閑話_治療と覗き見るもの
マシェルがシオンの森の案内を受けている間、ルスラはひたすらシオンの服を切り刻んでいた。
先日穴や焼け焦げた状態になった服で、あまりにも焦げて穴がひどいものは廃棄するしかないが、まだ被害が少ない布地は他の服を繕うのに使えるため、無事な部分を切り分けているのだ。
(この服もあっという間に逝ってしまったな…)
最近直した服だったが、あっという間に布切れに逆戻りしてしまい虚無を感じてしまう。
布を切り分けついでに少し別の服も手直しし、夕飯も仕込み終えるとすっかり空は暗くなっていた。
(……あいつら少し遅すぎないか?シオンがいるから滅多なことにはならないとは思うが……)
一旦外に出ようと扉を開けると、タイミング良く家の前にマシェルとシオンがいた。
しかしシオンが大きな何かを背負っているのに気が付いた。
「は?」
シオンが背負っている体格の良い若い男を見て、思わず声が漏れた。
出かける時より帰ってきた時の方が荷物が増えていることは多々あるが、何故人数が増えているのか。
「森で倒れているのを見つけて、私一人じゃ運べなかったから、シオンが自分の力を強くする魔法を使ってくれて運んでくれたの」
「……何で拾ってくるんだ……。どう考えても面倒事になるだろ……」
マシェルの説明を聞いて頭が痛くなってくる。
「そう考えはしたのだけれど……おそらくこの方、ケドラス侯爵家のご子息よ」
「……あー……それは……確かに……」
シオンの背中にいる男の鎧には確かにケドラス侯爵家の紋章が入っていた。
それにひどく汚れてはいるが、装備はその辺の一兵卒とは比べ物にならないほどしっかりとしている。
「うーーーん!!もう!疲れたし鬱陶しいからっ!早く降ろさせろぉぉぉぉ!!!」
それまで黙っていたシオンがついに吠えた。
どうやらフル装備の大柄な男性と密着していることに、限界が来たらしい。
急ぎマシェルたちを家に入れ、空き部屋に男を一旦転がした。
シオンは「解放された!」と一叫びし、さっさと風呂に行ってしまった。
「意識は無い。顔色も悪い。大分汚れているから体の状態が分からないな。一旦鎧を外すぞ」
転がした男をマシェルに手伝ってもらいながらひん剥いていく。
怪我の状態を確認していくと、左の肩に真新しい傷があった。
(これは矢が刺さったのか?矢はこれは無理矢理抜いたのか?傷は浅いが、状態が悪い……大分膿んでるな……)
「マシェル、今から言うものを用意してくれ。あと包帯以外の器具は、全部一旦煮沸しておいて欲しい」
マシェルが頷いて部屋を出ていくと、ルスラは薬棚から強い酒と必要と思しき薬をいくつか取り出していく。
(炎症止と、止血作用があるやつ…。あと念のためこれを飲ませておくか)
奥から陶器の瓶も取り出し、男がいる部屋に戻った。
傷の周りの汚れを落としたりしていると、マシェルが言われた通りのものを持ってきた。
するとちょうどそこで気絶していた男が小さなうめき声を出して意識を取り戻した。
しかし弱っているのか虚ろな目ですぐにまた意識を失いそうな様子だった。
薬をどうやって飲ませるか悩ましいところだったので、いいタイミングだ、と思いルスラは薬をいくつか男に飲ませた。
それからルスラはマシェルに声をかける。
「これから俺は傷の手当をするから、お前はもう休め」
「いえ、私も手伝うわ」
「血が出るし、皮膚も切ったり縫ったりするぞ」
「任せてしまうこと、大変心苦しいですがお願いします」
手伝う人間が気絶するのは御免被るので、きっぱりと言うとマシェルは素直に引いた。
それからルスラは手当に取り掛かった。
酷く膿んだところを切除し、傷口を縫ったところでようやく一段落が着く。
(結構時間がかかってしまったな……。まぁ、久々にやってこれだけ綺麗にできたら及第点だろ)
ほっと一息ついたところで、部屋の外からマシェルが声をかけてくる。
「ルスラさん、おつかれさま。終わった?」
「なんだ、寝てなかったのか?」
「手当が終わった後、お手伝いできるかもと思って」
「ならちょうど良かった、寝台に寝かせるの手伝ってくれ」
布を敷いた床の上に寝ている男を指差した。
流石に大の男を一人で持ち上げたりするのは至難の業だったので、マシェルの言葉に甘える。
二人でなんとか男を寝台に乗せ一息ついた後、片付けも終わらせてしまった。
「あ、夜の看病は私がするわ。ルスラさんは疲れたでしょ?」
「いや、今夜は俺がみる。手当の前に飲ませた薬の中に、体の感覚を麻痺させる薬があるんだ。良く効く代わりに副作用で時間が経つと錯乱状態になったりするんだ」
「それは大丈夫な薬なの…?」
「治療中に痛みで暴れられるよりかはいいだろ。一応これから寝台に縛り付けるが、危ないから今夜は全部俺がやる」
「その薬もルスラさんの師匠が作ったの?」
「ああ、確かダツラって植物とかシビレタケとかいうきのことか混ぜて作ってるとか言ってたな。使い方は前に教えてもらってたから、今回は本当に助かった」
テキパキと男を寝台に縛りながら話していたため、ルスラは話を聞いていた時のマシェルの顔は見ていなかった。
そこからマシェルを部屋に帰し、男と部屋で二人きりとなる。
疲れていたのでうつらうつらとしてると、男が急に唸りだした。
「……うぅっ、あああっ!!ぉのれっ!……ゅるは……」
時々意味の分かる言葉や、言葉にならない唸りを上げ暴れようとするが、縛り付けてるので特にルスラにも部屋にも被害は出ない。
予想通り錯乱の症状が出たので、淡々と男が落ち着くのを見守った。
しばらくすると眠りが深くなったのか、男は静かになった。
ふと、部屋の扉が僅かに開いていることに気付いた。
振り向くと、部屋の蝋燭の光を受けて爛々と光る金の瞳と目が合った。
「ッ!!!」
驚きで叫びそうになるが、精一杯の自制心でその衝動を飲み込んだ。
「…………お前は何をしてるんだ……」
扉から部屋を覗き見していた人物に、絞り出すように問いかけた。
「薬にシビレタケが使われていると聞いて……その……、シビレタケの毒には幻覚や錯乱状態になると書いてあったから……」
「から?」
「実際錯乱状態や幻覚の状態を見たくて覗き見してました」
覗き見していた人物、マシェルが真面目くさった顔で答えた。
その答えを聞いて、本日何度目かの頭痛に襲われる。
そして黒猫が人に不気味だと言われる理由が、何となく分かった気がした。
いくら顔や姿かたちが可愛らしくても、暗がりからじっと見つめられるとそれらを帳消しにするくらい怖い。
「もうさっさと寝ろ」
「ええ、分かったわ」
(絶対分かってない、絶対また来る!)
ルスラはマシェルの返事を一切信じていなかったが、いちいち目くじらを立てるのも面倒なので放って置くことにした。
それから何度か唸り声や叫び声が聞こえ、暗がりからは視線を感じ、ルスラはまんじりともせず朝を迎えることとなったのだった。
※注意
シビレタケ(ヒカゲシビレタケ)は麻薬原料植物として法律で厳しく規制されています。
使うのも持つのもダメなきのこです。




