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36.

「前田さん、ちょっとお話がありましてね」

 前田はスーパーの中を歩きながら例の謎の男からの電話を受けていた。

「やっと正体を明かしてくれるとでも?」

「残念ですが、それはできません」男は少し間をあけた。「今はまだ」

「それで、用件は」

「あなたに会ってもらいたい人物がいましてね。悪い話ではありませんよ」

「誰だか教えてもらえるとありがたいんですがね」

「今は言えませんね、残念ながら。しかし、あなたにとって損な話ではないのは保証しますよ」

 前田は少し間を置いた。答えは決まっていた。

「いいでしょう。場所と時間は?」

「時間は今晩8時。場所はラタンという喫茶店です。あなたが居たビジネスホテルから下りの電車で2駅目の駅の東口にあります。すぐにわかりますよ」

「どんなのと出くわすんですかね、私は」

「来て頂ければわかりますよ。では今晩8時に」

 男は電話を切った。前田は携帯をしまって、商品を適当に見ながらスーパーの中を歩きまわった。しばらくそうしてから、おもむろに携帯を取り出して、須田に電話をかけた。電話は転送されて、須田の携帯にかかったようだった。

「はい、須田探偵事務所です」

「どうも、前田です」

「ああ、どうしました?」

「あの、今晩時間は空いてますか?」

「すみませんが、あなたの依頼に関わる件で今晩から明日の午後までは手が放せないことがありましてね。どうしてもと言うならお会いできますが」

「いえ、そういうことならいいんです。それでは明日の午後にまた連絡します」

「さきほども言いましたが、軽率な行動は控えてください。近いうちにいいご報告ができるかもしれませんから」

「わかりました。よろしくお願いします」

 前田は電話を切った。須田がやろうとしていることは予想がつかなったが、とりあえず今晩のことに関する最低限の保険をかけることができた。明日須田と会えないような事が起きれば、おそらく須田が何もしないということはないだろう。前田はそう考えて自分を納得させた。


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