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アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
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Ep.39 これ、アイ?

評価、ブックマーク、感想、いいねなどで応援してくれたら死ぬほど喜びます。

 修理の見通しが立ったのは、その日の昼前だった。

 完全に元通りにする必要はない。むしろ戦時中の仕様をそのまま再現する方が危険だった。装着者に合わせた調整データも、専用の整備設備もない。俺が必要としているのは、長時間走り続けるための装備でも、真正面から敵へ突っ込むための装備でもない。

 短い加速。

 急な方向転換。

 瓦礫を越えるときの補助。

 着地と姿勢制御。

 それだけ安定して使えればいい。

 「出力も落とす」

 『設計上の最大出力を使用しない方針ですか』

 「ああ。こんな古いもんに全力で膝を預けたくない」

 『合理的です』

 「右脚の修正が終わっても、最初は30%くらいから試す」

 『安全率を考慮すれば妥当です』

 アイが床に座ったまま、俺とピコを交互に見ている。

 「さんじゅっぱー?」

 「本当はもっと速く動けるけど、最初はゆっくり使うってこと」

 「なんで?」

 「壊れたら転ぶ」

 「ころぶ?」

 「ああ」

 アイは俺の膝を見る。

 「いたい?」

 「たぶんな」

 「じゃあ、ゆっくり」

 「そうする」

 『主様は戦時中、装備試験において安全余裕を――』

 「その記録は今いらない」

 『まだ内容を提示していません』

 「嫌な予感がした」

 ピコの青い目が一度だけ瞬いた。

 俺は工具を置き、立ち上がる。

 「今日は地下行くぞ」

 アイも立つ。

 「いく」

 「病院の北の方な。昨日の地下じゃないぞ」

 「アイがいたところ?」

 「ああ」

 目的は電源と修理用の部材だ。

 それに、以前は食料や水や発電設備ばかり見ていた。脚部支援装置を直すという目的を持って探せば、見落としていた工具や資材が見つかるかもしれない。

 出発前にM-68を確認する。

 10発。

 昨日2発使った。

 補充はない。

 俺は弾倉を戻した。

 アイが見ている。

 「へった?」

 「ああ」

 「ふえる?」

 「見つかれば」

 「みつからなかったら?」

 「10発でやる」

 それ以上は言わない。

 弾薬は、必要だからといって増えるものじゃない。

 ピコが先に非常口へ向かった。

 『周辺に敵性反応なし』

 「行くか」

 病院から地下施設までは1.8km。

 バイクを使うほどでもない。

 俺たちは歩いた。

 昨日の遠征と違い、知っている道だ。崩れた建物の位置も、避けるべき瓦礫も分かっている。

 アイは俺の横を歩いていた。

 少しして、前へ出る。

 また戻る。

 今度はピコの下を歩く。

 「何してる」

 「あるいてる」

 「見れば分かる」

 『移動経路に一貫性はありません』

 「ピコの下、かぜ」

 頭上のローターから弱い風が落ちてくる。

 『私を扇風機として利用しないでください』

 「せんぷうき?」

 「風を出す機械」

 アイがピコを見る。

 「ピコ」

 『違います』

 まだ何も言っていない。

 俺は少し笑った。

 地下施設の入口に着く。

 ここへ来るたび、最初にアイを見つけた日のことを思い出す。

 暗い地下。

 停止した設備。

 その奥に、1人でいた小さな子供。

 今、その本人は俺の横で入口を覗いている。

 「くらい」

 「知ってるだろ」

 「うん」

 「怖い?」

 アイは少し考えた。

 「いまは、だいじょうぶ」

 「なんで」

 「おじさんいる」

 言ってから、ピコを見る。

 「ピコも」

 『はい』

 俺はライトを点けた。

 「行くぞ」

 地下へ降りる。

 発電機は正常に動いていた。

 燃料残量を確認する。

 無駄にはできないが、今すぐ止める必要もない。

 ピコに電力系統を監視させながら、以前確認した保守区画へ向かった。

 棚。

 工具箱。

 交換部品。

 古い電源装置。

 戦争が終わってから誰も触れていないものが多い。

 「ピコ、使えそうな電源探せ」

 『走査します』

 俺は工具類を見る。

 油圧式の小型矯正器具。

 固定具。

 金属加工用の治具。

 状態は悪いが使える。

 「当たりだな」

 『電源候補を1点確認』

 ピコが奥へ飛ぶ。

 壁際に、箱型の蓄電ユニットが置かれていた。

 旧軍規格。

 脚部支援装置と完全に同じではない。

 だが出力は足りる。

 「変換噛ませればいける?」

 『可能です。ただし重量増加が見込まれます』

 「どれくらい」

 『元の電源構成と比較し、約1.6kg増』

 「許容範囲」

 長距離を走り続ける用途じゃない。

 短時間の補助なら十分だ。

 「これ持ってく」

 『了解』

 アイが棚の向こうを見ていた。

 「触るなよ」

 「さわってない」

 「何かあった?」

 「これ」

 指差す。

 棚の側面に、小さなプレートが貼られていた。

 俺は近づく。

 汚れを拭う。

 《MEDICAL》

 以前も見た表記だ。

 病院へ繋がる電力系統と同じ。

 その下に小さく、

 《B-02》

 とある。

 「ピコ」

 『確認しています』

 「B-02って前にもあったか」

 『はい。地下配電系統の一部に同形式の区画識別があります』

 「B-01は」

 『確認済みです』

 俺は周囲を見る。

 単なる設備番号かもしれない。

 それ以上の意味がある可能性もある。

 だが、今は追わない。

 目的は修理だ。

 「記録だけ」

 『了解』

 必要な物を選ぶ。

 持てる量には限界がある。

 治具。

 小型矯正器具。

 電源ユニット。

 交換用ケーブル。

 端子類。

 それだけ。

 アイが空いた小さな袋を持とうとする。

 「それは俺が持つ」

 「アイもてる」

 「知ってる」

 「じゃあ、もつ」

 「中身重いぞ」

 「もてる」

 試しに渡す。

 アイは普通に持った。

 身体が傾くこともない。

 見た目は7歳くらいの子供なのに。

 俺はその様子を数秒見てしまった。

 「おじさん?」

 「……いや」

 これも、普通じゃない。

 分かっていたことだ。

 でも日常が続くと忘れそうになる。

 「無理だと思ったら言え」

 「うん」

 帰ろうとしたところで、ピコが止まった。

 『主様』

 「今度は何」

 『微弱信号を検出』

 俺は荷物を床へ置いた。

 「どこ」

 『施設内部』

 「外じゃない?」

 『はい』

 「種類」

 『既知の通信規格ではありません。ただし――』

 間が空く。

 『昨日取得した《BIO-SIGNAL》関連記録との類似パターンがあります』

 俺はアイを見る。

 アイもピコを見ていた。

 「強さは」

 『極めて微弱。断続的です』

 「昨日から出てた?」

 『いいえ。少なくとも前回確認時には検出していません』

 「いつから」

 『約41秒前』

 俺たちが来たあと。

 偶然か。

 それとも。

 「発信源」

 『特定を試みます』

 ピコがゆっくり回転する。

 数秒後、保守区画の奥へ向いた。

 『下方』

 「下?」

 俺は床を見る。

 この施設にはまだ確認していない区画がある。

 最初にアイを見つけた場所を中心に調べ、発電機や水、病院への配電系統を優先した。施設全体を完全に調査したわけじゃない。

 ピコが床面を走査する。

 『地下構造を確認』

 「もう1階ある?」

 『空間反応あり。深度約4.2m』

 アイが俺の袖を掴んだ。

 「した?」

 「ああ」

 「アイ、いた?」

 「お前がいたのはこの階だ」

 「じゃあ、しらない」

 「俺も知らない」

 俺は周囲を見る。

 入口があるはずだ。

 床。

 壁。

 棚の裏。

 「ピコ、開口部探せ」

 『了解』

 数分かからなかった。

 保守棚のさらに奥。

 壁と同じ色に塗られた金属扉。

 取っ手がない。

 近づかなければ壁の一部に見える。

 ピコが表面を照らす。

 『電子ロック機構あり。電源は停止しています』

 「手動解錠は」

 『外部から確認できません』

 俺は扉を見る。

 表示もない。

 ただ、下部に擦れた文字が残っていた。

 ライトを当てる。

 《B-03》

 その下。

 文字が削られている。

 意図的に消したようにも見える。

 「開けられる?」

 アイが聞く。

 「やってみる」

 工具を出す。

 だが、ピコが俺の前へ出た。

 『待ってください』

 「何」

 『信号強度が上昇』

 俺は手を止める。

 「どれくらい」

 『約3.8倍』

 「発信源は」

 『扉の先でほぼ確定』

 アイが扉を見る。

 その瞬間。

 小さな音がした。

 カチ。

 電子ロック。

 死んでいたはずの表示部に、薄い光が点く。

 俺はアイの肩を掴み、一歩下げた。

 「ピコ」

 『外部電力供給を確認』

 「どこから」

 『施設内電源系統ではありません』

 嫌な答えだ。

 表示部に文字が浮かぶ。

 古い液晶。

 欠けた文字。

 それでも読めた。

 《BIOLOGICAL AUTHORIZATION》

 次。

 《SEARCHING》

 アイが俺の服を掴む。

 「おじさん」

 「動くな」

 《SEARCHING》

 表示が点滅する。

 ピコがアイの前へ出た。

 『電磁強度上昇』

 「アイ、何かしてる?」

 「してない」

 「何か感じる?」

 アイは首を横に振る。

 「わかんない」

 数秒。

 表示が変わった。

 《SUBJECT DETECTED》

 俺はM-68へ手を伸ばす。

 意味がないと分かっていても、身体が動く。

 そして。

 《IS-003》

 アイの指が俺の服を強く握った。

 《AUTHORIZED》

 カチ。

 扉の内部で複数のロックが外れる。

 俺は息を止めた。

 ゆっくり。

 金属扉が数cmだけ開いた。

 中は暗い。

 冷たい空気が隙間から流れてくる。

 俺は扉を開かなかった。

 アイも動かない。

 ピコだけが、開いた隙間を走査する。

 『下方へ続く階段を確認』

 「反応は」

 『人間反応なし。稼働機械反応なし』

 「信号」

 『消失しました』

 俺は表示を見る。

 まだ《IS-003/AUTHORIZED》が残っている。

 アイが小さく言った。

 「アイが、あけた?」

 「たぶんな」

 触れてすらいない。

 それでも扉はアイを認識した。

 昨日の《接続要求》。

 脚部支援装置に残っていた《BIO-SIGNAL》。

 そして今の《BIOLOGICAL AUTHORIZATION》。

 ばらばらだったものが、少しずつ同じ方向を向き始めている。

 俺は開いた扉を見る。

 今ここで降りることもできる。

 敵の反応はない。

 病院からも近い。

 だが、装備は探索用じゃない。

 食料も水も最低限。

 何より、何があるか分からない。

 「今日は入らない」

 アイが俺を見る。

 「また?」

 「ああ。また」

 「なんで?」

 「準備してないから」

 「ちかいよ?」

 「近くても知らない場所は知らない場所だ」

 アイは扉を見る。

 「しりたい?」

 「知りたいよ」

 「でも、いかない?」

 「ああ」

 「なんで?」

 俺は少し考えた。

 「知りたいってだけで進んで、帰れなくなるのは馬鹿だからだ」

 アイは俺を見る。

 「かえるの、だいじ?」

 「ああ」

 「しるより?」

 「少なくとも今日はな」

 アイは考えてから頷いた。

 「じゃあ、かえる」

 俺は扉を閉めようとした。

 だが、その前にピコが言った。

 『主様。表示が変化しています』

 振り返る。

 《IS-003/AUTHORIZED》が消える。

 代わりに、新しい文字。

 《PROJECT IS》

 その下に。

 《SECTION 003》

 そして最後の1行。

 《EMERGENCY CONTROL INTERFACE》

 俺は黙った。

 緊急制御。

 インターフェース。

 ガソリンスタンドで、アイは四脚型を止めた。

 偶然じゃない。

 能力でもない。

 少なくとも、ただの異常現象ではない。

 そういう目的で作られた何かが、ここにある。

 アイが文字を見上げる。

 「これ、アイ?」

 俺はすぐには答えなかった。

 分かっているのは、表示された文字だけだ。

 それ以上を決めるには早い。

 「お前に関係する場所なのは間違いなさそうだ」

 「むかしのアイ?」

 「たぶんな」

 アイは自分の胸に手を当てた。

 それから、開いた扉を見る。

 怖がっているようには見えない。

 でも、進もうともしなかった。

 「おじさん」

 「ん?」

 「こんど、いっしょ?」

 「ああ」

 「ピコも?」

 『同行します』

 アイが頷く。

 「じゃあ、こんど」

 俺は扉を閉じた。

 ロックは戻らなかった。

 だが、今日はそれでいい。

 必要な資材を拾い直す。

 電源ユニット。

 治具。

 ケーブル。

 アイも小さな袋を持つ。

 俺たちは地上へ戻った。

 外には、昼の光があった。

 アイが眩しそうに目を細める。

 地下で見つけたものについて、誰もすぐには話さなかった。

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