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アイは、生きている。  作者: LALA
第1章 IS-003
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4/46

Ep.3 おじさん、だれ?

読んでくださってありがとうございます!

評価、ブックマーク、感想、いいねなどで応援してくれたら死ぬほど喜びます。

励みになります。

今後も投稿頑張りますので、応援よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)


 翌朝。

 目を覚ましたのは、午前6時を少し過ぎた頃だった。

 薄いカーテンの向こうから白っぽい朝の光が差し込んでいる。昨日まで残っていた二日酔いはすっかり抜け、身体を起こしても頭痛も吐き気もなかった。

 「……今日はマシだな」

 ベッド脇の水を一口飲み、着替える。

 壁際の端末を起動すると、病院を中心とした周辺地図が表示された。昨日追加したばかりの食料、水、敵との遭遇地点。その横には《M-68 残弾9》と記録されている。

 たった3発。それでも、補充するあてのない今では大きい。

 「まあ、まずは昨日のところだな」

 部屋の隅にいたピコが浮き上がる。

 『食品店の地下保管庫ですね』

 「ああ。昨日は全部見られなかった」

 『水の処理も必要です』

 「それもやる。そのあと、余裕があれば東のガソリンスタンド」

 『了解しました』

 保存食を腹に入れ、工具とM-68を確認する。残弾9発。昨日打った膝にはまだわずかな痛みが残っているが、動く分には問題ない。

 「行くか」

 『はい』

 病院を出てバイクに跨がると、ピコが飛んできて二本の腕でヘルメットを掴んだ。

 「……お前、そこが気に入ったのか?」

 『移動中の安定性が高い位置です』

 「俺の頭なんだけどな」

 『認識しています』

 「なら少しは遠慮しろ」

 返事はなかった。

 昨日と同じ道を北へ走る。

 10分ほどで、あの食品店が見えてきた。

 バイクを停め、店内へ入る。昨日倒した哨戒型は、床に転がったまま動いていなかった。

 『完全停止を確認』

 「昨日も確認しただろ」

 『再確認です』

 「慎重でよろしい」

 地下へ降りる。

 昨日見つけた食料と水タンクを確認し、必要な分だけ水を確保する。期限切れのフィルターを通したあとで煮沸するつもりだ。準備だけ済ませ、昨日は調べきれなかった保管庫の奥へ向かった。

 金属製の扉を開けると、そこは小さな作業室だった。

 壁際には工具棚。中央には作業台。床には古びた箱がいくつも積まれている。

 「……当たりだな」

 『使用可能と思われる工具を複数確認しました』

 棚を調べると、レンチ、ドライバー、プライヤー、配線工具。そのほかにもヒューズや端子、ケーブル、小型のリレーまで残っていた。古いものばかりだが、整備すれば使えそうなものも多い。

 「こういうのが欲しかったんだよ」

 『すべて持ち帰りますか?』

 「ああ」

 『一度での運搬は困難です』

 「じゃあ二回」

 『三回を推奨します』

 「……そんなにある?」

 『はい』

 悪くない。

 むしろ、昨日より荷物が増えるなら歓迎だった。

 俺は使えそうな工具を選別しながら、さらに室内を調べていく。その途中、奥の棚の裏へ何本もの太いケーブルが伸びていることに気づいた。

 「ピコ。これ、どこ行ってる?」

 『確認します』

 ピコが棚の奥へ回り込み、ライトで壁を照らした。

 『主様。奥に空間があります』

 「空間?」

 棚の中身を降ろし、二人で少しずつ横へずらす。金属の脚が床を擦り、耳障りな音が地下へ響いた。

 その向こうから現れたのは、壁に埋め込まれた金属製の扉だった。

 表面の表示はほとんど剥がれていたが、まだ読める。

 《非常用設備室》

 「……こんなのあったのか」

 『昨日の探索では確認していません』

 「見落としたな」

 錆びついた取っ手を握る。何度か力を込めると、金属が軋み、扉がゆっくり開いた。

 中へライトを向ける。

 太い配管。制御盤。大型の筐体。そして奥には、発電設備らしき機械が沈黙したまま並んでいた。

 「……でかいな」

 俺は中へ入り、設備を一つずつ目で追った。長期間停止しているように見えるが、外から見ただけでは状態までは分からない。

 「ピコ。電源系統、見られる?」

 『確認します』

 ピコが制御盤へ近づく。

 数秒後、小さな電子音がした。

 『完全な停止状態ではありません』

 「どういうこと?」

 『一部回路に微弱な電圧を確認しました』

 「……まだ生きてるのか」

 『可能性があります』

 俺は奥の機械へ近づいた。

 もし使えるなら、話は大きく変わる。

 これまで病院では、必要な機器を動かすときだけ手持ちの電源を使ってきた。まとまった電力が確保できれば、照明も、工具も、充電も、今よりずっと楽になる。

 だが、今すぐ触る気にはなれなかった。

 長期間放置された設備を、状態も分からないまま動かすのは危険だ。

 「今日は調べるだけにする」

 『賛成します』

 「燃料も必要だろうしな」

 『燃料の種類を確認する必要があります』

 「じゃあ、ガソリンスタンドを見る意味も増えた」

 『はい』

 昨日まで知らなかった場所に、使えるかもしれない設備がある。

 それだけでも十分な収穫だった。

 工具を持ち帰る準備をしようとした、そのときだった。

 カタン。

 小さな音がした。

 俺は手を止める。

 「……?」

 設備室を見回す。

 何もない。

 配管か、どこかの金属が軋んだだけかもしれない。

 そう思って作業へ戻ろうとした。

 カタン。

 今度は、はっきり聞こえた。

 しかも近い。

 「ピコ」

 『はい』

 「今の聞いた?」

 『はい。音源を確認します』

 ピコが設備室の奥へ飛んでいく。俺もM-68へ手を添え、その後を追った。

 発電設備のさらに奥に、人ひとりが通れるほどの細い通路があった。

 「……まだ奥があるのか」

 ピコのライトだけが暗闇を白く切り取る。

 数メートル進んだところで、ピコが止まった。

 『主様』

 「なんだ」

 『生体反応を検知しました』

 足が止まる。

 「……生体反応?」

 『はい』

 「数は?」

 『一名です』

 反射的にM-68へ伸びかけた手を止める。

 『敵性反応は確認されません』

 「人間?」

 『生体反応からは、その可能性が高いと判断します』

 「大きさは?」

 わずかな間。

 『推定、6歳から8歳程度』

 「……子ども?」

 『はい』

 こんな場所に。

 地下施設の、そのさらに奥に。

 子どもがひとりいる。

 通路の先には、小さな金属扉があった。完全には閉じておらず、わずかに隙間が開いている。

 そこから音がした。

 くすっ。

 俺は目を細める。

 「……今、笑った?」

 『はい。音声として確認しました』

 扉へ近づく。

 「誰かいるのか?」

 返事はない。

 「聞こえてるなら、出てきてくれ」

 沈黙。

 その代わり、扉の向こうで布が擦れる音がした。

 そしてまた、

 くすっ。

 「……いるな」

 扉の前まで来て、手を伸ばす。

 その瞬間だった。

 「わっ!!」

 「――っ!」

 扉の脇の死角から、小さな影が飛び出した。

 反射的に一歩下がる。

 少女だった。

 7歳くらいだろうか。小さな身体に細い手足。少し大きめの淡い色の服を着て、肩には小さな布袋を斜めに掛けている。

 そして何より目を引いたのは、肩まで伸びた淡い水色の髪だった。

 薄暗い地下の中で、その色だけが妙に鮮やかに見えた。

 少女は俺の前で止まると、大きな目でこちらを見上げた。

 それから、にこっと笑う。

 「ねね、びっくりした?」

 「……」

 「びっくりした?」

 「……した」

 その瞬間、少女の顔がぱっと明るくなった。

 「やったぁ! せいこうー!」

 その場で小さく跳ねる。

 俺はしばらく言葉が出なかった。

 「……お前、俺を驚かせるために隠れてたの?」

 「うん!」

 「ずっと?」

 「うん」

 「どのくらい?」

 少女は少し考えた。

 「……わかんない」

 「分かんないのか」

 「うん」

 けろっとしている。

 どうやら本当に、俺たちが来たから隠れて驚かせただけらしい。

 「もっとびっくりしてよ」

 「十分したよ」

 「ほんと?」

 「ああ」

 「じゃあ、よかった」

 満足そうに笑う。

 なんなんだ、こいつ。

 少なくとも、怯えているようには見えなかった。

 俺が観察していると、今度は少女のほうが興味深そうに俺を見上げる。

 「おじさん、だれ?」

 「……おじさん?」

 「うん」

 「俺はおじさんじゃない」

 「じゃあ、おにいさん?」

 「……まあ、それでいい」

 少女は少し考えた。

 「じゃあ、おじさん」

 「なんで戻るんだよ」

 少女が楽しそうに笑う。

 どうやら、もう訂正するだけ無駄らしい。

 俺はしゃがんで目線を合わせた。

 「名前は?」

 「名前?」

 「ああ。お前の名前」

 少女は首を傾げ、それから部屋の奥を指差した。

 「そこにかいてあるよ」

 古い端末が置かれていた。画面はほとんど消えているのに、脇の小さな表示灯だけが弱々しく点滅している。

 そこに残っていた文字を読む。

 《IS-003》

 「……アイエス、ゼロゼロスリー?」

 「うん」

 「これがお前の名前?」

 「たぶん」

 「たぶん?」

 「ここにかいてあるから」

 あまりにも当たり前のように答える。

 自分の名前を聞かれて、「書いてあるから」と答える子ども。

 妙な返事だった。

 「ピコ。この端末、読める?」

 『確認します』

 ピコが端末へ飛んでいく。

 すると少女の興味も、すぐそちらへ移った。

 「わあ」

 『何でしょうか』

 「飛んでる」

 『はい』

 「どうして?」

 『プロペラによって飛行しています』

 「さわっていい?」

 『可能です』

 少女はそっとピコへ手を伸ばし、金属製の身体に触れた。

 「つめたい」

 『金属製です』

 「そうなんだ」

 今度は両手で触る。

 「やっぱりつめたい」

 『先ほども同じ感想を述べています』

 「だってつめたいんだもん」

 思わず鼻で笑った。

 少女が振り返る。

 「おじさん、わらった!」

 「笑ってない」

 「わらったよ!」

 「気のせいだ」

 「ふーん」

 少女は納得していない。

 俺は立ち上がり、改めて周囲を見回した。

 小さな部屋だった。

 古い端末と棚。薄い毛布。それくらいしかない。

 食器がない。

 水を入れる容器もない。

 食料もない。

 子どもが暮らしている場所としては、あまりにも何もなかった。

 「……お前、ここで暮らしてるの?」

 「うん」

 「ひとりで?」

 「うん」

 「食べ物は?」

 「……?」

 少女が首を傾げる。

 「飯だよ。食べるもの」

 「めしって?」

 「……食べるもの」

 「たべるって?」

 俺は黙った。

 冗談を言っている顔ではない。

 「じゃあ、水は?」

 「みず?」

 「飲むやつ」

 「のむって?」

 また、言葉に詰まる。

 少女は俺が困っている理由すら分からないらしく、不思議そうにこちらを見ていた。

 「腹、減らないの?」

 「おなか?」

 自分の腹を見下ろす。

 「ここ?」

 「ああ」

 「どうなるの?」

 「……空腹になる」

 「くーふく?」

 「腹が減るってこと」

 「わかんない」

 「……そうか」

 どういうことだ。

 食べることを知らない。

 飲むことも知らない。

 それなのに、目の前にいる。

 元気に笑って、喋って、俺を驚かせて喜んでいる。

 『主様』

 ピコの声に振り返る。

 「読めた?」

 『一部のみ。個体識別番号、IS-003』

 「それ以外は?」

 『破損しています。ただし、登録記録そのものは戦争開始以前から存在します』

 少女を見る。

 見た目は7歳ほど。

 戦争が終わって5年。その戦争が始まるより前から、IS-003という記録が存在している。

 「……お前、いつからここにいる?」

 「わかんない」

 「誰かと一緒にいたことは?」

 「わかんない」

 「父親とか、母親は?」

 少女はまた首を傾げた。

 「わかんない」

 悲しそうには見えなかった。

 忘れて悲しんでいるんじゃない。

 最初から、自分には関係のない言葉を聞かされているような顔だった。

 「外に出たことは?」

 「そと?」

 「ああ。ここじゃない場所」

 少女は首を横に振る。

 「ないよ」

 「一回も?」

 「うん」

 「……外がどんなところかも?」

 「わかんない」

 そして、少し考えてから俺を見る。

 「おじさんは、そとからきたの?」

 「ああ」

 「そとって、どんなとこ?」

 俺は答えようとして、少し迷った。

 窓もない地下でずっと過ごしてきた子どもに、今の世界をどう説明すればいい。

 「……広いよ」

 「ひろい?」

 「ああ。ここより、ずっと」

 「なにがあるの?」

 「いろいろ」

 「いろいろ?」

 「建物とか、道路とか。空もある」

 「そら?」

 「ああ」

 少女の目が少しだけ大きくなる。

 知らない言葉を、一つずつ拾っている。

 「ひとは?」

 その問いに、少しだけ言葉が止まった。

 「……少ない」

 「そっか」

 少女はそれ以上聞かなかった。

 俺は、もう一度この部屋を見る。

 毛布。

 端末。

 棚。

 それだけ。

 この少女が何者なのかは分からない。

 なぜここにいるのかも、なぜ食べる必要がないのかも、戦争より前から記録が存在する理由も分からない。

 分からないことしかない。

 それでも。

 この部屋にこいつを残して、ひとりで病院へ帰る自分を想像した。

 ……無理だな。

 「なあ」

 「うん?」

 「ここから出てみる?」

 少女が瞬きをする。

 「ここから?」

 「ああ」

 「どこに?」

 「外」

 「……そと」

 少女は覚えたばかりの言葉を、確かめるように口にした。

 「ここじゃないところ?」

 「ああ」

 「おじさんもいく?」

 「俺も行く」

 少女は少し考えた。

 そして笑う。

 「じゃあ、いく!」

 「即決だな……。怖くないの?」

 「わかんない」

 「そうか」

 「でも、おじさんいるから」

 「……」

 思わず目を逸らす。

 その呼び方は相変わらず気に入らない。

 なのに、今は訂正する気になれなかった。

 「じゃあ、準備して」

 「じゅんび?」

 「持っていきたいものがあるなら持ってこい」

 「わかった!」

 少女は部屋の隅へ走っていく。

 そこで手に取ったのは、小さな布袋だった。

 肩から斜めに掛け、満足そうに戻ってくる。

 「それ、中は?」

 「ん?」

 袋を開く。

 空っぽだった。

 「……何も入ってないじゃん」

 「うん」

 「何のための袋?」

 「わかんない!」

 「じゃあ置いてけば?」

 「やだ」

 即答だった。

 少女は大事そうに袋を押さえる。

 「もっていくの」

 「……そうか」

 理由は分からない。

 でも、本人が持っていきたいならそれでいい。

 「じゃあ行くぞ」

 「うん!」

 少女が俺の袖を掴む。

 そのまま歩き出そうとしたところで、急に手を離した。

 「おじさん」

 「なんだ」

 「さいごにもっかい!」

 「何を」

 少女がにやっと笑った。

 「びっくりさせるの」

 「……まだやるの?」

 「こんどはもっとびっくりするよ」

 言うなり、机の陰へ走っていった。

 水色の髪が少し見えている。

 本人は隠れているつもりらしい。

 「…………」

 帰っていいだろうか。

 いや、駄目か。

 俺は仕方なく、わざとらしく周囲を見回した。

 「……あれー。いないなー」

 机の陰から、小さな笑い声が漏れる。

 「どこ行ったんだろうなー」

 「…………」

 肩まで震えている。

 下手すぎる。

 なんで俺がこんなことを。

 「まあ、いいか。帰ろ」

 出口へ歩き出す。

 「え、まって!」

 少女が慌てて飛び出した。

 「あ」

 固まった。

 俺を見る。

 俺も見る。

 「……いまのなし」

 「なんでだよ」

 「まだ、びっくりさせてない」

 「十分びっくりしたよ」

 「うそ」

 「ばれたか」

 「つぎはちゃんとやる」

 「はいはい」

 不満そうに頬を膨らませたのも一瞬で、すぐにまた俺の袖を掴んだ。

 暗い通路を戻る。

 ピコが少し前を飛び、その後ろを俺と少女が歩く。

 やがて階段を上り、崩れた店内へ出ると、割れた入口の向こうから朝の光が差し込んでいた。

 少女の足が止まった。

 「……あかるい」

 「外だからな」

 「これが、そと?」

 「ああ」

 俺たちは店を出た。

 少女が眩しそうに目を細める。

 淡い水色の髪が、朝の風に揺れた。

 目の前にあるのは、崩れた建物と、瓦礫に塞がれた道路。錆びた車。ひび割れたアスファルト。その上に広がる、どこまでも続く空。

 綺麗な世界ではない。

 むしろ、壊れた世界だ。

 それでも少女は、何も言わずに見ていた。

 空を見上げる。

 道路の先を見る。

 風に揺れる草を見る。

 初めて見るものばかりなのだろう。

 しばらくして、小さく呟いた。

 「……ひろい」

 「ああ」

 少女はまだ空を見ている。

 やがて俺の袖を少し強く握った。

 「おじさん」

 「なんだ」

 こちらを見上げる。

 笑っていた。

 「ひろいね!」

 俺は一度だけ頷いた。

 「ああ」

 『主様』

 「なんだ」

 『出発しないのですか?』

 「……するよ」

 バイクへ向かって歩き出す。

 数歩進んだところで、袖が引かれた。

 少女がまだ空を見上げている。

 「おい。行くぞ」

 「うん!」

 俺の隣に、小さな足音が増えた。

 ピコが少し先を飛んでいる。

 昨日までなら、それだけだった。

 「おじさん、あれなに?」

 「どれ?」

 「あれ!」

 「だからどれだよ」

 少女の指は、空のどこかを指していた。

 病院へ戻るまでには、少し時間がかかりそうだった。

読んでくださってありがとうございます!

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