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アイは、生きている。  作者: LALA
第1章 IS-003
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Ep.4 誉めてねーよポンコツ。

 

挿絵(By みてみん)


 バイクを病院の裏口に停め、エンジンを切った。

 さっきまで響いていた駆動音が消え、辺りが急に静かになる。

 「着いたぞ」

 返事がない。

 俺は自分の前に座らせていた少女を見る。

 「……おい?」

 少女はハンドルの辺りを見つめたまま固まっていた。

 「どうした」

 「…………。」

 「おい」

 「もういっかい。」

 「……は?」

 少女が勢いよく振り返った。

 「もういっかい、やりたい!」

 目が輝いている。

 どうやら怖かったわけではないらしい。

 「やらない」

 「なんで!?」

 「着いたからだよ」

 「もういっかい!」

 「あとでな」

 「いま!」

 「あとで」

 「いま!」

 「……ピコ」

 『はい』

 俺の頭にしがみついていたピコが返事をする。

 「なんとかしてくれ」

 『不可能です』

 「即答かよ」

 『少女の要求を拒否する権限は、主様にあります』

 「役に立たねえなお前ほんと」

 『ありがとうございます』

 「褒めてねーよポンコツ」

 少女が俺とピコを交互に見る。

 それから突然、声を上げて笑った。

 「ふたり、おもしろいね!」

 「そうか?」

 「うん!」

 俺はバイクから降りた。

 少女も真似して降りようとする。

 だが、足が地面まで届いていない。

 「んっ……」

 短い脚を必死に伸ばしている。

 「お、おい、ちょ待て待て」

 脇に手を入れて、そのまま持ち上げる。

 「わっ」

 軽い。

 思っていた以上に軽かった。

 そのまま地面へ下ろす。

 少女は自分の足が地面についたことを確認すると、すぐにバイクを振り返った。

 ぺたぺたと車体を触る。

 「これ、なに?」

 「バイク」

 「ばいく」

 「ああ」

 「ばいく!」

 気に入ったらしい。

 「これ、はやいね」

 「まあな」

 「もっとはやくできる?」

 「できる」

 「やって!」

 「やらない」

 「なんで?」

 「危ないから」

 「あぶないって?」

 「……」

 早速きた。

 俺は少女を見る。

 少女も俺を見る。

 純粋に答えを待っている顔だ。

 「怪我するかもしれないってことだ」

 「けが?」

 「身体が傷つくこと」

 少女は自分の腕を見る。

 「きずつく?」

 「……痛くなることだ」

 「いたい?」

 俺は頭を掻いた。

 「そこからか……」

 『主様』

 「なんだ」

 『説明が後退しています』

 「うっせーな分かってるよ」

 少女が首を傾げる。

 俺は少し考えて、少女の頬を指先で軽くつまんだ。

 「む」

 「こういうのがもっと強くなる感じだ」

 「むー」

 「分かったか?」

 「わかんない」

 「だろうな」

 指を離す。

 少女は自分の頬を触った。

 別に痛そうな様子はない。

 そもそも痛みというものを知っているのか。

 それすら怪しくなってきた。

 「まあいい。とりあえず、勝手にバイクには触るな」

 「なんで?」

 「危ないから」

 「あぶないって?」

 「今説明しただろ」

 「わかんなかった」

 「……じゃあ俺がいないときは触るな」

 「なんで?」

 「頼むから言うこと聞いてくれ……」

 少女はきょとんとした。

 それから、にこっと笑う。

 「わかった!」

 「本当か?」

 「うん!」

 返事だけはめちゃくちゃいい。

 信用していいのか分からない。

 俺はバイクから荷物を降ろした。

 地下で回収した工具類だ。

 結局、全部を運ぶのは諦めた。

 今日は使えそうなものだけ選び、残りは後日回収することにした。

 工具の入った袋を肩に掛ける。

 少女がその様子をじっと見ている。

 「それ、なに?」

 「工具」

 「こうぐ?」

 「ああ」

 「なにするの?」

 「物を直したりする」

 「なおす?」

 「壊れたものを使えるようにするんだ」

 少女は少し考えた。

 そして、病院を見上げた。

 「これも?」

 「ん?」

 「これも、なおすの?」

 俺も病院を見上げる。

 割れた窓。

 黒ずんだ外壁。

 崩れた一角。

 植物が這い上がっている場所もある。

 「……これは無理だな」

 「なんで?」

 「これは壊れすぎ」

 「そっか」

 少女は残念そうでもなく、ただ納得したように頷いた。

 「行くぞ」

 俺が歩き出すと、少女もついてくる。

 二歩ほど遅れて。

 また二歩。

 そして急に走って、俺の横へ並ぶ。

 少しすると、また何かに目を奪われて遅れる。

 その繰り返しだった。

 病院の入口に着くまでの十数メートルが、妙に長い。

 「おじさん」

 「だからおじさんじゃないよ。なに?」

 「あれなに?」

 少女が指差した。

 錆びた車椅子だった。

 「車椅子」

 「くるまいす?」

 「ああ」

 「ばいく?」

 「違う」

 「のれる?」

 「乗れるけど」

 少女が車椅子へ走っていく。

 「おい、ちょ待てヨ」

 間に合わなかった。

 少女は座席によじ登り、ちょこんと座った。

 「うごかない」

 「そりゃそうだ」

 「ばいくはうごいたよ?」

 「あれにはエンジンがあるからな」

 「えんじん?」

 「……」

 俺は少女を見た。

 少女は期待した目で俺を見ている。

 「ピコ」

 『はい』

 「任せた」

 『エンジンとは、燃料などのエネルギーを機械的な動力へ変換する装置です』

 「…………。」

 少女が固まった。

 『理解できましたか?』

 「できない!」

 『そうですか』

 「説明下手だなお前」

 『正確な説明です』

 「7歳くらいの子どもにする説明じゃないだろ」

 『年齢は推定値です』

 「そこじゃねえよ」

 少女がまた笑い始めた。

 どうやら俺とピコが話しているだけで面白いらしい。

 俺はひとつ、ため息をついて車椅子の後ろへ回った。

 「ちゃんと掴まってろ」

 「うん?」

 ハンドルを握る。

 そして少しだけ押した。

 車輪が回る。

 「わっ!」

 少女の顔が一気に明るくなった。

 「うごいた!」

 「動くよ」

 「もっと!」

 「やだよ」

 「もっともっと!」

 「荷物持ってんだぞ」

 「もっと!」

 「……」

 仕方なく、病院の入口まで押していく。

 ガラガラと古い車輪が音を立てる。

 少女は両手で肘掛けを掴みながら、楽しそうに足を揺らしていた。

 『主様』

 「なんだ」

 『移動効率が低下しています』

 「誰のせいだと思ってる」

 『主様の判断です』

 「お前マジ解体するぞ」

 病院の中へ入る。

 少女の表情が少し変わった。

 さっきまで外のあちこちを見ていた目が、今度は暗い廊下をゆっくり見回している。

 「ここ、なに?」

 「病院」

 「びょういん?」

 「ああ。今は俺が住んでる」

 「おじさんのおうち?」

 俺は少し考えた。

 家。

 そう呼んだことはなかった。

 2ヶ月前に見つけて、雨風を凌げて、ある程度安全だったから使っているだけだ。

 「……まあ、そんなもんだ」

 「おうち!」

 なぜか少女が嬉しそうに言った。

 「今日からお前もここに住むんだよ」

 少女が俺を見る。

 「わたしも?」

 「ああ」

 「ここにいていいの?」

 「そのつもりで連れてきた」

 少女は黙った。

 さっきまで絶えず動いていた視線が止まる。

 「どうした?」

 「……ここにいていい?」

 「ああ」

 もう一度答える。

 少女は俺を見つめた。

 それから、ゆっくり笑った。

 「そっか」

 それだけだった。

 大喜びするでもない。

 飛び跳ねるでもない。

 ただ、どこか安心したような顔をした。

 俺は車椅子から少女を降ろした。

 「まず部屋に行くぞ」

 「おへや?」

 「ああ」

 階段へ向かう。

 少女は俺についてきた。

 一段。

 二段。

 三段。

 途中で足を止める。

 「どうした?」

 「これ、おもしろい」

 「階段が?」

 「うん」

 少女は一段降りた。

 そして上がる。

 また降りる。

 また上がる。

 「……何してんだ?」

 「のぼったり、おりたり!」

 「見れば分かる」

 「おもしろいよ?」

 「俺には分からん」

 「おじさんもやる?」

 「毎日やってる」

 「いっしょ!」

 「何がだよ」

 どうやら何を見せても楽しめるらしい。

 ある意味、羨ましい。

 ようやく二階まで上がり、自分の部屋へ戻る。

 扉を開けた。

 少女が俺の後ろから顔を覗かせる。

 「ここだ」

 少女は恐る恐る部屋へ入った。

 最初にベッドを見る。

 次に工具箱。

 壁の地図。

 燃料容器。

 調理器具。

 そして、窓。

 少女は真っ先に窓へ走った。

 「おい、走るな」

 聞いていない。

 窓枠に両手をつき、外を見る。

 「わあ……」

 小さな声が漏れた。

 俺は荷物を床へ置いた。

 「そんなに珍しいか?」

 「たかい!」

 「二階だからな」

 「いっぱいみえる!」

 少女は窓に額がつきそうなくらい顔を近づけている。

 その横へピコが飛んでいった。

 『窓へ体重を掛けすぎないでください』

 「なんで?」

 『ガラスが破損する可能性があります』

 「がらす?」

 『目の前にある透明な板です』

 少女がガラスを触る。

 「これ?」

 『はい』

 こんこん、と指で叩く。

 『強く叩かないでください』

 こんこん。

 『強く叩かないでください』

 こんこんこん。

 『警告を理解していますか?』

 「うん!」

 こんこんこんこん。

 『理解と行動が一致していません』

 俺は工具を整理しながら笑いそうになるのを堪えた。

 こいつを連れてきたのは間違いだったかもしれない。

 少なくとも、静かな生活は今日で終わったらしい。

 少女はしばらく窓の外を眺めていた。

 やがて、壁に端末で写し出された地図に気づく。

 「おじさん、これなに?」

 「地図」

 「ちず?」

 「ああ。この辺りが描いてある」

 少女が近づいてくる。

 俺の横から地図を見上げる。

 「おじさんのおうちは、ここ?」

 小さな指が適当な場所を指した。

 「そこは違う」

 「じゃあここ?」

 「違う」

 「ここ?」

 「違う」

 「どこ?」

 俺は病院の位置を指差した。

 「ここ」

 少女がじっと見る。

 「ちっちゃい」

 「地図だからな」

 「わたしは?」

 「は?」

 「わたし、どこ?」

 「お前?」

 「うん」

 俺は少し考えた。

 そして、昨日書き込んだ食品店の位置を指差す。

 「ここにいた」

 少女はそこを見る。

 次に、病院を見る。

 また食品店を見る。

 指で二つの場所をなぞる。

 「ここから、ここにきたの?」

 「ああ」

 「ばいくで?」

 「そう」

 少女は嬉しそうに笑った。

 「じゃあ、ここがわたしのおうち?」

 指先が病院の印の上で止まった。

 俺は一瞬、答えに詰まった。

 昨日まで、ここは俺が生き延びるための拠点でしかなかった。

 寝る場所。

 物を置く場所。

 雨風を凌ぐ場所。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 家なんて呼ぶ気はなかった。

 けれど。

 少女は俺の答えを待っている。

 「……まあ、そうなるな」

 「そっか!」

 少女は病院の印を指で何度も触った。

 「ここ、おうち!」

 「分かったから」

 俺は工具箱を開いた。

 回収してきた工具を一つずつ中へ入れていく。

 その横で、少女はまだ地図を眺めている。

 やがて、小さな声が聞こえた。

 「おうち……」

 さっきより静かな声だった。

 俺は手を止める。

 少女は地図を見たままだった。

 その言葉が何を意味するのか、本当に理解しているのかは分からない。

 ただ、何度か確かめるように呟いていた。

 「ここ、おうち」

 俺は何も言わず、工具の整理を再開した。

 部屋の中では、ピコのプロペラ音が小さく響いている。

 昨日までと同じ部屋。

 同じベッド。

 同じ工具箱。

 同じ地図。

 なのに、一人増えただけで、妙に狭くなったような気がした。

 ……まず、寝る場所をどうするか。

 俺はベッドを見る。

 次に少女を見る。

 そして床を見る。

 「……ピコ」

 『はい』

 「ベッド、もう一個必要だな」

 『同意します』

 「どっかに残ってたよな」

 『三階の病室に複数あります』

 「あとで運ぶか」

 『はい』

 少女が振り返った。

 「べっど?」

 「寝るところだよ」

 「ねる?」

 俺の手が止まった。

 少女はきょとんとしている。

 嫌な予感がした。

 「……お前、寝るって分かるか?」

 「わかんない」

 「目を閉じて、しばらく動かなくなるやつ」

 「しないよ?」

 「…………。」

 俺はピコを見る。

 ピコもこちらを向いた。

 数秒の沈黙。

 『主様』

 「言うな」

 『ベッドは不要である可能性があります』

 「言うなって」

 少女だけが、何のことか分からないまま楽しそうに笑っていた。

 「じゃあ、夜は何してるんだ?」

 「よる?」

 「暗くなってからだよ」

 少女は首を傾げた。

 「くらくなったら?」

 いや、そうだった。

 この子はずっとあの暗い地下室で暮らしてたんだった。

 「ああいや、えっとだから、その……」

 「べつになにも」

 「何もって……ずっと起きてるのか?」

 「うん」

 「朝まで?」

 「あさ?」

 「ずっと」

 「うん」

 少女は当たり前のように頷いた。

 俺は額を押さえた。

 食事をしない。

 水も飲まない。

 そして、眠らない。

 どんどん人間から遠ざかっていく。

 見た目だけなら、どこにでもいる子どもなのに。

 「ピコ」

 『はい』

 「こいつの身体、簡単に調べられるか?」

 少女が俺を見る。

 「しらべる?」

 「痛いことはしない」

 「いたいって?」

 「……そうだったな」

 忘れていた。

 俺は少女の頭に手を置いた。

 「じっとしてればいい」

 「わかった!」

 『簡易走査を実行します』

 ピコが少女の前まで飛んでいく。

 少女は興味津々でピコを見つめている。

 『動かないでください』

 「うん!」

 『動かないでください』

 「うん!」

 『動いています』

 「うん!」

 「止まれって言われてんだよ」

 俺が肩を掴むと、ようやく大人しくなった。

 ピコのセンサーが少女の身体を上から下へ向けられる。

 小さな電子音。

 数秒。

 また電子音。

 俺は黙って待った。

 やがて、ピコが少し後ろへ下がった。

 『走査を終了しました』

 「どうだ?」

 『生命活動を確認しています』

 「それは見れば分かる」

 『体温、脈拍、呼吸を確認』

 「普通なのか?」

 わずかな間があった。

 『判断できません』

 「……は?」

 俺はピコを見る。

 『比較可能な生体情報が不足しています』

 「人間と比べればいいだろ」

 『比較しています』

 「じゃあ何が分からない?」

 ピコが少女へセンサーを向けたまま止まる。

 『複数の数値に矛盾があります』

 「矛盾?」

 『はい』

 「具体的には?」

 『現時点では測定誤差との区別ができません』

 俺は眉を寄せた。

 「もう一回やれ」

 『実行します』

 再び電子音が鳴る。

 少女はじっとしていられなくなったのか、目だけを動かしてピコを追っていた。

 数秒後。

 『結果は同一です』

 「機械の故障じゃないのか?」

 『自己診断では異常ありません』

 「……そうか」

 結局、何も分からない。

 ただ一つ分かったのは、分からないことが増えたということだけだった。

 少女が俺を見上げる。

 「おわった?」

 「ああ」

 「じゃあ、あそんでいい?」

 「好きにしろ。ただし壊すなよ」

 「わかった!」

 少女はすぐに窓の方へ走っていった。

 俺はその背中を見る。

 走る。

 笑う。

 喋る。

 呼吸もしている。

 触れば温かい。

 どう見ても普通の子どもだ。

 それなのに、食べない。

 飲まない。

 眠らない。

 俺は壁の地図へ目を向けた。

 食品店。

 その地下。

 非常用設備室。

 そして、さらに奥にあった小さな部屋。

 あそこには、まだ何か残っている。

 壊れた端末も。

 読めなかった記録も。

 IS-003という番号の意味も。

 「……もう一回、調べる必要があるな」

 『地下施設をですか?』

 「ああ」

 『少女についても?』

 俺は窓際を見る。

 少女はガラスに顔を近づけ、外を飛んでいる鳥を夢中で追っていた。

 「それも含めてだ」

 今すぐ答えが出るとは思っていない。

 それでも。

 あの地下には、こいつが何者なのかを知る手掛かりがある。

 そんな気がした。

 「おじさん!」

 突然呼ばれた。

 「なんだ」

 「あれ!」

 少女が窓の外を指差している。

 「飛んでる!」

 「鳥だよ」

 「とり!」

 少女が嬉しそうに笑う。

 「ピコといっしょ!」

 『異なります』

 「いっしょ!」

 『異なります』

 「とべるよ?」

 『飛行原理が異なります』

 「いっしょ!」

 『異なります』

 俺は二人を放っておいて、工具の整理へ戻った。

 今考えても仕方がない。

 どうせ夜になれば分かる。

 本当にこいつが一睡もしないのか。

 そのときの俺は、まだその程度にしか考えていなかった。

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