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アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
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31/49

Ep.30 ずっとは、わからない。

 「で、どうする?」

 榊に聞かれ、俺は端末から顔を上げた。

 「今日は行かない」

 蓮が露骨に肩を落とした。

 「行かねえの?」

 「行かねえよ」

 「なんだよ。今から行けば――」

 「お前、片道の距離しか見てないだろ」

 「バイクあるじゃん」

 「道路が生きてればな」

 俺は地図を拡大した。蓮が3か月前に通ったという経路と、真壁の古い地図を重ねる。戦前の道路網は残っているが、現在どこまで使えるかは分からない。途中には河川があり、橋も複数ある。そのうち何本が残っているかさえ不明だ。

 「燃料、水、帰路、途中の退避場所。それに自律兵器の位置も分からない。俺の拠点まで18.4km。施設を調べて、同じ日に帰れる保証はない」

 「泊まればいいじゃん」

 「どこに」

 「そのへん」

 「お前の探索計画、雑すぎないか?」

 「今までそれで生きてる」

 『生存していることと、安全な計画であることは同義ではありません』

 蓮がピコを見る。

 「お前、おっさん側かよ」

 『私は事実側です』

 「それ一番腹立つやつ」

 「気が合いそうで何よりだ」

 「どこが?」

 『主様。倉田蓮との相性について、現時点で評価可能なデータが不足しています』

 「評価しなくていい」

 蓮がピコへ顔を近づける。

 「なあ。お前、なんでこいつのこと主様って呼んでんの?」

 嫌なところへ行った。

 『登録上の最高管理権限保持者であるためです』

 「おっさんが主様」

 蓮が俺を見る。

 口元がもう笑っている。

 「……何だよ」

 「いや」

 「言えよ」

 「主様」

 「やめろ」

 『はい、主様』

 「お前も乗るな」

 『通常通りの呼称です』

 真壁が鼻を鳴らした。

 榊は露骨に視線を逸らしている。

 笑っている。

 「榊」

 「何だ」

 「笑うなら笑え」

 「笑ってない」

 「顔見せろ」

 「今は地図を見ている」

 「そっち壁だぞ」

 澪まで笑い始めた。

 何がそんなに面白いのか分からないまま、アイだけが俺たちを順番に見ている。

 「あるじさま」

 「お前までやめろ」

 「おじさんと、どっち?」

 「いや……ならおじさんでいい」

 言ってから気づいた。

 蓮がさらに笑った。

 「自分でおじさん選んだ」

 「お前だけは絶対おっさんって呼ぶな」

 「おっさん」

 「帰れ」

 「俺ん家ここ」

 反論できなかった。

 『主様の敗北を確認』

 「ピコ」

 『事実側です』

 こいつらを一緒にしてはいけない気がしてきた。

 しばらくして澪とアイは奈緒に呼ばれ、集落の奥へ戻っていった。アイは途中で一度振り返ったが、俺がまだここにいるのを確認すると、そのまま澪についていった。

 昨日までは考えられなかった変化だ。

 小さな背中が建物の陰へ消える。

 それを見届けてから、俺は地図へ視線を戻した。

 「まず道を調べる」

 空気を切り替える。

 「ピコを飛ばす。ただし通信距離と電力を考えて、何回かに分ける」

 『妥当です』

 「蓮が通った経路も確認したい。3か月あれば崩落状況は変わる」

 「俺も行く」

 蓮が言う。

 「今日は行かないって言っただろ」

 「偵察だろ?」

 「お前はピコじゃない」

 「知ってる」

 『外見上の相違は明確です』

 「そういう意味じゃねえよ」

 蓮が笑う。

 俺は榊を見る。

 「こいつ、いつもこうなのか」

 「今日はよく喋る方だ」

 「これで?」

 「お前らが来てから楽しそうだ」

 蓮の顔から笑いが少し消えた。

 「余計なこと言うなよ」

 「事実だ」

 『私も事実側です』

 「ピコ、お前はちょっと黙ってろ」

 『了解しました』

 妙に素直だった。

 俺は改めて装備を確認する。M-68は12発。長距離探索として考えれば心許ない。敵と戦うための12発じゃない。戦わず帰るために最後まで残しておくべき12発だ。

 「久世に聞いてみる」

 榊が言った。

 「何を?」

 「昨日の弾だ。お前の銃と合うものがあるかもしれない」

 「見せてもらえるなら助かる。ただし、もらうつもりはない」

 「分かってる」

 「交換だ」

 「それも久世と話せ」

 榊が門の方へ歩き出した。

 俺も続こうとしたところで、後ろから真壁に呼び止められた。

 「ユウ」

 振り返る。

 真壁は建物の入口に立っていた。

 「何だ」

 「さっきのデータ」

 視線が俺の端末へ落ちる。

 「消すなよ」

 「消さない」

 「複製は」

 「ピコにある」

 『保存済みです』

 「ならいい」

 真壁はそれだけ言って戻ろうとする。

 「真壁さん」

 足が止まる。

 「助かった」

 「まだ何も分かっとらん」

 「それでもだ」

 真壁は振り返らなかった。

 「死ぬなよ」

 短い言葉だった。

 「……急だな」

 「その距離は、今の東京じゃ近所じゃない」

 「分かってる」

 「分かっとらん奴ほどそう言う」

 「じゃあ何て言えばいい」

 「知らん」

 「やっぱり怒ってるだろ」

 「怒っとらん」

 扉が閉まった。

 やっぱり怒っているようにしか聞こえなかった。

 久世は門近くの見張り台の下にいた。

 榊が事情を説明すると、黙って俺のM-68を見た。

 「弾、1発抜けるか」

 「ああ」

 弾倉から1発だけ抜いて渡す。

 久世は手の中で確認すると、腰の袋から古い弾薬を1発取り出した。

 並べる。

 俺も覗き込んだ。

 「……違うな」

 「やっぱりか」

 薬莢の長さも底部も僅かに違う。

 似てはいる。

 だが似ているだけだ。

 無理に使えば銃を壊す。最悪、撃った側が怪我をする。

 「他にもある」

 久世が言った。

 「全部確認していいか?」

 「ああ。ただ、期待するな。拾った場所も年代もバラバラだ」

 木箱が運ばれてきた。

 中に入っていたのは数十発。種類も状態も統一されていない。錆の浮いたもの、変色したもの、比較的新しいもの。俺と久世、それにピコで1発ずつ確認していく。

 蓮は最初こそ覗いていたが、5分ほどで飽きた。

 「地味だな」

 「弾薬確認に派手さを求めるな」

 「ピコなら見ただけで分かんないの?」

 『外形寸法のみであれば高速判別可能です。ただし薬莢状態、腐食、変形、雷管状態については個別確認を推奨します』

 「便利じゃん」

 『ありがとうございます』

 「褒められると普通に喜ぶんだ」

 『肯定的評価として受領しました』

 「かわいいな、お前」

 ピコの2本の青い縦目が蓮を向いた。

 『評価基準が不明です』

 「そういうとこ」

 「蓮」

 「ん?」

 「ピコを持って帰るなよ」

 「持って帰んねえよ」

 『私は自力飛行が可能です』

 「じゃあ勝手についてきてよ」

 『却下します』

 「即答じゃん」

 「当たり前だ」

 結局、互換する弾はなかった。

 数十発を調べて成果なし。

 残弾12発は変わらない。

 残念ではあるが、妙な弾を無理に使うより遥かにいい。

 「悪かったな」

 久世が言う。

 「何が」

 「期待させた」

 「確認できただけ十分だ」

 俺はM-68へ弾を戻す。

 「そっちは貴重なんだろ」

 「貴重じゃない弾なんて、もうない」

 その言葉に俺は頷いた。

 戦争が終わって5年。

 工場が動いていない以上、撃つたびに世界から弾が1発消える。

 俺がこの数日で使った弾も、もう戻ってこない。

 「だからできれば戦いたくない」

 久世が言う。

 「同感だ」

 「軍にいた奴ほどそう言うな」

 「撃てば解決するなんて思ってる奴は、だいたい撃たれたことがない」

 久世が俺を見る。

 ほんの一瞬だけ、表情が変わった。

 それ以上は何も言わなかった。

 たぶん、それで十分だった。

 その日の午後、俺たちは集落を出た。

 目的は病院へ戻ること。そして次の探索に必要な準備を始めること。

 門の前には澪とアイがいた。

 「アイ、また来る?」

 澪が聞く。

 アイは俺を見る。

 「来るかもしれないし、来ないかもしれない」

 「おじさん、わからない?」

 「先のことはな」

 アイは少し考えたあと、澪を見る。

 「またくる」

 俺を見る。

 「くる」

 「俺に決定権ないの?」

 「ある」

 「じゃあ聞けよ」

 「またくる?」

 「……来られたらな」

 「くる」

 結局決まっていた。

 澪が笑う。

 「じゃあ待ってる」

 アイは小さく頷いた。

 「みお」

 「なに?」

 「またね」

 澪が一瞬だけ目を丸くした。

 それから笑った。

 「うん。またね」

 誰に教わったのか聞こうとして、やめた。

 アイは時々、俺が教えていない言葉を知っている。

 《ただいま》もそうだった。

 そのたびに、こいつの中に何かが残っているのだと思わされる。

 記憶なのか。

 知識なのか。

 もっと別の何かなのか。

 今は分からない。

 「おっさん」

 バイクへ向かおうとしたところで蓮に呼ばれた。

 振り返る。

 「もう完全にそれで固定したのか」

 「主様の方がいい?」

 「おっさんでいい」

 また自分で選んでしまった。

 「次、あの脚のやつ見に行くんだろ」

 「ああ」

 「壊れてるぞ」

 「見れば分かる」

 「結構重いと思う」

 「それも見れば分かる」

 「場所、ちょっと分かりにくい」

 「それは見ても分からない」

 「だろ?」

 得意そうな顔をする。

 「だから俺がいる」

 「まだ同行させるって決めてない」

 「なんで?」

 「危険だから」

 「おっさんよりこの辺詳しいけど」

 「おっさん言うな」

 「そこ気にする?」

 『主様は32歳です』

 「ピコ!」

 『事実です』

 蓮が腹を抱えて笑った。

 俺は本気で、ピコを蓮から遠ざけた方がいい気がしてきた。

 バイクを隠した場所まで戻る。

 アイを前へ乗せる。

 ピコが飛んでくる。

 蓮が手を振った。

 「じゃあな、おっさん!」

 「次呼んだら置いてくぞ!」

 「案内できなくなるぞ!」

 「地図ある!」

 「細かい場所知らねえだろ!」

 くそ。

 正しい。

 『主様』

 「何だ」

 『倉田蓮は有用であると判断します』

 「分かってるよ」

 『同時に、主様の精神的負荷を増大させる傾向があります』

 「それも分かってる」

 「れん、おもしろい」

 前に座ったアイまで参加する。

 「お前まで気に入ったのか」

 「うん」

 味方が減っていく。

 エンジンを始動する。

 久しぶりに聞くような気がする音が、崩れた街へ響いた。

 帰り道、アイは何度も振り返った。

 集落はすぐに建物の向こうへ消えた。それでもしばらく後ろを見ていた。

 「見えないぞ」

 「うん」

 「忘れ物か?」

 「ない」

 小さな鞄を触る。

 中には歯ブラシが入っている。

 「じゃあどうした」

 少し考えてから、アイが答えた。

 「みお、いた」

 「ああ」

 「れんも」

 「ああ」

 「なおも。さかきも。くぜも。まかべも」

 「いたな」

 「また、いる?」

 その質問の意味を考える。

 次に行ったときも、同じ人間がそこにいるのか。

 たぶん、そういう意味だ。

 「いると思う」

 「ずっと?」

 答えに詰まった。

 崩れた街が流れていく。

 窓のない建物。

 錆びた車。

 雑草に覆われた道路。

 5年前まで、ここにも「ずっと続く」と思われていた生活があった。

 「ずっとは、分からない」

 俺は答えた。

 アイが前を向く。

 「そっか」

 それ以上は聞かなかった。

 病院へ戻ったのは、空が橙色に染まり始めた頃だった。

 周囲を確認してからバイクを入れる。敵の新しい痕跡はない。ピコにも異常な信号は拾えていない。

 アイが先に廊下へ入る。

 薄暗い廊下の一部には、地下施設から送った電力で灯りが点いている。

 アイが振り返った。

 「ただいま」

 「ああ。ただいま」

 『帰還を確認しました。ただいま』

 いつの間にか、それが普通になっていた。

 荷物を置き、端末を起動する。

 壁へ地図を表示した。

 病院を中心とした半径5km。

 そこから北東へ伸びる探索経路。

 6.7km地点の旧警察施設。

 10~12km地点の戦時検問所。

 そして、その先。

 新しい地点を2つ追加する。

 14.9km。

 旧軍脚部補助装備。

 18.4km。

 旧技術施設。

 ただし、集落そのものの正確な位置は記録しない。

 俺たち以外の誰かに端末を奪われる可能性はゼロじゃない。

 「遠くなった」

 アイが地図を見上げて言った。

 「ああ」

 最初は病院の周りだけだった。

 食料を探す。

 水を探す。

 燃料を探す。

 それだけだった地図が、少しずつ外へ伸びている。

 今はその先に、人間がいる。

 友達がいる。

 そして、アイの過去へ繋がっているかもしれない場所がある。

 『主様』

 ピコが地図の14.9km地点を示した。

 『脚部補助装備を回収する場合、現地修復ではなく搬送を前提とすることを推奨します』

 「俺もそう思う。蓮の話だけじゃ故障箇所が分からない」

 『電源系、制御系、駆動部のいずれが損傷しているかも不明です』

 「持って帰れれば、ここでばらせる」

 「おじさん、なおす?」

 アイが聞く。

 「直せそうならな」

 「ピコみたいに?」

 手が止まった。

 ピコがアイを見る。

 「……まあ、似たようなもんだ」

 「ピコも、おじさんなおした?」

 何気ない質問だった。

 俺はピコを見る。

 傷だらけの外装。

 左右で微妙に違うローター基部。

 何度交換したか覚えていない配線。

 戦争が終わるより前から残っている傷もある。

 『はい』

 ピコが答えた。

 アイの目が少し大きくなる。

 「こわれた?」

 『複数回』

 「いっぱい?」

 『「いっぱい」の定義によります』

 「ピコ」

 『少なくない回数です』

 「いたかった?」

 ピコの青い目が止まった。

 『痛覚機構はありません』

 「じゃあ、へいき?」

 『機能停止は望ましくありません』

 アイは少し考えた。

 「こわれても、おじさんなおす?」

 『可能な範囲では』

 アイが俺を見る。

 「なおす?」

 「ああ」

 「ぜったい?」

 「直せるならな」

 アイは頷いた。

 それで納得したらしい。

 けれど俺は、なぜかその会話が引っかかった。

 壊れたら直す。

 機械なら、それで済むこともある。

 部品を替える。

 配線を繋ぐ。

 動かなければ原因を探す。

 ピコにはそれを何度もやってきた。

 だが。

 俺はアイを見る。

 アイは壁の地図を眺めていた。

 水色の髪が、照明の下で淡く光っている。

 こいつに同じことができるのか。

 あのガソリンスタンドで起きたこと。

 自律兵器を止めた力。

 その正体すら、まだ俺たちは知らない。

 「明日は準備だ」

 俺は言った。

 「燃料と水を確認する。ピコは経路の再計算。俺はバイクを見る」

 『了解しました』

 「アイは?」

 「お前は――」

 言いかける。

 アイがじっと待っている。

 何か仕事をもらえると思っている顔だ。

 「荷物の確認」

 「ほじょ?」

 「補助だ」

 「できる」

 「勝手に物を増やすなよ」

 「ふやさない」

 「本当に?」

 「……たぶん」

 「今の間は何だ」

 アイが小さく笑った。

 その夜、病院は静かだった。

 外では風が吹いている。割れた窓の向こうで、どこかの金属板が一定ではない間隔で鳴っていた。

 俺は寝る前に、もう一度地図を見た。

 18.4km。

 数字にすれば、それだけだ。

 けれど俺にとっては、この2か月でほとんど踏み出さなかった場所だった。

 生きるだけなら、遠くへ行く必要はなかった。

 水を探して。

 食料を探して。

 燃料を探して。

 危険な場所を避ける。

 それを繰り返せばいい。

 今は違う。

 俺たちは、生きるためだけじゃない理由で外へ向かおうとしている。

 アイが何者なのか。

 なぜ兵器がこいつを狙うのか。

 IS-001。

 IS-002。

 IS-003。

 その答えを探すために。

 背後で小さな足音がした。

 振り返る。

 アイが立っている。

 「どうした」

 「ねる」

 「寝なくても平気なんだろ」

 「うん」

 「じゃあ何で」

 アイは少し考えた。

 「おじさん、ねる」

 「俺は寝るよ」

 「ピコも?」

 『私は休止状態へ移行可能です』

 「じゃあ、アイも」

 そう言って、いつもの場所へ向かう。

 必要だからじゃない。

 俺たちがするから、自分もする。

 それだけだ。

 「おやすみ」

 アイが言う。

 「ああ。おやすみ」

 『おやすみなさい、アイ』

 足音が遠ざかる。

 俺はしばらく地図を見たあと、端末の表示を落とした。

 暗くなった壁から、18.4kmという数字が消える。

 明日から、その距離を縮める準備を始める。

 その先に何があるのかは分からない。

 ただ一つ分かっているのは、もう俺一人の探索じゃないということだった。

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