↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイは、生きている。  作者: LALA
第4章 IS計画
PR
30/47

Ep.29 人間関係は複雑です。

 翌朝、空は薄く曇っていた。

 夜の間に敵が戻ってくることはなかった。ピコの監視記録にも、病院周辺へ接近した自律兵器の反応は残っていない。それでも安全になったと決めつける気にはならなかった。俺たちが戻ってきたことを知られていないだけかもしれないし、別の場所で何かを待っている可能性もある。

 「おじさん」

 「ん?」

 「きょう、みおいる?」

 「知らん」

 「いる?」

 「だから知らん」

 「きのういた」

 「昨日いたから今日も必ずいるとは限らないだろ」

 アイが考える。

 「どこいく?」

 「俺に聞くな」

 「みお、たんさく?」

 「8歳を探索に出す集落だったら俺は榊と話し合う」

 『三枝澪の年齢および集落内での扱いを考慮すると、単独で外部探索へ参加している可能性は極めて低いと推定します』

 「いる?」

 アイがピコを見る。

 『集落内にいる可能性が高いと推定します』

 「いる」

 「お前、俺よりピコを信用し始めてないか?」

 「ピコ、わかった」

 「俺だって分かってるよ」

 『主様は先ほど「知らん」と回答しました』

 「そういう意味じゃない」

 朝から二対一だった。

 簡単に腹へ物を入れてから病院を出る。アイも当然のように食べた。腹が減っているわけではない。ただ、俺が食べているから食べる。それが最近のこいつの習慣になりつつある。

 バイクを走らせ、前回と同じ経路を辿る。

 ただし今回は途中で2度止まった。ピコを飛ばして前方を確認し、古い交差点では新しい機械の移動痕がないかを見る。病院から離れるほど、俺の知っている街から、まだ知らない街へ変わっていく。

 前に一度通っただけの道も、アイにはもう覚えがあるらしい。

 「ここ、きた」

 「ああ」

 「こっち」

 前方を指差す。

 「集落?」

 「そうだ」

 「アイ、おぼえてる」

 「偉い偉い」

 「ぜんぶ?」

 「今日は全部でいい」

 満足そうに前を向いた。

 やがてバイクを前と同じ店舗跡へ隠し、そこから歩く。

 集落へ近づくと、門の上に人影が見えた。

 向こうもこちらに気づいたらしい。

 「止まれ」

 声が飛んでくる。

 俺は立ち止まり、両手を見える位置へ出した。

 しばらくして門の脇から出てきたのは、久世だった。

 「早かったな」

 「昨日の今日で悪いな」

 「別に。何かあったか?」

 「真壁って人に聞きたいことがある」

 久世の目が少し細くなる。

 「宗一郎さんに?」

 「ああ。古い通信記録だ」

 「榊から聞いたのか」

 「戦争中の通信設備に詳しいってな」

 久世は俺の腰を見る。

 「それは?」

 M-68だ。

 「12発のまま」

 「撃ってない?」

 「ああ」

 「分かった」

 短いやり取りだった。

 こいつは必要なことだけ聞く。

 俺としては楽でいい。

 「入っていいか?」

 「待て。榊に確認する」

 久世が門の内側へ戻ろうとする。

 そのときだった。

 「アイ!」

 門の向こうから声がした。

 小さな人影が走ってくる。

 「あ」

 アイの顔が明るくなる。

 「みお!」

 澪だった。

 昨日巻いていた膝の布はまだ残っている。それでも走っている。

 その後ろから、少し遅れて奈緒が姿を現した。

 「澪! 走らない!」

 「走ってない!」

 「今走ってたでしょう!」

 アイが俺を見る。

 「おなじ」

 「何が」

 「アイもいわれる」

 「お前も走るからだ」

 澪は門の内側まで来ると、久世の横から顔を出した。

 「ほんとに来た!」

 「きた」

 「早くない?」

 「はやい?」

 「昨日の今日じゃん」

 「きょう」

 「うん」

 「きのうも、みお」

 「いたよ」

 「きょうも、みお」

 「いるよ」

 アイが嬉しそうに笑った。

 久世が俺を見る。

 「……もう友達なのか」

 「昨日そうなったらしい」

 「早いな」

 「榊にも同じこと言われた」

 奈緒が追いつき、澪の肩を掴んだ。

 「走らないって言ったでしょう」

 「アイ来たから」

 「アイちゃんが来ても傷は早く治りません」

 澪が膝を見る。

 アイも見る。

 「まだ、いたい?」

 「ちょっと」

 「きのうより?」

 「痛くない」

 「なおってる」

 「だから走っていい」

 「それは違います」

 奈緒に即座に否定された。

 久世が小さく息を吐く。

 「榊呼んでくる。ここで待ってろ」

 「ああ」

 久世が離れる。

 澪は門の向こうからアイへ話しかけ続けている。アイも返している。

 俺はその横で、昨日までなら想像もしなかった光景を眺めていた。

 こいつはもう、この場所へ来る理由を自分で持っている。

 俺やピコとは関係のない理由だ。

 それから数分もしないうちに榊が現れた。

 「本当に来たな」

 「その言い方、来ないと思ってただろ」

 「少なくとも翌日とは思わなかった」

 「俺もだよ」

 アイを見る。

 「目的は別にある」

 「真壁か」

 「話が早いな」

 「昨日、名前を出したからな」

 榊の視線が俺の腰の端末へ落ちる。

 「何か見つかった?」

 「少し」

 俺はそれ以上ここでは言わなかった。

 榊も察したらしい。

 「入れ。真壁さんには俺から話す」

 門が開く。

 アイが中へ入った瞬間、澪が隣に並んだ。

 「今日なにする?」

 「まかべ」

 「真壁じいちゃん?」

 「しってる?」

 「知ってるよ」

 「どんなひと?」

 澪が少し考える。

 「怒ってる」

 「おこってる?」

 「いつも」

 「なんで?」

 「知らない」

 榊が前を歩きながら言った。

 「怒ってるわけじゃない」

 「でも顔こわいよ」

 「そういう顔なんだ」

 「声もこわい」

 「そういう声なんだ」

 「この前、工具さわったら怒られた」

 「それはお前が悪い」

 「じゃあ怒ってるじゃん」

 「そのときは怒ってた」

 俺は少し笑った。

 「会う前から面倒そうだな」

 「腕は確かだ」

 榊が答える。

 「ここの通信機器も、動いてるものの半分は真壁さんが直した」

 「残り半分は?」

 「直せなかった」

 「正直だな」

 「本人が一番そう言う」

 集落の中を歩く。

 昨日より周囲を見る余裕があった。

 建物同士の隙間には雨水を集めるための板や布が張られ、何本もの管が容器へ伸びている。古い井戸の周囲には簡単な屋根が作られ、横には濾過用らしい容器が積まれていた。発電機らしき音は聞こえない。必要な場所だけ小型電源を使っているのだろう。

 豪華なものは何もない。

 それでも26人が3年以上ここで生きている。

 病院とは違う。

 俺たちは残ったものを使っている。

 こいつらは残ったものを組み合わせて、生活そのものを作っていた。

 「ユウ」

 榊が呼ぶ。

 「真壁さんと話すなら、俺も最初は同席する」

 「構わない」

 「久世も呼ぶか?」

 「いや」

 俺は即答した。

 榊がこちらを見る。

 「人数は少ない方がいい」

 「分かった」

 昨日、あれだけ人が増えただけでもアイは戸惑っていた。それに、これから見せるものが何なのか俺にも分からない。

 まずは真壁。

 榊。

 俺。

 ピコ。

 それで十分だ。

 「アイ」

 呼ぶ。

 澪と話していたアイが振り返る。

 「俺はこれから真壁さんと話す」

 「アイも?」

 「どうする」

 アイは俺を見る。

 それから澪を見る。

 また俺を見る。

 「みおといる」

 少し驚いた。

 昨日なら、俺の袖を掴んでついてきたかもしれない。

 「いいのか?」

 「うん」

 「俺、少し離れるぞ」

 「みえる?」

 俺は榊を見る。

 「真壁さんのところ、あの建物だ」

 少し離れた平屋を指す。

 入口はここからでも見える。

 「見えるな」

 俺が答えると、アイも確認する。

 「おじさん、そこ?」

 「ああ」

 「じゃあ、みおといる」

 澪が嬉しそうにする。

 「行こ」

 「はしる?」

 「走らない」

 後ろから奈緒の声が飛んできた。

 「走りません!」

 「……あるく」

 「あるく」

 二人が並んで離れていく。

 俺はその背中を見送った。

 「昨日より離れたな」

 榊が言う。

 「ああ」

 「いいことじゃないか」

 「たぶんな」

 『アイの行動範囲拡大を確認』

 「お前まで親みたいなこと言うな」

 『事実を述べています』

 「行くぞ」

 榊が歩き出した。

 真壁のいる建物は、集落の中央から少し外れた場所にあった。

 元は小さな倉庫だったらしい。入口脇には古いケーブル、アンテナ部品、基板、金属箱が種類ごとに積まれている。ゴミの山に見えるが、よく見ると雑ではない。使えるものと使えないものが分けられている。

 俺は足を止めた。

 「……細かいな」

 『分類規則を確認。部品種別および規格ごとに整理されていると推定します』

 「やっぱりか」

 中から金属音がした。

 榊が扉を叩く。

 「真壁さん」

 返事はない。

 もう一度。

 「真壁さん。昨日話した人が来た」

 奥で何かが落ちる音。

 それから。

 「聞こえとる」

 低い声だった。

 榊が俺を見る。

 澪の評価は、完全な間違いでもなさそうだ。

 「入るぞ」

 「勝手にしろ」

 中へ入る。

 最初に感じたのは油の匂いだった。

 狭い。

 壁際には通信機器らしきものが積まれ、机の上には分解された端末と工具が並んでいる。古い液晶、無線機、基板、電源装置。どれも新品ではない。複数の時代の部品を無理やり繋ぎ合わせている。

 その奥に男がいた。

 白髪混じりの短い髪。

 痩せた身体。

 年齢は60を越えているだろう。

 椅子に座ったまま、小さな基板へ工具を当てている。

 俺たちを見ない。

 「真壁さん。こっちがユウ」

 「見りゃ分かる」

 「初対面だぞ」

 「昨日から知らん男の話を何度聞かされたと思っとる」

 ようやく顔を上げた。

 目つきは鋭い。

 俺を見る。

 次にピコを見る。

 そこで視線が止まった。

 「……そいつは?」

 『ピコです』

 「名前は聞いとらん」

 『では質問の再定義を推奨します』

 真壁の眉間に皺が寄った。

 俺は少しだけ笑いそうになる。

 「昔の軍用機だ。今は俺と一緒にいる」

 「型式は?」

 『正確には――』

 「ピコ」

 『発言を中止します』

 真壁は数秒、ピコを見ていた。

 「ずいぶん継ぎ接ぎだな」

 俺の表情がわずかに止まった。

 外から見ただけで分かるのか。

 「分かるのか?」

 「外装の留め具が3種類ある。右腕の関節だけ加工跡が新しい。ローター基部も左右で違う」

 ピコが少し浮き上がる。

 『観察能力を高く評価します』

 「機械に褒められても嬉しくない」

 『了解しました』

 真壁はまた俺を見る。

 「古い記録を見せたいんだろ。榊がそう言っとった」

 「話が早くて助かる」

 「雑談しに来たなら帰れ」

 「澪の言った通りだな」

 「何を言った」

 「いつも怒ってる」

 「怒っとらん」

 声が怒っている。

 榊が小さく咳払いした。

 俺は腰から端末を取り出した。

 「検問所で拾った」

 真壁の手が止まった。

 「どこの」

 「ここから病院方向へ戻った戦時検問所。病院からだと10~12kmくらい」

 「見せろ」

 さっきまで帰れと言っていた男とは思えない。

 端末を机へ置く。

 ピコが復元済みのデータを表示する。

 《自律兵器識別系統更新》

 《特別識別対象》

 《生体認証情報》

 《――IS――》

 《識別系統:第7種》

 《参照権限:制限》

 《転送先:――技術――》

 《照合対象:IS-0――》

 《中央承認――不要》

 真壁は何も言わなかった。

 目だけが動いている。

 俺は続けて、病院の外で停止していた四脚兵器から抜いた記録を表示した。

 《対象識別:IS-003》

 《対象分類:特別生体識別対象》

 《優先命令:最優先破壊》

 真壁の指が止まった。

 完全に。

 「……どこで拾った」

 さっきと同じ質問だった。

 でも声が違った。

 「最初のは検問所。下は自律兵器だ」

 「どんな機体だ」

 「四脚。大型犬くらい。黒い装甲。中央に光学センサー。小型銃架付き」

 「動いとったのか」

 「ああ」

 「いつ」

 「数日前」

 真壁がゆっくり顔を上げる。

 「数日前?」

 「そうだ」

 真壁は黙った。

 榊も口を挟まない。

 俺は男の反応を見ていた。

 知っている。

 少なくとも、何かに引っかかっている。

 「IS」

 俺は言った。

 「心当たりがあるんだな」

 真壁はすぐには答えなかった。

 視線を端末へ戻す。

 「……その文字を、どこまで調べた」

 「ほとんど何も分かってない」

 「軍にいたんだろ」

 「技術系だ。通信も扱った。でもこれは知らない」

 「階級は」

 「それ、必要か?」

 「お前がどの程度の情報に触れられたか知りたい」

 なるほど。

 「現場の技術支援だ。上の機密を見る立場じゃない」

 「なら知らんのも当然か」

 「真壁さんは知ってる?」

 榊が聞く。

 真壁は椅子へ深く座り直した。

 「知っとる、とは言えん」

 「じゃあ何を」

 俺が聞く。

 「見たことがある」

 「ISを?」

 「ああ」

 俺は黙る。

 真壁は机の端を指で2度叩いた。

 「戦争の終わり頃だ。通信設備なんぞ、直しても直しても次の日には潰された。中継局、地下線、基地局、衛星回線。軍も民間も関係なかった。使えるものを全部繋いどった」

 「どこで?」

 「東京だけじゃない。日本中どこかしこ。俺は軍人じゃない。民間の通信屋だ。だが最後の方はそんな区別もなくなっとった」

 分かる。

 俺にも覚えがある。

 軍人も民間人も足りなかった。

 設備を直せる奴がいるなら、所属なんて後回しだった。

 「あるとき、軍の中継設備を復旧していた。そこで変な通信が流れた」

 「変な?」

 「普通の部隊識別じゃなかった」

 真壁が端末を見る。

 「IS-001」

 俺は息を止めた。

 榊の表情も変わる。

 ピコだけが動かない。

 真壁は続けた。

 「その後にIS-002。しばらくして、IS-003」

 3つ。

 俺は端末を見る。

 そこには《IS-003》が表示されている。

 「全部同じ系統?」

 「知らん」

 「見たのは文字だけ?」

 「文字と通信識別番号。それだけだ」

 「内容は」

 「暗号化されとった。俺たち民間には開けん」

 「軍側は?」

 「知るか。聞ける雰囲気じゃなかった」

 真壁の口調は乱暴だが、記憶を誇張している様子はない。

 分からないことは分からないと言っている。

 それが逆に信用できた。

 「ただな」

 真壁が言う。

 「おかしかった」

 「何が」

 「扱いだ」

 真壁は端末を指す。

 「普通、機密情報なら階層がある。どこから来た。誰が受ける。誰が認証する。誰が閲覧できる。全部痕跡が残る」

 「それがなかった?」

 「俺が見た範囲ではな。ISの通信は途中から入ってきて、途中で消えた。経路を追おうとしても、権限で弾かれる。設備を直す側からしたら最悪だ。何がどこを通っとるのか分からん」

 ピコが端末のデータを確認する。

 『今回回収した記録にも、類似する特徴があります』

 真壁がピコを見る。

 『参照権限が制限されている一方、識別処理そのものは中央承認を必要としない可能性があります』

 「それだ」

 真壁が低く言った。

 「その妙な独立性は覚えとる」

 「何のためのシステムだ?」

 「だから知らんと言っとる」

 「推測は」

 「したくない」

 即答だった。

 俺は少しだけ真壁を見る目を変えた。

 「意外だな」

 「何が」

 「もっと色々言うタイプかと思った」

 「分からんものを知ったふうに喋る奴が一番嫌いなんだ」

 「気が合いそうだ」

 「俺は嫌だ」

 榊が小さく笑った。

 真壁が睨む。

 「何がおかしい」

 「別に」

 「もう1つ聞きたい」

 俺は話を戻した。

 「ISって何だ」

 真壁の表情から、わずかに力が抜けた。

 「それも知らん」

 「本当に?」

 「本当だ」

 「人か。機械か。部隊か。それすら?」

 「確証はない」

 そこで一度言葉を切った。

 「ただ、噂なら聞いた」

 部屋の空気が変わった。

 「どんな」

 真壁はしばらく黙っていた。

 昔の記憶から、どこまでが事実でどこからが噂だったのかを選別しているように見えた。

 「戦争の終盤、変な話が兵隊の間で流れとった」

 「何の話だ」

 「人間の姿をした兵器がいる、とな」

 俺は何も言わなかった。

 ピコのローター音だけが小さく響く。

 「それがIS?」

 榊が聞く。

 「分からん」

 真壁はすぐに否定する。

 「結びつけたのは俺だ。ISの識別を見た時期と、その噂を聞いた時期が近かった。それだけだ」

 「どんな兵器だって?」

 「話す奴によって違った。人間と見分けがつかん。普通の兵士より速い。機械を止める。逆に機械を動かす。撃たれても死なん。子供みたいなのを見たって奴までいた」

 最後の言葉で、俺の指が止まった。

 真壁が気づく。

 「どうした」

 「いや」

 「何か知っとるのか」

 「続けてくれ」

 真壁は俺を見たままだった。

 俺も視線を逸らさない。

 やがて真壁が続ける。

 「ほとんど与太話だ。戦場じゃ妙な噂なんぞいくらでも生まれる。疲れた兵隊が見間違えたのかもしれん。別々の新兵器の話が混ざっただけかもしれん」

 「でも覚えてた」

 「ああ」

 「理由は?」

 真壁の視線が端末へ落ちる。

 「1度だけ、通信記録の断片で見たからだ」

 「何を」

 「《生体》という文字を」

 背中に冷たいものが走った。

 検問所の記録。

 《生体認証情報》

 四脚兵器。

 《特別生体識別対象》

 そしてIS-003。

 「それだけ?」

 「ああ。それ以上は消された」

 「消された?」

 「次の日、同じ記録へアクセスしようとした。なかった」

 「破損じゃなく?」

 「違う」

 真壁の声が低くなる。

 「通信障害で飛んだデータなら痕跡が残る。あれは違った。誰かが消した」

 榊が腕を組む。

 「軍が?」

 「知らん」

 「またそれか」

 「知らんものは知らん」

 真壁は苛立ったように言った。

 だが俺には、それで十分だった。

 IS-001。

 IS-002。

 IS-003。

 生体。

 人間の姿をした兵器。

 断片ばかりだ。

 答えにはなっていない。

 それでも、昨日までよりは確実に近づいている。

 『主様』

 ピコが俺を見る。

 『IS-001およびIS-002について、私の保持記録に該当情報はありません』

 「お前にもないか」

 『はい』

 真壁が眉を上げる。

 「軍用なのに?」

 『私がアクセス可能であった記録は、任務上必要な範囲に限定されています』

 「普通はそうだ」

 真壁が言う。

 「軍用機だから軍の全部を知っとるわけじゃない」

 「俺と同じだな」

 『主様より記憶容量は大きいです』

 「そういう意味じゃねえよ」

 真壁が初めて、ほんの少し口元を緩めた。

 笑ったのかもしれない。

 すぐに消えたが。

 「もう1つ」

 真壁が言った。

 「これは噂じゃない」

 俺は顔を上げる。

 「何だ」

 「その通信が流れていた経路だ」

 真壁は机の上に積まれた古い端末を1台引き寄せた。電源ケーブルを繋ぎ、何度か叩く。

 「叩いて直すのか?」

 「黙れ」

 「技術者として気になった」

 「接触が悪いだけだ」

 「直せよ」

 「部品がない」

 「なるほど」

 画面が点いた。

 古い地図が表示される。

 今の地形とはかなり違う。

 まだ道路が道路として繋がっている。

 建物も多い。

 5年以上前の地図だ。

 真壁が画面を操作する。

 「ISの通信を見たとき、全部じゃないが経路の一部だけ記録した」

 「なんで?」

 「障害調査だ。どの中継設備を通っているか分からん通信が混ざると、復旧作業の邪魔になる」

 「場所は残ってる?」

 「1つだけな」

 地図上の一点が拡大される。

 俺は身を乗り出した。

 「ここは?」

 「戦争中は技術施設として扱われとった」

 「軍の?」

 「少なくとも軍回線を使っとった。表向きの所属までは知らん」

 ピコが位置情報を読み取る。

 『現在地からの直線距離を算出します』

 「待て」

 俺は地図を見る。

 見覚えのない地域だ。

 今までの探索範囲より外。

 病院を中心に考えても、かなり遠い。

 『病院から推定18.4km』

 「遠いな」

 『道路状況を考慮した実移動距離は増加します』

 真壁がこちらを見る。

 「行く気か?」

 「まだ決めてない」

 「その顔で?」

 「どんな顔だよ」

 「行く奴の顔だ」

 「昨日会ったばかりの人間の顔を判断するな」

 真壁は古い地図を見た。

 「やめとけとは言わん。俺も今そこがどうなっとるか知らん」

 「最後に確認されたのは?」

 「戦争末期だ。それ以降は知らん」

 5年以上。

 長すぎる。

 施設そのものが残っている保証すらない。

 それでも、初めて具体的な場所が出た。

 「位置情報、もらえるか」

 「好きにしろ」

 ピコがデータを受け取る。

 『記録しました』

 そのとき、外から声がした。

 「ユウー!」

 澪だ。

 続けて。

 「おじさーん!」

 アイ。

 俺は目を閉じた。

 「……どっちで呼ばれても俺だな」

 真壁がこちらを見る。

 「おじさん?」

 「気にするな」

 『主様は呼称に不満を抱いています』

 「ピコ」

 『黙ります』

 外へ出る。

 澪とアイが建物の前にいた。

 走ってきたらしい。

 奈緒はいない。

 俺は澪の膝を見る。

 「お前、走っただろ」

 「走ってない」

 「息切れてるぞ」

 「早歩き」

 「アイ」

 「はしった」

 澪がアイを見る。

 「言わないでよ!」

 「なんで?」

 「こういうときは言わないの!」

 「なんで?」

 「友達だから!」

 アイが固まる。

 俺は嫌な予感がした。

 「おじさん」

 「駄目だ」

 「まだきいてない」

 「どうせ『ともだちはうそつく?』とかだろ」

 「……ちがう」

 「何だ」

 「ともだちは、ないしょする?」

 惜しかった。

 「場合による」

 「ばあい?」

 また増えた。

 澪が俺の横から建物の中を覗く。

 「真壁じいちゃん怒ってた?」

 「怒ってないらしいぞ」

 「うそ」

 奥から声が飛んでくる。

 「聞こえとるぞ、澪!」

 澪が俺の後ろへ隠れた。

 「怒ってる」

 「今のはお前が悪い」

 「ほら、ユウもそう言ってる」

 榊まで出てくる。

 その後ろから真壁も姿を見せた。

 澪は俺を盾にしたまま顔だけ出す。

 アイは真壁を見上げた。

 「まかべ?」

 真壁の視線がアイへ向いた。

 俺の身体がわずかに固まった。

 さっきまでの話が頭をよぎる。

 人間の姿をした兵器。

 子供みたいなのを見た。

 生体。

 IS-003。

 真壁はアイを見る。

 水色の髪。

 小さな身体。

 斜めに掛けた布の鞄。

 その視線が長い。

 「……その子は?」

 榊が答えようとした。

 俺が先に言う。

 「アイだ」

 真壁が俺を見る。

 「お前の娘か」

 「違う」

 「じゃあ何だ」

 「一緒に暮らしてる」

 「説明になっとらん」

 「俺もそう思う」

 アイが真壁を見る。

 「まかべ」

 「なんだ」

 「おこってる?」

 「怒っとらん」

 「みお、いつもおこってるって」

 澪が俺の後ろで固まった。

 「アイ!」

 「なんで?」

 「それ言わないやつ!」

 「ないしょ?」

 「そう!」

 「ともだちだから?」

 「そう!」

 「わかった」

 「もう遅い!」

 真壁が額を押さえた。

 「……うるさいのが増えたな」

 「アイ、うるさい?」

 「質問が多い」

 「なんで?」

 「それだ」

 俺は思わず吹き出した。

 真壁が俺を睨む。

 「笑うな」

 「悪い」

 アイはまだ真壁を見ている。

 そして、俺の腰の端末を指差した。

 「まかべ、わかった?」

 空気が少し変わった。

 俺はアイを見る。

 「何が?」

 「アイのこと」

 真壁の目が細くなる。

 「……お前のこと?」

 アイは頷いた。

 「アイ、人間かわからない」

 俺の顔から笑いが消えた。

 榊も黙る。

 澪だけが意味を理解できず、アイを見ている。

 真壁の視線が俺へ移った。

 「ユウ」

 低い声だった。

 「さっきの話と、この子は関係あるのか」

 答えるまでに、少し時間がかかった。

 ここで全部話す必要はない。

 むしろ、話すべきじゃない。

 この集落には26人いる。

 アイを狙う機械が存在する。

 榊が昨日言った言葉も覚えている。

 俺たちの事情が集落を危険に晒すなら、話せ。

 だからこそ、隠す場所を間違えちゃいけない。

 「関係があるかもしれない」

 俺は答えた。

 「まだ、それ以上は言えない」

 真壁は俺を見た。

 怒鳴らなかった。

 問い詰めもしなかった。

 代わりに、端末へ一度視線を落とす。

 それからアイを見る。

 「そうか」

 それだけだった。

 だが、榊は違った。

 「ユウ」

 「分かってる」

 俺は榊を見る。

 「集落を危険に巻き込む可能性が分かったら、先に言う。昨日の約束は守る」

 榊はしばらく俺を見てから頷いた。

 「ならいい」

 澪が俺たちを順番に見る。

 「何の話?」

 「大人の話」

 「それずるい」

 「便利な言葉なんだよ」

 「アイもわかってない」

 「アイも子供だからな」

 アイが自分を指差す。

 「アイ、こども?」

 「見た目はな」

 「みおも?」

 「子供」

 「じゃあ、おなじ」

 澪が笑う。

 「同じだよ」

 アイも笑った。

 俺は、その二人を見た。

 真壁も見ていた。

 けれど、何も言わなかった。

 今はそれでいい。

 ISが何なのか。

 アイが何なのか。

 その答えを出すには、まだ断片が足りない。

 ただ、次に向かう場所は見つかった。

 病院から18.4km。

 戦争末期、正体不明のIS通信が通っていた旧技術施設。

 俺たちがこれまで歩いてきた範囲の、さらに外側。

 そこへ行けば何かが分かる。

 そう考えていたときだった。

 「そういや兄ちゃん」

 背後から声がした。

 振り返る。

 工具を腰からぶら下げた少年が立っていた。

 倉田蓮。

 片手には、どこかから回収してきたらしい細長い金属部品を抱えている。

 「今度は兄ちゃんか」

 「おっさんの方がよかった?」

 「兄ちゃんでいい」

 「じゃあおっさん」

 「なんでだよ」

 蓮が笑った。

 そのまま俺の端末に表示された古い地図へ目を向ける。

 「そこ行くの?」

 俺は眉を寄せた。

 「見て分かるのか?」

 「その辺なら行ったことある」

 真壁が蓮を見る。

 「どこまでだ」

 「中までは行ってないよ。もっと手前」

 「何があった」

 俺が聞く。

 蓮は抱えていた金属部品を地面へ置いた。

 「道路が途中で死んでる。車じゃそのまま行けない。東側は崩落。南から回れば行けると思うけど、あっちは機械の跡が多かった」

 「いつの話だ」

 「3か月くらい前」

 真壁の5年前の情報より、遥かに新しい。

 俺は蓮へ向き直った。

 「他には?」

 「他?」

 「何でもいい。建物、軍用品、動いてる機械」

 蓮は少し考えた。

 「ああ」

 何かを思い出したらしい。

 「変なのあった」

 「変なの?」

 「人が履くやつ」

 「靴?」

 「違う。もっとでかい」

 蓮は自分の腰から脚へ手を動かした。

 「ここから下につける、骨みたいな機械。軍のマークが残ってた」

 俺は黙った。

 ピコが反応する。

 『形状について追加情報を要求します』

 「急に食いついたな」

 「蓮」

 俺も聞く。

 「どんな形だった」

 「だから、脚みたいなやつ。腰のところがあって、左右に細い金属の棒が伸びてて、膝にも何か付いてた。片方壊れてたけど」

 旧軍の脚部補助装備。

 可能性がある。

 「動くか?」

 「知らない。触ってない」

 「珍しいな」

 「俺だって何でも触るわけじゃない」

 「昨日俺のバイク覗いてただろ」

 「あれは見るだけ」

 「澪と同じこと言ってるぞ」

 「一緒にすんなよ」

 「なんで!」

 澪が抗議した。

 蓮が嫌そうな顔をする。

 「いたのかよ」

 「ずっといた!」

 「小さいから見えなかった」

 「蓮きらい!」

 「はいはい」

 アイが澪を見る。

 「きらい?」

 「今だけ!」

 「あとで、ともだち?」

 「蓮とは友達じゃない!」

 「昨日まで一緒に飯食ってただろ」

 「それは関係ない!」

 「分からん」

 アイも首を傾げる。

 俺も少し分からない。

 『人間関係は複雑です』

 「お前がまとめるなややこしい」

 俺は蓮へ視線を戻した。

 「その装備、場所を覚えてるか」

 「だいたい」

 「地図で示せる?」

 「できる」

 蓮が真壁の古い地図へ近づく。

 指が一点を示す。

 目的の旧技術施設より手前。

 少し西へ外れた位置だった。

 「この辺」

 ピコが位置を記録する。

 『病院から推定14.9km』

 俺は地図を見る。

 14.9km地点に旧軍装備。

 18.4km地点にIS通信の手掛かり。

 同じ方向だ。

 偶然にしては都合がいい。

 もっとも、5年前の戦場なんて、どこを掘っても軍用品くらい出てくる。

 「案内できるか?」

 俺が聞くと、蓮が俺を見る。

 「俺も行くの?」

 「場所を知ってるのはお前だろ」

 「行けるけど」

 「けど?」

 蓮は榊を見る。

 榊は腕を組んだ。

 「勝手には決めるな」

 「分かってるよ」

 「その辺は最近行ってない。久世とも話す」

 「じゃあ決まりじゃない?」

 アイが聞く。

 「まだだ」

 俺が答える。

 「また、きめるひといっぱい」

 「そういうことだ」

 アイは何か納得したように頷いた。

 俺は地図を見る。

 行くなら準備が必要だ。

 食料。

 水。

 燃料。

 弾薬。

 経路。

 敵の位置。

 そして、帰るための余力。

 片道18.4kmという数字だけを見れば大した距離じゃない。道路が生きている世界なら、バイクであっという間だ。

 今は違う。

 1km進むために何度も迂回することがある。

 崩落した道路を越え、機械を避け、戻る道まで残さなければならない。

 これは散歩じゃない。

 今までより一段外へ出る探索になる。

 それでも。

 俺は端末に残った《IS-003》の文字を見る。

 ここまで来て、止まる理由はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。