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アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
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36/49

Ep.35 死ぬかと思った。

 俺の声と同時に、久世が蓮の背中を押した。

 「南側!」

 物流施設の壁沿いに、倒れた車両が数台並んでいる。その先には建物の搬入口があった。シャッターは途中まで落ちているが、人間なら下をくぐれる。

 蓮が走る。久世が続く。

 アイも俺の袖から手を離し、2人を追った。

 『――IS――』

 四脚型の音声が続く。

 俺は振り返らず、撃たれる前に射線を切る。

 『射撃動作』

 ピコの声。

 俺は左へ跳んだ。

 直後、背後で乾いた発砲音が響いた。

 さっきまで俺がいた場所のコンクリートが弾ける。破片が頬を掠めた。

 「アイ、走れ!」

 「うん!」

 アイが搬入口へ滑り込む。

 蓮、久世も入った。

 俺が最後にシャッターの下をくぐる。

 2発目。

 金属板に弾丸が当たり、耳を刺すような音が倉庫内へ響いた。

 「奥!」

 俺たちはそのまま走った。

 施設内部は広い。天井の一部が落ち、中央には鉄骨と瓦礫が積み重なっている。搬送用の棚が何列も倒れ、通路を塞いでいた。

 『敵性個体2。施設外周を移動中』

 ピコが低空でついてくる。

 「入ってくる?」

 蓮が息を切らしながら聞く。

 「入口はある」

 「じゃなくて」

 「来ると思え」

 俺は周囲を見る。

 戦う場所じゃない。

 逃げるための場所として見る。

 久世が右側を指した。

 「奥に扉」

 「確認する」

 ピコが先行する。

 俺たちは倒れた棚の陰へ入った。

 アイがすぐ隣にいる。

 「怪我は」

 「ない」

 「蓮」

 「ない」

 「久世」

 「俺の心配はいらない、お前こそ」

 全員無傷。

 俺は自分の頬を触った。

 指に少し血がつく。

 破片で切っただけだ。

 アイが見つけた。

 「おじさん、ち」

 「掠っただけ」

 「けが」

 「あとで」

 「でも」

 「今は逃げる」

 アイは口を閉じた。

 それでも俺の頬を見ている。

 『奥の扉は通行可能です。外部へ接続する作業通路を確認』

 「出口は?」

 『北西側に1か所』

 北西。

 まずい。

 敵が来た方向に近い。

 「他は」

 『現時点では確認できません』

 久世が地図を見る。

 「南側に抜けたい」

 「俺もだ」

 来た道を戻れば9.7km地点のバイクまで戻れる。

 だが搬入口はもう使えない。

 「蓮。ここ、前に入ったか」

 「外だけ。中は初めて」

 なら案内は期待できない。

 外から音がした。

 カッ。

 カッ。

 カッ。

 四脚の足音。

 近い。

 久世が拳銃を構える。

 「来るぞ」

 俺はM-68を握った。

 できれば使いたくない。

 だが温存して死ぬのはもっと馬鹿だ。

 『1体、搬入口へ接近』

 ピコが告げる。

 「もう1体」

 『位置不明。建物外周へ移動した可能性があります』

 挟むつもりか。

 ただ巡回しているだけなのか。

 判断できない。

 俺は蓮を見る。

 「奥の扉まで行け」

 「おっさんは」

 「後ろ見る」

 「またそれ?」

 「またって何だ」

 「自分だけ残るやつ」

 こんなときに。

 「残らねえよ。最後に走るだけだ」

 蓮はまだ何か言いたそうだったが、久世が肩を押した。

 「行け」

 蓮が走る。

 「アイも」

 俺が言う。

 アイは動かなかった。

 「アイ」

 「おじさんも」

 「行く」

 「いっしょ」

 「アイ」

 「いっしょ」

 譲らない。

 足音が近づく。

 今ここで言い争っている時間の方が危険だ。

 「……分かった。俺の前」

 「うん」

 「止まるな」

 俺たちは移動を始めた。

 アイが前。

 俺が後ろ。

 ピコは俺の肩の横。

 倒れた棚を越える。

 その瞬間、搬入口のシャッターが大きく歪んだ。

 金属が軋む。

 四脚型が身体を押し込んでいる。

 「急げ!」

 シャッターが持ち上がる。

 赤いセンサー。

 黒い前脚。

 銃口。

 『射撃動作』

 「伏せろ!」

 アイの背中を押す。

 銃声。

 棚の商品箱が弾けた。

 俺は振り向きざまにM-68を構えた。

 赤いセンサーではない。

 前脚の付け根。

 装甲の継ぎ目。

 引き金を引く。

 1発。

 反動。

 命中。

 四脚型の前脚がわずかに沈んだ。

 止まらない。

 2発目。

 同じ場所。

 金属片が飛ぶ。

 右前脚の動きが崩れた。

 『敵性個体、機動性能低下』

 「十分!」

 倒す必要はない。

 俺は走った。

 10発。

 残り10発。

 奥の扉を抜ける。

 久世と蓮が待っていた。

 「閉めるぞ!」

 久世と2人で鉄製扉を引く。

 重い。

 錆びた蝶番が悲鳴を上げる。

 蓮も加わった。

 3人で押し込む。

 扉が閉じる。

 「何か!」

 蓮が周囲を見る。

 床に落ちていた鉄棒を久世が拾い、取っ手へ差し込んだ。

 直後。

 扉に衝撃が走る。

 2回目。

 鉄棒が軋む。

 「長くは持たない」

 久世が言う。

 「分かってる」

 作業通路は細かった。

 左側に壁、右側には設備用の配管が並んでいる。

 先は薄暗い。

 ピコが前へ飛ぶ。

 『北西出口まで約64m』

 「行く」

 俺たちは走った。

 背後でもう一度、扉が鳴る。

 足音を止めない。

 30m。

 40m。

 そのときピコが急停止した。

 『停止』

 俺も止まる。

 久世がぶつかりそうになった。

 「何だ」

 『前方、敵性反応』

 最悪だった。

 もう1体。

 北西出口の外。

 待っていた。

 蓮が小さく吐き捨てる。

 「挟まれたじゃん」

 「見れば分かる」

 後ろでは扉が叩かれている。

 前にはもう1体。

 通路には横へ逃げる場所がない。

 俺は周囲を見る。

 「ピコ、別経路」

 『探索します』

 「急げ」

 『実行中です』

 アイが俺の服を掴んでいる。

 「おじさん」

 「大丈夫」

 また根拠のない言葉が出る。

 前方から赤い光が見えた。

 出口の向こう。

 四脚型がこちらを覗き込んでいる。

 まだ距離がある。

 だが通路へ入れば、真正面だ。

 『――生体反応――』

 機械音声が響く。

 『――照合――』

 アイの身体が僅かに強張った。

 俺はその前へ出る。

 『――IS-003――』

 赤い光が強くなる。

 『――最優先――』

 俺はM-68を構えた。

 『――確保――』

 引き金に置いた指が止まった。

 確保。

 ガソリンスタンドでは違った。

 《最優先破壊対象》。

 今の個体は、確かにそう言った。

 確保。

 久世も聞いていた。

 「ユウ」

 「ああ」

 意味を考えるのは後だ。

 四脚型が通路へ踏み込む。

 『射撃動作』

 「下がれ!」

 銃声。

 壁から火花が飛ぶ。

 俺は配管の陰へ身体を寄せる。

 撃ち返さない。

 距離がある。

 狭い通路で正面から撃ち合えば、こちらが不利だ。

 背後。

 大きな金属音。

 最初の1体が扉を破り始めている。

 「ピコ!」

 『右側、7m先。設備点検口を確認』

 見る。

 配管の間に小さな金属扉。

 「どこに繋がる」

 『図面情報なし』

 「開く?」

 『不明』

 「そればっかだな!」

 俺は走った。

 点検口の取っ手を掴む。

 動かない。

 錆びている。

 「蓮、工具!」

 「はい!」

 蓮が工具袋を開く。

 バールを投げる。

 受け取る。

 隙間へ差し込む。

 「久世!」

 久世が俺の意図を理解し、銃を構えたまま前方を警戒する。

 「来るぞ!」

 「10秒!」

 「5秒でやれ!」

 「無茶言うな!」

 力をかける。

 金属が軋む。

 開かない。

 もう一度。

 体重を乗せる。

 バキッ。

 錆びた固定部が外れた。

 扉が数cm開く。

 「ピコ!」

 『確認』

 ピコが隙間から入る。

 1秒。

 2秒。

 『通行可能。設備用縦坑です。下方約3.4mに床面』

 「降りられる?」

 『梯子あり』

 「行くぞ!」

 蓮が扉を開く。

 中は暗い。

 縦梯子が下へ続いている。

 「蓮から!」

 「アイじゃなくて?」

 「下で受けろ!」

 「了解!」

 蓮が降りる。

 前方から銃声。

 久世が身体を引く。

 「近い!」

 「分かってる!」

 蓮が下から声を上げる。

 「着いた!」

 「アイ!」

 アイが梯子へ手をかける。

 俺を見る。

 「おじさんもくる?」

 「行く」

 「ほんと?」

 「行くから早くしろ!」

 アイが降りる。

 小さな身体が暗闇へ消える。

 「ついた!」

 下から声。

 「久世!」

 「先行け!」

 「お前が先!」

 「どっちでもいいだろ!」

 『敵性個体、距離19m』

 「久世、行け!」

 今度は久世が折れた。

 梯子へ入る。

 俺は通路を見る。

 赤いセンサーが近づく。

 M-68を構える。

 ピコが俺の横へ来る。

 「お前も下行け」

 『主様と同行します』

 「命令」

 『最高管理権限命令として受理しますか』

 こんなときに確認するな。

 「受理しろ!」

 『了解』

 ピコが縦坑へ入る。

 俺は最後にもう一度通路を見る。

 四脚型。

 15m。

 銃口が動く。

 俺は梯子へ身体を入れた。

 その瞬間、視界の端で赤い光が強くなった。

 発砲。

 弾丸が点検口に当たる。

 耳元で金属が弾けた。

 俺は梯子を滑るように降りた。

 「閉めろ!」

 上から手を伸ばし、点検扉を引く。

 閉まる。

 完全には固定できない。

 「離れろ!」

 全員が縦坑の下から横へ伸びる狭い空間へ移動する。

 数秒後。

 上で衝撃。

 だが扉は開かなかった。

 四脚型の身体では点検口が狭すぎる。

 俺は壁に背をつけ、息を吐いた。

 暗い。

 ピコの青い目だけが近くを照らしている。

 「全員いるか」

 「いる」

 久世。

 「いるよ」

 蓮。

 「いる」

 アイ。

 『稼働中です』

 ピコ。

 「よし」

 誰も欠けていない。

 それだけ確認する。

 蓮が床へ座り込んだ。

 「死ぬかと思った」

 「さっき死なねえって言ってたろ」

 「撤回していい?」

 「早いな」

 「外、怖すぎ」

 久世が息を整えながら言う。

 「だから言っただろ」

 「久世さんも来たじゃん」

 「俺は怖くないとは言ってない」

 それは正しい。

 怖くない奴が生き残るわけじゃない。

 怖くても必要なことをする奴が、生き残る可能性を少し上げるだけだ。

 「おじさん」

 アイが俺の袖を引く。

 「ん?」

 指が俺の頬へ向く。

 血。

 忘れていた。

 「これくらい平気だ」

 「けが、かくさない」

 奈緒の言葉を覚えている。

 「隠してない」

 「なおす」

 「今?」

 「いま」

 「ここで?」

 「けがしたら、きれいにする」

 それも教えた。

 俺は周囲を見る。

 すぐ移動する必要はなさそうだ。

 「分かったよ」

 荷物から応急処置用品を出そうとする。

 アイが先に自分の鞄を開いた。

 俺は手を止めた。

 アイが取り出したのは、薄黄色のハンカチだった。

 澪からもらったもの。

 昨日から汚れるのを嫌がっていたやつだ。

 「それ使うの?」

 アイは頷いた。

 「ち、ふく」

 「汚れるぞ」

 「うん」

 迷わなかった。

 アイはハンカチを俺の頬へ当てた。

 少し痛い。

 「いて」

 「いたい?」

 「ちょっとな」

 アイは力を弱める。

 布に赤い染みが広がった。

 昨日なら、たぶん嫌がった。

 自分の物だから。

 汚したくないから。

 でも今は違う。

 「みおに怒られるぞ」

 「なんで?」

 「もらった次の日に血つけた」

 「みお、つかってっていった」

 「……そうだったな」

 「だから、つかう」

 俺は何も言えなくなった。

 久世が荷物から消毒用品を出して渡してくる。

 「ちゃんとやれ」

 「ああ」

 簡単に傷を処置する。

 深くない。

 問題ない。

 アイは血のついたハンカチを見ていた。

 「洗えば落ちる」

 俺が言う。

 「うん」

 「病院戻ったら洗おう」

 「うん」

 アイは丁寧に畳もうとして、やめた。

 血がついていることに気づいたらしい。

 少し考えてから、鞄の外側へ結びつける。

 持ち物が増えたから大事なのではない。

 必要なときに使う。

 それでも手放さない。

 それでいい。

 「で」

 久世が言った。

 「ここ、どこだ」

 現実へ戻る。

 ピコが周囲を照らす。

 縦坑の下には細い設備通路が続いていた。

 壁には太いケーブル束。

 錆びた配管。

 床には浅く水が溜まっている。

 『位置情報を照合中』

 「物流施設の地下?」

 蓮が聞く。

 『その可能性が高いです』

 俺は壁を見る。

 古い表示板がある。

 汚れを手で拭う。

 文字が出た。

 《地下設備連絡路》

 その下。

 《第3保守区画》

 さらに小さな文字。

 半分消えている。

 俺はライトを近づけた。

 《軍用車両整備設備――》

 久世が覗き込む。

 「ここ、ただの物流倉庫じゃなかったのか」

 「少なくとも戦争中は違ったらしいな」

 蓮が周囲を見る。

 「俺、こんなの知らなかった」

 「外から分からないようにしてたんだろ」

 ピコが壁のケーブルを走査する。

 『旧軍規格を確認』

 俺は眉を寄せた。

 まただ。

 旧軍。

 通信設備。

 脚部支援装置。

 そしてこの地下。

 偶然にしては、軍関係の設備が続きすぎている。

 「ピコ。ここから18.4km地点の方向は」

 『北東です』

 「距離」

 『直線で約4.6km』

 久世が俺を見る。

 俺も地図を見る。

 現在地はおよそ13.8kmから14km。

 地上で見つけた脚部支援装置は14.9km地点として蓮が記憶していたが、GPSも測量もない。多少の誤差はある。

 そして18.4km地点は、この先。

 「繋がってると思う?」

 蓮が聞いた。

 「まだ分からない」

 「またそれ」

 「分からないものを分かったって言うよりマシだ」

 真壁の言葉が、そのまま出た。

 ピコが設備通路の奥を向く。

 『主様』

 「何」

 『微弱電流を検出』

 全員が黙った。

 「どこ」

 『前方』

 「距離」

 『推定不能。ケーブルを介しています』

 俺は壁のケーブルを見る。

 完全に死んでいると思っていた設備。

 その一部だけに、まだ電気が流れている。

 「なんの」

 アイが聞いた。

 俺は答えなかった。

 代わりにピコを見る。

 『現時点では不明です』

 アイが俺を見る。

 「ピコも、わからないいっぱい」

 こんな場所で少し笑いそうになった。

 「そうだな」

 『未知情報が多い環境では正常な状態です』

 「言い訳するな」

 『説明です』

 そのときだった。

 通路の奥。

 暗闇の中で、小さな光が点いた。

 一度消える。

 また点く。

 非常灯だった。

 1つ、その先でもう1つ、さらに奥でも順番に。

 俺たちのいる場所へ向かってではない。

 奥へ誘導するように、古い照明が一本の線になって点灯していく。

 蓮が立ち上がった。

 「おっさん」

 「ああ」

 誰もスイッチには触れていない。

 ピコも操作していない。

 最後の非常灯が点く。

 同時に、壁の奥で何かが起動する低い音が響いた。

 『外部からの電力供給を確認』

 「どこから」

 『追跡します』

 数秒。

 ピコの青い目が明滅する。

 『供給方向、北東』

 「戻るぞ」

 蓮が俺を見る。

 「え?」

 「地上の敵が離れるまで待つ。脚部支援装置を回収できるなら回収して帰る」

 「この先は?」

 「今日は行かない」

 「でも」

 「予定を変える理由にはならない」

 久世が小さく頷いた。

 「俺も賛成だ」

 蓮は明かりの続く通路を見る。

 少し悔しそうだったが、やがて頷いた。

 「分かった」

 アイだけはまだ奥を見ていた。

 「アイ」

 呼ぶと、こちらを向く。

 「いかないの?」

 「今日はな」

 「なんで?」

 「帰るって言ったからだ」

 「みおに?」

 「ああ」

 「みんなで?」

 俺は頷いた。

 「みんなで」

 アイはもう一度、奥の光を見る。

 それから俺のところへ戻ってきた。

 「じゃあ、かえる」

 その答えに、俺は少しだけ安心した。

 奥に何があるかは分からない。

 だが、知りたいから進むことと、帰るべきときに帰ることは別だ。

 俺たちはもう、答えだけを追いかけているわけじゃない。

 帰る場所がある。

 待っている奴がいる。

 その事実の方が、今はずっと重要だった。

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