Ep.15 俺を信じろ。
銃声が、静まり返っていた病院の裏手に鋭く響いた。
M-68の反動が手首から腕へ抜ける。右腕の傷が一瞬だけ熱を持ったが、構っている余裕はない。
弾丸は偵察機の胴体を掠めた。
乾いた金属音と同時に火花が散り、灰色の機体が大きく傾く。それでも墜ちない。左右のローターが唸りを上げ、姿勢を立て直そうとする。
「アイ! こっち来い!」
呼ぶより先に走った。
俺とアイの間は十メートルもない。けれど今は、その距離がやけに遠く感じる。
アイは言われた通り、その場にしゃがみ込んでいた。
頭上では偵察機がふらつきながら旋回している。
『――IS-003』
ノイズ混じりの声が、もう一度響いた。
『――対象確認』
「うるせえよ!」
2発目。
今度は外さなかった。
弾丸が機体下部へ食い込み、薄い装甲板が弾け飛ぶ。片側のローターが止まり、偵察機は一瞬だけ空中に留まったあと、制御を失って道路へ落下した。
ガシャン、と派手な音を立てて転がる。
3発。
残った弾の数が、頭の片隅で勝手に更新された。
俺はアイのところまで駆け寄ると、その細い腕を掴んだ。
「立てるか」
「うん」
「走るぞ」
「でも、あれ――」
「後だ!」
引っ張るようにして走り出す。
『主様』
ピコが俺たちの頭上を追ってくる。
『先ほどの機体から送信された信号について報告があります』
「悪い報告か?」
『良い報告をご希望ですか』
「今は死ぬほど欲しいね!」
『では推奨しません』
「だろうな!」
病院の角を曲がる。
正面玄関まで、あと少し。
アイの足音がすぐ横から聞こえる。歩幅の違いのせいで俺が普通に走れば置いていく。速度を落としながら、それでも可能な限り急いだ。
その途中で。
ピコが、突然止まった。
『――電波を検出』
俺も足を止めかける。
「さっきのやつか?」
『いいえ』
声の調子は変わらない。
なのに、その一言だけで嫌な予感がした。
『複数です』
背後から、音がした。
カン。
金属を硬い地面へ打ちつけたような音。
続いて、少し離れた場所から。
カン。
さらに別の方向から。
カン。
「……嘘だろ」
振り返る。
さっきまで何もいなかった道路。
崩れた建物と放置車両が並ぶ、その向こう。
瓦礫の隙間から、黒いものが現れた。
最初に見えたのは脚だった。
細い金属製の脚が一本、砕けたコンクリートへ突き立つ。
次に、黒い装甲に覆われた胴体。
その中央で、赤い光が灯る。
大型犬ほどの大きさ。
見間違えるはずがない。
ガソリンスタンドで俺を撃ったものと、ほとんど同じ形をしていた。
「……やっぱりお前らか」
そいつはすぐには襲ってこなかった。
赤いセンサーが俺へ向く。
一秒。
二秒。
それだけ。
次にピコへ向いた。
そして――アイへ。
赤い光が止まった。
『――IS-003』
四脚兵器の脚が沈む。
「走れ!」
地面を蹴った。
直後、背後で銃声。
俺はアイの頭を押さえながら身体ごと横へ飛ぶ。
弾丸が横を抜け、病院の外壁を抉った。
コンクリート片が頬に当たる。
「おじさん!」
「平気だ!」
起き上がりながらM-68を向ける。
撃つな。
まだだ。
3発しかない。
こいつ一機なら、急所を狙えばどうにかなるかもしれない。
けれど。
『主様。西側にも反応』
ピコが告げる。
視線だけを動かす。
横倒しになった救急車の向こう。
黒い脚が見えた。
一機。
そのさらに奥。
崩れた塀の上を、赤い光が横切った。
二機。
いや。
『南東方向からも接近しています』
「……何機いる」
『現在確認できる範囲では四機』
「最悪だな」
『訂正します』
「なんだよ」
『五機です』
「訂正しなくていい!」
アイが俺の服を掴んだ。
いつもの袖だった。
指先に力が入っている。
「おじさん」
その声が、いつもより小さい。
「アイ、あれ……」
「見るな」
「でも」
「今は走れ」
俺はアイを立たせる。
五機。
残弾3発。
仮に一発で一機仕留められたとしても、足りない。
そもそも一発で止まる保証すらない。
戦う選択肢は最初からなかった。
「ピコ、玄関まで誘導しろ。最短で」
『正面玄関は非推奨です』
「なんで」
『南東から接近する一機が、約四十秒で正面側へ到達します』
舌打ちする。
「他は」
『搬入口』
「開いてたか?」
『昨日、主様が施錠しました』
「俺かよ!」
『はい』
「鍵!」
ポケットを探る。
ある。
「搬入口まで!」
『了解』
俺たちは走った。
病院の壁沿いに北へ回り、裏手の搬入口を目指す。
背後から金属音が追ってくる。
速い。
一定の間隔で鳴る四本脚の音が、徐々に近づいている。
けれど、妙だった。
俺を撃てる機会は何度かあったはずだ。
なのに、二発目が来ない。
「ピコ!」
『はい』
「こいつら、俺を狙ってるか?」
一瞬だけ間が空く。
『現時点では、その可能性は低いと判断します』
やっぱりか。
ガソリンスタンドでもそうだった。
最初に俺を見た。
でも、優先されたのはアイだった。
今回も同じ。
こいつらの目的は――。
「っ……!」
前を走っていたアイが躓いた。
ひび割れた舗装に靴の先を取られ、小さな身体が前へ傾く。
「アイ!」
腕を掴んで引き寄せる。
転倒は免れた。
けれど、その数秒で距離を詰められた。
金属音がすぐ後ろから聞こえる。
振り返る。
黒い四脚兵器が道路へ飛び出してきた。
赤いセンサー。
その光は、俺ではなく。
俺の腕の中にいるアイを捉えていた。
『――IS-003』
側面の銃身が動く。
「くそっ!」
俺はM-68を構えた。
狙う。
赤いセンサー。
引き金へ指をかける。
その瞬間、アイの髪が揺れた。
風じゃない。
淡い水色の髪が、重力を忘れたようにふわりと浮き上がる。
「……アイ?」
胸の奥が冷えた。
あのときと同じだ。
ガソリンスタンド。
壊れた照明。
数字を吐き出した給油機。
地面へ落ちたピコ。
そして、動かなくなった四脚兵器。
アイが敵を見つめている。
その顔から、さっきまでの怯えが消えていた。
「アイがとめる」
小さな手が、俺の服から離れる。
「やめろ」
俺は反射的にその手を掴んだ。
アイが驚いたように俺を見る。
「でも」
「使うな」
「つかう?」
しまった。
まだ、こいつ自身は何をしたのか理解していない。
「いいから! 何もしなくていい!」
「でも、あれ、おじさんを――」
「俺はいい!」
声が強くなった。
アイの肩が小さく跳ねる。
俺は一瞬だけ後悔した。
けれど、言い直している時間はない。
「走るんだ。俺がなんとかする」
「……でも」
「アイ!」
目を見る。
「俺を信じろ」
アイは黙った。
浮き上がっていた髪が、ゆっくりと落ちる。
「……うん」
直後。
『発砲動作を検出』
ピコの声。
俺はアイを抱えるようにして横へ飛んだ。
銃声。
弾丸が地面を抉る。
転がりながらM-68を向ける。
照準。
赤い光。
3発目の銃声。
四脚兵器の頭部が跳ねた。
赤いセンサーが砕け、黒い機体が二、三歩よろめく。
止まらない。
「マジかよ!」
『装甲内部に二次センサーが存在する可能性があります』
「先に言え!」
『今判明しました』
機体がこちらを向き直る。
残弾2発。
最悪の数字が頭をよぎる。
そのとき、ピコが俺たちの前へ出た。
『主様。右へ』
「何?」
『右へ移動してください』
言われるままアイを引っ張る。
次の瞬間、ピコが左へ急加速した。
四脚兵器の銃身が動く。
赤いセンサーを失った機体が、飛び去るピコを追う。
銃声。
弾丸がピコのすぐ下を抜ける。
「ピコ!」
『命中していません』
「そういう問題じゃねえ!」
『では、どういう問題でしょうか』
「後で説明する!」
搬入口が見えた。
錆びた鉄扉。
あと二十メートル。
俺はポケットから鍵を取り出す。
走りながらじゃ無理だ。
「ピコ、時間稼げ!」
『既に実行中です』
背後で銃声。
ピコが急上昇する。
俺とアイは扉へ飛びついた。
鍵穴。
手が震える。
「くそ……!」
鍵が入らない。
「おじさん」
「ちょっと黙ってろ!」
「うしろ」
「今開けて――」
「うしろ、きてる」
背筋が凍る。
振り返る。
建物の角から。
一機。
もう一機。
黒い四脚兵器が姿を現す。
どちらも俺にはほとんど目を向けない。
二つの赤い光が、真っ直ぐアイへ向けられていた。
そこでようやく。
俺の中に残っていた疑いが消えた。
偶然じゃない。
ガソリンスタンドの一機だけがおかしかったわけでもない。
昨夜、病院の周囲を歩き回っていた痕跡。
移動する電波。
さっきの偵察機。
そして今、集まってきている五機の兵器。
全部、一本に繋がっている。
こいつらは。
「……アイを探してやがる」
アイが俺を見る。
俺は鍵を握り直した。
その向こうで、二機の赤い光が同時に強くなる。
『――IS-003』
『――最優先破壊対象』




