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アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
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Ep.37 おじさんは、しりたい?

 集落で一通り報告を終えた頃には、日がかなり西へ傾いていた。

 「聞き間違いじゃないんだな」

 榊が確認する。

 『音声記録を保持しています』

 ピコが答える。

 『対象は《IS-003》《最優先》《確保》と発声しました』

 「以前は破壊対象だったんだろ」

 「ああ」

 俺は頷いた。

 「ガソリンスタンドの個体は、はっきり《最優先破壊対象》と言った」

 「同じ種類の機械なのに命令が違う」

 「外見は同系統だ。中身まで同じかは分からない」

 久世が腕を組む。

 「製造時期か、所属か。それとも最後に受けた命令が違うか」

 「どれもあり得る」

 戦争末期の命令系統は、まともな状態ではなかった。

 通信網は寸断され、部隊単位で異なる命令を抱えたまま孤立した。中央から更新された命令が届いた機械もあれば、届かなかった機械もある。5年経った今でも動いている連中が、同じ命令を共有していると考える方が不自然なのかもしれない。

 ただし。

 破壊と確保。

 単なる優先順位の違いではない。

 「真壁にも聞かせるか」

 榊が言った。

 「頼む。ただ、今すぐ答えが出るとは思ってない」

 「本人も同じことを言うだろうな」

 たぶん最初に「知らん」と言う。

 そのあと知っている範囲だけ話す。

 あの爺さんはそういう人間だ。

 集落を出る前に、アイが戻ってきた。

 洗ったハンカチを両手で持っている。まだ湿っていた。薄黄色の布には、黒い糸で縫われた歪な花と、その近くにうっすら赤黒い染みが残っている。

 「落ちなかったか」

 「ちょっと、のこった」

 「嫌?」

 アイは首を横に振った。

 「これでいい」

 そう言って、丁寧に畳む。

 澪も後ろから来た。

 「お母さんが、乾くまで鞄に入れない方がいいって」

 「うん」

 「ちゃんと乾かしてね」

 「うん」

 「あと、次は自分の血には使わないで」

 「なんで?」

 「……自分の血にも使っていいや」

 澪が自分で分からなくなったらしい。

 「ハンカチだから、使いたいときに使えばいいよ」

 「わかった」

 アイは納得した。

 澪が俺を見る。

 「ユウさん」

 「ん?」

 「もう血出さないでね」

 「努力する」

 「絶対じゃないの?」

 「外で絶対って言う奴は信用するな」

 澪が怪訝な顔をした。

 横から奈緒が言う。

 「つまり、気をつけるって」

 「最初からそう言ってよ」

 「すみません」

 8歳に怒られた。

 アイが俺を見て、少し笑った。

 俺たちは集落を出た。

 帰路に敵は出なかった。

 病院へ着いた頃には、空の端が橙色に染まり始めていた。

 非常口の前でエンジンを止める。

 静けさが戻る。

 アイが先に降りた。

 「ただいま」

 誰もいない廃病院に声が響く。

 『帰還を確認』

 ピコが続く。

 俺もバイクを押しながら中へ入った。

 「ただいま」

 返事をする人間はいない。

 それでも、最近は言うようになった。

 回収した脚部支援装置は1階の空いている処置室へ運び込んだ。

 ここは窓が残っていて、昼なら作業灯を使わなくても手元が見える。電力を復旧してからは夜間の作業もできるようになった。

 床に古いシートを敷く。

 その上へ3つに分けた装置を並べた。

 腰部。

 左脚。

 損傷した右脚。

 アイは少し離れた場所にしゃがんでいる。

 「近づきすぎるなよ」

 「みる」

 「見るだけ」

 「てつだう」

 「何を」

 「みる」

 「それは手伝いじゃない気がするんだよな」

 『監視要員として定義すれば作業参加に含めることは可能です』

 「じゃあ監視頼む」

 「うん」

 アイが真剣な顔になった。

 何を監視しているのかは分からない。

 俺は工具を並べた。

 「ピコ、まず制御部」

 『了解』

 腰部フレームの外装を外す。

 内部には小型の制御基板と駆動制御装置が収まっていた。浸水した形跡は少ない。密閉構造が生きていたらしい。

 問題は電源だ。

 バッテリーは完全に死んでいる。

 右脚の損傷も大きい。

 それでも、使える部品は残っていた。

 『制御基板に物理的破損なし』

 「生きてる可能性は?」

 『あります。ただし通電前に絶縁状態の確認を推奨』

 「分かってる」

 右脚を調べる。

 外側フレームが曲がっている。

 膝関節の軸も僅かにずれていた。

 「これが面倒だな」

 『修正には治具が必要です』

 「作る」

 『病院内の設備のみでは精度不足の可能性があります』

 「地下施設から使えそうな物を持ってくる」

 『候補を検索します』

 アイが手を上げた。

 学校じゃない。

 「何」

 「なおる?」

 俺は装置を見る。

 「たぶんな」

 「いつ?」

 「まだ分からない」

 「ピコは?」

 『現段階で修復完了時刻の算出は不可能です』

 「ピコも、わからない」

 「嬉しそうに言うな」

 アイが笑う。

 俺は左脚部の外装を外した。

 こちらは状態がいい。

 アクチュエータも見た限り破損していない。

 端子を清掃し、ピコの簡易診断機能を接続する。

 『内部制御系統へアクセスを試行』

 「待て」

 ピコが止まる。

 「外部通信機能があるか先に見ろ」

 今日のことがある。

 旧軍装備を不用意に起こして、また何かへ信号を飛ばされるのは御免だ。

 『確認します』

 数十秒。

 『短距離軍用データリンク機能を確認』

 「切れる?」

 『物理的切断が可能です』

 「切る」

 『了解』

 通信モジュールへ繋がる線を外す。

 アンテナ部も切り離す。

 これで少なくとも勝手に外へ喋る可能性は下がる。

 「もういい」

 『アクセス開始』

 ピコの目が細かく明滅する。

 俺はその間に右脚の泥を落とす。

 アイがじっと見ている。

 「退屈じゃないのか」

 「たいくつ?」

 「何もすることなくて嫌になること」

 アイは考える。

 「いま、いやじゃない」

 「そうか」

 「おじさん、なにしてるか、みてる」

 「面白い?」

 「わかんない」

 「正直だな」

 『アクセス成功』

 ピコの声で手を止める。

 「状態」

 『機体識別情報を取得』

 「読め」

 『旧陸上戦術装備規格。下肢機動支援装置。試験配備型』

 久世の記憶と一致する。

 『装着者の走行、加速、減速、段差踏破、姿勢制御を補助する装備です』

 「想定通りだな」

 『ただし』

 嫌な接続詞だ。

 「何」

 『最終稼働記録が残っています』

 俺は手を止めた。

 「いつ」

 『記録時刻の一部が破損しています。年のみ取得可能』

 「2063?」

 『はい』

 戦争が終わった年。

 「内容は」

 『展開します』

 処置室の壁に、ピコが簡易表示を投影した。

 文字列が並ぶ。

 大半は破損している。

 装着者情報。

 部隊番号。

 電源残量。

 関節負荷。

 その中に、短い記録が残っていた。

 《緊急退避》

 《第3保守区画》

 《通信断》

 《北東施設――》

 そこで途切れている。

 俺は画面を見る。

 「北東施設」

 『記録上の正式名称は欠損』

 「位置は?」

 『座標情報なし』

 だが候補はひとつある。

 18.4km地点。

 俺は続きへ目を走らせた。

 《――IS系統》

 指が止まる。

 アイも壁を見ていた。

 文字をどこまで読めているのかは分からない。

 「ピコ」

 『解析中です』

 表示が切り替わる。

 破損したデータの中から、読める部分だけが抽出される。

 《IS系統通信――優先》

 《接続要求――》

 《認証――》

 昨日、8.6km地点で受けたものと同じ言葉。

 接続要求。

 「装備そのものがISと繋がるのか?」

 『断定できません。この記録が本装備の通信ログなのか、周辺ネットワークから受信した情報なのか判別不能です』

 「つまり、これだけじゃ分からない」

 『はい』

 アイが壁を見ながら言った。

 「アイ?」

 俺は振り返る。

 「これも、アイ?」

 壁には《IS》の文字。

 「関係はあると思う」

 「むかしの?」

 「ああ」

 アイはしばらく黙っていた。

 「おぼえてない」

 「それでいい」

 「いい?」

 「覚えてないものを無理に思い出そうとする必要はない」

 アイが俺を見る。

 「おじさんは、しりたい?」

 「知りたい」

 そこは誤魔化さない。

 「でも、お前に無理させてまで知りたいわけじゃない」

 「なんで?」

 「順番が違うからだ」

 アイには分かりにくかったらしい。

 「じゅんばん?」

 「昔のお前が何だったかより、今のお前がどうしたいかの方が先」

 アイは自分の胸に手を置いた。

 「いまのアイ」

 「ああ」

 「むかしも、アイ?」

 俺は答えるまで少し時間がかかった。

 「それを調べてる」

 「ちがったら?」

 「違っても、お前が消えるわけじゃない」

 アイは黙った。

 それから、肩から下げた鞄に触れた。

 中には歯ブラシ。

 外側には、乾ききっていない薄黄色のハンカチ。

 「みおは?」

 「何が」

 「むかしのアイ、ちがっても、ともだち?」

 「あいつに聞いてみろ」

 「おじさんは?」

 今度はすぐ答えた。

 「俺は変わらん」

 アイの指が鞄から離れた。

 「そっか」

 それだけだった。

 でも、表情が少し緩んだ。

 『主様』

 ピコが呼ぶ。

 「続き見つかった?」

 『断片データを1件復元』

 壁の表示が変わる。

 文字は短かった。

 《IS計画》

 俺は息を止める。

 その下。

 《生体――》

 欠損。

 《戦術――》

 欠損。

 《IS-001》

 《IS-002》

 《IS-003》

 3つの番号が並んでいた。

 アイが小さく言う。

 「いち」

 「ああ」

 「に」

 「ああ」

 「さん」

 自分を指差す。

 「アイ」

 俺は壁を見る。

 「たぶんな」

 『追加情報を検索します』

 ピコが解析を続ける。

 だが、すぐに答えは出なかった。

 残っているデータそのものが少なすぎる。

 数分後。

 『現時点で復元可能な情報は以上です』

 「そう簡単にはいかないか」

 『はい』

 俺は壁の投影を消した。

 IS計画。

 ようやく名前だけは掴んだ。

 だが、分かったことより分からないことの方が多い。

 001。

 002。

 003。

 少なくともアイ以外にも2つ存在していた。

 人間なのか。

 機械なのか。

 今も存在するのか。

 何も分からない。

 俺は脚部支援装置へ視線を戻した。

 「今日はここまで」

 『修復作業を終了しますか』

 「ああ。頭が回らん」

 朝から20km以上動いて、撃たれて、地下へ逃げて、重い軍用品を運んできた。

 これ以上続ければミスをする。

 工具を片づける。

 アイはまだ壁があった場所を見ていた。

 「アイ」

 「うん」

 「腹減ったか」

 「へってない」

 「そうだったな」

 「でも、たべる?」

 「食う」

 「アイも」

 「じゃあ行くぞ」

 処置室を出る。

 廊下には復旧した照明が点いている。

 少し前まで真っ暗だった病院だ。

 アイが俺の横を歩く。

 数歩進んだところで、袖を掴んだ。

 俺は何も言わなかった。

 そのまま歩く。

 IS-003が何だったのかは、まだ分からない。

 IS-001とIS-002が何なのかも分からない。

 だが少なくとも今、俺の袖を掴んで歩いているこいつは、番号じゃない。

 そのことだけは、調べる必要もなかった。

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