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アイは、生きている。  作者: LALA
第2章 灯り
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14/50

Ep.13 情報量が増加していません。

 その日の夜、俺たちは久しぶりに明るい部屋で飯を食った。

 明るい、といっても、天井に残っていた蛍光灯が二本点いているだけだ。そのうち一本は端の方が黒ずんでいて、ときどき思い出したようにちらつく。それでも、ランタンひとつを囲んでいた昨日までとは比べものにならない。

「ピコ、きたない」

『経年による外装の汚損です』

「きたない」

『同一内容を二度報告する必要はありません』

 アイがスプーンを持ったまま、じっとピコを見つめている。

「おじさんより、きたない?」

「そこで俺を比較対象にするな」

 俺は缶詰の豆を口に放り込んだ。

『客観的な衛生状態を比較するのであれば――』

「お前も真面目に考えんな」

『質問に対する回答を準備しただけです』

「いらん」

 アイがくすくす笑う。

「おじさん」

「ん?」

「これ、ずっとついてる?」

 アイが天井を指差した。

「いや。消すぞ」

「なんで?」

「燃料が減るからだ」

 地下の発電機が動いている限り、この灯りは使える。だが当然、無限じゃない。今日持ち込んだ軽油だって、使い続ければいずれ底をつく。

「ひかり、なくなる?」

「燃料がなくなったらな」

 アイは少しだけ考えて、それから天井を見上げた。

「じゃあ、だいじにつかう」

「ああ。そうしてくれ」

『なお、主様が昨夜まで使用していた携帯照明も、バッテリー残量は31%です』

「……そういうのはもっと早く言え」

『本日、充電可能な環境が復旧しましたので問題ありません』

 そう言ってピコは壁際へ飛んでいった。

 延長ケーブルの先には、昼間に俺が確認した古いコンセントがある。電圧は一応安定している。少なくとも今のところは。

 ピコが充電用の端子を接続する。

 その様子をアイが興味深そうに覗き込んだ。

「ピコ、ごはん?」

『充電です』

「ごはん?」

『違います』

「でも、げんきになる?」

『その認識であれば、おおむね正しいです』

「じゃあ、ごはん」

『……訂正を継続する合理性が低下しました』

 またアイが笑った。

 俺も思わず口元を緩めながら、残った豆をかき込んだ。

 灯りがある。

 飯がある。

 くだらない会話をする相手がいる。

 それだけのことだった。

 それだけのことが、ひどく久しぶりな気がした。

 そしてそれから一週間が過ぎた。

 電気が戻ったからといって、俺たちの生活が急に豊かになったわけじゃない。

 むしろ、必要なものは増えた。

 発電機を動かすには軽油がいる。バイクを走らせるにはガソリンがいる。俺が生きていくには水と食料がいるし、傷を作れば薬も必要になる。

 だから、この一週間で俺たちは何度か病院を離れた。

 近場の住宅跡を漁り、潰れた商店の倉庫を調べ、道路を塞ぐ瓦礫を避けながら少しずつ探索範囲を広げた。

 成果は悪くない。

 未開封の保存食がいくつか。ペットボトルの水。消毒液に包帯、まだ使えそうな鎮痛剤。乾電池や工具、それに発電機へ回せる軽油も少量確保できた。

 アイの服も何着か見つけた。

 子供服が残っていた住宅で拾ったものだ。

 最初はどれを持って帰ればいいのか分からないらしく、アイは棚から引っ張り出した服を一枚ずつ俺に見せてきた。

 そのたびに「それはでかい」「それは小さい」「それはたぶん着られる」と答えていたら、最後には自分で肩幅を見比べるようになっていた。

 覚えるのが、本当に早い。

 探索そのものにも慣れてきた。

 割れたガラスには近づかない。崩れかけた床には乗らない。俺が止まれと言えば止まる。知らない機械を見つけても、以前のようにすぐ手を伸ばさず、まず俺かピコを見るようになった。

 教えたことは、ほとんど一度で覚える。

 ピコも、すっかりアイに使われている。

「ピコ、あれとって」

『対象を指定してください』

「あれ」

『「あれ」では特定不能です』

「あっちの、あれ」

『情報量が増加していません』

 そんな会話を何度聞いたか分からない。

 それでも結局、ピコは取ってやる。

 本人、いや、本機は『合理的支援です』と言い張っているが、最近ではアイが何を指しているのか俺より先に分かっていることすらあった。

 3人で出て、3人で戻る。

 拾ってきたものを分け、使えるものを棚に並べ、夜になれば必要な部屋だけ灯りを点ける。

 そんな生活が、少しずつ形になっていった。

 ただ、一つだけ成果が出ていないものがある。

 弾薬だ。

 何度探しても、一発も見つからなかった。

 当然といえば当然だ。食料や日用品と違って、その辺の家や店に転がっているようなものじゃない。

 腰のホルスターからM-68を抜き、弾倉を確認する。

 五発。

 ガソリンスタンドから帰ってきたときと変わっていない。

 この一週間、撃つような状況にならなかったことだけは幸運だった。

 だが、五発しかないという事実も変わらない。

『主様』

「分かってる」

『まだ何も申し上げていません』

「弾の話だろ」

『現在の残弾数を考慮した場合、補給手段の確保を推奨します』

「だから、それを考えてる」

 普通の住宅を何軒回ったところで期待は薄い。

 探すなら、それなりの場所へ行く必要がある。

 警察署。

 旧軍の施設。

 あるいは、戦時中に使われていた検問所や臨時拠点。

 問題は、そういう場所ほど危険だということだ。

「おじさん」

 声に顔を上げる。

 アイがテーブルの向こうから地図を覗き込んでいた。

「こんど、どこいく?」

「まだ決めてない」

「アイもいく」

「……だろうな」

「ピコも」

『同行する予定です』

「3人」

 アイが指を一本ずつ立てた。

「おじさんと、アイと、ピコ」

「俺だけ名前じゃないの、そろそろおかしくないか?」

 アイは少し考えた。

 そして、

「おじさん」

「考えた意味あった?」

『呼称として定着したものと推測します』

「お前は黙ってろ」

 アイが楽しそうに笑う。

 俺はため息をついて、地図へ視線を戻した。

 そのときだった。

『──主様』

 ピコの声色が変わった。

 さっきまでとは違う。

 抑揚の乏しい機械音声なのは同じなのに、長く一緒にいる俺には分かる。

 これは、何かを検知したときの声だ。

「どうした」

 ピコが動きを止める。

『微弱な電波を検出しました』

「電波?」

 俺は顔を上げた。

『はい』

「地下施設からじゃないのか」

『異なります。発電設備の制御信号とは周波数帯が一致しません』

 アイも笑うのをやめて、ピコを見ている。

「どこからだ?」

『解析します』

 短い沈黙。

 ピコの機体内部から、ごく小さな駆動音が聞こえる。

 俺は無意識に、テーブルの上のM-68へ手を伸ばしていた。

 やがてピコが答える。

『発信源の特定は困難です。ただし――』

「ただし?」

『移動しています』

 指が止まった。

「……何が」

『発信源です』

 部屋の蛍光灯が、じ、と小さく鳴った。

 アイが俺を見る。

 俺は窓へ視線を向けた。

 割れたビル。

 錆びた標識。

 道路を覆う雑草。

 いつもと何も変わらない、静かな街。

 何も動いていない。

 少なくとも、ここから見える範囲では。

『現在も断続的に受信しています』

「こっちに来てるのか?」

『現時点では判断できません』

 俺はM-68を手に取った。

 残り五発。

 一週間前から、一本の指すら増えていない。

「……ピコ。監視を続けろ」

『了解しました』

「アイ」

「うん」

「今日は外に出るな」

 アイは何か言おうとして、やめた。

 代わりに、小さく頷く。

「わかった」

 素直な返事だった。

 一週間前なら、理由を聞いていたかもしれない。

 けれど今のアイは、俺がこういう声で言うときには何かあるのだと知っている。

 それも、この一週間で覚えたことの一つだった。

 俺は窓の外を見た。

 何もいない。

 何も聞こえない。

 それでもピコは、確かに何かを拾っている。

 俺たちの知らないところで。

 俺たちの知らない何かが。

 この街を、動いている。

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