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アイは、生きている。  作者: LALA
第1章 IS-003
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9/47

Ep.8 やってないから、わかんないよ?

 崩れた建物の向こうに、廃病院が見えてきた。

 灰色の空を背景に、黒ずんだ外壁がゆっくりと姿を現す。

 「あ!」

 前に座っていたアイが声を上げた。

 「あった!」

 「何が」

 「おうち!」

 アイが病院を指差す。

 「見えてるから指差すな。危ないぞ」

 「おうち!」

 「聞こえてる」

 「かえってきた!」

 「まだ着いてない」

 そう言いながら、俺は少しだけアクセルを緩めた。

 『主様』

 「なんだ」

 『前方、路面陥没です』

 「見えてる」

 ハンドルを切る。

 大きく割れた道路を避けると、アイの身体が傾いた。

 「わっ」

 「ちゃんと掴まってろ」

 「うん!」

 アイが俺の左腕へしがみつき、そのまま俺の右腕を見る。

 さっきから何度目か分からない。

 少し走っては見る。

 前を向く。

 また見る。

 「……そんな見ても治らないぞ」

 アイが顔を上げた。

 「なおる?」

 「治るって言っただろ」

 「うん」

 そう答えて。

 また俺の腕を見る。

 『治癒には一定の時間を要します』

 ピコが言った。

 アイが上を見る。

 「どのくらい?」

 『損傷の程度、衛生状態、栄養状態、個体差などにより変動します』

 「…………」

 アイが黙った。

 「お前さ」

 『はい』

 「もうちょっと子ども向けに説明できないの?」

 『数日間の経過観察が必要です』

 「最初からそれでいいんだよ」

 「すうじつ?」

 「何回か夜になって、朝になったくらいだ」

 「そっか」

 アイは納得したように前を向いた。

 血はもうほとんど止まっている。

 服の袖は赤黒く染まっているが、傷そのものは大したことがない。

 やがて病院の裏手へ回り込み、いつもの場所までバイクを走らせブレーキをかけた。

 「着いたぞ」

 『到着を確認しました』

 「俺も確認してるよ」

 アイがバイクから病院を見上げる。

 前に初めてここへ来たときは、バイクから降りるより先に「もういっかい」と騒いでいた。

 今日は違った。

 俺が降りるより先に、アイが身体をずらす。

 「おい、待て」

 「んっ」

 足を伸ばす。

 当然、届かない。

 「だから待てって」

 左腕を脇へ入れ、そのまま持ち上げる。

 「わっ」

 地面へ下ろす。

 『主様』

 「なんだ」

 『右腕を使用しないでください』

 「左で持っただろ」

 『確認しています』

 「なら言うなよ」

 アイは着地すると、すぐに廃病院へ向かおうとした。

 だが。

 三歩ほど進んで止まった。

 振り返る。

 俺を見る。

 「どうした?」

 アイが戻ってきた。

 そして俺の上着の袖を掴む。

 左側。

 怪我をしていない方だ。

 「……なんだよ」

 「いっしょ」

 「荷物降ろすんだよ」

 「アイもやる」

 「重いぞ」

 「できる」

 「できない」

 「やってないから、わかんないよ?」

 「……」

 妙なところで正しい。

 『主様』

 「なんだ」

 『少女の主張には論理的妥当性があります』

 「お前どっちの味方なんだよ」

 『味方という概念で判断していません』

 「知ってるよ」

 アイが少し得意そうな顔をする。

 「ほら」

 「何がほらだ」

 俺は荷台を見る。

 燃料容器は駄目だ。

 記録装置も落とされたら困る。

 残っているのは。

 「じゃあ、これ」

 空になった簡易ポンプの袋を渡す。

 軽い。

 アイが両手で受け取る。

 「これ、もつ?」

 「ああ」

 「アイが?」

 「そう」

 アイは袋を見る。

 それから俺を見る。

 少しだけ嬉しそうにした。

 「わかった」

 肩に掛けようとする。

 だが、袋が大きい。

 腕を変なところへ通している。

 『装着方法が誤っています』

 「わかってる」

 『アイへ伝えています』

 「あ、そう」

 「ピコ、どうするの?」

 『右腕を抜き、頭部を紐の内側へ通してください』

 アイが言われた通りにする。

 だが、今度は頭と片腕が完全に袋へ入った。

 「……」

 『……』

 袋から水色の髪だけが覗いている。

 「ピコ」

 『はい』

 「説明下手だなお前」

 『手順自体に誤りはありません』

 「アイが袋になったぞ」

 「おじさん」

 袋の中から声がする。

 「なんだ」

 「みえない」

 「だろうな」

 左手で袋を外す。

 「もういい。俺がやる」

 紐を持って、アイの肩へ掛ける。

 「こう」

 「できた」

 『装着を確認しました』

 「お前はもう確認係やってろ」

 『承知しました』

 アイは自分の肩を見る。

 その上には、地下施設から持ってきた小さな布袋も掛かっている。

 中には歯ブラシが一本。

 それとは反対側に、大きな袋。

 妙な格好になった。

 「いく!」

 「走るなよ」

 「うん!」

 走った。

 「おい」

 『走行を確認しました』

 「確認してないで止めろよ」

 『私に強制力はありません』

 アイが止まる。

 振り返る。

 「走るなって言っただろ」

 「……うん」

 今度は歩く。

 俺はため息をつきながら、記録装置と通信モジュールはリュックへ入れ、燃料容器を左手で持った。

 ピコはまだ俺の頭の上だ。

 「お前は降りないのか」

 『飛行機能の安定性が通常値まで回復していません』

 「そうか」

 『現在地が最も安全です』

 「俺は重いんだけど」

 『私の重量に変化はありません』

 「そういう意味じゃない」

 前を歩いていたアイが振り返った。

 「ピコ、まだそこいる」

 『はい』

 「やっぱりそこ、すき?」

 『安全性を優先しています』

 「すきじゃない?」

 『好悪による選択ではありません』

 「ふーん」

 アイはしばらくピコを見ていた。

 「ピコ」

 『はい』

 「もう、おちない?」

 一瞬。

 ピコの返答が遅れた。

 『現時点では、その可能性は低いと判断します』

 「そっか」

 アイが笑った。

 「よかった」

 『……はい』

 俺は何も言わなかった。

 「ただいま!」

 アイの声が廊下へ響いた。

 誰もいない病棟へ、その声が響いていく。

 返事をする人間はいない。

 当たり前だ。

 ここには俺たちしかいない。

 俺と。

 アイと。

 ピコ。

 ……三人。

 「おじさん」

 「なんだ」

 アイが俺を見ている。

 「ただいま」

 「……俺も一緒に帰ってきただろ」

 「うん」

 「じゃあ俺に言うのは違うんじゃないか」

 「そうなの?」

 「たぶん」

 アイがピコを見る。

 「ピコ、ただいま」

 『私も同行していました』

 「……」

 アイが俺を見る。

 「ほらな」

 「じゃあ、だれにいうの?」

 俺は答えようとして。

 少し考えた。

 「……家に、じゃないか」

 「おうちに?」

 「ああ」

 アイは廊下を見回した。

 薄暗くて、汚い。壊れている。

 そんな場所を見て。

 「ただいま、おうち」

 満足そうに言った。

 『通常、家屋そのものから返答はありません』

 「分かってるよ」

 「ピコもいって」

 『何をですか?』

 「ただいま」

 『私は帰宅という概念を必要としません』

 「いって」

 『必要性がありません』

 「いって!」

 『……ただいま』

 アイが嬉しそうに笑った。

 俺も少しだけ笑った。

 「言うんじゃん」

 『要求への対応です』

 「はいはい」

 階段を上がる。

 ピコは俺の頭から離れ、今度は手すりの少し上をゆっくり飛んでいる。

 プロペラ音はまだ少し不安定だ。

 2階へ上がる。

 部屋へ入ったところで、俺は燃料容器を床へ置いた。

 「ふぅ……」

 右腕がずきりと痛む。

 顔に出たらしい。

 アイがすぐこちらを見た。

 ピコもこちらへセンサーを向ける。

 「いたい?」

 「ちょっとな」

 『疼痛反応を確認しました』

 「二人して見るな」

 「なおす?」

 「今からな」

 『救急用品の使用を推奨します』

 「分かってる」

 アイが持っていた袋を床へ置く。

 そのまま俺についてくる。

 ピコもついてくる。

 「……なんでお前ら二人とも来るんだよ」

 「みる」

 『処置補助を行います』

 「はいはい」

 棚の下から救急箱を引っ張り出す。

 病院に残っていたものと、これまでの探索で集めたものを一つにまとめた箱だ。

 中身は大したものじゃないが、ないよりマシだ。

 床へ座り、シャツの右袖を見る。

 「……これ切るか」

 『その方が安全です』

 ハサミを左手で持つ。

 やりづらい。

 袖を切ろうとするが、うまく刃が入らない。

 「貸して」

 アイが手を伸ばした。

 「駄目」

 「なんで?」

 「刃物だから」

 『アイが使用するには危険です』

 アイはハサミを見る。

 俺を見る。

 ピコを見る。

 「おじさんはいいの?」

 「俺は使えるからな」

 『ただし現在、主様は利き腕を負傷しています』

 「余計なこと言うな」

 アイが手を出したまま俺を見る。

 「ピコがやれば?」

 「……」

 ピコを見る。

 『可能です』

 「最初から言えよ」

 『依頼されていませんでした』

 ハサミを渡す。

 ピコが二本のアームで器用に掴み、袖を切り開いていく。

 アイはその動きをじっと見ている。

 「ピコ、じょうず」

 『ありがとうございます』

 「俺より褒められてんじゃん」

 『事実です』

 「腹立つな」

 傷が露出した。

 弾丸は右の上腕を掠めている。

 皮膚が裂けているが、深くはない。

 血もほぼ止まっている。

 「思ったよりマシだな」

 『骨格への損傷は確認できません』

 「だろうな」

 『ただし感染症には注意が必要です』

 「ああ」

 アイが近づく。

 しゃがむ。

 じっと傷を見る。

 指を伸ばす。

 「触るな」

 ぴたっ。

 止まった。

 「なんで?」

 「汚れるし、傷に触るとよくない」

 『傷口への不用意な接触は感染リスクを高めます』

 アイは自分の指を見る。

 「さわらない」

 「ああ」

 今度は一度で覚えた。

 俺は水を少し使って傷の周りを洗う。

 残っている水は貴重だ。

 だが、感染して腕が使えなくなる方が困る。

 水に薄く血が混じる。

 アイの目がそれを追う。

 さっきガソリンスタンドで初めて血を見たときの顔とは違う。

 今度は怖がっているというより。

 観察している。

 覚えようとしている。

 「つぎは?」

 「消毒」

 「しょうどく」

 「傷が悪くならないようにする」

 『細菌等による感染を防止するための処置です』

 アイがピコを見る。

 「さいきん?」

 『微小な――』

 「待て」

 『はい』

 「また地下施設のエンジン説明みたいになるぞ」

 『正確な説明を行おうとしています』

 「簡単にしろ」

 数秒。

 『目に見えないほど小さな、身体に悪影響を与えるものが存在します』

 アイが目を細めて傷を見る。

 「みえない?」

 『はい』

 「どこ?」

 『見えません』

 「ピコも?」

 『現在の装備では直接視認できません』

 「じゃあ、いるってどうやってわかるの?」

 『……』

 ピコが止まった。

 俺は吹き出しそうになる。

 「頑張れ」

 『説明には複数の前提知識が必要です』

 「逃げたな」

 『説明を保留しました』

 アイが笑った。

 俺は消毒液を染み込ませたガーゼを傷へ当てる。

 「っ……」

 思わず顔が歪む。

 アイの身体がびくっと動いた。

 ピコのセンサーも俺へ向く。

 「いたい?」

 「まあな」

 『一時的な刺激です』

 「さっきより?」

 「いや。消毒が染みただけ」

 アイが俺の顔を見る。

 次にガーゼ。

 また俺の顔。

 「それ、やめたら?」

 「やめたら傷が悪くなるかもしれない」

 「でも、いたい」

 「痛くてもやることはあるんだよ」

 『主様の説明で概ね正確です。85点。』

 「採点すんな」

 アイは黙った。

 俺は新しいガーゼを当てる。

 包帯を取る。

 「ピコ」

 『はい』

 「頼む」

 『承知しました』

 もう説明はいらなかった。

 ピコが包帯を受け取り、アームを伸ばす。

 『右腕を固定してください』

 「はいよ」

 一周。

 二周。

 三周。

 「……おい」

 『はい』

 「多くない?」

 『患部保護を優先しています』

 四周。

 「多いって」

 『適正範囲です』

 「俺の腕ミイラにする気か」

 『その予定はありません』

 アイが口元を押さえた。

 「笑った?」

 「わらってない」

 「絶対笑っただろ」

 「わらってないよ」

 『笑っています』

 「ピコ!」

 アイがピコを見る。

 「なんでいうの!」

 『事実だからです』

 「ピコのばか!」

 『知能機能に異常はありません』

 俺はとうとう笑った。

 「お前ら何やってんだよ」

 ピコが最後を留める。

 『処置を終了しました』

 「さんきゅ」

 『どういたしまして』

 腕を見る。

 少々大げさな巻き方だが、まあいい。

 アイが包帯をじっと見る。

 「これで、なおる?」

 「あとは時間だな」

 「すぐじゃない?」

 「ああ。何日かすれば少しずつ治る」

 『傷の状態から判断して、適切な処置を継続すれば回復が見込まれます』

 アイがピコを見る。

 「ほんと?」

 『はい』

 「ピコがいうなら、ほんと?」

 「俺が言っても信じろよ」

 「おじさんもほんと?」

 「ほんとだよ」

 「そっか」

 ようやく少し安心したらしい。

 それでも。

 アイは俺の左袖を掴んだ。

 「……何だよ」

 「なんでもない」

 「じゃあ離せ」

 「やだ」

 「なんで」

 「……」

 答えない。

 ただ掴んでいる。

 俺はその小さな手を見る。

 ガソリンスタンドでも。

 帰りのバイクでも。

 こいつは何度も俺の腕を見ていた。

 治ると説明しても。

 血が止まっても。

 病院まで帰ってきても。

 ずっと。

 「……そんな気になるか」

 「なにが?」

 「俺の腕」

 アイが包帯を見る。

 しばらく黙る。

 「……わかんない」

 「分かんない?」

 「うん」

 自分の胸へ手を置く。

 「ここが、へん」

 「痛いのか?」

 「いたくない」

 「じゃあ何だ」

 「わかんない」

 アイは困ったように眉を寄せた。

 「おじさんがいたいっていうと、へん」

 「……」

 「ここ」

 また胸へ手を置く。

 「へんなの」

 ピコがアイへセンサーを向ける。

 『心拍数に軽度の上昇が確認されます』

 「ピコ」

 『はい』

 「今は数字にしなくていい」

 『承知しました』

 ピコはセンサーを戻した。

 アイはまだ自分の胸を触っている。

 「……そのうち分かるだろ」

 「ほんと?」

 「ああ」

 「おじさんはわかる?」

 「さあな」

 『主様』

 「言うなよ」

 『まだ何も発言していません』

 「ならそのまま黙ってろ」

 『了解しました』

 アイが俺とピコを見る。

 それから少しだけ笑った。

 俺は立ち上がる。

 「とりあえず、荷物片づけるぞ」

 「うん」

 アイが俺の袖から手を離した。

 俺はリュックから記録装置を取り出す。

 黒く焼け焦げた、小さな金属部品。

 通信モジュールも並べる。

 ピコが近づく。

 今度はさっきよりプロペラ音が安定している。

 「どうだ?」

 『自己診断を継続しています』

 「飛ぶ方」

 『通常時の92パーセントまで回復しています』

 「なら大丈夫そうだな」

 「ピコ、なおった?」

 『完全ではありません』

 アイの顔が曇る。

 『ただし、回復傾向にあります』

 「なおる?」

 『はい』

 アイがほっとしたように笑った。

 「よかった」

 ピコが一瞬止まる。

 『ご心配をおかけしました』

 「……」

 俺はピコを見る。

 こいつがそんな言い方をするのは珍しい。

 アイは気にしていない。

 「もうおちないでね」

 『努力します』

 「努力でどうにかなんの?」

 『表現上の回答です』

 「お前もいろいろ覚えてんな」

 『学習機能を搭載しています』

 「そうだったな」

 ピコが記録装置へアームを伸ばす。

 『解析を開始します』

 「ああ、頼む」

 「ピコ、なにするの?」

 『この装置内部に残存する情報を確認します』

 「アイのこと、わかる?」

 『不明です』

 「わかんない?」

 『そのために調べます』

 アイは納得したように頷いた。

 ピコが接続端子を確認する。

 細いケーブルを伸ばす。

 接続。

 小さな電子音が鳴った。

 『規格を照合』

 「いけそうか?」

 『接続を確認しました』

 「読める?」

 『データ領域を走査します』

 俺とアイは待つ。

 10秒。

 20秒。

 ピコのプロペラだけが小さく回っている。

 『破損を確認』

 「どの程度?」

 『記録領域の大部分が読み取り不能です』

 「やっぱりか」

 『一部領域に断片的なデータが残存しています』

 俺は顔を上げた。

 「読めるのか?」

 『現時点では断定できません』

 「復元できそう?」

 『試行します』

 「頼む」

 『完了まで時間を要する可能性があります』

 「いい。急がなくていい」

 今すぐ答えが出たところで。

 俺自身、何を知りたいのか整理できていない。

 IS-003。

 破壊対象。

 アイの周囲で起きた異常。

 戦争が終わったあとも動き続けていた兵器。

 全部が繋がっているように見える。

 だが、繋がっているように見えることと、答えを知っていることは違う。

 「腹減ったな」

 俺は呟いた。

 「ごはん?」

 アイがすぐ反応した。

 「ああ。そろそろ食うか」

 「アイもたべる」

 「お前、腹減らないだろ」

 「へらないよ」

 「だよな」

 「でも、たべたい」

 『食料残量を考慮すると、アイへの分配は少量を推奨します』

 「分かってる」

 アイがピコを見る。

 「すこし?」

 『はい』

 「いっぱいは?」

 『推奨しません』

 「なんで?」

 『主様は食料を摂取しなければ生命活動に支障が生じます。アイには現在、その必要性が確認されていません』

 アイは俺を見る。

 「おじさん、たべないとだめ?」

 「ああ」

 「じゃあ、すこしでいい」

 俺は一瞬、アイを見る。

 「……そうか」

 「うん」

 「昨日はもっと食いたそうにしてたのにな」

 「おじさんのなくなる?」

 「食えば減るからな」

 「じゃあ、すこし」

 『合理的な判断です』

 「お前はいちいち評価すんな」

 俺は保存食を取り出す。

 自分の分とそれから、アイの分をほんの少し。

 アイはもう食べ方を知っている。

 渡すと、両手で受け取った。

 「いただきます」

 俺の手が止まった。

 「……それもどこで覚えた?」

 アイも止まる。

 「?」

 ピコがこちらを見る。

 『私が教えました』

 「お前かよ」

 『食事前に使用される一般的な挨拶として説明しました』

 「いつ?」

 『主様が昨夜、就寝している間です』

 「……お前ら俺が寝てる間に何してんの?」

 「いっぱいおしえてもらった!」

 『アイから質問がありましたので回答しました』

 「何教えた?」

 『複数あります』

 「例えば?」

 アイが先に口を開いた。

 「いただきます!」

 「それは今聞いた」

 「ごちそうさま!」

 「セットで教えたのか」

 『はい』

 アイが得意そうに保存食を持つ。

 「いただきます!」

 「……いただきます」

 『私は食事を必要としません』

 「知ってるよ」

 「ピコも!」

 『必要性がありません』

 「いって!」

 『……いただきます』

 「だからお前食わねえだろ」

 アイが笑った。

 俺も保存食を口へ運ぶ。

 味は相変わらず大したことがない。

 アイも小さく齧る。

 ゆっくり噛む。

 飲み込む。

 「どうだ?」

 「へんなの」

 「やっぱりか」

 「でも、おもしろい」

 『昨日と同一の評価です』

 「記録すんなそんなもん」

 『記録しています』

 「そうですか」

 「おじさん」

 「なんだ」

 「おいしい?」

 「まあまあ」

 「へんなのじゃない?」

 「俺には普通」

 アイが自分の保存食を見る。

 「ピコは?」

 『味覚機能はありません』

 「かわいそう」

 『問題ありません』

 「おいしいの、わかんない?」

 『はい』

 「へんなのも?」

 『はい』

 アイはしばらく考えた。

 それから自分の保存食をほんの少しだけちぎった。

 ピコへ差し出す。

 「これ、あげる」

 『摂取できません』

 「なんで?」

 『消化器官がありません』

 「ちょっとだけ」

 『量の問題ではありません』

 「……そっか」

 少し残念そうに、自分で食べる。

 俺はその様子を見ながら、保存食を噛んだ。

 机の上では、壊れた記録装置のランプが小さく点滅している。

 ピコが解析を続けている。

 部屋の隅には、さっき持ち帰った燃料容器。

 壁には地図。

 窓の向こうには、崩れた街。

 昨日までと大して変わらない。

 ただ。

 俺がいて。

 ピコがいて。

 そこに、もう一人増えた。

 「おじさん」

 「今度はなんだ」

 「これ、もういっこ」

 「駄目」

 「なんで?」

 「少しって言っただろ」

 「ピコ」

 『はい』

 「もういっこ、いい?」

 『推奨しません』

 「……」

 アイが俺を見る。

 「ほら」

 「ふたりとも、けち」

 『食料管理です』

 「そういうこと」

 アイが頬を膨らませる。

 俺は小さく笑った。

 静かな生活は終わった。

 それは前から分かっていた。

 ただ。

 悪くない。

 そんなことを考えてしまった自分には、気づかなかったことにした。

読んでくださってありがとうございます!

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荒廃した世界で食料や水、弾薬まで管理しながら生きていくサバイバル感がしっかりある一方で、ユウとピコ、アイの会話はとても軽快で、そのバランスが面白いです。 特に印象に残ったのは、何も知らなかった少女が…
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