Ep.41 じゃあ、これ、ピコ?
脚部支援装置が実用段階に入ったのは、それから3日後だった。
右脚の発熱は完全には消せなかったが、原因は絞れた。損傷した駆動部そのものではなく、負荷を読むセンサーの補正値がずれていた。交換できる部品ではなかったため、ピコに制御側から補正を入れさせ、出力も最大値の半分以下に制限した。
これなら短時間は使える。
走れる。跳べる。瓦礫を越えられる。
ただし、無茶をすれば壊れる。
俺にも装置にも、ちょうどいい。
「おじさん」
処置室の入口からアイが顔を出した。
「ん?」
「おわった?」
「ああ」
「なおった?」
俺は腰から両脚へ伸びる細いフレームを見下ろした。
「使えるようにはなった」
アイが近づく。
「はやくなる?」
「少しな」
「ころばない?」
「それは俺次第」
「ころばないで」
「努力する」
『主様の過去の転倒記録を参照すると――』
「参照しなくていい」
『了解』
アイがピコを見る。
「いっぱい?」
『回答を禁止されました』
「いっぱいなんだ」
「お前、妙なところだけ察しが良くなったな」
アイは少し笑った。
俺は装置を外し、壁際へ立てかけた。
修理に3日使った理由は、これだけではない。
B-03で回収した記録をピコに整理させていた。
新しく分かったことはほとんどなかった。
IS-001。
IS-002。
IS-003。
001と002は戦術用途。
003だけが途中で任務を変更され、自律兵器ネットワークへ干渉する緊急制御手段になったらしい。
それ以上は欠損している。
誰が作ったのか。
なぜアイだけ役割が変わったのか。
001と002がどこへ行ったのか。
答えはなかった。
だから、病院の地下を何度も掘り返す理由もない。
次に情報があるとすれば、18.4km先の旧軍技術施設だが、14.9km地点で遭遇した四脚型2体が、どこへ移動したのかも分からない。
その確認も兼ねて、今日は集落へ行くことにした。
脚部支援装置は置いていく。
まだ長距離で信用するには早い。
それだけ確認して病院を出た。
集落へ着くと、入口近くで澪がアイを見つけた。
「アイ!」
走ってくる。
アイも少し前へ出た。
「みお」
「ハンカチ持ってる?」
アイは鞄を開いた。
「ある」
「見せて」
薄黄色の布を取り出す。
血の跡は薄く残ったままだ。
澪はそれを見て、少しだけ眉を寄せた。
「やっぱり落ちなかったね」
「うん」
「……でも、まあいいか」
「いい」
「使ったんだもんね」
「うん」
アイは丁寧に畳み直し、鞄へ戻した。
それだけ確認すると、2人は俺たちから離れていった。
以前なら何をしているのか気になったかもしれない。
今は放っておく。
榊と久世は集落の奥にいた。
「例の2体だけどな」
久世が地面へ簡単な位置関係を示しながら言った。
「昨日、東側の見張りが遠くで機械音を聞いてる。姿は確認できてない」
「こっちへ来た形跡は?」
「ない」
「ならいい」
少なくとも、俺たちを追って集落まで来たわけではなさそうだ。
真壁にもB-03で見つけた情報の一部を伝えたが、彼が新しく知っていることはなかった。
分からないものは分からない。
今はそれでいい。
帰る前、俺はアイを探した。
澪と一緒に集落の端にいる。
2人で地面を見ていた。
「何してる」
澪が振り返る。
「虫」
「虫?」
小さな甲虫が瓦礫の隙間を歩いていた。
アイがしゃがんで追っている。
「どこいく?」
「知らない」
澪が答える。
「家じゃない?」
「むしも、いえある?」
「あるんじゃない?」
「どこ?」
「知らない」
知らないことを2人で話している。
俺は邪魔しないことにした。
ピコが肩の高さまで降りてくる。
『帰還予定時刻を考慮すると、7分以内の出発を推奨します』
「分かった」
そのときだった。
ピコの右側ローターから、小さな異音がした。
カッ。
ほんの一瞬。
だが俺には聞き慣れた音だった。
「ピコ、止まれ」
『異常は――』
もう一度。
カッ。
機体が僅かに傾いた。
俺は手を出した。
ピコが高度を落とし、その上へ着地する。
「ローター切れ」
『飛行維持可能です』
「切れ」
『……了解』
回転が止まる。
右側ローターの基部を見る。
「いつから」
『軽微な振動は昨日より検出』
「なんで言わなかった」
『飛行性能への影響が基準値以下でした』
「今は?」
『基準値を超過しました』
「だから壊れるまで黙ってたのか」
『壊れてはいません』
「その言い方する奴はだいたい壊れかけてる」
アイと澪が来た。
「ピコ?」
アイが覗き込む。
「ちょっと調子悪いだけ」
「いたい?」
『痛覚機能はありません』
アイはローターを見る。
「なおる?」
「直す」
即答した。
病院へ帰る間、ピコは飛ばなかった。
俺のバックパックの上部へ固定した。
『主様』
「何」
『歩行時の上下動を14%低減してください』
「無茶言うな」
『精密機器を運搬しています』
「普段は俺の頭にしがみついてるくせに」
『その場合、私自身が姿勢を補正しています』
「今日はできない?」
『ローターを停止しています』
「じゃあ我慢しろ」
『改善を要求します』
「却下」
アイが横で笑っていた。
病院へ戻ると、そのまま処置室へ入った。
ピコを作業台へ置く。
アイも当然のようについてくる。
「監視?」
俺が聞く。
「うん」
外装を外す。
何度も開けた機体だ。
ネジの位置も、配線の取り回しも覚えている。
ローター基部を確認する。
軸受けが摩耗していた。
それだけなら交換で済む。
だが、その周囲の固定部にも小さな亀裂がある。
「昨日の探索でやったか」
『可能性があります』
「予備ある?」
『純正部品はありません』
「知ってる」
俺は部品箱を開いた。
使えそうなものを探す。
アイが作業台の横からピコの中を見ていた。
「なか、いっぱい」
「機械だからな」
「これ、ちがう」
アイが指差す。
俺はその先を見る。
内部フレームの一部。
色が違う。
規格も違う。
「ああ」
「なんで?」
「昔、交換した」
「こっちも」
「それも」
「これも?」
「それもだな」
アイがピコを見る。
外から見れば1台の機械だ。
中身は違う。
純正部品。
別機種から取った部品。
俺が削って合わせた金具。
戦争中に応急修理したまま使っている箇所。
戦後に交換した配線。
全部が混ざっている。
「ピコ、いっぱいなおした?」
「ああ」
『複数回の修理を受けています』
「おじさんが?」
「ああ」
アイが俺を見る。
「ずっと?」
「戦争の頃からな」
「こわれても?」
「ああ」
「なおした?」
「ああ」
アイは少し黙った。
それからピコの外装へそっと指を置いた。
「じゃあ、これ、ピコ?」
質問の意味がすぐには分からなかった。
「何が?」
「ちがうの、いっぱい」
交換された部品のことだ。
俺はピコを見る。
何度直したかなんて、もう覚えていない。
それでもこいつはこいつだ。
「ピコだよ」
アイは頷いた。
「そっか」
俺は使えそうな軸受けを見つけた。
サイズは僅かに違う。
削れば入る。
「時間かかるから、遊んでていいぞ」
「みる」
「好きだな、監視」
「うん」
『主様』
「何」
『私は現在、監視対象でしょうか』
「修理対象」
『訂正を確認』
作業を始める。
軸受けを外す。
亀裂の入った固定部を補強する。
代替部品を削る。
細かい調整に時間がかかった。
アイは途中から椅子に座り、足を揺らしながら見ていた。
日が傾き始めた頃、ようやくローターを戻した。
「試すぞ」
『了解』
低回転。
異音なし。
回転数を上げる。
問題ない。
ピコが作業台から浮いた。
10cm。
20cm。
姿勢も安定している。
「どう」
『正常範囲です』
「なら終わり」
アイが立ち上がる。
「なおった」
「ああ」
「よかった」
『ありがとうございます』
アイが少し驚いた。
「ピコ、ありがとういう」
『修理を受けたためです』
「おじさんに?」
『はい』
「いつも?」
『必要に応じて』
「へえ」
何に感心したのか分からない。
俺は工具を片づける。
そのとき、ピコがふいに停止した。
空中で。
青い目が一度消える。
「ピコ?」
すぐに点いた。
『……正常です』
「今の何」
『瞬間的な処理遅延を確認』
「原因」
『不明』
俺は手を止めた。
「電源?」
『正常』
「修理箇所?」
『関連性なし』
嫌な感じがした。
「ログ見せろ」
『提示します』
壁に診断記録が出る。
ほんの0.8秒。
その間だけ、複数の処理が同時に停止している。
飛行制御は最低限維持されていた。
だが別の領域で、一瞬だけ大量のデータ照合が走っていた。
「何を照合した」
『確認します』
数秒。
『該当記録の一部が破損しています』
「いつの記録」
『戦時中』
俺は眉を寄せる。
「何で今」
『不明です』
アイがピコを見る。
「わすれた?」
ピコの目がアイへ向く。
『一部記録は以前より破損しています』
「わすれもの?」
『適切な表現ではありません』
「でも、ない?」
『……はい』
アイは自分の頭へ触れた。
「アイも、いっぱいない」
部屋が静かになる。
『はい』
「いっしょ?」
ピコはすぐには答えなかった。
『原因は異なる可能性があります』
「でも、ない」
『はい』
アイは少し考える。
「じゃあ、さがす?」
「何を」
俺が聞く。
「わすれもの」
「どこにあるかも分からないぞ」
「アイのも?」
「ああ」
「ピコのも?」
「ああ」
アイは俺を見る。
「おじさんは?」
「俺?」
「わすれもの、ある?」
俺は答えようとして、やめた。
戦争が終わって5年。
置いてきたものなら、いくらでもある。
取りに戻れないものも。
戻ったところで、もうないものも。
「あるかもな」
そう答えた。
アイは頷く。
「じゃあ、みんなある」
『一般化するには標本数が不足しています』
「そういう話じゃない」
ピコを見ると、青い目がいつも通り2本並んでいた。
直したローターも正常に回っている。
だが、さっき一瞬だけ開いた古い記録は気になった。
俺は診断ログを保存した。
今すぐ掘り返す必要はない。
ただ、捨てもしない。
窓の外では日が落ち始めていた。
明日もここにいる。
ピコもいる。
アイもいる。
失くしたものを全部取り戻せなくても、今あるものまで失くす理由にはならない。
「飯にするぞ」
「うん」
『了解』
俺たちは処置室を出た。
作業台には、交換した古い軸受けだけが残っていた。
捨てようと思ったが、俺は一度戻ってそれを部品箱へ放り込んだ。
使い道はない。
たぶん。
それでも今日は、捨てる気にならなかった。




