↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
PR
39/46

Ep.38 俺も怖いものくらいある。

評価、ブックマーク、感想、いいねなどで応援してくれたら死ぬほど喜びます。


挿絵(By みてみん)


 夕食は、乾燥野菜を戻したスープと保存食だった。

 豪華ではない。だが、温かいものがあるだけで十分だった。

 アイは向かいに座り、スプーンでスープを何度も混ぜている。食べる必要がない身体なのに、最近は俺が食事を始めると自分も当然のように席につくようになった。

 「冷めるぞ」

 「さめる?」

 「温かくなくなる」

 アイはスプーンですくって口に入れた。

 少し考える。

 「まだ、あったかい」

 「なら食え」

 『主様。右頬の傷を考慮すると、咀嚼時に軽度の違和感が生じる可能性があります』

 「スープでどう咀嚼しろってんだ」

 『乾燥野菜が含まれています』

 「細かいな」

 『正確です』

 アイが俺の頬を見る。

 「いたい?」

 「もう痛くない」

 「ほんと?」

 「ああ」

 今度は疑うようにじっと見てくる。

 「何だよ」

 「かくしてない?」

 「隠してない」

 「なおが、かくさないって」

 「奈緒の言うことはよく覚えるな」

 「だいじだから」

 返す言葉が一瞬遅れた。

 アイはもうスープへ視線を戻している。

 本人に深い意図はないのだろう。

 俺は残りを食べた。

 食事を終えたあと、濡れたままだったハンカチを処置室ではなく病室の窓際に干した。アイが自分で場所を選んだ。

 「ここ?」

 「風で飛ばないようにな」

 「とぶ?」

 「可能性はある」

 アイは考え、近くにあった小さな金属クリップで端を留めた。

 「これで?」

 「ああ」

 「とばない」

 「たぶんな」

 「ぜったい?」

 「それは明日の朝分かる」

 アイは窓辺のハンカチを確認してから離れた。

 その夜、俺は地図を更新した。

 壁面に投影した地図へ今日の経路を追加する。

 8.6km地点の通信中継設備。

 14.9km付近の物流施設。

 地下の旧軍設備区画。

 四脚型2体との遭遇地点。

 そして、地下設備から確認された電力供給方向。

 北東。

 その延長線上に18.4km地点の旧軍技術施設がある。

 ピコが横から補正を入れる。

 『地下設備の正確な範囲は未確認です』

 「分かってる。確定部分だけ」

 『了解』

 物流施設の地下から18.4km地点まで線は引かない。

 繋がっている可能性は高い。

 だが、まだ可能性だ。

 地図に事実と推測を混ぜれば、後で自分が困る。

 「これは?」

 アイが8.6km地点を指した。

 「昨日行ったところ」

 「アイ、よばれた」

 「そうかもしれない場所」

 「こっちは?」

 14.9km地点。

 「今日行ったところ」

 「くろいの、いた」

 「ああ」

 「こっちは?」

 指が18.4km地点へ動く。

 俺は答える。

 「まだ行ってない」

 「こんど?」

 「準備できたらな」

 「アイも?」

 俺は少し考えた。

 危険だから置いていく。

 そう言えれば簡単だ。

 だが、ISに関する施設へ向かう以上、本人を完全に外すことが正しいとも限らない。

 何より、勝手に決めればこいつは納得しない。

 「まだ決めてない」

 「なんで?」

 「危ない可能性があるから」

 「きょうも、あぶなかった」

 「そうだな」

 「おじさん、ち、でた」

 「それはもういい」

 「よくない」

 即答された。

 俺はアイを見る。

 本人は真顔だ。

 「……分かったよ」

 「なにが?」

 「よくない」

 アイは満足したらしい。

 俺は地図の表示を閉じた。

 翌朝。

 ハンカチは飛んでいなかった。

 アイは起きる必要がないから、正確には俺が起きたときにはもう窓際にいた。

 乾いた布を外し、光に透かしている。

 血の跡は薄く残っていた。

 「おはよう」

 「おはよう、おじさん」

 「早いな」

 「ずっといた」

 「そうだった」

 俺は顔を洗い、簡単に食事を済ませた。

 今日は外へ出ない。

 脚部支援装置を調べる。

 昨日は制御系までしか確認できなかった。実際に直すなら、各部の状態をもっと細かく把握する必要がある。

 処置室へ入る。

 昨日と同じ場所に3つの部品が並んでいる。

 アイもついてきた。

 「監視?」

 「かんし」

 覚えていた。

 「じゃあ頼む」

 「うん」

 ピコが左脚部の上へ降りる。

 『診断を開始します』

 まず左脚。

 駆動部そのものは生きている可能性が高い。

 次に腰部。

 制御基板も致命的な破損はない。

 問題は右脚と電源。

 俺は曲がったフレームを測る。

 「ここ直せれば形にはなる」

 『関節軸の偏位、4.7mm』

 「許容値は」

 『推定0.8mm以下』

 「そのまま使ったら?」

 『高負荷動作時に装着者の右膝へ不適切な回旋力が加わる可能性があります』

 「却下」

 直さず使う選択肢は消えた。

 「電源は?」

 『既存バッテリーの再使用は推奨しません』

 「代替」

 『病院内に適合品なし』

 「地下施設は」

 『複数の蓄電設備が存在します。ただし規格適合は未確認』

 「あとで見に行くか」

 今日は外へ出ないつもりだったが、地下施設は病院から1.8kmだ。

 それでも今すぐ行く必要はない。

 先にできることを終える。

 外装を外し、腐食部分を確認する。

 ケーブルを交換できるところは交換する。

 右脚の壊れたセンサーを取り外す。

 アイは本当にずっと見ていた。

 途中で飽きてどこかへ行くかと思ったが、俺が工具を替えるたびに手元を覗き込む。

 「そんな面白いか」

 「これ、なおったら、おじさんつける」

 「ああ」

 「だから、みる」

 理由になっているような、なっていないような。

 俺は作業を続けた。

 1時間ほど経った頃だった。

 ピコが腰部制御装置の奥へアームを入れたまま止まった。

 『主様』

 「また何か見つけた?」

 『記憶領域に未解析区画があります』

 「昨日の残りか」

 『いいえ。昨日取得したログとは異なる領域です』

 俺は工具を置いた。

 「内容」

 『暗号化されています』

 「解ける?」

 『旧軍共通鍵では不可能です』

 「なら無理だな」

 『ただし、ヘッダーの一部は平文です』

 「見せて」

 壁に文字が投影される。

 短い。

 《IS PROJECT》

 昨日見たものと同じ。

 その下に、

 《ACCESS CLASS:BLACK》

 《BIOLOGICAL INTERFACE SYSTEM》

 俺は目を細めた。

 「生体……インターフェース?」

 『直訳すれば、生物学的接続系統』

 アイが首を傾げる。

 「せつぞく?」

 昨日から何度も出ている言葉だ。

 「繋ぐって意味だ」

 「なにと?」

 「それを調べてる」

 ピコが続ける。

 『追加ヘッダーを確認』

 表示が変わった。

 《IS-001:TACTICAL》

 《IS-002:TACTICAL》

 《IS-003:――――》

 003だけが壊れている。

 いや。

 壊れているのか、消されているのかも分からない。

 「001と002はTACTICAL」

 『戦術用途を示す表記と推定』

 「兵器?」

 『可能性は高いですが、これだけでは対象の形態を特定できません』

 人間なのか。

 機械なのか。

 その中間なのか。

 まだ分からない。

 だが、001と002が戦闘に関係する何かだった可能性は上がった。

 「003だけ違う」

 俺が言う。

 『はい』

 アイが自分を指差す。

 「アイ、ちがう?」

 「らしいな」

 「なんで?」

 「分からない」

 アイは少し考えたあと、ピコを見る。

 「ピコも?」

 『分かりません』

 「おじさんも?」

 「分からん」

 アイは2人を見比べる。

 「みんな、わからない」

 「今回はな」

 『現時点では情報不足です』

 アイが小さく笑った。

 深刻な話をしているはずなのに、こいつだけはいつも通りだ。

 その方が助かる。

 ピコが解析を続ける。

 『もう1件、平文領域があります』

 「出して」

 壁に新しい文字が現れた。

 《IS-003》

 《NETWORK AUTHORITY――》

 欠損。

 《BIO-SIGNAL――》

 欠損。

 《EMERGENCY――》

 そこまで。

 俺は黙って見る。

 ネットワーク。

 生体信号。

 緊急。

 ガソリンスタンドで起きたことを思い出す。

 アイの髪が浮いた。

 ピコが落ちた。

 ポンプの表示が狂った。

 四脚型が停止した。

 偶然ではない。

 「ピコ」

 『はい』

 「アイが使ったあれと関連する可能性は」

 『高いと推定します』

 初めて一段強い答えが返ってきた。

 「どれくらい」

 『現時点では数値化できません。ただし《BIO-SIGNAL》と実際に観測した異常電磁現象には整合性があります』

 俺はアイを見る。

 アイも壁を見ている。

 「アイ」

 「うん」

 「今、何か感じるか」

 「なに?」

 「この装置。信号。何でもいい」

 アイは腰部フレームへ近づいた。

 手は触れない。

 教えたことを守っている。

 しばらく見る。

 「……わかんない」

 「ならいい」

 無理にやらせない。

 「触らなくていい」

 「うん」

 俺はピコへ向き直る。

 「暗号化部分は保存だけ」

 『解析を継続しませんか』

 「時間かかるだろ」

 『現在の演算資源では、総当たりによる突破は現実的ではありません』

 「じゃあやめとけ」

 18.4km地点へ行けば、同じ系統の情報がもっと完全な状態で残っている可能性がある。

 壊れた1台から無理に全部引き出す必要はない。

 「修理に戻る」

 『了解』

 投影を消す。

 そのとき、アイが言った。

 「おじさん」

 「ん?」

 「いちと、に」

 「001と002?」

 「うん」

 「それがどうした」

 「いる?」

 俺は工具を持つ手を止めた。

 「分からない」

 「アイみたい?」

 「それも分からない」

 「いたら?」

 短い質問だった。

 答えはいくつもある。

 危険なら戦う。

 敵なら逃げる。

 情報を聞く。

 捕まえる。

 だが、どれもまだ早い。

 「会ってから考える」

 「こわい?」

 俺は少し考えた。

 「怖い可能性はある」

 「おじさんも?」

 「俺も怖いものくらいある」

 アイが意外そうな顔をした。

 「ある?」

 「あるよ」

 「なに?」

 「今それ全部聞く?」

 「うん」

 「嫌だ」

 「なんで?」

 「長くなる」

 アイが不満そうにする。

 ピコが口を挟んだ。

 『主様が恐怖反応を示した対象の記録を検索可能です』

 「検索するな」

 『まだ実行していません』

 「絶対するな」

 『了解』

 アイがピコを見る。

 「あとで」

 「おい」

 『主様より禁止されています』

 「ピコ」

 『規則を遵守しています』

 妙なところで信用できる。

 俺は右脚へ工具を戻した。

 作業を再開する。

 けれど頭の隅には、3つの番号が残っていた。

 001。

 002。

 003。

 同じ計画から生まれた何か。

 そのうち2つは戦術用途。

 そして003だけが違う。

 その違いが何を意味するのか。

 今はまだ分からない。

 ただ、次に向かう場所は決まった。

 俺は曲がった右脚のフレームへ目を落とした。

 その前に、こいつを直す。

 外へ出るための道具を増やす。

 帰ってくるために。

 それが、今やるべきことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。