15_迷いの森
深い森の中をマシェルはシオンに連れられて歩いていた。
その足取りは慎重だが、心の中は歓喜に震えている。
(ようやく……ようやく……迷いの森に入ることができたわっ!!)
ついに念願のシオンによる迷いの森案内が決行されたのだ。
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『害虫駆除』に行っていたシオンは、マシェルとルスラが魔法の練習を始めた日の夜に帰ってきた。
帰宅したシオン本人は元気そうだったが、服がボロボロで所々焦げていた。
あまりにボロボロすぎて、後で繕うであろうルスラが遠い目をして動かなかったほどだ。
「害虫駆除は火を使うのですか?」
動かないルスラに代わって問いかけたところ、
「いや、あたしは使わないよ。あいつら火を使うんだよ。数が多かったけどみーんな駆除してやったわ。アハハッ!」
ギラギラした笑顔で答えたシオンは、そのまま笑いながら自室に下がってしまった。
「あとは俺が面倒見とくわ」
我に返ったルスラがシオンを追いかけて行った。
翌朝ルスラと朝食を食べていると、シオンがドタドタと元気そうにやって来た。
「おっはよー!お腹空いた!なんかちょうだっむぐむぐっ!!」
騒ぐシオンの口にルスラが薄焼きパンを丸ごと突っ込んだ。
「……ゴホッ!ゲホ!……あー……マシェル!今日森に行こうね!待たせてゴメンね!」
パンを飲み込んだシオンは、噎せながらもマシェルが待ちわびていた言葉を告げた。
「行きましょう。すぐに」
「まずは朝食を食え」
立ち上がってシオンと手を取り合っていると、ルスラが冷静に言い放った。
そして念願の迷いの森の散策である。
家の敷地より先の森に足を踏み入れると、深い森の木々や朽木や落ち葉の香りがいつもより強く感じる気がした。
早速枯れ木の傍に美しい薄桃色のきのこを見つけてしまい、思わず駆け寄ろうとするとシオンが声をかける。
「今日は森の案内を終わらせちゃいたいから、きのこ見つけても我慢してねー」
「はい。すみません」
(……さよなら、また今度ここに来るまで残っていてね……)
内心の嘆きが少し顔に出ていたのか、シオンが苦笑いをする。
「呪い除けの範囲内とはいっても結構広いからね」
シオンが先頭に歩いていき、歩く合間に森のことをいろいろ教えてくれる。
「こっちの方は呪い除け対象外の場所だから入らないでねー」
「ここら辺は樫の木が多いよ」
「あっちに行くと朽木が多いよ。でも狼とかも出るから気を付けて」
迷いの森は想像した以上に不思議な場所だった。
そもそも『森』と呼ばれているが、どちらかというとなだらかな丘のような地形だと感じた。
「あ、ここから植生が変わるよー」
(あまり高い場所に来ていないはずなのに、山に生える木があるわ……)
何より不思議なのは森の植生の多様さだった。
家の周りにも生えていたブナや楢、モミジの森から、いつの間にかモミやトウヒなどの山地の木ばかりになっていた。
(以前学んだケドラス侯爵領の風土に合わない木もあるわ。……この森自体が強力な魔法の産物なのかもしれない……)
「シオン、この森はどういった成り立ちでできたものなのでしょうか?」
「古代魔法の名残みたいなものかな。あんまり詳しくは教えられないよー、マシェルのためにもね」
(……『私のため』にも教えない……か)
そう言われて思い当たるのは碑文館だった。
古代魔法の解析に文字通り心血を注いでいる碑文館は、古代魔法が書かれた碑文のみならず痕跡すらも手中に収め守護しようと時に強引な手段を使うこともある。
そのために自前の騎士団まで持つほどだ。
「もしかして碑文館の騎士もこの森に入ってきたりしているのでしょうか?」
「何百回も入ってきてるねー。ただ迷ってるだけだし、森を燃やそうとしないから放ってるけど」
(おそらく古代魔法が関わって生まれた森なのだわ…。確かに下手に森の根幹の魔法を知ってしまうと面倒なことになるかもしれない)
そして目の前を歩く賢者は、その魔法の根幹を守る番人でもあるのだろう。
森の古代魔法についてはとても興味がある。
興味を持つな、という方が難しい。
しかしシオンがあまり教えてくれないものを、根ほり葉ほり探るのは悪手であるとマシェルは思う。
それにここで碑文館に目を付けられるような秘密を知ったとして、碑文館に強制的に連れて行かれるリスクは高まっても、きのこの研究に通じるかは非常に微妙なところだと感じた。
(それなら何も知らないフリのまま、この森できのこの研究を続ける方がいいでしょう)
「マシェルはさすが察しがいいよねー。
んー、マシェルの研究があたしの目的に役立つことが分かったら、森の魔法の秘密をちょっとだけ教えてあ・げ・る」
そう言ってシオンが片目を瞑った。
「そんな日が来るよう精進します」
本心からそう答え、シオンと共に散策を続ける。
「この呪い避けで入れるのはここまでだね」
三時間ほど歩いてシオンが巨大なモミの木の前で止まった。
「今日案内したのは家からいける浅いとこまでだけど、もっと深いとこ行く場合はちゃんと木を確認してね。大体境目に一定間隔でモミの木があるからそれで判断してね。ほら、あれが目印」
そう言ってシオンが指差す方を見ると、黄色い布が結ばれている。
「ここで昼食にしよっか。獣避けの呪いはあたしに任せて」
シオンは髪をいくつか抜いて地面に落とすと、髪が緑のヘビとなって四方へ散って行った。
「これで獣が来たらヘビが追い払ってくれるからね!」
(髪がヘビになる魔法なんて初めて見たわ!それに獣避けって臭いや音で遠ざけるものばかりだけど、ヘビによる物理攻撃は確かに確実かも……)
絶対自分には出来ない物理に頼る獣避けの呪いに、マシェルは感心した。
二人で倒木に座り、ルスラが朝に用意してくれた昼食の包みを開ける。
小麦の薄焼き生地に炒めた香草がたっぷり包まれたものと、ドライフルーツとナッツがふんだんに使われた蜂蜜の香りがする焼き菓子が出てきた。
「わぁ!ルスラの野草パンと蜂蜜ケーキだ!」
キャッキャとシオンが声を上げて野草パンに早速齧り付いていた。
マシェルも野草パンを齧ると口の中に香草の香りが広がる。
香草を直接齧っているような味なのに、爽やかな風味と生地の香ばしさと独特のコクがあってとても美味しい。
あっという間に食べ終え、革袋から水を飲み蜂蜜ケーキに手を付ける。
「〜〜っ!」
蜂蜜の優しい甘さが口に染み渡るようで、思わず身悶えしそうになる。
歩いて疲れていた体に気力が戻ってくるように感じた。
「この蜂蜜はあたしの花畑で採れたやつだよ!蜜蜂の世話はルスラがやってるから超美味しいよー。」
シオンが胸を張り、その自慢に恥じぬ味だった。
「帰りは別のとこ通っていこっか。白樺の森もあったりするし楽しいよ。」
「是非、お願いします。」
昼食を食べ終えるとマシェルは再びシオンの後をついて行くこととなった。
シオンが案内してくれた白樺の森はそれから一時間半ほど歩いた場所にあった。
真っ白い美しい樹木が空に向かって少し黄色くなった葉を繁らせており、とても美しい景色となっている。
そんな白樺の森を歩きながらも、つい何かしらきのこが生えていないかと地面や木の幹に目を凝らしてしまう。
すると期待した通り、苔が生えたところに生えている黒いきのこを見つけた。
「シオン、これは食べられるきのこですよ!」
「ほんと好きだねぇ。まあここまで来たらあとは帰るだけだからいいんじゃない?」
シオンの了解も得たので、早速散策を始める。
今まで白樺の森は入ったことが無かったので、新たに出会う未だ見ぬきのこを想像し胸がときめいた。
先ほど見つけた苔と共に生えているきのこをまず採取した。
黒く薄い傘が漏斗のような形になっている特徴的な形は図説で見た通りのものだった。
「これ本当に食べられるの?」
「食べられるそうです。図説にはクロラッパタケと書いてありました。別の国では『ツノブエタケ』とか『死の角笛』とか呼ばれているらしいです。」
「『死』ってダメなやつじゃない?!」
「見た目が不気味だかららしいですよ?」
マシェルはシオンと話しながら多めにクロラッパタケを採取した。
群生しているので、乾燥させて今度町に売りに持って行こうと算段もする。
「あたしは向こうの森の様子が気になるから一時間後くらいにまたここで落ち合おうよ。」
あっという間にきのこ狩りに飽きたらしいシオンは、そう言ってマシェルとは違う方向に歩いて行った。
一人になったので、元居た場所に戻れるよう端切れの布で目印をつけながらきのこを探すことにした。
赤いマルキノコの仲間やホコリタケの仲間と思しき白く丸いきのこの群生を見つけた。
特に白く丸いきのこは初めて見たため、少し浮かれてしまっていた。
きのこに夢中になりすぎて足元が疎かになり、うっかり枯れ沢があることに気付かず足を踏み外してしまうくらいには浮かれていた。
幸いにも枯れ葉がこんもり溜まっていたため、落ちても怪我は無かったが驚きで胸がバクバクとしている。
(今後は足元をしっかり確認するようにしよう……)
そう自省しながら、落ちた拍子に散らばってしまったきのこを拾う。
拾い残しが無いか確認していると、枯れ沢に転がっている大きな岩の陰に何か鈍く光るものを見つけた。
その鈍い光沢が気になり、岩陰を覗くと鎧を身に着けた男が倒れていたのだった。
マルキノコ=イグチ科のきのこ




