは従姉妹と言えど、かたや由緒ある名家の伯爵家、かたや旧家で資産はあっても元平民の子爵家。

さらにリモニーは詳しく教えてもらっていないが、現在のエマニティス家当主ルーベリアとアイルス家の次男だったブランクの結婚の際にはいろいろ因縁があったらしい、と聞いていた。

そのため家族ぐるみで付き合う頻度は今まで全く無く、叔父のブランクだけがエマニティス領の特産品をアイルス家の商会で取扱うために頻繁に顔を出している状態だった。

それがメイシェリルが社交に顔を出す頻度が上がったことと、婚約者が決まったことにより侍女が必要となってきたため、リモニーに侍女として仕える打診が来たのだ。


「もう聞いているかもしれないが、メイシェリルはグランシャン侯爵家に嫁ぐ予定だ」


エマニティス家はメイシェリルの五つ下の弟、カイゼルが継ぐ予定である。

メイシェリルは必然的にどこかの家に嫁ぐことになり、もう話がまとまったのだ。

伯爵令嬢としてはメイシェリルの年で婚約が決まるのはやや早い、というくらいである。


「エマニティス家と同じ保守派の家で、確か穀倉地帯を持つ大貴族ですよね」


家庭教師に教えてもらったことを思い出しながらブランクに答えた。

資産も発言権もある貴族家で嫁ぎ先としては上々ではないか、と客観的にリモニーは思う。


「よく勉強しているね。そうだ。もっとじっくり嫁ぎ先を探す予定だったのだが、エマニティス家当主があっという間にまとめてしまってね……」


ブランクは少し苦笑いを浮かべた。


「グランシャン侯爵家では僕がメイシェリルの助けになれないからね……済まないがリモニー頼むよ」


(でもあんな謎のきのこが好きなお嬢様……私、面倒見切れるのかしら……)


先ほどのメイシェリルの様子を思い出し、リモニーの心に不安が押し寄せた。


「もちろん、嫁ぐまでは絶対に僕がメイシェリルを全力でサポートしてく所存だよ!」


輝くような笑顔で言うブランクを見て、(とりあえずやってみるか……)と気持ちを持ち直したのだった。



それから侍女として仕えて5年、実際にはその不安は杞憂に終わった。

メイシェリルは令嬢として非の打ち所がない行儀作法を身に着けており、また他の貴族令嬢との会話もきのこの「き」の字も出さず完璧に熟していた。

宝箱もリモニーに見せたものとは別の、一般的な令嬢らしいキラキラしたものが入ったものを他の令嬢や大人たちに見せていた。

どうやらあの時きのこの入った宝箱を見せたのは、侍女となるリモニーとだけの秘密、ということを大分後になって察した。

ブランクもメイシェリルのサポートをしつつ、アイルス家が営む猫目商会とエマニティス家を盛り立ててることに尽力していた。


メイシェリルが嫁ぐまでずっとそうしてやっていけると思っていた。


(それなのに……まさか叔父様が亡くなってしまうなんて……)


ブランクが事故に遭った馬車にはリモニーの父も乗っており、何とか生きてこそいたが事故から5カ月経った今も、大怪我の影響で会話ができる状態ではなかった。


「リモニー、すぐにでもアイルス家に戻るべきじゃないかしら?」


「お馬鹿さんね、侍女の私があなたの傍を離れるわけがないでしょ」


メイシェリルが実家に帰ることを勧めても、リモニーはメイシェリルの傍にいた。

ブランクが亡くなってこの5カ月で、メイシェリルをとりまく環境は大きく変化していたためだ。


まず父ブランクの葬儀の準備をメイシェリルが陰ながら取り仕切ることとなった。


「お母様はお体の具合がよろしくないとのことなので、私が当日までの準備を取り仕切ります」


青白い顔で泣く暇も無く、メイシェリルは家令と葬儀の準備を進めた。

そして葬儀当日のみルーベリアが喪主として表向きは取り仕切っていたが、裏ではメイシェリルが使用人たちに指示を出し、葬儀後の参列者への手紙や後片付けもメイシェリルが統率しなければならなかった。

挙句の果てに葬儀が終わってから家令から告げられたのは、労いの言葉ではなかった。


「メイシェリル様、学院は退学するようにとルーベリア様から言付かっております」


「主席入学した学院を、何故辞めなければならないの?!」


リモニーは思わず家令に食って掛かってしまった。


「入婿殿のわがままで通わせていたのだ。当主であるルーベリア様もグランシャン侯爵家も早急に辞めるべきと仰っておる」


鼻で笑うように家令がリモニーをあしらった。


(あんなに楽しそうに通っていたのに……ご当主様は何も感じなかったのかしら)


何を学んでいるのかリモニーは詳しくは聞かなかったが、メイシェリルが熱心に学院に通い、時にはブランクと研究するための機材を作ったり相談などをして、かけがえの無い親子の時間を過ごしていたことは見ていて知っていた。

悔しくなって唇を噛んでいると、メイシェリルが口を開く。


「お母様に承知しました、とお伝えして」


紙のように白い顔で家令に、そう返事をしたのだった。


学院に通う最終日、学友と理事長からの餞別を持って帰ってきたメイシェリルは、気丈に振舞っていたがやはりとても気落ちしているようだった。

メイシェリルは学院でもらった餞別を、きのこが入ったあの秘密の宝箱に大切そうに入れていた。


「……いつか……いつかグランシャン侯爵家に入る時には、この箱の中身ともお別れしなければならないのよね」


宝箱の蓋を閉じながら誰に言う訳でもないメイシェリルの呟きを聞いて、リモニーは胸いっぱいに遣る瀬無さを感じた。


(可能な限りこの子を支えてあげたい)


そう感じるくらいには、リモニーはこの少し風変わりな完璧令嬢が好きだったのだ。



【作中きのこ】

リスヤスメ=サルノコシカケの近縁種

クロクモタケ=カワラタケの別名

れいし=霊芝(マンネンタケ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
きのこの名前が書いてあり、ためになります。 ありがたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。