14_ルスラと魔法
栗色の髪の女性に見守られながら、板に木炭で文字を書く。
板はボコボコで木炭も随分小さくなってしまっているが、なんとか単語を一つ書き切ると女性は嬉しそうに頭を撫でてくれた。
だが嬉しくなって女性を見上げた途端、いきなり女性は立ち上がり手を振りかぶった。
頬に衝撃が走り、思わず床に手をつく。
先程の優しそうな笑顔から一転、女性はどこか焦り血走った目で自分を睨み、両肩を掴んで涙混じりに呟く。
「あなたなんて……産まれなければ良かったのに……」
(ああ、これは夢だな……)
ルスラはそこで自覚すると同時に覚醒した。
無理矢理目を覚ましたので、しばらく呆然とする。
目の前には本がいくつか積まれており、図書室の片付けの途中だったことを思い出した。
(最近忙しかったのと、マシェルと一緒にいる時間が多かったからか……昔の夢を見たのかもしれない……)
この小さな体躯だと疲れが溜まりやすいため、体調管理には常日頃気を付けてはいる。
しかし最近はイレギュラーなことが多々あったので、疲れを感じ仮眠をとったところ、思った以上の夢見の悪さで、逆に精神的な疲労を感じた。
とりあえず本の整理を再開する。
マシェルは本を読んだら元の場所に戻すが、シオンは本を元の場所に戻せるか試すかのように全然違う場所に置いたり、積んでいたりする。
(絶対、俺に対する嫌がらせだよな)
そう思いながら背表紙や中身に書かれていることを確認し、本をあるべき場所に戻していく。
散らかした本人は一昨日から不在である。
ルスラは久々に自宅で薬草の整理をしていて不在だった日にシオンとマシェルは森に行く予定だった。
そこで呪い除けの効果と範囲、森の立ち入り禁止場所などを伝える予定だったのだが、
「ちょっと害虫駆除行ってくるわー。森の案内はまた今度ね、ごめんねー」
いきなりそう言い残して何処かへ消えてしまい、それ以降帰宅していないとマシェルが話していた。
ルスラは本を一通り整理した後に棚を乾拭きしていく。
今日はずっと雨が降っているので、あまり埃が舞わなくて良い。
乾拭き後、床を掃除して図書室を後にした。
次は薬草を煮出そうと台所に向かった。
この家の台所の調理用暖炉は煙の排気構造が存外にしっかりしており、自宅の小屋でやるよりずっと煙や煤が出なくて作業を比較的快適に進められるのだ。
「……あ」
暖炉を確認すると火種は消えており、冷たい灰があるばかりだった。
一から火起こしするのはとても面倒くさい。
マシェルもシオンも発火の魔法が使えるので、その面倒さを知らないあの二人に火種の管理を任せると、途端に扱いが杜撰になるのだ。
(……自分で火を熾すか?いや、人間火打石がいるなら、そっちに任せた方が早いだろ)
火熾しの準備を止めて、マシェルの部屋へ向かった。
部屋の扉をノックするとすぐ、マシェルが出てきた。
それと同時に部屋から凄まじい干したきのこの臭いがしてくる。
(くっさっ!!年頃の娘の部屋からしていい臭いじゃないだろ!後できのこ部屋と寝る場所を分けさせよう……)
きのこ臭で顰めそうになる顔をなんとか抑え込みながら、ルスラは密やかに決めた。
「ごめんなさい、すっかり火の管理を忘れていたわ。すぐ点けるわ。」
きのこを乾燥させていたらしいマシェルはきのこの籠を置き、代わりに自分の杖を持った。
ルスラが暖炉に予め細い枝や燃えやすい布などを詰めておいたところにマシェルは杖を振る。
「【おおきく燃えよ】」
呪文とともに火花が散り、布や枝が燃え上がった。
(魔法ってやっぱ便利だよな……)
呆気なく火が付く様子を見て、ルスラは羨望の気持ちが湧いた。
「ありがとな」
「いえ、私が悪かったの。……ところでルスラさんは魔法が不得意と以前聞いたけど、原因は判っているのかしら?」
マシェルにしては珍しく不躾な問いだった。
「とりあえず薬を試しに作るから見てくれ」
ルスラは台所にあった薬草の葉を適量摘み取り、刻んですり鉢に入れた。
薬師は薬草を加工する過程で魔力を流し、薬効を高めることができる。
ルスラも以前教えてもらった通り、すり鉢で薬草を潰しながら魔力を流そうとする。
しばらく魔力を流そうとするも魔力が全く流れない。
諦めずに魔力を流そうとし続けると、いきなりジュッ!と音がして薬草が溶け、草が焦げたようなひどい臭いを発する。
「ほらな、何故か毎回こうなる」
どう見ても薬ではないモノが出来上がり、皮肉気に笑ってマシェルに肩を竦めて見せた。
しかしマシェルはそんなルスラを笑うでもなく、真剣な顔で溶けた薬草を見つめていた。
「……ルスラさん、昔無茶な魔法の使い方をしたこととかあった?」
「あるには……あったけど……詳しくは話したくない」
子どもっぽい振舞と自覚しつつも、プイと顔を反らした。
「提案なのだけれど、私がルスラさんの魔力の使い方を指導してみたいの。ルスラさんが良ければだけど……」
「爺さんにも大分練習は付き合ってもらったが改善しなかったんだぞ?時間の無駄じゃないか?」
「平民と貴族では教え方が全然違うわ。私がやろうとしているのは簡単に言うと貴族式」
「教え方が違う?」
『貴族式』という言葉に顔を顰めつつも、ルスラは平民と貴族で何が異なるのかと首を傾げた。
「基本的に平民は魔力操作や魔法を実践で身につけていくわよね。職人とかは簡単な魔力を使う作業から携わっていって、より高度な作業を覚えて魔力や魔法を使いこなしてると思うの」
「ああ、そうだな」
ルスラは頷きながら、鍛冶屋の若いのが魔力操作を誤って派手に火花を散らして親方に怒られているのを思い出した。
職人以外は魔法を使う機会は少なく、魔法を練習する時間も教えてくれる師も確保できないため、平民で魔法使える人間は実はとても少ない。
「逆に貴族は確実に魔法を使えなければいけないから、家庭教師を雇って幼い頃から基礎から……例えば魔力の感じ方や魔力の流し方から教えてもらうの」
「それをやったら俺も魔法が使えるようになるのか?」
「確実なことは言えないけど……使える可能性が高くなると思うわ」
「……じゃあ、やるだけやってみてくれ」
一瞬断ろうか迷ったが、それでマシェルのお節介が収まるならそれで良いか、とルスラは思い頷いた。
「じゃあまずは少し魔力の流れを確認させてね。少し手首を触らせてもらうわ」
マシェルはそう言うとルスラの手首を軽く掴んだ。
そのまま手首に指を当て、少し力を込めた。
マシェルの指が当たっているところからじんわりと温かいものが広がっていくように感じた。
「これは何をしてるんだ?」
「魔力は血の巡りと同じように、体を循環してるとされてるの。今はルスラさんの魔力に合わせて私の魔力を流して、ルスラさんの魔力の流れる状態を確認しているの」
しばらくするとマシェルはルスラの手首から手を放した。
「……ルスラさんって……すごく魔力が多いのね……」
「らしいな。恩恵を受けたことは無いけどな」
「そうなの?……ただ、確かにその大量の魔力が詰まりを引き起こしているみたい。だから魔力が上手く放出できないようね」
「その詰まりってどうにかできるもんなのか?」
「魔力放出の練習をしていけば変わるかも。ルスラさん、はいこれ」
マシェルは薪置き場に置いてあった枝と小刀を、ルスラに差し出した。
「……これでどうしろと?」
「ルスラさんの杖を作りましょう」
「杖?」
「ええ。杖は自分の魔力を流しながら自分で削って作るの。この杖も私が自分で作ったものよ」
一瞬ルスラが本当に手作りか疑うほど、マシェルの杖は綺麗に削れていた。
「今から削ってもらうのは、トネリコの枝よ。薪にするのが勿体なかったからこっそり分けてたの。トネリコは魔力を通しやすいし、少しだけど魔力放出をしやすくしてくれるの。
これで魔力の流れを整えたり放出の練習ができると思うわ。」
ルスラはトネリコの枝に小刀を当てた。
トネリコの木は硬いので、なかなか刃は進まない。
「魔力を刃に流すのを意識して」
そう言われて刃に意識を向けるが、やはり刃は進まない。
と、ふいに刃が枝に入る、と思った瞬間、
スパッ
枝が斜めにスッパリと切れた。
「……やはりこうなるが」
「大丈夫。想定内よ。魔力をもっとよく感じて、大きな流れが来ると思ったら軽く小刀で擦るように枝を削るの。魔力が暴発する分、ルスラさんの器用さでカバーする感じ」
(んな無茶苦茶な……)
そう思いつつ、マシェルに言われたことを再度意識して枝に小刀を当てる。
『魔力の流れ』はなかなか感じることは出来なかったが、切れ味が増しそうなタイミングを図って皮を剥ぐイメージで小刀を動かした。
スパッと枝が切れた。
皮を剥ぐつもりだったのに、逆に辛うじて皮一枚ほど残して繋がっている状態だ。
「……これでいいのか?」
「さっきより切れてないからいいと思う……のだけど、もっと違う木材を使ってもいいのかも」
マシェルは笑うことなく冷静に分析しているようだった。
(正直薬を作る時と変わらない気はするが……まあこいつが飽きるまでは付き合うか)
さていつこの試みが無駄だと気付くか、とルスラは思うのだった。




