Ep.33 はんかち。
翌朝、空は昨日より明るかった。雲は薄く、東の崩れた建物群の隙間から白っぽい朝日が差し込んでいる。病院の廊下には夜の冷気がまだ残っていて、窓の割れた区画から入り込む風が、壁際に溜まった埃をわずかに動かしていた。
俺はバイクの横にしゃがみ、後輪の空気圧を確認していた。
昨日の探索で異常は出ていない。それでも、遠出する前には見る。タイヤ、ブレーキ、駆動系、電装、燃料。戦争中から染みついた習慣だった。
『主様。始動系統、正常です』
「燃料は」
『本日の集落往復のみであれば十分です』
「その先は?」
『14.9km地点への遠征を想定する場合、経路確定後の再計算を推奨します』
「だな」
工具をしまい、立ち上がる。
今日は遠征そのものではない。
まず集落へ行く。
久世から外側の状況を聞き、蓮が実際に通った経路を確認する。それから14.9km地点へ向かう日程を決める。
18.4kmの旧技術施設は、その後だ。
順番を飛ばさない。
知らない場所ほど、それが大事になる。
「おじさん」
声の方を見る。
アイが非常口から出てきた。
小さな鞄を斜めに掛けている。昨日磨いていた金属のカップは入れていないらしい。鞄の膨らみもほとんどない。
「準備できたか」
「できた」
「歯ブラシは?」
「ある」
「聞く必要なかったな」
アイは鞄の上から確かめるように触った。
「もってく」
「好きにしろ」
あれだけは置いていく気がないらしい。
俺はM-68を確認する。12発。予備はない。
昨日も撃たなかった。
今日も撃たずに帰りたい。
『出発可能です』
「よし」
アイを前に乗せ、エンジンを始動する。
ピコが浮上した。
朝の病院を背に、俺たちは集落へ向かった。
道中に異常はなかった。
昨日8.6km地点で受信した信号も、こちらの経路では検出されない。ピコは何度か広域走査を行ったが、既知の自律兵器反応は拾わなかった。
だからといって安全とは限らない。
反応がないことと、何もいないことは別だ。
集落が見えてくると、入口付近に立っていた男がこちらに気づいた。
久世だった。
こちらへ銃口を向けることはない。それでも俺たちだと確認するまで、右手は腰の近くから動かなかった。
バイクを止める。
「早いな」
久世が言った。
「昨日の今日で悪い」
「来ると思ってた」
「なんで」
「真壁さんに18km先の話を聞かされた顔じゃなかった」
「どんな顔だよ」
「行く奴の顔」
俺は何も言わなかった。
久世が小さく息を吐く。
「やっぱりな」
アイがバイクから降りる。
久世を見る。
「くぜ」
「ああ」
「みおいる?」
「いる」
アイの顔が明るくなった。
「先に行っていい?」
俺を見る。
「入口で待て。勝手に奥へ行くなよ」
「うん」
アイが集落の中へ向かう。
走らない。
前に教えたことを覚えている。
入口近くまで行ったところで、向こうから澪が気づいた。
「アイ!」
今度は澪の方が走ってきた。
後ろから奈緒の声が飛ぶ。
「澪、膝!」
澪の速度が露骨に落ちた。
アイもそれを見て止まる。
2人が何か話し始めたのを確認してから、俺は久世へ向き直った。
「蓮は?」
「朝からいる。呼ぶ」
「その前に話したい」
久世の目が少し細くなる。
「外か」
「ああ」
俺たちは入口脇の壊れたコンクリート壁へ移動した。ピコも俺の肩ほどの高さについてくる。集落の人間から少し距離を取り、俺は端末を取り出した。
昨日更新した地図を表示する。
「ここまで行った」
8.6km地点を示す。
久世が画面を見る。
「ずいぶん手前で戻ったな」
「理由ができた」
通信中継器の位置を開く。
「旧式の通信設備が生きてた」
「軍用?」
「ピコ」
『旧軍技術支援系統の通信規格と部分的に一致しました。ただし軍所有設備であったことを保証するものではありません』
久世がピコを見る。
「相変わらず細かいな」
『誤認防止です』
「嫌いじゃない」
『評価を記録する必要性を認めません』
久世の口元がほんの少し動いた。
俺は続ける。
「問題はこっちだ」
復元した通信記録を表示した。
《IS-003》
《照合》
《接続要求》
久世の表情から笑いが消えた。
「これ、昨日真壁さんに見せたやつじゃないな」
「昨日の帰りにはなかった」
「新しく拾った?」
「ああ」
「IS-003」
久世がその文字を読む。
俺は黙っていた。
久世はアイの方を見なかった。
そこは助かった。
「送信元は」
「分からない。ただ、方向は18.4km地点と大きく外れてない」
「罠の可能性は?」
「ある」
「お前らが来たから起動した可能性は」
「ある」
「向こうがお前らを認識してる可能性」
「それもある」
久世は頭を掻いた。
「嫌な答えばっかりだな」
「俺もそう思う」
しばらく2人で地図を見る。
久世が14.9km地点を指した。
「まずこっちか」
「ああ」
「蓮の見つけた脚部支援装置」
「場所を確認したい。できれば回収する」
「動くと思うか?」
「見なきゃ分からない」
「壊れてるぞ」
「壊れてるから見るんだよ」
久世が俺を見る。
「技術屋はそれ言うな」
「元技術屋だ」
「今もだろ」
否定はしなかった。
「それと、蓮を案内に借りたい」
久世の顔が変わった。
予想していた反応だった。
「どこまで」
「14.9km地点まで」
「18.4kmは?」
「連れていかない」
即答する。
久世は数秒黙った。
「理由は」
「蓮が知ってるのは14.9km周辺までだ。そこから先は案内役としての意味が薄い。それに、18.4km地点で何が待ってるか分からない」
「14.9kmだって分からんぞ」
「だからお前に聞いてる」
久世は地図へ視線を戻した。
「俺なら反対する」
「そうか」
「でも、あいつに聞かずに決めたら面倒になる」
「そういう奴か」
「そういう奴だ」
ちょうどそのときだった。
「俺が何?」
背後から声がした。
振り返る。
蓮が立っていた。
肩に古い工具袋を掛けている。
「盗み聞きか」
「普通に聞こえた」
「いつから」
「おっさんが俺を借りたいってところ」
「言い方」
蓮が笑う。
「で、行くの?」
「まだ決めてない」
「俺は行く」
「お前の意見だけで決めない」
「俺の案内が欲しいんだろ?」
「欲しい。でも死なれたら困る」
蓮の表情が少しだけ変わった。
「死なねえよ」
「そう言って死んだ奴を何人も見た」
軽く言ったつもりはなかった。
蓮もすぐには返さなかった。
久世が俺を見る。
何かを察したようだったが、口は挟まない。
蓮が工具袋の紐を握り直す。
「……俺だって、遊びで外出てるわけじゃない」
「ああ」
「3か月前も、あそこまで行って帰ってきた」
「それも聞いてる」
「なら」
「前に帰れたから次も帰れるとは限らない」
蓮が眉を寄せる。
反発するかと思った。
だが、久世が先に口を開いた。
「蓮」
「何」
「経路を全部話せ」
「今?」
「今だ」
久世は地図を指した。
「話を聞いてから決める」
蓮は少し不満そうだったが、俺の端末の前へ来た。
「ここ」
指したのは、現在の地図でほとんど情報のない南東側だった。
「大きい道は途中で潰れてる。俺はこの辺から住宅地に入った」
「徒歩?」
「途中から。最初は自転車」
「自転車あるのか」
「あるよ。ボロいけど」
「先に言え」
「聞かれてない」
久世が額を押さえた。
「続けろ」
蓮の指が地図上を進む。
「ここに昔の高架がある。上は無理。でも下を抜けられる。そこから工場みたいな場所を通って――」
「待て」
俺は位置を記録する。
「ここで何か見たか」
「機械の跡」
「種類」
「分かんない。脚が細いやつ。人間じゃない」
「数」
「跡だけなら2つか3つ」
「新しかった?」
蓮が考える。
「泥が乾いてた。雨の前だから……今はもう分かんない」
「3か月前だろ?」
「そのときの話」
「なら今の状況は全く別物だと思った方がいいな」
「分かってる」
蓮は続ける。
14.9km地点の少し手前には、半壊した物流施設があるらしい。その裏側に古い軍用車両が数台放置され、そのうち1台の近くで脚部支援装置を見つけたという。
「なんで持って帰らなかった」
「重い。あと壊れてた」
「どこが」
「右脚の下の方。曲がってた。ケーブルも出てた」
「電源部は?」
「知らない」
「腰部フレーム」
「知らない」
「制御器」
「知らないって」
「何見てきたんだよ」
「壊れた機械」
『倉田蓮の観察目的は機材評価ではなかったと推定します』
「ピコ、お前どっちの味方だ」
『味方という分類で回答する必要を認めません』
蓮が笑った。
「やっぱこいついいな」
「持って帰る?」
「ピコを?」
「うん」
『拒否します』
「即答だな」
『私は主様と行動します』
蓮が俺を見る。
「愛されてんな、おっさん」
「管理権限だそうだ」
『はい』
「そこは否定してくれていいんだぞ」
『事実です』
久世が小さく咳払いした。
「話戻すぞ」
「悪い」
久世は地図を見たまま言う。
「14.9kmまでなら、条件付きで蓮を出してもいい」
蓮が顔を上げる。
「条件?」
「俺も行く」
今度は俺が久世を見る。
「お前も?」
「ああ」
「集落は」
「榊さんと相談する。まあ、俺が1日抜けた程度で崩れるなら、そもそも集落として終わってるがな」
「でも警備担当だろ」
「だからこそ外の状況を見る必要がある」
久世は8.6km地点を指した。
「こんなのが動き始めてるなら、集落にも関係する」
それは正しい。
俺たちだけの問題ではなくなる可能性がある。
「ただし」
久世が俺を見る。
「14.9kmで終わりだ。18.4kmには行かない」
「最初からそのつもりだ」
「その顔で言われても信用できんな」
「どんな顔だよ」
「行く奴の顔」
さっきも聞いた。
蓮が笑う。
「おっさん、分かりやすいんじゃね?」
「お前は黙ってろ」
「俺、案内役」
「まだ決定してない」
「久世さん行くって言ったじゃん」
「榊に聞いてからだ」
「じゃあ聞いてくる」
蓮が走り出そうとする。
久世が襟首を掴んだ。
「お前が行くな」
「なんで」
「話を都合よく変えるからだ」
「信用ねえな」
「信用はない、だが実績がある」
久世は蓮を引き戻すと、俺へ向いた。
「榊さんと話してくる。待ってろ」
「ああ」
久世が集落の奥へ向かう。
蓮もついていこうとしたが、
「お前はそこにいろ」
背中を向けたまま言われた。
蓮が止まる。
「聞こえてんのかよ」
『音声到達距離としては十分です』
「ピコ、お前ほんと真面目だな」
『はい』
「褒めてない」
『評価を修正する必要はありません』
妙に会話が成立している。
俺は2人から少し離れ、アイの方を見た。
澪と一緒に座っている。
奈緒も近くにいた。
澪が何かを手に持っている。
アイがそれを覗き込んでいた。
しばらくすると、アイがこちらへ気づいた。
立ち上がり、何かを両手で持って走ってくる。
途中で速度を落とした。
走るなと言われたのを思い出したらしい。
「おじさん」
「どうした」
アイが手を開いた。
小さな布切れが乗っていた。
青でも白でもない、くすんだ薄い黄色の布だ。端が縫われていて、掌に収まる程度の大きさしかない。
「何だそれ」
「みおがくれた」
澪を見る。
少し離れた場所からこっちを見ている。
「何に使うんだ?」
アイが首を傾げた。
「わからない」
「分からないもの貰ったのか」
後ろから澪の声が飛んできた。
「ハンカチ!」
「だってさ」
アイが布を見る。
「はんかち」
「手とか拭くやつだ」
「て」
アイは自分の手を拭こうとした。
「今は汚れてないだろ」
止まる。
「じゃあ、いつ?」
「汚れたとき」
「あと?」
「汗とか。口とか。まあ色々」
アイは布を広げた。
端の一角に、黒い糸で小さな印が縫われている。
花……に見えなくもない。
かなり歪んでいる。
澪がやってきた。
「それ、わたしが縫った」
「これ?」
「花」
やっぱり花だったらしい。
「ちょっと失敗したけど」
アイがじっと見る。
「はな」
「うん」
「みおが?」
「うん。前にお母さんに教えてもらったの」
アイはしばらくハンカチを見ていた。
それから澪を見る。
「アイの?」
「あげたんだからアイのだよ」
アイの表情が変わった。
歯ブラシを初めて渡したときと、少し似ている。
「アイの」
「そう」
「もってていい?」
澪が笑った。
「だからあげたんだって」
アイは小さな鞄を開いた。
歯ブラシの横へ、丁寧に畳んだハンカチを入れる。
俺は何も言わなかった。
これはいい。
使えるからでも、貴重だからでもない。
澪がアイに渡した。
それだけで、こいつには持っている理由がある。
「なくすなよ」
俺が言うと、アイは鞄を閉じた。
「なくさない」
澪が嬉しそうに笑う。
「次来たとき持ってきてね」
「うん」
「使っていいんだからね」
アイが一瞬止まる。
鞄を見る。
「……つかう?」
「ハンカチだから」
「よごれる」
「洗えばいいよ」
「……」
どうやら大事にする方向を間違えそうだ。
「使え」
「やだ」
「何のためのハンカチだよ」
「アイの」
「理由になってない」
澪が笑い出した。
アイもつられて笑う。
その声を聞きながら、俺はふと思った。
地下で見つけたとき、こいつには何もなかった。
名前も。
自分の物も。
待っている相手も。
今は違う。
鞄の中に歯ブラシがある。
病院には古い金属のカップがある。
そして今、友達からもらった小さなハンカチが増えた。
数は少ない。
たぶん、それでいい。
大事なのは中身の数じゃない。
その一つ一つを、こいつが自分のものだと思えることだ。
「ユウ」
久世の声がした。
振り返る。
久世と榊がこちらへ歩いてくる。
榊の表情を見る限り、簡単に許可が出たわけではなさそうだった。
俺はアイへ言う。
「澪のところにいていいぞ」
「うん」
アイが戻っていく。
途中で一度鞄を押さえた。
中身を確かめるように。
俺は榊たちの方へ向かった。
榊は俺の前まで来ると、挨拶より先に地図を見せろと言った。
端末を渡す。
久世からすでに概要は聞いているらしく、14.9km地点と8.6kmの通信設備を順番に確認していく。
「18.4kmには行かないんだな」
「ああ。今回は」
「今回は、か」
「嘘ついても仕方ない。いずれ行く」
榊は俺を見る。
「その子も連れて?」
視線の先にはアイがいる。
俺は少し黙った。
「まだ決めてない」
「決めてから出ろ」
「分かってる」
「それと蓮」
榊が言う。
「本人が行きたがっている。久世も同行する。だから今回は止めない」
蓮が小さく拳を握るのが見えた。
「ただし、日帰りだ」
榊は続ける。
「日没前に戻れないと判断した時点で引き返せ。機械が取れなくても戻れ。何か見つけても、予定外の場所まで追うな」
「分かった」
久世も頷く。
蓮だけが黙っている。
榊が見る。
「蓮」
「分かってる」
「返事」
「分かりました」
「よし」
榊は俺へ端末を返した。
「いつ出る」
「明日」
「早いな」
「天候と道路が悪くなる前に行きたい」
『明日の降水可能性は低いと推定します』
ピコが補足する。
榊が小さな機械を見た。
「便利だな」
『限定された観測情報に基づく推定です』
「褒めても素直に受け取らないな」
「仕様だ」
『仕様として登録された記録はありません』
「こういう仕様だ」
榊が少し笑った。
そのあと、出発時刻と装備について簡単に詰めた。
明朝、俺たちが集落へ寄る。
そこから久世と蓮を加えて14.9km地点へ向かう。
バイクは途中まで使う。蓮の話では、10kmを越えたあたりから道路状態が急激に悪くなる。そこから先は徒歩になる可能性が高い。
回収物が大きすぎれば、その日は場所と状態だけ確認して帰る。
無理に持ち帰らない。
18.4km地点へは進まない。
それで決まった。
話が終わる頃には、昼近くになっていた。
俺はアイを呼びに行った。
澪と2人で地面に何か描いている。
「帰るぞ」
アイが顔を上げる。
「もう?」
「ああ。明日の準備がある」
澪が少し残念そうな顔をした。
「明日も来る?」
「来る」
アイが答える。
「でも、そのあと、いく」
「どこ?」
アイが俺を見る。
答えていいか確認しているらしい。
「遠く」
俺が代わりに言った。
澪がアイを見る。
「帰ってくる?」
アイはすぐに頷いた。
「かえる」
その言葉が妙に自然になっていた。
澪が笑う。
「じゃあ、またね」
「またね」
アイが答える。
俺は一瞬だけそちらを見る。
誰に教わったのか聞こうとして、やめた。
今はそれより、2人が普通に別れの言葉を交わしていることの方が大事な気がした。
帰りのバイクで、アイは何度か鞄を触っていた。
「そんなに気になるなら落とさないようにしろよ」
「だいじょうぶ」
「ハンカチだろ」
「うん」
「ちゃんと使えよ」
「やだ」
「まだ言ってんのか」
「よごれる」
「ハンカチは汚れるためにある」
『厳密には衛生維持を目的とした布製品です』
「お前はどっちの味方なんだよ」
『質問の前提が不明です』
前に座るアイの肩が小さく揺れた。
笑っている。
俺はそれ以上言わなかった。
病院へ戻ると、明日の遠征準備を始めた。
水。
食料。
工具。
ロープ。
応急処置用品。
予備電源。
M-68、12発。
ピコの簡易補修用品も入れる。
アイはその横で、自分の鞄を開いていた。
歯ブラシ。
薄黄色の小さなハンカチ。
それだけ確認すると閉じる。
金属のカップには手を伸ばさなかった。
持っていく物と置いていく物を、自分で決め始めている。
「準備できた?」
「ああ」
「アイも」
「明日は今日より遠いぞ」
「うん」
「途中で戻るかもしれない」
「うん」
「何か見つけても勝手に触るな」
「うん」
「俺から離れるな」
「うん」
少し間を置いて、アイが俺を見る。
「おじさんも」
「何が」
「アイから、はなれない」
俺は荷物を詰める手を止めた。
「状況による」
アイの眉が寄る。
「だめ」
「偵察するなら離れることもある」
「ピコがいく」
『私に一任されることは推奨しません』
「ほら」
「じゃあ、おじさんとピコ」
「お前は?」
「まんなか」
思わず笑った。
「何だそれ」
「はなれない」
こいつなりの解決策らしい。
「できる範囲でな」
「できる」
「断言するな」
アイは満足したように頷いた。
俺は荷物を閉じる。
明日向かうのは、14.9km地点。
蓮が見つけた壊れた軍用脚部支援装置。
その先には18.4km地点の旧技術施設がある。
そして途中では、5年前の通信設備がIS-003を呼んだ。
ただの物資探索ではなくなっている。
それでも明日は、まず14.9kmまでだ。
一つずつ確認する。
一つずつ進む。
急げば早く答えに辿り着けるとは限らない。
隣では、アイがまた鞄の上からハンカチの位置を確かめている。
明日の目的地に何があるのかは分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
地下から連れ出したときには何も持っていなかったこいつが、今は失くしたくないものを持っている。
それだけでも、あの頃とはもう違っていた。




