↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
PR
37/47

Ep.36 おじさんも、たすかる?

 非常灯は消えなかった。

 古びた通路の奥へ、一定の間隔で白い光が続いている。今まで死んでいた設備が俺たちの到着に合わせて目を覚ましたようにも見えるが、そう決めつけるには情報が足りない。

 「ピコ。電力供給だけ記録しろ。接続はするな」

 『了解。受動観測に限定します』

 「向こうから通信が来ても?」

 『応答しません』

 「それでいい」

 俺は上を見た。

 縦坑の先にある点検扉は閉じたままだ。衝撃音はもう聞こえない。

 「外の2体は」

 『現位置からは正確な追跡が困難です。振動および音響反応は現在ありません』

 久世が腕時計を見る。

 「待つならどれくらいだ」

 「最低30分」

 「その間に出口探すか」

 「ああ。あそこを登って同じ場所から出る必要はない」

 物流施設の地下設備なら、保守用の出入口が他にもある可能性が高い。

 「蓮」

 「何?」

 「ここでアイと待て」

 「俺?」

 「俺と久世で見る」

 蓮が露骨に嫌そうな顔をした。

 「また子守り?」

 「違う。退路確保」

 「言い換えただけじゃね?」

 「じゃあアイを置いて全員で行くか?」

 「それは駄目だろ」

 「だからお前が残れ」

 蓮は少し考えてから、渋々頷いた。

 「分かったよ」

 アイが俺の服を掴んだ。

 「おじさん」

 「すぐ戻る」

 「いっしょ」

 「この通路だけ見る。奥の明かりの方には行かない」

 アイは手を離さない。

 昨日からずっと「離れない」と言っていた。さっき銃撃されたばかりなら、なおさらだろう。

 「ピコも一緒だ」

 『はい』

 「10分で戻る」

 「じゅっぷん?」

 「ああ」

 アイは少し迷ってから、ようやく指を離した。

 「ぜったい?」

 「絶対って言葉はあんまり使いたくないんだけどな」

 アイの眉が寄る。

 「……戻るよ」

 「うん」

 俺と久世は、非常灯とは逆方向へ進んだ。

 ピコが先行する。

 地下通路は狭く、左右に配管とケーブルが走っている。床には水が溜まっているが、深くても靴底が濡れる程度だ。20mほど進んだところで通路が分岐した。

 右は階段。

 左はさらに設備区画へ続いている。

 壁の表示を読む。

 《車両整備区画》

 《地上搬入口》

 「右だな」

 久世が言う。

 階段を上がる。

 扉。

 ピコが隙間から外を確認する。

 『地上へ接続。敵性反応は検出できません』

 「場所は」

 『物流施設南西側。先ほどの進入口から約93m』

 悪くない。

 ここなら敵が離れたあと、脚部支援装置を回収して南側へ抜けられる。

 扉は内側から開く。

 完全には開けず、位置だけ記録した。

 「戻るぞ」

 久世が少し意外そうに俺を見る。

 「左は見ないのか」

 「10分って言った」

 「なるほど」

 それ以上は言わなかった。

 戻ると、蓮が床に座り、アイはその隣で鞄からハンカチを出していた。

 血の染みを見ている。

 「ただいま」

 俺が言うと、アイがすぐ顔を上げた。

 「おかえり」

 その返事があまりにも自然で、俺の足が一瞬だけ止まった。

 蓮がこちらを見る。

 「出口あった?」

 「あった。南西側」

 「じゃあ帰れる?」

 「敵が離れてればな」

 俺はアイの前へしゃがむ。

 「それ、どうした」

 「ち」

 「見れば分かる」

 「かわいた」

 ハンカチについた血はもう黒っぽくなり始めている。

 「病院で洗えばいい」

 「とれる?」

 「たぶん」

 「とれなかったら?」

 「染みが残る」

 アイはハンカチを見る。

 嫌そうな顔をするかと思った。

 だが違った。

 「おじさんの?」

 「俺の血な」

 「じゃあ、いい」

 「何がいいんだ」

 「わかるから」

 「何が」

 アイは少し考えた。

 「これ、つかった」

 それだけ言って、また鞄の外側へ結んだ。

 俺は何も言わなかった。

 綺麗なまま持っていることより、使ったことの方を覚えておきたいらしい。

 その理解で合っているかは分からない。

 でも聞かなかった。

 30分後。

 ピコを縦坑の上へ出した。

 『物流施設敷地内に敵性個体なし』

 「周辺は」

 『低高度で確認します』

 数分待つ。

 『北東方向約410mに1体を確認。もう1体は未確認』

 久世が地図を見る。

 「北東なら帰路と逆だ」

 「ああ。ただし1体不明」

 「どうする」

 「脚部支援装置まで行く。3分で分解できなければ置いて帰る」

 「3分?」

 蓮が言う。

 「短くない?」

 「敵が戻るまで待ってくれるなら長くしてもいいぞ」

 「3分で」

 「だろ」

 俺たちは南西側の階段を使って地上へ出た。

 外気が入ってくる。

 静かだ。

 久世が先に周囲を確認し、俺が続く。

 アイと蓮を出す。

 物流施設の壁沿いを進み、倒れた車両を遮蔽物にして脚部支援装置へ戻った。

 「ピコ。時間」

 『計測開始』

 俺はしゃがみ込む。

 腰部と脚部を繋いでいる固定部を見る。

 古い軍用規格。

 特殊工具が必要な形式ではない。

 「蓮、12」

 「12?」

 「レンチ」

 「最初からそう言えよ」

 工具が渡される。

 ボルトは固着していた。

 力をかける。

 動かない。

 「久世、押さえて」

 「ああ」

 フレームを固定してもらう。

 もう一度。

 鈍い音とともに回った。

 「いける」

 反対側。

 ケーブルは切断する。

 再利用できる可能性がある部分は端子側を残す。

 『1分経過』

 「分かってる」

 右脚部。

 左脚部。

 腰部制御フレーム。

 3つに分ける。

 『2分14秒』

 「終わり」

 蓮が目を丸くする。

 「うわ、早。おっさん何者……」

 「喋ってないで持て」

 「どれ」

 「左脚」

 「これ?」

 「それ」

 蓮が持ち上げる。

 「うわ、思ったより重い」

 「落とすなよ」

 「言われると落としそう」

 「じゃあ言わない」

 「もう言ったじゃん」

 久世が腰部フレームを持つ。

 俺は損傷の大きい右脚を担いだ。

 アイだけ手ぶらになる。

 「アイも」

 「持たなくていい」

 「もてる」

 「知ってる。でも周り見てろ」

 アイは少し不満そうだったが頷いた。

 『主様』

 ピコの声が低くなる。

 全員が止まった。

 「何」

 『北東方向の個体が移動を開始』

 「こっち?」

 『判定中』

 数秒。

 『南西方向へ移動』

 こっちだ。

 「撤収」

 迷う理由はない。

 俺たちは南へ抜けた。

 帰路は来た道をそのまま使わなかった。

 地下で確認した南西側から外へ出たことで、物流施設を大きく迂回する形になる。蓮もこの道は知らない。

 だからピコを前へ出し、短い区間ごとに安全を確認する。

 敵の反応は追ってこない。

 『対象との距離、拡大しています』

 「追跡されてない?」

 『現時点では、その可能性が高いです』

 久世が息を吐く。

 「助かったな」

 「まだだ」

 「分かってる」

 蓮が左脚部を抱え直す。

 「これ持って5km歩くの?」

 「嫌なら置いてけ」

 「置かない」

 「なら歩け」

 「おっさん鬼」

 「お前が見つけたんだろ」

 「見つけた責任ってある?」

 『法的責任については――』

 「ピコ、いい」

 『了解』

 少しだけ空気が戻った。

 それでいい。

 緊張し続ければ判断が鈍る。

 13km地点を過ぎたところで、短い休憩を取った。

 例の店には入らず、崩れたコンクリート壁の陰に座る。

 脚部支援装置を地面へ置く。

 蓮が腕を振った。

 「明日筋肉痛だ」

 「若いから大丈夫だろ」

 「それ偏見じゃね?」

 「17歳が32歳におっさんって言うよりマシだ」

 「根に持ってる?」

 「別に」

 『主様は集落出発時にも同様の指摘を――』

 「記録を掘り返すな」

 アイが俺を見る。

 「おじさん」

 「何だ」

 「おじさん、いや?」

 「何が」

 「おじさん」

 蓮が横を向いた。

 笑いを堪えている。

 「お前が呼ぶのはもういいんだよ」

 「れんは?」

 「こいつは面白がってるだけ」

 「おっさん」

 蓮が言う。

 「黙れ」

 アイが笑った。

 久世まで少し笑っている。

 俺は水を飲んだ。

 そのとき、アイが俺の横に置いた右脚部を見た。

 「これ、おじさんの?」

 「まだ俺のじゃない」

 「だれの?」

 「持ち主はいないだろうな」

 「じゃあ、おじさんの?」

 所有の話を覚えているらしい。

 「直せたら使うつもりだ」

 「これで、はやくなる?」

 「たぶん」

 「なんで、はやくなる?」

 「危ないときに逃げやすくなる」

 「にげる?」

 「ああ」

 アイは少し考える。

 「アイを、たすける?」

 「それもある」

 アイの顔から笑みが消えた。

 「おじさんも?」

 「何が」

 「たすかる?」

 俺は一瞬答えに詰まった。

 「俺が使うんだから、そうだろ」

 「ほんと?」

 「ほんと」

 アイはしばらく俺を見たあと、ようやく頷いた。

 「じゃあ、なおす」

 「お前が?」

 「おじさんとピコ」

 「自分は何するんだ」

 「みる」

 「それ手伝いか?」

 「てつだう」

 『観察も学習過程としては有効です』

 「甘やかすな」

 『事実です』

 休憩を終える。

 そこから先は順調だった。

 高架の下を通過するときだけは、来たとき以上に慎重になった。全員が重い荷物を持っているため、一人ずつ抜ける。最後に俺が通過し、崩れた構造物から十分離れたところで息をついた。

 半地下の駐車場。

 バイクも自転車も無事だった。

 「生き返った」

 蓮が自転車のハンドルに触れる。

 「さっきまで死んでたのか」

 「5km重いの持って歩いてみろよ」

 「俺も持ってた」

 「おっさん体力あるな」

 「元軍人」

 「久世さんも元軍人じゃん」

 久世は腰部フレームを下ろしながら言った。

 「俺を巻き込むな」

 回収した3つの部品をバイクへ固定する。

 重量配分を考え、腰部を中央、左右の脚部を分ける。ロープだけでは不安なので固定ベルトも使う。

 ピコが確認する。

 『固定状態、許容範囲です。ただし通常より制動距離が増加します』

 「分かった」

 「アイ、乗れる?」

 蓮が聞く。

 「のる」

 「狭くね?」

 「こいつ小さいから平気だ」

 「おじさん、せまい?」

 「俺じゃなくて荷物の話」

 アイが前へ乗る。

 「帰るぞ」

 「うん」

 エンジンを始動する。

 音が響いた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。

 ここから先は知っている道だ。

 それでも速度は抑える。

 回収物がある。

 久世と蓮の自転車にも合わせる必要がある。

 何より、今日の目的は達成した。

 欲張る理由がない。

 集落が見えてきたのは、日が傾き始める前だった。

 入口に人影がある。

 澪。

 その後ろに奈緒と榊もいる。

 澪がこちらに気づいた。

 手を大きく振る。

 アイもすぐ気づいた。

 「みお」

 「落ちるから立つなよ」

 「うん」

 それでも片手を上げる。

 澪が走り出す。

 奈緒に何か言われ、また途中で歩きに変わった。

 いつものやつだ。

 バイクを止める。

 エンジンを切る。

 アイが降りる。

 澪がすぐ近くまで来た。

 「おかえり!」

 アイが止まった。

 ほんの一瞬。

 それから笑う。

 「ただいま」

 俺はその言葉を聞いた。

 病院じゃない。

 ここはアイの家ではない。

 それでも待っていた相手に「おかえり」と言われれば、「ただいま」と返す。

 たぶん、それでいい。

 澪がアイの鞄を見る。

 「あ、使った?」

 アイがハンカチを外す。

 広げる。

 血の染み。

 澪の顔が固まった。

 「血!?」

 「おじさんの」

 「えっ」

 全員の視線が俺へ向いた。

 「言い方」

 奈緒がすぐ来る。

 俺の頬を見る。

 「怪我したんですか」

 「掠っただけ」

 「見せてください」

 「もう処置した」

 「見せてください」

 「……はい」

 有無を言わせない。

 奈緒が傷を確認している間、澪はハンカチを見ていた。

 「使ったんだ」

 「うん」

 「汚れるの嫌って言ってたのに」

 「おじさん、ち、でた」

 「そっか」

 澪は少し考えた。

 「じゃあ洗おう」

 「とれる?」

 「お母さんなら取れる」

 奈緒が俺の傷を見ながら言う。

 「時間が経ってるから完全には難しいかも」

 アイがハンカチを見る。

 「のこる?」

 「少しは」

 「……いい」

 澪が聞く。

 「いいの?」

 「つかったから」

 澪には意味が分からなかったらしい。

 でも、それ以上聞かなかった。

 「じゃあ洗お」

 「うん」

 2人が奈緒についていく。

 俺はその背中を見送った。

 「で」

 榊が言う。

 「予定通り帰ってきたな」

 「ああ」

 「何かあった顔してるが」

 久世が答えた。

 「四脚型2体。交戦した」

 榊の表情が変わる。

 「負傷者は」

 「ユウの頬だけ。全員歩ける」

 「弾は」

 俺が答える。

 「2発使った。残り10」

 榊が頷く。

 「あとで全部聞く」

 「ああ」

 蓮がバイクの後部を指す。

 「でも取ってきた」

 榊が脚部支援装置を見る。

 「それか」

 「おっさん、3分かからずバラした」

 「2分14秒です」

 ピコが訂正する。

 「そうそれ」

 「記録するなよ」

 『既に記録済みです』

 「消せ」

 『必要性を認めません』

 蓮が笑った。

 榊は笑わなかった。

 回収物より、俺たちの話の続きを待っている。

 「もうひとつある」

 俺は言った。

 「物流施設の地下に、旧軍の設備区画が残ってた」

 「地下?」

 「ああ。それと、北東から電力が来た」

 榊の眉が動く。

 「北東」

 「18.4km地点と同じ方向だ」

 久世が補足する。

 「俺たちが地下へ入ったあと、死んでた非常灯が順番に点いた」

 榊はしばらく黙った。

 「進んだのか」

 「いや」

 「なぜ」

 「帰るって決めてたからだ」

 榊が俺を見る。

 それから小さく頷いた。

 「それでいい」

 俺もそう思う。

 今日の収穫は十分だ。

 脚部支援装置。

 地下の旧軍設備。

 18.4km方向からの電力供給。

 そして、四脚型がアイを見て発した言葉。

 《IS-003》

 《最優先》

 《確保》

 破壊ではなかった。

 その違いは、たぶん無視できない。

 俺はバイクに固定された壊れたフレームを見る。

 まずこいつを病院へ持ち帰る。

 直せるか調べる。

 その間に、今日得た情報を整理する。

 18.4km地点へ向かうのは、その後だ。

 答えは逃げない。

 少なくとも、焦って誰かを置いていくよりはいい。

 少し離れたところから声がした。

 「アイ! そこ押さえて!」

 「ここ?」

 「違う、そっち!」

 「こっち?」

 「そこ!」

 澪とアイが、ハンカチを洗っている。

 奈緒が横で見ている。

 アイの手には泡がついていた。

 血の染みは、まだ薄く残っている。

 それでもアイは気にしていないようだった。

 俺はその様子を少しだけ見てから、回収した装置へ視線を戻した。

 帰る場所。

 待っている人間。

 持ち帰る物。

 次に調べること。

 それだけあれば、今は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。