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アイは、生きている。  作者: LALA
第5章 IS-001
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43/54

Ep.42 けむり。

 翌朝、ピコの異常は再発しなかった。

 飛行制御、通信、センサー、電源。どれも正常だった。昨夜の0.8秒だけを除けば、故障と呼べるものは見つからない。

 俺は診断画面を閉じた。

 「今日はどうする?」

 アイが聞いた。

 「今日も、集落に寄ってから、少し先を見る」

 「じゅうはってんよん?」

 「そこまで行かない」

 外側の状況をもう少し知っておきたい。14.9km地点では新しい機械の痕跡があった。目的地だけ見て突っ込む理由はない。

 それに脚部支援装置も、実地で一度試しておく必要がある。

 俺は装置を身につけた。

 出力25%。

 右脚の温度上昇を考え、連続稼働時間には制限をかける。

 『制御正常』

 「異常出たらすぐ言え」

 『了解』

 アイが俺の脚を見る。

 「ころばない?」

 「昨日も聞いたな」

 「きょうも」

 「転ばないようにする」

 それで納得したらしい。

 病院を出た。

 集落へ着くと、蓮が入口近くで自転車を弄っていた。

 俺を見るなり手を止める。

 「おっさん、それ」

 視線は脚へ向いている。

 「直したの?」

 「一応」

 「一応で軍用品履いて歩いてくんなよ」

 「まだ試験中だ」

 蓮がしゃがみ込む。

 「うわ、ほんとに直ってる。右側あんな曲がってたのに」

 「触るな」

 「触ってないって」

 『接触まで残り6.2cmでした』

 「ピコ、お前細かいな」

 『事実です』

 蓮が立ち上がった。

 「で、どこ行くの」

 「東側を少し見る」

 「俺も――」

 「今日はいい」

 「まだ最後まで言ってないけど」

 「どうせ来るって言うだろ」

 「言う」

 「だからいい」

 蓮は露骨に不満そうな顔をしたが、今回は食い下がらなかった。

 代わりに声を落とす。

 「昨日の夕方、東から戻った奴がいる」

 「集落の人間?」

 「うん。こっから4kmくらい先まで薬になりそうなもの探しに行ってた人。変なの見たって」

 「機械?」

 「違う」

 蓮は東を指した。

 「煙」

 俺は黙る。

 「火事じゃない。細く上がってて、しばらくしたら消えたって」

 「場所は」

 「ここから東北東。」

 煙。

 機械は火を焚かない。

 自然火災なら、わざわざ細く上がって消えるのも妙だ。

 人間の可能性がある。

 「榊は知ってる?」

 「知ってる。まだ確認はしてない」

 予定を変えた。

 人がいるなら、先に把握しておいた方がいい。

 榊と久世にも話を通し、目撃地点だけ確認する。

 今回は蓮を連れていかなかった。

 距離は短い。

 確認だけして帰る。

 俺とアイとピコの3人で集落を出た。

 「おじさん」

 「ん?」

 「けむり、ひと?」

 「かもしれない」

 「みおみたいな?」

 「そうかもしれないし、違うかもしれない」

 「わるいひと?」

 「それも分からない」

 アイは前を見る。

 「わからない、いっぱい」

 「外はそんなもんだ」

 『約400m先に新しい移動痕を確認』

 ピコが高度を下げた。

 俺は止まる。

 「人?」

 『車輪痕です』

 道路の端へ寄る。

 土が露出した場所に細い跡があった。

 自転車。

 古いものではない。

 昨日の雨のあとについた痕だ。

 「1台?」

 『少なくとも2台』

 「方向」

 『北東』

 煙の目撃方向と一致する。

 進む。

 それから1kmほど先で、今度は俺が見つけた。

 錆びていない空き缶

 中に灰。

 簡易的な火入れに使ったらしい。

 「最近だな」

 『周辺走査。人間反応なし』

 「進むぞ」

 さらに先。

 道路が大きく崩れ、正面からは通れなくなる。

 迂回して古い住宅地へ入った。

 そこでピコが急停止した。

 『主様』

 「何」

 『前方に人間反応』

 身体が自然に低くなる。

 「数」

 『3』

 「距離」

 『約170m』

 「武器は」

 『遮蔽物により判別不能』

 俺はM-68には触れなかった。

 まだ必要ない。

 アイを後ろへ下げる。

 「俺から離れるな」

 「うん」

 ゆっくり進む。

 廃車の陰の崩れた塀、その先に人影が見えた。

 3人の大人。

 こちらにも気づいた。

 向こうが止まる。

 俺も止まる。

 距離は70mほど。

 1人が長い物を持っている。

 銃に見える。

 だが構えてはいない。

 俺は両手を見える位置へ出した。

 「敵意はない」

 声を張る。

 返事はすぐには来なかった。

 やがて中央の男が叫ぶ。

 「どこから来た!」

 「西だ」

 集落の位置は言わない。

 「何人いる!」

 「それを初対面で答える奴いるか?」

 沈黙。

 横にいた女が何か言った。

 中央の男が少しだけ肩を落とす。

 「……まあ、そうだな」

 会話はできるらしい。

 「そっちは?」

 俺が聞く。

 「通りすがりだ」

 「煙を上げた?」

 また3人が顔を見合わせる。

 今度は女が答えた。

 「昨日なら私たち」

 「何のために」

 「仲間への合図」

 人がいる。

 少なくとも、この3人だけではない。

 男の視線が俺の後ろへ動いた。

 アイを見ている。

 俺は半歩ずれる。

 視線を遮る。

 男はそれ以上見なかった。

 「子供連れで歩いてんのか」

 「事情がある」

 「そうか」

 深掘りしてこない。

 助かる。

 「この辺に機械は?」

 俺が聞く。

 男の表情が変わった。

 「見たのか」

 「質問に質問で返すな」

 「……2日前に見た」

 「種類」

 「四つ脚。黒い奴」

 予想通りだ。

 「何体」

 「1体だけ。北へ行った」

 14.9km地点の2体と同一かは分からない。

 「他には」

 「飛んでる小さいのを1機。昨日の朝」

 偵察機。

 俺は頭の中で位置を記録する。

 男が今度は俺の脚を見る。

 「それ、軍のか?」

 脚部支援装置。

 隠しようがない。

 「拾い物を直した」

 「動くのか」

 「少しだけ」

 男は妙な顔をした。

 「直せる奴がいるのか」

 「いる」

 俺とは言わない。

 向こうも聞かなかった。

 しばらく互いに距離を保ったまま情報を交換した。

 水場。

 崩落路。

 機械を見た方角。

 それだけ。

 名前も聞かなかった。

 別れる直前、女がアイを見る。

 「その子、いくつ?」

 俺が答える前に、アイが言った。

 「わかんない」

 女が困った顔をする。

 「そうなの?」

 「うん」

 「私は37」

 なぜ自分の年齢を返した。

 アイも困っている。

 俺は少し笑いそうになった。

 女も笑った。

 それだけだった。

 3人は北東へ。

 俺たちは西へ戻る。

 しばらく歩いてから、アイが聞いた。

 「ともだち?」

 「違う」

 「てき?」

 「今のところ違う」

 「じゃあ、なに?」

 「知らない人」

 アイが考える。

 「しらないけど、はなす?」

 「ああ」

 「てきじゃない?」

 「知らない奴が全部敵だったら、世界中と戦うことになる」

 「たいへん」

 「だから話す」

 アイは振り返る。

 3人の姿はもう見えない。

 「また、あう?」

 「分からない」

 「なまえ、しらない」

 「必要なら次に聞けばいい」

 「つぎ、ある?」

 「それも分からん」

 アイは少し黙った。

 「でも、いた」

 「何が」

 「ひと」

 俺も一度振り返った。

 崩れた住宅地。

 誰もいないと思っていた場所に、自転車の跡があり、灰があり、人間がいた。

 集落だけじゃない。

 外にもまだ人はいる。

 当たり前のことなのかもしれない。

 だが、この5年間、俺は当たり前だと思わなくなっていた。

 集落へ戻る頃には、空が薄く曇っていた。

 榊へ会った3人と機械の情報だけ伝える。

 煙の主は人間だった。

 北東にも別の集団がいる可能性がある。

 それで十分だ。

 病院へ戻ったのは夕方だった。

 脚部支援装置を外し、ピコにログを確認させる。

 右脚も問題なし。

 次の探索には持っていける。

 アイが地図を見ながら言った。

 「次はそこ?」

 俺は地図を見る。

 今日の移動痕と人間との遭遇地点を追加する。

 「そのつもりだ」

 「みんなで?」

 「ピコとは行く」

 「アイは?」

 「……お前もだ」

 アイが俺を見る。

 「いい?」

 「お前に関係する場所だ。危険なら帰る。それを守れるなら」

 「まもる」

 即答だった。

 『主様』

 ピコが呼ぶ。

 「何」

 『先ほど取得した移動ログの保存中、旧記録との一致を検出しました』

 「また戦争中の?」

 『はい』

 俺はピコを見る。

 昨日の0.8秒。

 「何が一致した」

 『地理情報です』

 壁の地図に1点が表示される。

 病院でも、地下施設でもない。

 18.4km地点でもない。

 もっと遠い。

 今の地図の端。

 「ここ?」

 『戦時中、主様と私が通過した記録があります』

 俺は位置を見る。

 覚えている。

 場所そのものではない。

 方向を。

 あの頃、何度も向かった東京側の戦域。

 「何の任務だ」

 ピコが沈黙した。

 数秒。

 『記録が破損しています』

 「またか」

 『ただし、断片を確認できます』

 「出せ」

 短い文字が表示された。

 《中継――》

 《復旧》

 《避難――》

 《命令――》

 《通信断》

 そこから先はない。

 俺は画面を見た。

 胸の奥に、嫌な感覚だけが残る。

 内容は出てこない。

 でも知っている。

 これは忘れたんじゃない。

 思い出したくない方だ。

 「おじさん?」

 アイの声で、画面を消した。

 「今日は終わり」

 「みない?」

 「今はな」

 アイは俺を見ていたが、追及しなかった。

 俺は地図だけ残した。

 その先に広がる、まだほとんど知らない土地。

 そこにはアイの過去だけじゃない。

 どうやら俺たちが置いてきたものまで残っているらしかった。

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