09_レンズと光
ルスラが用意した歓迎の料理は、素朴ながらもどれも美味だった。
特に野菜や米をブドウの葉で巻いて煮込んだ料理が逸品だとマシェルは感じた。
以前、同様の料理をサロンで食べたことがあったが、ルスラの作ったものはその時よりもスパイスが控えめで、素材の味を活かしたものだった。
そして何より、米に混ぜられている乾燥きのこを戻したものは、とても良い出汁と香りになっている。
「この料理に使われているのは、もしや私が持ってきたコブタタケ…?」
「ああ、前にマシェルから買い取ったやつだ。」
「そんなルスラさんがお金を出したものなのに…」
「折角のいい食材は、一番いい時に食わなきゃ失礼だろ」
そう言って照れ隠しなのかフイと視線を逸らすルスラに、シオンがすかさず茶々を入れる。
「ひゅー!ルスラくん粋なことするぅ!格好良くて惚れちゃいそっ」
「黙って食え。お前からは金を取るぞ」
料理に集るコバエを見るような目で、ルスラはシオンを睨んだ。
「そんなことよりマシェル、ここでやっていくなら言葉遣いや所作を変えていけよ。今のままだと町に行ったら一発で貴族だとバレるぞ」
「善処しま…気を付けます」
「『気を付ける』だけでいい」
それから和気藹々と食事をし、最後に甘味として用意していた杏を食べていると、シオンが「ところで!」と叫びながらバン!と机を叩く。
「ここに来たばっかりの時にマシェルが話していた、物を拡大して観察できる道具について聞きたいんだけど!あたし空気読んで大分我慢したからいいよね?!教えて欲しい!!」
「あー、まあ、シオンにしては確かに我慢したほうだな」
ルスラが普段のシオンの言動を振り返ったのか、納得していた。
「では…じゃ、じゃあ今から持ってくるわ」
ぎこちない言葉でマシェルは了承し、自室から荷物を持ってきた。
それはたくさんの魔法文字が彫られた木製の筒だった。
片方の端にはガラスが嵌っており、マシェルはガラスが嵌まっている方を上にして、机の上に立てる。
それから一緒に持ってきていた生のきのこのヒダをナイフで薄く削り、筒の底を外して削ったほんの少しのきのこを置き、底を嵌め直した。
そして筒の上に目を近づけて覗き込み、魔力を流し込んだ。
「あ、なんか光ってる」
シオンが筒の底を指さし、興味深く見つめた。
その間にもマシェルは筒を覗き込みながら、筒の脇についた焦点を合わせるためのネジを慣れた手つきで回す。
「この道具は『拡大筒』と言います。
筒の中にももう一枚ガラスレンズが入っていて、この二枚のガラスレンズを使って、対象を拡大して見る仕組みです。
…このくらいかしら…今、覗き込んでみてください」
顔を上げたマシェルは合わせた焦点がズレないよう、筒を一切動かさずにシオンに声をかけた。
シオンは目を輝かせて覗き込み、歓声を上げる。
「うおー!!!これはすごい!こんなの初めて見た!」
シオンには先ほどマシェルが覗いていたものが見えているはずだ。
一見すると何の変哲も無いきのこのヒダだが、拡大すると何かつぶつぶしたものが見えるのだ。
この粒が何なのかいつか解明するのが、密やかなマシェルの目標である。
ふと視界の端でルスラが興味深そうに見ているのに気が付いた。
「ルスラさんもどうぞ」
シオンの肩を優しく叩き、ルスラに譲るよう伝えた。
渋々シオンはルスラに譲り、ルスラはそっと筒を覗き込んだ。
「…すごいな…」
ぽそり出たルスラの呟きを聞き、マシェルは内心得意な気持ちになった。
しかし、マシェルの魔力が限界になり拡大筒に灯っていた光は消えてしまった。
「あー…消えちゃった…」
シオンががっかりした声を上げた。
マシェルは魔力を多量使用した際に感じる体の怠さを誤魔化すように深呼吸をした。
「これは持ち運びを重視して作っていただいたものなので、調光やレンズの調整に魔力の消費が多いのです。
私の魔力量だとこの時間が限界ですね…。
自然光から調光できるものでしたら魔力消費を減らせるのですが、設備が大がかりで繊細なものになるので持ってくることができなかったのです」
「はいはいはーい!あたしそれで植物観てみたい!それにあたし魔力がめっちゃ多いから、それ使ったら無限に使えるんじゃない?!」
マシェルの説明で意気揚々とシオンが手を挙げた。
(…確かに…賢者様の魔力があればかなりの時間使えそうだわ)
「では観たいものを薄く切ってこちらに入れてください」
きのこを取り出し、替わりにシオンが用意した香草を薄く切ったものを入れる。
そして拡大筒についている先ほどマシェルが回していたネジを指さす。
「これを手前に回したり、奥に回したりして見え方を調整します。魔力は魔法文字に沿うような感覚で流してください」
シオンはふむふむと聞きながら拡大筒の前に座り、覗き込んだ。
瞬間、カッと拡大筒から閃光が迸った。
「がぁぁっ!目がっ…!目がぁぁぁあっっ!!」
マシェルも目が眩んでしまい、何も見えない中でシオンの叫び声を聞くしかなかった。
ようやく視力が回復したマシェルはシオンに駆け寄った。
「シオンさん!大丈夫でしょうか?」
「あー…うーん…よし…治ってきた…。」
シオンを覗き込むと、焦点が定まらない目線が徐々にマシェルを見つめ返すようになっていった。
「あたしじゃなかったら失明してたよ?!」
とりあえず元気に文句を言っているので、マシェルは問題無いと判断する。
ルスラも何回も瞬きをしていたが、目に深刻なダメージは受けてないようだった。
「申し訳ありません…。シオンさんは常人よりも一度に流す魔力量が遥かに多いのですね…」
マシェルは拡大筒が閃光を迸らせた理由を分析していく。
拡大筒を開けると、光に灼かれてチリチリになった草の欠片があったので、それを取り除いた。
それからマシェルは自分に宛がわれている部屋から魔法文字を書く専用のインクとペンを持参し、拡大筒に記載されている魔法文字に新たに文字を書き足していった。
「それは何を書いているんだ?っていうか勝手に書き足していいものなのか?」
ルスラがマシェルの手元を眺めながら質問した。
「簡単なものでしたら私も書くことが可能です。もっと難しいものになるとさすがに難しいですね…。
学院にいた時に、魔法文字を研究していた学友と一緒に拡大筒を改良していた際に教えていただいたのです」
「改良ってことは全部が学長の発想ってことじゃないの?」
シオンが不思議そうに聞いた。
「はい。元々レンズを二枚使用して物を拡大するという仕組みは学長が考えたものですが、周りの調整用の魔法文字はその学友が主に考えたものです。私は父方の商会経由で腕利きのガラス職人や細工職人を紹介しました」
マシェルが手を動かしながら答えた。
あとは学長と学友とマシェルの父が拡大筒の売買利益の分配について話し合っていたな、と思い返す。
改良した拡大筒は学院の生徒や講師から欲しいという声が殺到し、高価格だったがなかなかの数が売れたのだ。
黒字利益が出た際に、商会から帰宅した父が、
「兄さんと学長が肩組んで大喜びしてたよ。学長なんかは『これでジリ貧生活から抜け出せるっ!!』て嬉し泣きまでしてたな…」
と言っていたことを思い出す。
学友は伯爵家嫡男だったので、そこまで金銭に執着があるような印象は感じていなかった。
しかし他国から亡命してきた学長は、常に懐事情がカツカツというのは学院では有名な話だった。
学院の理事長が出資者となって、『学長』という地位と少なくない給金を得ることはできていたが、研究や発明には多額の費用を要するのは常である。
そんなことをマシェルは思い出しながらも、魔法文字を書き終える。
「これでまた試していただいても良いですか?」
そしてシオンに声をかけた。
「お、おぅ…。ちなみにほんとに大丈夫…?」
「はい、もし光ったとしても先程のように目を灼くような光は出ないです」
先程の目潰しでさすがにシオンも警戒心を抱いたのか、慎重になっているようだった。
マシェルは観察用の葉を拡大筒に入れ直し、差し出す。
シオンは恐る恐る拡大筒を覗き込んだ。
拡大筒の底面は先程マシェルが使っていた時と同じく淡く光っている。
「わぁ…。すごい、葉を拡大するとこんなことになってるんだぁ…」
シオンが調節ネジを回しながら感嘆の溜息を出した。
「シオンさん、一旦魔力を流すのを止めてください」
使用中の拡大筒をじっと観察していたマシェルはシオンを止めた。
そしてそっと拡大筒を指で触れる。
「…拡大筒が熱くなってきてますね。やはりガラスを光らせる魔法に魔力の供給制限をかけるだけでは不十分のようです。制限により溢れた魔力で魔法文字を書いた部分が熱を持ってしまってます。短時間なら使用に耐えますが、長時間だと燃えてしまうかもしれません」
「うーん…じゃあたまに短時間だけ使わせて!いろいろ観察してみたいものが山ほどあるんだよ」
マシェルの分析を聞いて、シオンが頼み込んだ。
マシェルは首を縦に振る。
「私がいる時に一緒に使用しましょう。危ない時はすぐにお伝えしますので」
「じゃあ、使わない時はしっかり鍵のかかるところに入れておいた方がいいぞ。多分そいつ『ちょっと借りるだけ』とか言って、勝手に借りてうっかり燃やすからな」
それまで黙って見ていたルスラが顰め面でマシェルに助言をした。
「な、なにを根拠にそんな失礼なことを…」
そんなまさか、と思ってマシェルはシオンを見ると、目が泳いでしどろもどろになっている。
(頑丈で鍵のかかる場所を探そう)
そうマシェルは心に決めたのだった。
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