83.
石村は溜まっていた事務仕事を片付けていた。あまり集中せずに、時間を気にしながらだったので、大してはかどらなかった。まだ30分程度しか経っていなかったが、応接室の様子を見に行こうと立ち上がった。しかし、携帯電話が石村を引き止めた。須田からだった。
「どうした、何かあったのか?」
「いや、そっちの様子が気になったんだ」
「俺もそうでな、これから様子を見に行こうと思ってたところだ。それで、まさかそんなことだけで電話してきたわけじゃないよな」
「どうだろうな。ちょっと戻るのが遅くなるかもしれないから、その連絡だ」
「お前が戻らなくても、話は進めておくからな」
「ああ、そうしてくれ、できるだけ戻れるようにはするつもりだ」
須田はそれだけ言うと電話を切った。石村は何も言わずに首を振った。それを見咎めた課長が石村に声をかけた。
「どうした? 事務仕事が嫌になったか?」
「それは昔からですよ。これは事務よりやっかいなことです」
「須田君の仕事絡みか。だとすると、厄介な案件なんだろうな」
「ええ、面倒くさくてしょうがないですよ。でもあいつはでかい話を持ってきたりしますからね」
「わかってるよ、うちで働いてもらいたいくらいだ」
石村はドアに向かって歩き始めながら、課長に答えた。
「こっち側の人間じゃないことが最大の価値なんじゃないですか? あいつは今のままのほうがいいでしょうね」
答えは聞かずに廊下に出た。何も考えないようにして応接室を目指して歩いた。しかし、考えることをやめることはできなかった。
三島は吉田という弁護士の他に、初老の男を見たと言った。少なくとも石村の知る範囲では、このあたりで、それくらいの年齢でドラッグに関わっている人間はいないはずだった。須田の言う通り、5年前の話せない事情とやらがある事件と関係がある可能性があった。
その事件はろくに捜査もされずに、未解決のファイルに放り込まれて、当時の担当も何も話さない。それを考えれば、警察としておおっぴらに動くことは控えるべきなのはわかっていた。
須田のことは信頼していても、石村は歯がゆかった。




