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アイは、生きている。  作者: LALA
第1章 IS-003
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Ep.1 これ、食える?



挿絵(By みてみん)


 「……寒っ」

 外はまだ薄い雲に覆われていた。病院の敷地には雑草が生い茂り、ひび割れたアスファルトを突き破って若い木まで伸びている。駐車場には何台もの車が放置され、窓は割れ、タイヤは潰れ、車体は赤茶色に錆びていた。

 その奥にある小さな倉庫へ向かう。

 シャッターを持ち上げると、重たい金属音とともに薄暗い倉庫が現れた。その奥に、一台のバイクが停まっている。

 2061年製。俺が7年乗り続けている愛車だ。

 黒に近いガンメタリックの車体には、細かな擦り傷がいくつも残っている。右側には7年前につけた傷もそのままだ。それでも駆動系には定期的に手を入れているし、こんな世界になってからも整備だけは欠かしていない。

 「……相変わらずだな」

 『入手から7年2ヶ月が経過しています』

 「そこまで正確に言わなくていい」

 『記録されていますので』

 「はいはい」

 跨がってスイッチを入れると、中央のディスプレイが淡く点灯し、車体の内部から低い駆動音が響き始める。

 「……よし」

 『システム、正常です』

 「行けるな」

 『問題ありません』

 ヘルメットを被り、リュックを背負い直す。腰にはM-68。水筒は一本。食料はゼロ。残弾は12発。

 できれば、全部そのまま持って帰りたい。

 アクセルを回し、病院の敷地を出た。

 その先に広がるのは、かつて街だった場所だ。道路には放置車両が残り、信号機は折れ、電柱は途中から崩れている。ビルの窓はほとんど割れ、煤けた壁を蔦が這い上がっていた。アスファルトの亀裂から伸びた雑草が風に揺れる中、色褪せたコンビニや薬局の看板だけが、ここにかつて日常があったことを残している。

 人の姿はない。

 バイクの駆動音だけが、静かな街を通り抜けていく。

 「……静かだな」

 『はい』

 「こういうときくらい、なんか言えよ」

 『何を言えばいいのですか?』

 「……分かんない」

 『では、静かにします』

 「いやまあ……そういう意味じゃないんだけどな」

 前方に、道路の半分を塞ぐように倒壊した建物が見えてきた。俺は速度を落とし、通れそうな隙間を確認する。

 「右から行く」

 『了解しました』

 ハンドルを切り、瓦礫を避けながら進む。

 その途中だった。

 崩れた建物の暗い窓から、何かがこちらを見ていた気がした。

 「……」

 ブレーキをかける。

 『主様』

 「……何かいる?」

 わずかな間を置いて、ピコが答えた。

 『確認できません』

 割れた窓の向こうは暗い。奥で、千切れたカーテンが風に揺れている。

 それだけだった。

 「……見間違いか」

 『可能性はあります』

 「だよな」

 アクセルへ手を戻した、そのときだった。

 カチン。

 小さな金属音が、どこかから聞こえた。

 俺は手を止める。

 「今の、聞いた?」

 『はい』

 さっきより返事が早い。

 俺は道路の左右を見回した。倒れた電柱、崩れた建物、風に揺れる雑草。動いているものは見えない。

 「何の音?」

 『音源を特定しています』

 数秒後、ピコの青白い目が明滅した。

 『建物内部から発生した可能性が高いです』

 「やっぱりいるじゃん」

 『人間であるとは断定できません』

 「動物かもしれないって?」

 『はい』

 「……この辺に、まだ動物なんているのか」

 『確認できていません』

 「じゃあ余計怖いだろ」

 『恐怖を感じていますか?』

 「ちょっとな」

 『了解しました』

 「何を了解したんだよ」

 『恐怖を感じているという事実を記録しました』

 「……もういい」

 バイクから降り、駆動を止める。それだけで、街の静けさが急に濃くなった。遠くを抜ける風と、建物のどこかが軋む音だけが残る。

 「……食料探しに来ただけなんだけどな」

 『目的は変わっていません』

 「分かってるよ」

 M-68には手を添えるだけに留め、周囲を警戒する。

 『主様』

 「何」

 『前方の建物に、食料品店の跡があります』

 道路の先、半分崩れた建物の壁面に、赤と白の色褪せた看板が残っていた。

 「……店?」

 『はい』

 「まだ残ってるかな」

 『保存状態によります』

 「行ってみる価値はあるな」

 『同意します』

 再びバイクに跨がり、店の前まで進む。自動ドアは動かず、割れたガラスの向こうには倒れた棚と瓦礫が見えていた。

 「これは……厳しいな」

 『内部に反応があります』

 俺の動きが止まる。

 「……何の?」

 『熱源です』

 「……何?」

 『生体反応の可能性があります』

 薄暗い店内を覗き込む。倒れた棚。その向こうに続く暗闇からは、何も見えない。

 「さっきのやつか」

 『可能性があります』

 帰ることもできる。

 だが、食料はない。今日見つからなければ、明日も探さなければならない。

 「……入る」

 『了解しました』

 「何かあったら教えてくれ」

 『可能な限り通知します』

 「可能な限り?」

 『私にも死角があります』

 「あー……それ、今言う?」

 『重要な情報です』

 「……そうだな」

 M-68を抜き、銃口を下げたまま店内へ入る。足元で何かが潰れ、乾いた音がした。

 パキッ。

 古い缶詰だった。錆びて、ラベルもほとんど残っていない。

 「……これ、食える?」

 『製造から41年以上経過しています』

 「聞かなきゃよかった」

 『食べないことを推奨します』

 「だよな」

 缶詰を戻した、そのときだった。

 ガタン。

 今度ははっきり聞こえた。

 俺はM-68を構える。

 「……いるな」

 『はい』

 棚の向こうから、低い駆動音が響き始める。

 人間でも、動物でもなかった。

 暗闇から姿を現したのは、四本の脚を持つ黒い機体だった。装甲は傷だらけで、塗装もところどころ剥がれている。それでも各部のセンサーは生きている。

 「……哨戒型か」

 『はい。戦争末期に都市部で使用されていた機体と一致します』

 「やっぱりか」

 見覚えがある。戦争中、こいつらとは何度もやり合った。ピコも知っている。あの頃も、こいつらを相手にするときはずっと隣にいた。

 機体が四本の脚を沈ませる。

 「来るぞ」

 『確認しました』

 直後、床を蹴った。

 速い。

 俺は横へ飛び退く。機体の脚が、さっきまで立っていた場所を叩き、床のタイルを砕いた。

 「……相変わらず元気だな」

 『長期間の稼働状態としては、非常に良好です』

 「褒めてどうする」

 『事実です』

 機体が向き直り、間を置かず再び突っ込んでくる。俺は一歩下がって脇を抜けようとしたが、脚の先端が床を擦り、途中で軌道を変えた。

 「っ……!」

 咄嗟に腕を上げる。鈍い衝撃が身体を揺らし、そのまま床を転がって棚へ背中をぶつけた。

 『主様の膝に打撲を検知』

 「……ああ、俺も検知した」

 『痛みはありますか?』

 「あるに決まってるだろ」

 『了解しました』

 「何を了解したんだよ」

 『痛みがあるという事実を記録しました』

 「今それいる!?」

 機体が再びこちらを向く。

 俺はすぐに立ち上がった。

 「ああもう、あとでいい、あとで!」

 『了解しました』

 再び突進。

 今度は横へ飛び、倒れた棚の陰へ滑り込む。機体の脚が目の前を通過した。

 そのまま背後へ回る。

 「今」

 『照準補助します』

 M-68が小さく振動する。狙うのは前脚の関節。

 引き金を引いた。

 乾いた銃声が店内に響き、火花が散る。

 『右前脚、損傷』

 「もう一発」

 『同じ箇所を推奨します』

 「了解」

 二発目。

 関節が弾け、機体が大きく傾いた。

 それでも止まらない。

 「相変わらず硬い」

 『戦争中も同じことを言っていました』

 「覚えてるのかよ」

 『記録されています』

 「……そうだったな」

 傾いた機体が、それでもこちらへ身体を向ける。

 『左』

 ピコの声と同時に身体を滑らせる。攻撃が目の前を抜け、俺はそのまま背後へ回り込んだ。

 そこにあるのは、見覚えのある整備用ハッチ。

 戦争中にも何度も狙った場所だ。

 「ここだ」

 『はい』

 銃口を向け、引き金を引く。

 三発目。

 ハッチが吹き飛び、内部から火花が散った。機体が大きく揺れ、四本の脚から力が抜ける。頭部の白い光が消えた。

 静寂が戻った。

 「……終わった?」

 『完全停止を確認しました』

 俺はM-68を下ろす。

 「残弾は?」

 『9発です』

 「……3発か」

 『はい』

 弾を補充できる場所は、今のところ見つかっていない。食料を探しに来て3発。高い買い物だった。

 倒れた機体を確認してからM-68を戻す。

 「さて。こいつに構ってる暇はない」

 『同意します』

 膝にはまだ痛みが残っていたが、歩けないほどじゃない。店の奥へ進むと、機体が出てきた先に地下へ続く階段があった。

 脇の古びたプレートには、《搬入口・保管庫》とある。

 「……保管庫」

 『食料が保管されている可能性があります』

 「だよな」

 懐中電灯を点け、階段の下を照らす。光の先には埃っぽい段差が続き、その奥は暗闇に沈んでいた。

 「食料、残ってるといいな」

 『期待値は不明です』

 「そこは、あるって言ってくれよ」

 『虚偽の発言はできません』

 「……お前、たまに本当に嫌な奴だな」

 『性格はありません』

 「そういうところだよ」

 地下へ降りる。

 保管庫には棚が並び、壁際にはいくつものコンテナが積まれていた。地上より埃は厚いが、荒らされた形跡は少なく、保存状態も悪くない。

 懐中電灯を左右へ向ける。

 「……さて」

 その瞬間、腹が鳴った。

 静かな地下では、やけに大きく聞こえた。

 『主様』

 「なんだ」

 『空腹を検知しました』

 「……解体するぞおまえ」

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