17_妖精のいたずら
「弟子ぃ?!ヤダヤダ無理無理無ー理ぃ!いらない!」
これが五日ぶりに帰宅してきたシオンに、『ケドラス侯爵令息が弟子入りしたいと言っていた』と伝えた時の第一声だった。
(だろうな。こいつ弟子を取るガラじゃないし、弟子とる器でもないわ)
子どもの駄々のような拒絶反応を起こすシオンを、ルスラは虫けらを見るような気持ちで眺めた。
「しかも貴族の息子とか絶対嫌!絶対めんどくさいことになる!だからあたしのことは絶対秘密にしてね!」
「めんどくさいこと?」
マシェルが首を傾げた。
「何十年かに一人くらいいるのよ、そういうのが」
ルスラが淹れたお茶を飲みながら、シオンは思い出話を続ける。
「最初は面白そうだったから弟子とったりしたこともあるんだけどね〜。なんかしばらくすると大して魔法も覚えられないのに、だんだんイキり始めてくるのがほとんどだったんだよねぇ…」
「『緑の賢者の弟子』という肩書は確かに驕ってしまうかもしれないですね」
マシェルが神妙な顔をしつつ、お茶のカップに少し口をつけた。
「弟子の件は忘れるとして、眼はシオンに診ていただきたいのです。あの傷?は普通ではないように見えるので」
「まぁとりあえず診てみるよ」
「お貴族様だし、正体バレたくなきゃ言動気を付けろよ」
普段通りヘラヘラしているシオンに、つい老婆心でルスラは口を出してしまう。
「そこは任せてよー。伊達に長生きしてないんだからねっ!」
シオンは自信満々にフォルティオの居室へ向かった。
シオンが扉をノックすると、返事があったので皆で入室する。
「あなたは誰だ?」
フォルティオが不思議そうな顔でシオンを見た。
「私はこの家で薬師の見習いをしているシオンと申します。先程隣町から戻りましたところ、侯爵令息がいらっしゃるということで、ご挨拶しに参りました」
(…まともだっ!)
綺麗に一礼するシオンを見て、驚き過ぎてうっかり口をぽかんと開けそうになる。
ちらりとマシェルを見ると、一見通常通りの顔をしているが、視線はシオンに釘付けだった。
「あなたと家主が不在の間にマシェル嬢とルスラ君にはとても世話になった。家主にもお会いしたいのだが?」
「師につきましては見識を深める旅に出ておりまして、戻りが何時になるか不明です。なので僭越ながら私の方で右眼の状態を確認させていただきたいのです」
「ではよろしく頼む」
シオンはフォルティオに近付き、右眼を覆っている包帯を外し瞼の中を確認する。
「この眼は……どうやら妖精に持って行かれましたね」
(妖精?)
「……妖精?伝承で確か、物を隠したりささやかなモノを恵んだりする、あの妖精ですか?」
ルスラの疑問をマシェルがシオンに聞き返してくれた。
「そう、数も接することが出来る場所も少ないけれど、妖精はいるのですよ。特にこの迷いの森は妖精が好む環境が多いですからね。暗い時間に森を歩き回ったりなさりましたか?」
「ああ、日が落ちてからも森を彷徨ってたからな」
右目を弄られながらもフォルティオがシオンに答えた。
「ならその時に偶然妖精を刺激してしまったのでしょうね。何か思い当たることはありますか?」
「いや、全く無いが……ただ暗かったので、知らずに何かを踏んだりとかはしてたかもしれない……」
フォルティオの自信無気な回答に、シオンは少し思案する。
「ならば一番可能性があるのは『妖精の輪』を踏んでしまった、でしょうかね」
「『妖精の輪』とは、きのこが円環状に生えたものをそう言いますよね?」
マシェルがきのこの話題になりそうな気配を察知したのか、期待したように声が少し弾む。
シオンはマシェルに頷く。
「たまにきのこが作る輪に妖精が集まることが、実際あるのですよ。ただ、先ほども申したように妖精自体数が少ないので、稀なことではありますが」
それからフォルティオの顔から手を離し、包帯を巻き直し始めた。
「……この目はもう戻らないのだろうか?」
フォルティオが重々しい声でシオンに問いかけた。
ルスラ達の前では明るく振る舞っていたが、やはり目のことは気にしていたらしい。
「それは何とも……妖精次第かと。飽きれば帰ってくる可能性が高いですが、それが明日か、一年後か何十年後かは分からないので」
「……そうか。とりあえず原因が分かって良かった。ありがとう、シオン殿」
それと、とフォルティオが言葉を続ける。
「体力も戻ってきたので、そろそろ領地の屋敷に戻ろうと思う。手紙を出したいのだが、頼めるか?」
「はい、それはお任せください。後ほど書くものをお持ちしますね」
シオンがニッコリと笑った。
心なしかフォルティオがこの家から出て行くことを、密かに喜んでいるように見える。
「あ、あと……」
フォルティオが困ったように声をかけた。
「できれば包帯を巻き直してもらいたい」
シオンが巻き直した包帯は、くちゃくちゃになってフォルティオの顔を覆っていた。
「あれ?ごめんルスラあとはよろしくー」
最後に襤褸を出し、シオンは誤魔化すように笑いながら退出して行った。
マシェルもシオンを追いかけるように退出する。
(あれはシオンを質問攻めにするつもりだな)
『妖精の輪』の話くらいから、マシェルはずっと詳しく話を聞きたそうにシオンの顔を見つめていた。
表情こそ真面目にしていたが、マシェルのその瞳は『妖精の輪』への好奇心で輝いていることを隠しきれてはいなかった。
部屋に取り残されたルスラは、包帯を巻き直すついでに傷の手当をしようとフォルティオに声をかける。
「失礼します。お体に触れますよ」
顔の包帯を手早く巻き直し、肩の傷は慎重に確認していく。
フォルティオの肉体はここ数日ほぼ寝たきりだったのに、衰える気配は無く適度な筋肉がついている。
(俺と一つしか歳が変わらないはずなのにな……)
マシェルからフォルティオの年齢を聞いてから、つい自分と比べてしまう。
そして全く成長しない自分に対し、苦々しく思う。
「シオン殿は素晴らしい薬師なんだな。いろいろなことを知っておられる。それともこの辺の薬師の常識なのか?」
「さぁ、あまり他の薬師と交流は無いので。ただ薬師もピンからキリまでいますからね」
フォルティオの問いに、当たり障り無いよう返事をする。
「では私は良い薬師に出会えて幸運だったのだな」
(薬師どころか憧れの賢者なんだけどな)
屈託ない笑みを向けるフォルティオに心の中でそっと付け加えつつ、傷が膿んでいないか確認し、軟膏を塗った。
そしてきれいな包帯で巻き直していく。
「ところで……つかぬことを聞くのだが……」
黙々と作業をしていると、徐ろにフォルティオがまた口を開いた。
「……マシェル嬢には想う人などいるのだろうか」
「はい?」
思わず声が裏返った。
「いや、もちろんあのように可愛らしく奥ゆかしい女性だから将来を誓い合う相手の一人や二人いるのだろうな……と」
フォルティオが顔をほのかに赤らめながら、あたふたとする。
(将来を誓い合う相手が二人もいたらダメだろ)
そう思うが心の中に留めた。
「なんだ……その……好いた相手がいるのか……というか……、どのような異性を好ましく思うのか……など……知らないか?」
ごにょごにょ話すフォルティオを見て、ルスラはピンときた。
「マシェルのことが好きなんですか?」
ルスラの問いで更に赤面するフォルティオを見て、直球過ぎたと反省した。
フォルティオが赤くなった顔を両手で隠す。
「あんな女性、初めて出会ったんだ!過剰にベタベタしたり容姿を褒めたたえたりもせず、静かに話しを聞いてくれる人なんて!」
(……それは元婚約者を思い出したりして、悩んでいたからでは)
「それに先日の月明りの下で見た彼女の笑顔は、月光の妖精かと思うほど可愛らしく神秘的だった……」
(バケキノコ見つけて喜んでる様子がそう見えたのか……)
先日の出来事を思い出し、あの時フォルティオがマシェルを凝視してたのは、そういうことだったのかと腑に落ちた。
「とりあえず惚れた腫れたの話は、俺は聞いたことが無いです」
「そうか!教えてくれてありがとう!」
パッと満面の笑みを浮かべ、フォルティオがルスラの両手を力強く握った。
それからしばらくマシェルの生い立ちやこの家にいる理由などを、フォルティオに根掘り葉掘り聞かれることとなった。
ルスラは無難に答えられる範囲で、かつ以前マシェルと決めた『王都の商家の出』という嘘も交えながら答えていった。
「なるほど、あの気品は王都で育ったから得られたものだったのか……」
質問攻めの末に納得するフォルティオを見て、うまく誤魔化せたと奇妙な達成感をルスラは感じることとなった。
傷の手当を終え、フォルティオのいる部屋を出ると、溜息を一つついた。
(……応援した方がいいんだろうか。)
フォルティオとうまく縁談がまとまれば、マシェルは貴族に戻れるのではないか、と思う。
(ただ本人の気持ちもあるだろうし……無理に何かするのは止めておこう。それこそ当人たちの問題だ。)
そっと頭を振って、余計なことをしようとする自分を止めた。
(でも、二人が並んで立つととても絵になるのだろうな)
そう思い少し胸が痛くなるのを、ルスラは敢えて無視したのだった。




