12_初めて町へ
マシェルの森の家での生活が始まって、一月半が過ぎた。
家事にも生活にもだいぶ慣れたとマシェルは実感しているが、同時にいろいろ日用品が足りないことも実感していた。
アイルス家から持ってきた背負い袋の中身は過不足なく最低限の生活や研究の必需品は入っていたし、この森の家のシオンの私物を使用しても良いことになってはいる。
しかしそれでも生活していく中で『あれが無い』『あれがあれば』と思う瞬間が、最近多々発生しているのだ。
「ん?買い物に行きたい?じゃあ明日一緒に町に行くか。」
「いいのですか?」
ルスラに相談するとあっさりと了承され、思わず令嬢の時の口調で聞き返してしまった。
「いいも何もこの家にずっと籠りっぱなしも流石にキツイだろ。そろそろ連れて行ってもいいかなって思ってたからな」
「ただし!」と言ってルスラは続ける。
「俺と必ず行動し一人にならないこと。これは明日以降も町に行くときは必ずな。」
マシェルも若い女の一人歩きはいかに危険か理解しているため、ルスラの言葉に素直に頷いた。
「あとはどうやってもマシェルの所作は平民のそれじゃないから設定が必要だな。…うーん」
ルスラはしばし考え込んだ。
「俺の師匠が王都にある知り合いの商家の娘を預かったってことにするか。変な男に付きまとわれて逃げてきた、と」
「…師匠?」
マシェルはルスラの言葉に首を傾げた。
「孤児だった俺の育て親だ。薬師をしている。元々この家は師匠のものだったんだが…とりあえず今は旅に出ていて不在だ」
「もしかして、この家にある本はその方の蔵書?」
「大体そうだな」
頷いたルスラを見てマシェルは納得した。
この家に置いてある本は古いものから比較的新しいもの、この国のものや外国のものなど多数あったが、そのほとんどが薬草や薬のことが記載されたものばかりだ。
「ち・な・み・に~」
そこにいつものようにシオンが呼ばれてもいないのに、どこからともなくひょっこり割り込んできた。
「一応ルスラの本業は薬草売りだよ~。ほんとは薬師を目指してたんだけど上手く薬が作れなくて諦めたんだよっ!ね!」
「……薬を作る時の魔力操作が上手くできないんだよ」
肩をパンパン叩いてシオンに顔を覗き込まれたルスラは、射殺しそうな視線でシオンを睨みながらマシェルに己の不出来を告白した。
「薬草だけじゃ収入が不安定だからあの爺さんが心配してあたしの世話を任せたってワケ!お陰で生活の質が爆上がりだよ~!」
「俺は精神的疲労を犠牲にして安定した収入を確保した訳だ。あとは師匠が居ない間にこの家がこいつのせいで植物にまみれたり荒れたりしないように手入れをする、要はお目付け役も兼ねてる」
ゲラゲラ笑っているシオンに対し、ルスラの表情には哀愁が漂っていた。
見た目が子どもなため、より不憫に見える。
「まあそんなルスラのことは置いといてー。あたしマシェルに用があったんだよ」
シオンがマシェルに向き直り、紐を編んで作った腕輪を差し出した。
「これ、森の呪い避け。遅れてごめんねー。後でそれつけて入れる森の範囲とか教えてあげるね」
「ありがとうございます。すごく楽しみです」
マシェルは早速受け取った腕輪を身に着けた。
「森とか一人で出歩くなら自衛手段をしっかり用意しとけよ。森には獰猛な獣もいるし、前にも言ったがアンガラの兵士が入り込むこともあるからな」
そう忠告したルスラの腕にも呪い避けの腕輪がついていた。
「ルスラさんはどういう手段で身を守っているの?」
一見すると自分より非力そうに見えるルスラに、マシェルは尋ねた。
「まあ俺は刺激の強い薬草を粉にして、いざって時にそれを目に当てるように備えてるな」
「いや、大体それ使う前にボコボコにしてるじゃん」
ルスラの説明にすかさずシオンが突っ込みをいれた。
「この子、この大きさでさらにちょっとばかし見た目が整っているから、爺さんが心配して護身用にいろいろ体術を仕込んだのさ。
前にその辺の男に茂みに連れ込まれそうになった時なんか、相手の目や鼻から血が噴き出て……」
「シーオーンー?そろそろ減らず口を閉じろ」
ルスラが本気で怒っていると思われる声でシオンを黙らせ、
「俺から言えるアドバイスは一つだけだ。非力な女・子どもに手を出すヤツは人じゃなくて鬼畜だから慈悲などくれるな。躊躇いなく殺れ」
そう言って珍しく凄みのある笑顔を浮かべたのだった。
**********
翌朝、ルスラとマシェルは森の家を出た。
森の中の小路をしばらく進むと森の外れに一軒の小さな家があった。
「ここが俺の家な。なんかあった時はここに来い」
そう言ってルスラは家を指差した。
「ルスラさんはあの家に住まないの?」
「シオンと四六時中一緒とか……最悪だろ……」
マシェルは過剰にルスラを構うシオンを思い出し、(確かに……)と納得する。
「森の中には他の薬師やきこり、炭焼きとかもいるけど、まあ無理して付き合う必要は無いからな。居たとしても呪いが無い森の浅いところだろうし、そもそも関わる機会が無いかもしれないが、念のため」
ルスラの説明を聞きながら森を出て畑や放牧地の間を抜ける。
放牧地では牛や羊の群れが草を食んでいるのが見えた。
畑や放牧地の向こうに小さく町も見える。
「あの町が森から一番近い町だ。森から近いせいか商人がよく来るから、小さい割には案外ものは揃ってる方だと思うぞ」
ルスラは町を指差した。
「なるべく目立たないよう、頭に頭巾被っとけ」
ルスラにそう言われ、マシェルは頷いて持ってきた頭巾をしっかりと被った。
「今、祭りの時期だから他所から人も来てるし、顔は見られない方がいいだろ」
「祭り、というと『魔女への感謝祭』?」
マシェルの問いにルスラは頷いた。
『魔女への感謝祭』。
大昔まだこの国すら無かった頃、強力な魔法を使う騎馬民族が東からやってきて次々と国々を蹂躙し、征服していった。
今マシェル達が住む土地も征服され、当時の人々は圧政に苦しみ喘いでいたと言う。
それを憐れんだ一人のメルデアという名の魔女が、東にある巨大な湖で儀式をし、騎馬民族の国に呪いをかけ人々を救ったという伝説に因んだ祭りである。
今でも王国の東隣にある国はこの魔女を篤く祀っており、魔女が儀式をした湖は、『魔女の湖』と呼ばれている。
マシェルが貴族令嬢として過ごしていた頃も王宮を含めた王都では盛大に祭りを行い、貴族たちもパーティなどで社交に勤しむ時期でもあった。
町に着くと、確かに町の規模の割に人が多かった。
それにどこか歩く人々も少し浮かれているような、良い意味でそわそわした空気を感じる。
「大分歩いたし腹減っただろ?まずは食いに行こう」
そう言ってルスラが路地へ入っていくのをマシェルは後を追った。
ルスラが足を止めたのは古びたパン屋に見える建物だった。
「あらぁ、ルーちゃん。お友達連れなんて珍しいねぇ」
窓から老婆が顔を出し、ルスラに話しかけた。
「ばあさん、巻いたやつ二つ頂戴」
ルスラが注文して硬貨を老婆に差し出した。
老婆は「あいよぉ」と硬貨を受け取り、それを壺に入れた。
それから薄く平べったいパンを二枚敷くと、それぞれに野菜を置いていく。
その上にさらにひき肉と何かしらを炒めたものと発酵乳と思われるものをかけて、胡桃を散らした。
最後にくるくると具材を内側にして器用に巻き、マシェルとルスラに差し出した。
ルスラは礼を言って二人分を受け取り、店先に置いてある木箱に座った。
「とりあえずここに座って食えよ」
そう言ってマシェルにパンを渡し、ルスラは自分の分にかぶり付いた。
(ナイフやフォークは……無いもの、ね)
座ってマシェルはしばらく逡巡し、意を決してとりあえず一口齧ってみる。
野菜と胡桃の食感と焼きたてのパンの香ばしさ、ひき肉の旨味と発酵乳の酸味が絶妙に混じり合い、とても美味しい。
それに何よりひき肉と一緒に炒められていたのはきのこだった。
シャキシャキした食感のきのことコリコリした食感のきのこの二種類を使っているようで、食べていて楽しいと感じる。
最初の食べ方の戸惑いは吹き飛び、一口、また一口とマシェルは食べ進めた。
「気に入ったようだな」
ルスラの言葉にマシェルは口がいっぱいだったので、コクコクと縦に首を振った。
そんなマシェルを見てルスラは嬉しそうに笑う。
「ここのばあさんは自分で採ったきのこを料理して出してくれるんだ。今日使ったのはシメジとクロミミだな」
そうやって話している内に、マシェルはあっという間に最後の一欠片まで食べ終えてしまった。
「さて、行くか。最初はどこ行きたいんだ?」
マシェルより一足先に食べ終えていたルスラは立ち上がり、マシェルに尋ねた。
「じゃあ、まずは……」
マシェルはルスラを見上げた。
「先ほどのお婆さんのところに戻ってきのこの話をっ!」
「買い物行くんだろうがっ!」
立ち上がりかけていたマシェルの頭をルスラは鷲掴みにし、横に思いっ切り振ったのだった。
【作中きのこ】
クロミミ=キクラゲ




