Ep.2 ……膝いる?
階段を下りきると、地下保管庫に出た。低い天井の下に金属製の棚が並び、古びた箱やコンテナが埃を被っている。
「……結構あるな」
『店舗部分より保存状態は良好です』
懐中電灯で棚を照らしていくと、その端に見覚えのあるマークを見つけた。
「……保存食」
箱を引き出し、蓋を開ける。中には銀色のパウチが何列も残っていた。
『一部に包装の劣化があります』
「食えるやつだけ選んでくれ」
『了解しました』
ピコに確認させながら、使えそうなものをバッグへ詰めていく。保存食、栄養食、乾燥食品。期待していたより、ずっと多い。
『食料として使用可能なものは、約一週間分です』
「……十分だ」
朝には何もなかった。それを考えれば大収穫だった。
さらに奥を調べると、壁際に大きなタンクが並んでいた。
「……水?」
『タンク内部に液体を確認しました。合計約87Lです』
「87?」
思わず聞き返した。今朝の飲料水は287mlしかなかった。それも、もう半分ほど飲んでいる。
「本当に水なんだろうな。ガソリンだったらどうするよ」
『飲料水用のタンクです。ただし、現在の安全性は保証できません』
「だよな」
近くの棚を探すと、簡易浄水フィルターと折り畳み式の給水容器も残っていた。
「使えそう?」
『フィルターは未使用です。ただし、使用期限を超過しています』
「……微妙だな」
『破損は確認されません』
「じゃあ持って帰る。フィルター通して、煮沸だな」
『推奨します』
試しにタンクから少量を汲む。見たところ濁りも浮遊物もない。
もちろん、それだけで安全とは言えない。
「今日はこれだけでいい。残りは必要になったら取りに来る」
『了解しました』
食料約一週間分。そして、使えるかもしれない水が87L。
朝の惨状を考えれば、十分すぎる成果だった。
「一度戻るぞ」
『了解しました』
俺たちは地下保管庫を後にした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
廃病院へ戻る頃には、朝方まで空を覆っていた雲は消え、崩れた街の上に薄い青空が広がっていた。
バイクを走らせる俺の頭には、ピコが二本の腕でしっかりとしがみついている。
「……重い」
『重量は約8.6kgです』
「知ってる」
『では、問題ありません』
「そういう問題じゃない」
頭の上で二基のプロペラが低く回っている。飛べるくせにこうしているのは、走行中の風圧で姿勢を崩さないためだ。
やがて廃病院が見えてきた。裏手の搬入口から敷地へ入り、バイクを止める。駆動を切ると、頭にしがみついていたピコが腕を離し、ふわりと浮き上がった。
「お前、やっぱ重いわ」
『先ほど回答しました』
「感想だよ」
ヘルメットを外してバイクから降りる。戦闘で打った膝にはまだ鈍い痛みが残っていたが、歩く分には問題ない。
代わりに、持ち上げたバッグは朝よりずっと重かった。
食料と水。
今は、その重さがありがたい。
生活スペースに戻ると、さっそく戦利品を床へ広げた。元は病室だった部屋には、工具や部品、燃料容器、簡単な調理器具が並んでいる。
「まず食料」
『了解しました』
ピコと手分けして包装を確認し、傷んだものを除外する。最終的に残ったのは、節約すれば約一週間分。
「昨日の俺には絶対触らせられない量だな」
『昨晩の摂取量を基準とした場合、約――』
「計算しなくていい」
『了解しました』
次は水だ。
持ち帰ったものを簡易フィルターへ通し、鍋へ移す。期限切れのフィルターだけを信用する気にはなれないので、簡易コンロに火をつけて煮沸する。
水が沸くのを待つ間、壁際の端末を起動した。画面がちらついたあと、病院を中心とした周辺地図が表示される。
ここへ来てから歩いた道、崩落地点、水場、燃料候補、食料、敵との遭遇地点。俺とピコが確認した情報を、その都度記録している。
「今日の分、入れるぞ」
『了解しました』
今日探索した店舗には食料の印。その地下には《水・約87L・要処理》。東にある旧ガソリンスタンドは、地下タンクの状態が分からないため給油候補のまま。以前見つけた廃車には部品取り用の工具マークを残す。
最後に、今日の戦闘地点へ赤い印を追加した。
《哨戒型・撃破》
その横にピコが情報を追加する。
《M-68、3発消費。残弾9発。主様、膝を負傷》
「……膝いる?」
『必要です』
「敵の情報より目立ってない?」
『主様の移動能力に関係します』
「歩けるって」
『痛みはありますか?』
「……ある」
『では、必要です』
「はいはい」
地図を眺める。
安全に通れる道。崩落している道。水。燃料。食料。部品。そして、敵。
空白はまだ多い。
それでも、昨日まで何も知らなかった場所に、今日は新しい印が増えた。
こうやって少しずつ、自分たちが生きられる範囲を広げていく。
鍋から、ぐつぐつと水の沸く音がした。
十分に煮沸してから火を止め、冷めるのを待つ。やがて少量を口に含み、ゆっくり飲み込んだ。
「……うま」
『脱水状態に近かったため、通常より美味しく感じている可能性があります』
「夢がないな」
『事実です』
「はいはい」
俺は保存食を一つ開け、そのまま口へ放り込んだ。硬くて、薄味で、お世辞にもうまいとは言えない。
それでも腹に入る。
水もある。
今日一日は、それで十分だった。
「……明日、もう一回行くか」
『地下保管庫ですか?』
「ああ。まだ確認してないものもある。工具とか、使えそうなものも見ておきたい」
『了解しました』
保存食をもう一口齧る。
「あと、今日は酒なし」
『了解しました』
少し間があった。
『昨晩も同じ発言をしています』
「……今日は本気だ」
『記録しておきます』
「やめろ」
『了解しました』




