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11_虫から出ずるもの

「そろそろ私も本格的に森に入ってみたいのですが…」


昼食のホコリタケの炒め物を食べ終え、マシェルはシオンに切り出した。


「うーん…もう少し待って。実はいろいろ忙しくて呪い除けの準備に時間がかかっているんだよねー」


ホコリタケをフォークで弄りながらシオンが項垂れた。

あまり食が進んでいないようである。

ルスラはルスラでホコリタケを食べながら、「このきのこの調理はここが限界な気が…」と呟いている。

マシェルは大満足の一皿だったので二人の反応は解せなかった。


「忙しいって…何やってんだよ普段」


ルスラがそう尋ねているので、どうやら長年世話を焼いている彼も、普段シオンが何をしているか把握していなかったらしい。

マシェルが今日までのシオンの行動を思い返しても、その辺をぷらぷらして気付いたら姿が全く見えなくなり、かと思えば食事時にはまたふらっと現れたりする、まるで猫のような生活をしているようにしか見えなかった。

それに以前ルスラがシオンを訪ねてくる人が時々いると言っていたが、マシェルがこの森の家に来て約一月、来訪者は一切無い。


「えー…?うーん…まあ…いろいろだよぉ…」


珍しく煮え切らない返事をし、それ以上シオンは私生活を明かすことはなかった。

森の呪いの元凶本人が『待て』と言うので、マシェルはそれ以上シオンを追求することなく待つことにする。

しかし待つと決めてからも、マシェルは家の周りのきのこ散策と採集は続けることにした。

ホコリタケの粉と相性が良い触媒は簡単に見つけられるとは思ってはいなかったが、『もしかしたら家の周りにある身近なものが触媒になるかも』という可能性も捨てきれなかったためだ。


その日も家事を一通り行った後、マシェルは家の傍を流れる小川に向かった。

小川の周り、特に程よく湿気ている場所を屈んで何か無いかと探す。

すると何かピョコリと生えているものを見つけた。


(…これは…以前見たことがあるものだわ…)


以前、マシェルに父ブランクが風変わりなきのこを贈ってくれたことがあった。

東方の高山で採れたというそのきのこは、なんと『虫』から生えていたのだ。


「これは東方で『冬虫夏草』と呼ばれているきのこだそうだよ。昔は冬は虫で夏になると草になると信じられていたから、そう呼ばれているらしい。どうやら今は貴重な薬として扱われているらしいんだ。マシェルが好きそうだと思って買ってきたよ」


ブランクがそう言って渡してくれたきのこは、確かに大きな芋虫から生えていた。

そして、今目の前にあるものはそのきのこにとてもよく似ている。


(…とりあえず根元を確認しなければ…)


拾った枝で慎重に、しかし内心ウキウキと期待を膨らませつつ、少しずつきのこの周りの土を削る。


「…す、素晴らしい……」


土の中から死んだ虫を発見し、思わず口から喜びの溜息が漏れた。

さらに丁寧に掘り進め、そっと虫の死体を地面から拾い上げる。

手のひらの上の虫の死体とそこから生えた一本のきのこを、じっくりと何も見逃さないように観察していく。

だが、ふとマシェルは気が付いた。

この虫の名前やどんな生き方をするものなのか、何一つ知らないことに。

持ってきていた籠にそっと虫ときのこを置くと、立ち上がり足早に家に戻った。


「ルスラさん、教えて欲しいことがあるの」


シオンの服を繕っていたルスラにマシェルは話しかけた。

ルスラは針仕事をしていた手元から目を上げ、マシェルが見せてきた籠の中を見てギュッと音がしそうな程顔を顰める。


「えー…なんで蝉の子の死骸を見せてくるんだ…」


「これは蝉の子なのね。蝉の子についてもっと詳しく教えて欲しいわ」


げんなりしているルスラにマシェルは真剣な表情で教えを乞うた。


「…そうか、蝉の子は知らないか。蝉の子は地面の中にいるんだよ。夏に地面から出てきて殻を破ってあの飛んで煩く鳴く姿になるんだよ」


「蝉の子は何故土の中にいるの?土の中にいる時は何を食べているの?何故きのこが生えるの?」


「そこまでは知らん」


どうやらルスラもそこまで虫に詳しくはないようで、マシェルの質問攻めをばっさりと切り捨てた。


「てか貴族育ちなのに虫は怖くないのかよ」


「…きのこに夢中で特に気にしてなかったわ…。それにきのこによく虫はついていたし…」


きのこ観察でよく育った大きなきのこを綺麗な状態で採集するのは、実はかなりの運を必要とする。

時間をかけて大きくなることは、つまりそれだけ虫やら何やらの生き物の食害に遭いやすいのだ。

完品で採れたと思ったきのこの中に、虫がいたことは数知れず…。

領地で採集したきのこを陶器に入れて王都の屋敷に持ち帰った際に、大量の虫が湧いていた時には焦ったものだ。

虫嫌いを公言するリモニーやエマニティス家の使用人達にバレずにいかに処分するか、非常に苦心したのをマシェルは思い出した。


(最終的に発火魔法で全て秘密裏に消し去ったのだったわ……)


その際に採集してきたきのこも燃えてしまい、浅はかな己を呪ったことも思い出す。


「……いろいろあって平気ではあるけど、好きではないの」


「……おう、そうか」


急にそんなことを真顔で言ったマシェルを、ルスラは頷きながらも胡乱な目つきで見たのだった。


ルスラに虫のことを教えてくれた礼を伝え、マシェルは外に出て再び小川の近くに戻った。

きのこは近くにまとまって生えることが多いので、先程きのこを見つけた場所を重点的に探していく。

すると同じように蝉の子に生えたきのこや、蜂からきのこが複数生えているものも発見できた。


(複数集められたから、これで念願の解体ができるわ)


自室に持ち帰り、一番最初に見つけたきのこと蝉の子を作業台に置く。

それ以外のきのこは大切に保存したいので、乾燥させるために部屋に吊るしている網の上に乗せた。

再び作業台に向き直ると、いつも使用している小型のナイフを蝉の子の死骸に縦に突き刺す。


(思っていた以上に脆くなっているのね)


死骸はナイフを入れた衝撃でぼろぼろと崩れてしまった。

そして崩れた死骸の中身は、細かい繊維のようなもので満たされ真っ白だった。

虫に全く詳しくないマシェルでも、虫の体内には臓物のようなものが詰まっていることは知っている。


(体の中身はどこに行ってしまったのかしら?全部きのこの根のようなものに呑み込まれてしまったの?)


拡大筒も使いつつ、観察し気になったことや気付いた点を紙に書き連ねた。


(冬虫夏草は薬として使えるとお父様が話されていたから、このきのこはひょっとしたら触媒になるかもしれないわ)


そう思い、崩れた死骸についていたきのこを少しだけ切り取りすり潰した。

先日採集していたホコリタケの粉を魔力を流しながら混ぜ合わせる。

そして混ぜ合わせた粉を極少量、器に移してその粉に水を一滴たらし、拡大筒で観察しながら再び魔力を流す。


(…今まで確認した触媒とあまり反応は変わらないわね…)


そもそも魔力による粉の活性化が足りていないように見える。

さらに粉が水を吸収してしまっている。

ほんの少し期待していたので、結果にマシェルは少し気落ちした。


(そう簡単には見つからないものね…。でも乾燥したり燃やしたりすることで反応が変わるかもしれないし、いろいろ試していこう。それに薬として使われているのなら別の研究で使えるかもしれないわ)


自分にそう言い聞かせ、マシェルはきのこを均等に切り分けた。



なお、折角なので賢者の知見も確認すべきだと思い、夕食時にシオンに蝉の子を見せると、


「こいつやだ!たまに地面に埋まると、木の根と間違えてあたしに針刺して養分チューチューしてくるから嫌い!」


と叫んで顔を背けてしまった。


(賢者が地面に埋まる状況とは?)


シオンの生態は謎が増えるばかりだったが、マシェルは蝉の生態は少し学ぶことができたのだった。



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