↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/24

13_有識者と子羊

森や道端に生えるきのこが果たして食べられるのか、食べられないのか。

その判断は実際とてつもなく難しい。

実際に食べて確認出来れば良いのだが、食べたら確実に死ぬものもある。


(毒を分解できる魔法やもしくは自分が分裂できる魔法があれば良いのに……)


見たことないきのこや毒きのこを見つける度にマシェルは常々思っていた。


「マシェル、一つ約束だ。これから未知のきのこと出会ってもいきなり食べて確認しようとしてはいけないよ?きのこの毒によっては重い症状が出たり死んでしまったりして、そもそも研究ができなくなる可能性があるからね」


きのこの研究を始めた頃に父がマシェルに言い含めたことだった。


(お父様のおっしゃることは正しいわ)


幼心に納得したマシェルは本に書いてあること以外に、実際に毒きのこを食べてしまった時の話や、食べられると思って食べたのに当たった話、他にも食べられるかの判断と調理方法と言った情報をきのこ狩りの玄人に尋ねるようになった。

今回も、手ずからきのこを採取するパン屋の老婆という貴重な人材、という出会いにマシェルは密かに歓喜していた。


「貴重な話を聞けるかもしれないので、何卒っ」


「また今度にしろ」


意気込んでルスラにお願いするも呆気なく拒否された。


「婆さんは今は仕事中だ。後で店の休みの日を教えるから、その時に聞け」


そうルスラに諭され、はっと我に返り納得する。


「申し訳ないわ。つい……きのこに詳しい方と聞いて興奮してしまって……」


「それは分かった。とりあえず買い物行くぞ」


恥じ入るマシェルにルスラは苦笑いを浮かべた。


まずは食器などの雑貨を売っている店に行った。

ルスラが連れてきたくれた店は雑然としていたが、品揃えは地方の小さい町の割にとても良かった。

店内に並べられた品物をじっくりとマシェルは確認していく。


(さすがにガラスの器は無いけれど…。……そもそも今はガラスを買う資金も無いわね)


器に入れた後も透けて中身が確認できるガラスの容器を好んでいたが、ガラスが高級品であることは理解できていたので、質の良い陶器を探す。

山のように積まれている陶器を見ると品質はピンからキリまでといった感じで、その中から丁寧に釉薬が塗られたものや、造りがしっかりした小壺をいくつか見つけることができた。

マシェルがせっせと器を見繕っている間、ルスラと店主の男は話をしている。


「ルー坊、先生はまだ帰って来ないのか?」


「まだ。メルデア湖の向こう側にある高山地帯に行くって言ってたから、しばらく帰らないんじゃないかな?」


「んなとこまで行ってんのかあの人?!いい歳なのになぁ……。

まあ帰ってきたら店に寄ってくれるよう言っておいてくれよ。先生が使うと思って、質がいい陶器とか仕入れてるんだからよ」


「ん。覚えてたらな」


そこでマシェルは選び終えたので、陶器をいくつか持って店主の元に行く。


「お。これは先生用にって置いといたやつだが……ねえちゃん、なかなかの目利きだね!」


マシェルから代金を受け取りながら、店主は嬉しそうに笑った。

それからルスラの肩をパシリと叩く。


「ルー坊もこんな目利きの別嬪さん連れてくるとか隅に置けねぇな!」


「そんなんじゃない。師匠の知り合いの娘さんを預かっているだけだ。まぁ、王都の商家で育ったから目はいいんだろ。」


「ははぁ…王都か。なるほど、だからなんか上品な感じなんだな。そこらの娘っ子とかと雰囲気が違うから、つい目についちまってなあ」


そう笑っている店主を見て、マシェルはルスラが違和感の無い設定を考えてくれたことに密やかに感謝した。


雑貨店を出たマシェルとルスラは町の通りを歩いていき、途中途中で店に寄っていった。

寄る店や町の通りでルスラは様々な人に声を掛けられていく。


「ルスラ、そろそろ先生の薬が切れそうなんだ。まだ先生は戻んないのか?」

「あんたの薬は作り置きあるから今度取りに来て」


「ルスラちゃーん、新鮮なタラゴンが入ったから買ってくー?あと祭りで使う香草も入ったよー!」

「買う」


「かあちゃーん!!ルスラ兄ちゃんが女の子連れてるぅ!!!!」

「またあのよく喋る緑の髪の人でしょ?」

「違うよー!なんか雰囲気かわいい!」

「なんだってー?!」


マシェルとルスラの姿を確認しようと家から飛び出してきた親子を、ルスラは「家にさっさと帰れ」とあしらっていた。


「ルスラさんも、ルスラさんの師匠もとても慕われているのね」


あしらわれた親子がルスラに押し付けるように渡していったチーズの塊が入った包みを見て、マシェルは微笑んだ。


「お人好しが多いんだよ……。あ、でも稀に変なのもいるから本当に気を付けろよ!」


ルスラが口を酸っぱくしてマシェルに注意し、そこで急に声の大きさを落とす。


「……一応言っておくが、町の奴らはシオンの正体を知らない。師匠の所で世話になってる呑兵衛な食客と思ってるからな」


「分かったわ。町でシオンの話をする時は気を付ける」


二人でひそひそ話していると、串焼き屋と思われる店から厳めしい見た目の男がルスラに声をかける。


「お、ルスラ!今新鮮な子羊があるぞー!串焼き食ってくか?」


「そろそろ飯にするか?」


歩いたせいか空腹を感じていたので、マシェルは素直に頷いた。

店に入ると簡素ながらも机や椅子がいくつか置いてある。

適当に座ったところでマシェルは店主が店の外に何か吊るしているのを見つけた。


「……ルスラさん、あれは……?」


見えているものは分かっているのに、マシェルは思わず尋ねてしまった。


「ん?ああ、ここの店は仕入れた羊を店先で捌いて、その捌きたてを焼いてくれるんだよ。店先で捌くのは『鮮度抜群』って宣伝らしい。

今捌き始めたのは子羊だな。祭り期間のおかげで子羊の仕入れが多くて運が良かったよ」


ルスラがそう説明する間にも、吊るされた子羊には大きな刃物が入る。

そして店主は力強くベリベリと皮を剥ぎ、子羊は丸裸となった。

マシェルは目を逸らすに逸らせず、子羊の腹に刃物が突き刺さり切開する様が見えてしまった。


「ここは血抜きが上手いから、捌いてもほとんど血が出ないんだよな。……て、おいっ……!」


子羊の腹から臓物が見えた瞬間、マシェルの視界は暗く狭くなり、ルスラの声も遠くなっていき……プツリと意識を失ってしまったのだった。


********************


「うん、すまなかった。しかしお前にも苦手なものがあったんだな」


「……初めて見たから驚いてしまったのよ。でも私にだって苦手なものの一つや二つあるわ」


マシェルは後頭部を濡らした布で冷やしながら、子羊の解体を見て気を失ってしまった己を恥じた。

ルスラから聞いた話によると、気絶した拍子に柱に後頭部をぶつけたようで、立派なたん瘤がジンジンとした痛みを今も放っている。

なお、マシェルが急に倒れ、驚いたルスラと店主によって店の奥に運ばれ、気がつくまで寝かされていたらしい。

幸いにもたん瘤以外に怪我は無く、気絶していた時間も短かったようだった。


「あんなに虫の死骸を拾ってきて切り刻んで喜んでいたから、これも大丈夫かと思ったんだがな」


「あれは……どちらかと言うときのこが目的だったし、切り刻んでもあんまり臓物は出なかったから……」


「じゃあ動物の死体からきのこ生えてたらどうするんだ?」


「もちろんしっかり観察して採集するわ」


ルスラの問いにマシェルは即答した。

そこに串焼き屋の店主がやって来た。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


「ご迷惑おかけして申し訳ありません」


優しく声をかけられ、マシェルは申し訳なさで居た堪れなくなった。


「こいつ、王都からやってきたからこういうの慣れてないんだ。今回は俺も配慮不足だったから勘弁な」


「まあ王都じゃこんなことしないだろうなぁ。じゃあ、しょうがねぇよな。一応注文してた串焼きは出来たがどうする?今日は止めとくか?」


「いただきます」


(ここまで迷惑をかけた上に、用意してもらった串焼きまで食べないのは失礼だわ)


問いかけてきた店主に、マシェルはきっぱりと言った。


「……いや、おっさん悪いが串焼きは持ち帰りにしてくれ」


そんなマシェルを見てルスラはすかさず断りを店主に入れた。


「ルスラさん、私は大丈夫よ」


慌ててマシェルはそう言うが、ルスラは首を横に振る。


「いつもより顔色が悪いし今日は止めとけ」


「でも……」


なおも食い下がろうとするマシェルを無視して、ルスラは油紙に包まれた持ち帰り用の串焼きを、店主から受け取った。


「まあ、また今度来てくれよ。その時には今日の串焼きと同じくらい美味いの食わせてやっから」


店主の裏表無い優しい言葉にマシェルはようやく何かに許された気持ちになった。

串焼き屋を出るとルスラがぽつりとマシェルに言う。


「別に無理して気を遣ったりしなくていいんだ。嫌なことや避けたいことはちゃんと言っていいんだから、都度教えてくれ」


そんなことを言われるのは初めてで、驚いて目を瞬いた。


「でもそれで誰かに迷惑をかけたり、空気が悪くなってしまうのは……嫌だわ」


「人間互いに迷惑かけあって生きてくもんだろ。それにお前のかける迷惑はシオンの引き起こす迷惑に比べたら迷惑の内に入らん」


マシェルが溢した言葉をルスラは笑い飛ばした。

それからルスラは今までシオンにかけられた迷惑の数々を教えてくれた。

人として規格外のシオンが引き起こす面倒事は、発生源とおなじくらい規格外なものが多く、一般人と比較しても何ら参考にならないものばかりだった。


それでもマシェルは少し肩の力を抜いて笑うことができたのだった。



【補足】

タラゴン=キク科のハーブ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。