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閑話_ある家令の思うこと


「エマニティス家のきのこ令嬢が緑の賢者に殺された」


巷でそんな噂が流れていると知った時、エマニティス家の家令である男は、まず真っ先に事実確認を行った。

先代の頃からエマニティス伯爵家に仕えており、今は現当主によって現在の名誉ある地位にいる。

その恩ある現当主の耳に入れる話に不確かなものは存在してはいけない、そういつも心がけてはいるが今回は内容が内容なため、様々な伝手を使い情報を集めた。

すると、どうやら本当に緑の賢者に出会い、賢者の巨大植物に丸呑みにされて消えたらしい。

それを知って男は少し胸が痛んだが、同時に『これで良かったのだ』と安堵した。

メイシェリルは令嬢として優秀だったので男は期待していたが、モンテス子爵家のサロンにおける騒動の一部始終を知り、実はそれほどではなかったのだと男は落胆していた。

学院で変な知識を身に着け『きのこ令嬢』という不名誉な二つ名がついた上に、当主がせっかく取り付けたグランシャン侯爵家という大貴族との婚約を台無しにした時点で価値は無くなったのだ。


そんな出来損ないが死んだ。


しかも転がり込んでいたアイルス家で死んでくれたらしい。

最期にエマニティス伯爵家のためになる死に方をしてくれたようなので、男はその部分についてはメイシェリルの評価を少し見直した。

メイシェリルの死についてまとめた資料を携え、男は当主の執務室の扉をノックした。


扉が開くと中にはこの家の当主である女性と男児がいた。

二人とも赤薔薇のような深紅の髪をしている。


「あらどうしたの?」


理知的な灰色の瞳を男に向けて女性は軽く首を傾げた。


「少々お耳に入れたいことがありまして…」


男は女性、現エマニティス家当主ルーベリアに話しかけながらちらりと横にいる男児を見た。


「カイゼル、少しお仕事のお話をするから部屋に戻ってくれる?」


「はい、母上」


ルーベリアは男児、カイゼルの頬を手で包み込み優しく額にキスを一つ落とす。

カイゼルはこくりと頷くと部屋から出て行った。

現当主と次期当主の微笑ましい触れ合いを見て、そのあまりの美しさに男は密かにほっと息を吐いた。


「それで?」


ルーベリアにそう問われ、男は持ってきた資料を差し出した。


「…何故、緑の賢者があの家に現れたのかしら?」


「その辺りの経緯が不明でして…。あの家と血縁がある平民が、あの娘(メイシェリル)をアンガラへ嫁がせようとしていたようです。それが何かしら賢者の癇に障ったのではと愚考いたします」


「アイルス家でそんな死に方をするなら、除籍する手間が余分だったわね。…まあ緑の賢者が関わるとは予想できなかったし、仕方が無いわ…。ふふっ、今回は運良く薄汚い平民が不用品処理をしてくれたってことにしておきましょう」


そう歌うように呟いたルーベリアは、もう興味が無いと言うように資料を家令に戻した。


「あ、そうだわ、これも燃やしておいて」


そう言ってさらにいくつかの手紙を家令に手渡した。

差出人を確認するとメイシェリルの名が記載してあった。


「直近で送られてきたのがまだ残っていたようなの」


「はい、承知しました」


手紙を受け取った後、男とルーベリアは今後の社交や領地運営についていくつか話した。


「あれが居なくなって、社交に参加する機会が増えたのが悩ましいところね…。カイゼルとの時間が前より少なくなってしまったわ」


口調は本当に悩まし気だが、ルーベリアの表情は心にも無いことを言っていることがよく分かるものだった。

特に今は緑の賢者に殺された愚かな令嬢を早期に切り捨てた賢明な当主、ということでルーベリアは話題の的となっていた。


「お忙しくてもカイゼル様とのお時間を大切にするルーベリア様は、慈愛に満ちた母親の鏡だと屋敷の者たちが話しておりましたよ」


そう心からの賛辞をルーベリアに告げ、男は執務室を辞した。


自室に戻り、男は処分するよう言われた書類を暖炉にくべる。

気まぐれにメイシェリルの手紙を開けると、内容はどれも似たようなものだった。


『一度でいいので会って話を聞いていただきたい』

『リモニーは巻き込まれただけなので、どうかアイルス家に帰して欲しい』

『自分は家名を汚すようなことは何もしていない』

『せめて知人に手紙で事実を知らせたい』


除籍するまでの二週間、メイシェリルを謹慎させ知人に手紙を出すこともルーベリアは禁じていた。

随分気が滅入っていたのか、いつもは整ったメイシェリルの筆跡が最後に開けた手紙は少し乱れが見えた。

屋敷を追い出す際には平然としていたメイシェリルが実は憔悴していた、という証を見つけて男は少しばかり愉快な気分になった。

そしてふっと鼻で笑い、その最後の手紙も暖炉にくべる。

書類も手紙も瞬く間に燃え上がり、後には灰が残るだけだった。



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