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10_雨を降らすために

枯れ葉の山に丸いものがいくつかあった。

色は白茶や薄灰色で、大きさはバラバラだが鶏卵より大きいものは無さそうだ。

いくつかはその丸い頭に小さな穴が開いていた。

マシェルは穴の空いた灰色のものに人差指を突き刺した。


ボスッボフッ


中身が空洞の手応えがあったと同時に、細かい粉が穴から噴き出した。


ボスッボフッ

ボスッボフッボスボフ

ボスボフボボボ

ボボボボボボボ


「おい、真顔でホコリタケを突き回すな、怖い」


ホコリタケを指で連打するマシェルにルスラが後ろから声をかけた。

マシェルは顔を上げ、ルスラの方を向く。


「あ、ルスラさんこんにちは。ホコリタケって突いても突いても粉が出るものなので、つい触ってしまうの」


「それは分かったが…、そんなにホコリタケ採ってどうするつもりだ?」


マシェルが二籠分もホコリタケを集めているのを見て、ルスラは呆れた顔をした。


「あ、こちらは食べる分だから、どうぞ」


マシェルは籠を一つ差し出した。

まだ若く頭に穴が開いていないホコリタケだけを集めたもので、昼食のおかずの具になればと思い採ったものだ。

ルスラは籠を怪訝な顔で受け取り、その中の一つを摘んで割いて匂いや触り心地を確かめる。


「…俺、これ食った事ないけど、本当に食べて大丈夫なやつか?」


「絶妙な大地の香りとふわっとしつつ、しっとりとした食感があって美味しい、よ」


マシェルは慣れぬ言葉遣いで舌を噛みそうになりながらも力説した。

生えて間もないホコリタケは中が空洞ではなく、粉っぽさが無いので食べられるのだ。

そういった少し変わった可食きのこをルスラに渡すと、何だかんだ言いつつ高確率でそれを使って食事を作ってくれることにマシェルは最近気が付いた。


「そっちの籠は?」


「これは私が観察や実験で使うもの。ホコリタケの粉が欲しかったの」


もう一つの籠には頭に穴が開いて中にパンパンに粉が入っていそうなホコリタケがいくつかあった。

実際、少し触っただけでも粉を吹き出すので、マシェルは粉を少しでも大量に確保するために、採取時にとても気を遣った。

満足いく量が採れたので、ルスラと共に家に戻る。


「まあ、あんま粉とか吸い込むなよ。なんか体に悪そうだから」


「布を顔に巻くようにするわ」


ルスラはそのまま籠を持って台所へ向かった。


マシェルは自室に戻り、作業台の上にホコリタケが入った籠を置いた。

布を顔に巻いて鼻と口を隠し、小型のナイフと一番大きなホコリタケを手に取った。

ナイフで慎重にホコリタケを切り開くが、それでも少なくない量の粉が噴き出した。

いくつか切り開き、粉だけを蓋ができる陶器の小皿に移した。

一旦、粉だらけの作業台を掃除する。

それから拡大筒を作業台に設置し、ホコリタケの粉を小皿から微小量取って拡大筒の底に置いた。

マシェルは拡大筒を覗き込むと魔力を流し始める。

先日シオン達に見せた時と違うのは、魔力を拡大筒だけではなくホコリタケの粉にも流しているところだ。


(やはり魔力でホコリタケの粉は活性化してるように見える。でもより活性化しないと思った反応は望めなさそうだわ…)


魔力を流すのを止めて、顔を上げる。

学院在学時に確認していた通りの結果となり、マシェルはそれを日付とともに紙に記録した。


「マシェルー!ルスラが昼食出来たってー」


部屋の外からシオンが声をかけてきたので、マシェルは扉を開けた。


「何か観察してたの?」


作業台を見てシオンが興味深そうに部屋へ入ってきた。


「ホコリタケの粉に魔力を流して活性化する様子を確認してました」


「なんでそんなことしてるの?」


「実は…ホコリタケの粉を材料にして、雨を降らせる魔法を新しく作ろうと思っているのです。その研究の一環で…」


「前に言ってた『きのこの魔法活用』ってこのことか!」


「そうです。いくつか考えていた案の一つです」


拡大筒を撫でてマシェルは頷いた。


「粉でどうやって雨を降らすの?」


シオンが作業台の下に落ちていた、マシェルが切り刻んだホコリタケの残骸を摘みながら尋ねた。


「まだ机上の空論の状態なので明言はできないですが…学院にいた時に聞いた『雲のでき方』の仮説が正しければ、この粉を使って雨を降らせることは可能なのではないかと考えています」


「雲のでき方?」


「はい。空気に含まれた見えない水の粒が空に上がって粒同士が集まった状態が『雲』になる、という仮説です。さらにその水の粒が大きくなると雨になって降ってくるのではないか、と天候を研究している講師が仰ってました」


「それとこの粉にどういう関係が…?」


「私が行ったことのある村では、雨乞い祭りをするのですが、その時に伝統の歌を皆で歌いつつ、火を焚いて天高く煙を出すのです。」


「あー、そういえばそんなことやってる村はあるねー」


シオンと話しながらマシェルは昔、父がきのこ狩りに連れて行ってくれたあの小さな村を思い出した。

雨乞い祭りの日は、遠くから眺めるだけだったが、村人たちの大きな合唱と高く昇る煙が非日常的で夢中になって見入ったことを覚えている。


「講師がその雨乞い祭りを調査したところ、歌で煙に弱い魔法をかけていることが分かったそうです。講師は、魔法がかかった煤が水の粒を集めて雨が降りやすくなるのではないかと考えていました」


雨乞いの話を講師に話したところ、講義を放って嬉々として村に調査に出かけて行き、怒れる理事長に、減給処分を言い渡されていたのが懐かしいと思う。


「ただ、やはり合唱と煤では魔法的効果はとても薄いようです」


「それできのこ?」


シオンは椅子に座り込み、話し込む体勢になっていた。


「はい。きのこは元々水気を好みますし、きのこ自体も水気をよく含みます。それに少しの魔法で反応が大きく返ってくる面白い性質もあります。そのため、材料として最適であると考えました」


マシェルは先ほどホコリタケと一緒に採取していたハゲタケを二つ取り出した。

片方を机の上に置き、杖をかざす。


「【水をよく含め】」


魔法をかけたハゲタケに水差しから、水を注ぐとハゲタケはぐんぐん水を吸い少し膨らんだ。


「わあ本当だ!こっちの魔法かけてないやつより大きくなった!」


シオンが交互に二つのハゲタケを触り比べ楽しそうな声を上げた。


「きのこの種類にもよりますが、元々の大きさから5倍くらいの大きさになるものもありましたよ。ここまで反応が良い素材はきのこだけだと思っています」


凄まじく膨らんだきのこを思い出し、心の中でマシェルはニヤけた。


「でも水吸って膨らんじゃダメなんじゃない?それだと空から雨じゃなくてきのこが降ってくるでしょ?」


シオンが疑問を呈したので、マシェルは頷く。


「そうですね。雨降らしの魔法に必要なのは、まず一つ目に風に乗って広い範囲に広がること。

二つ目に上空にあると思しき水気を粉の一つ一つに吸着させ纏わせることだと考えています。」


マシェルは構想を書いていた紙をシオンに見せる。


「風によく乗ることができるホコリタケの粉に水気を纏う魔法をかければ可能かもしれない、と学院にいた時からずっと考えていたのです。でも実際やってみようとすると、ホコリタケのみでは魔法反応を強く引き出せませんでした」


「ならあたしの魔法でやってみる?」


シオンがニヤリと笑い、マシェルに問いかけた。

それに対しマシェルは苦笑いを浮かべ「それは止めておきます。」と即座に首を横に振った。

マシェルの反応を見て、シオンは今度は満足そうな笑みを浮かべる。


「うんうん、ちゃんと気付いてくれてるようで良かったよ」


「さすがにあれだけの魔法と魔力を見せていただいたので…」


緑の賢者とされるシオンと、マシェル含めた世間一般の人間とでは、魔法の使い方が全く異なるということにマシェルは気付いていた。

一般的に魔法は自分の魔力を使って微小な事象を引き起こしたり、物を少しだけ変質させるとてもささやかな奇跡だとされている。

魔法文字や呪文で少しだけ威力や効果を引き上げることはできるが、それでも人の怪我や病気を一瞬で治癒したり、一瞬で長距離を移動したりする奇跡は起こせはしない。

対してシオンはその身に宿す莫大な魔力で物事を捻じ曲げ改変する。

だからもし、シオンがホコリタケの粉を使って雨を降らす魔法を作ったら、おそらく必ず雨が降る完成品ができるだろう、とマシェルは思う。

しかし理屈も過程も無視し、かつシオンしか作れないものに果たして本当に価値はあるのか、そもそもシオンならホコリタケを使わずとも作れるのではないか、と同時に思うのだ。


「とりあえず、ホコリタケの反応をより活性化させるような触媒が必要なので、しばらくそれを探すのを頑張ります」


いくつか試してみたい素材を思い浮かべてマシェルは言った。


「うんうん、いいねいいね。そういう姿勢ほんと好きだよ。ちなみにあたしは雨を降らすことはできないけど、何も無いところから水は出せるよ」


そう言ってシオンは手の平乗るような水の玉を出して見せた。


「とても凄いです!」


誰も真似できないような魔法を見せられ、マシェルは手放しに賞賛した。


そこに不機嫌なルスラの声が割り込む。


「おい、メシが出来たと言いに行ったヤツが、何故話し込んでいる」


「あ」


シオンの気が逸れたせいか水の玉はビシャン!と音を立ててマシェルの部屋の床を盛大に濡らしたのだった。

【作中きのこ】

ホコリタケ=ホコリタケ

ハゲタケ=ノウタケ(学名Calvatia craniiformisのCalvatia=禿頭から)

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