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三組の双子は大学で学ぶ

1週間が過ぎ、ガイダンス期間も終了。あとは残りの1週間で色々な講義を見て、履修する講義を決める。

陽花はガイダンスの時に配信された履修登録の仕方、というページを何度も読み返す。

文系学部と違い、医歯薬系学部は単位を上手に取らないと、残りの5年間に響く。卒業に必要な一般教養の単位をここで絶対に取っておかないと。最後の2年は実習や国試の勉強で忙しくなることは必須。気を抜くことなんてできない。

知らないうちに眉間に皺を寄せて、ノートパソコンと睨めっこしていた。


一応、兄からアドバイスはもらったが、やはり面白そうな講義や好きな講義は取ってみたい。さらに人気の先生は抽選になるとのことで、外れたら、また他の講義の履修を考え直さなくてはならない。

高校とは違う膨大な選択肢が書かれた時間割のページが、陽花の目の中でぐるぐるしてきた。

「もう、無理。」

「ちょっと、ひな!」

右隣は穂花。左隣は中学からの友人で大学も同じ薬学部に入学した楠木香澄。そんな香澄が、が苦笑しながら陽花の肩を叩いた。

「とりあえず、語学は決まったし、体育は同じバドミントンにしよう。ほら、なるべく同じものを取っておけば、色々情報共有もできるし。」

香澄に言われて、やっとパソコン画面から目を離す。

「目が疲れたー。ショボショボするー。」

(そりゃ、あんなに近づいてみてるんだもん。)

穂花と香澄は顔を合わせて笑った。


「お待たせー。」

そんな3人の前に、お昼の定食のお盆を持って座ったのが、香澄と同じく中学時代からの友人、霧島華波だった。

「カナって、細いのによく食べるよね。」

華波は穂花と同じ法学部で、すでに2人は取る講義を決め、早くも履修登録を済ませている。

「ヒナ、まだ悩んでいたの?」

2人は中学の時、それぞれが同じクラスになった同級生で、6年間の付き合い。クラスも部活もは違うけれど、一緒に勉強したり、お泊まり女子会をしたり、楽しい6年間を過ごしてきた。高嶺たちとはまた違う、安心感がある。大学が決まった時も、一緒に服や化粧品を買いに行くなど、気の置けない友人たちだ。


香澄は凛とした雰囲気がある、白百合のような美人。華波はほっそりとしていて、周りの誰もが守ってあげたくなるような、可憐な美少女。

そこに陽花と穂花の4人が並んで座っていると、周りの視線がちょっといたい。

「カナが食べ終わったら、午後イチのドイツ語に行こう!」

周囲の視線に耐えきれず、穂花がそう言って立ち上がる。

「えーっ?わたしまだ食べ始めたばかりー。」

「どうせ早食いなんだから、わたしがトイレに行ってる間に食べ終わるでしょ?」

そう言って、穂花はバッグを肩にかけた。


トイレに行こうと席を立った穂花の前に、上級生らしき男子学生が数人前を塞いだ。

「君たち一年生だよね。」

「サークルとか決まってる?」

男子学生が声をかけてきたが、周囲の一部は呆れたような顔で見ている。附属からの学生の多くは、陽花たちのことを知っているモノが多い。もちろん高嶺や黎人のことも知っているので、おいそれと声をかけたりしない。

(バカなやつだなー。)

(怖いモノ知らずだよね。)

と言ったヒソヒソ声が聞こえてくる。

「オレの彼女になんか用ですか?先輩。」

穂花の行手を塞いでいた1人の肩に、黎人が手を置いて声をかけた。黎人の後ろにはいつもの3人も揃っている。

ただでさえ、双子が三組も揃うと圧倒されるのに、上級生と黎人たちでは、顔面偏差値の格差が半端ない。

「あ、君たちも良かったらサークル。」

1人が勇気を出して声にしたが、

「すみません。僕は医学部なので遊ぶ暇はありません。」

と高嶺に返事をされて、すごすごと退散して行った。


「あ、タカピーおひさ!」

華波が生姜焼きを咀嚼しながら片手で挨拶した。

「タカにゃん、わたしたちもう席立つよ。」

香澄に言われて、高嶺は苦いモノでも口にしたような顔になる。

(タカピーにタカにゃんって。)

2人は一番生真面目な高嶺を揶揄うのが面白いらしく、いつも変な呼び方で挨拶をする。前は「たかっち」で、その前は「かねー」だった。

(かね、よりはマシなんじゃない?)と隣の和嶺に言われてため息をついていた。


「穂花はドイツ語なんだ。」

トイレに向かった穂花の背中を見ながら黎人が呟く。

「語学、違うのを選んだの?」

陽花に言われると、

「うん。ドイツ語はだいたい話せるから、変わったところでデンマーク語でもと。」

と黎人が答えた。デンマーク語。それは確かにレアだわ。と、残った女子3人は同じことを思った。

外交官志望の黎人は政治経済学部だけれど、子どもの頃から英語の他に、主要な外国語の勉強をしていたらしい。学部も違うだけに、できるだけ同じ講義を取りたかったのだろう。

「じゃあ、午後イチも別だね。」

と言われて、黎人はしょげていた。

「悪いな、僕たちもドイツ語なんだ。」

和嶺と高嶺の2人は、医学部なので医学書を読むためには、とドイツ語を履修するつもりでいる。

「残念だね。じゃあ、行こうか。」

優人は黎人に付き合うのか、ドイツ語ではないらしい。ガッカリする黎人の腕を引っ張って、違う講義室に行ってしまった。


陽花は戻ってきた穂花に、ドイツ語でいいの?と心の中で尋ねる。穂花は苦笑しながら、大丈夫、と頷いていた。

高嶺はさっき穂花に声をかけていた先輩たちが、他の一年生に声をかける姿が、心のどこかでひっかかっていた。

そして、その先輩たちが勧誘していたサークルというのが、後々ちょっとした事件に発展していく。


陽花も医学部に行きたかった。しかし、医学部は研修や実習で絶対と言ってもいいほど、大きな病院に行かなければならない。大きな病院には、当然事故や自死、終末患者が最期を迎える部屋がある。もしかしたら、事件絡みで命を落とした人もいるかもしれない。

納得のいく最期なら良いが、そうでないと100%と言ってもいいほど、悪い気にさらされてしまう。後悔や怨恨、未練など。そう言ったモノが視える6人の中でも、特に敏感な陽花は気にあてられて卒倒してしまうかもしれない。

ただでさえ、初めての解剖や手術実習で、気分が悪くなる学生がいるというのに。

だから薬学部にした。確かに解剖はあるが、研修医に比べたらまだ耐えられる。実習はドラッグストアの処方箋受付でやれば良い。就職先は実家だ。


一般教養の化学の授業は、理学部生の他はほとんどが医歯薬の学生だ。みんな真面目に講義を聞いている。高校までの化学に専門性を増した感じだ。しかし、一部 勘違いした学生が、講義室の後ろに陣取っていた。おそらく理系女子カッコいい、とか、理系ができる男は賢く見える、と考えて進学してきた学生だろう。その中に、数日前に声をかけてきた先輩の姿があった。


一般教養は、文系学部でも1つは理数のものを、理系学部でも1つは社会学系のものを履修しなければならない。だから文系学部の学生が、化学を履修していても不思議ではない。しかし大学側も、理系と文系では理社科目の基礎能力が違うため、同じ化学でもクラスを分けている。

(としたら、彼は理系なの?)

チラッと後ろを見た高嶺と和嶺が嫌そうな顔で前に向き直る。

(先輩がこの教室にいるってことは、単位を落として再履修ということなのかな?)

陽花は2人と心で会話していた。


シーンと静まり返った講義室には、100人を超える理系学生がいる。理系の学生でも余裕があれば、サークルに入りたい、と思うものはいるだろう。それにしても、後ろにいる先輩と、その周辺の学生の集団は少し異様だった。


講師の中には、騒がしくても気にしない人や、サボっていても気にしない人はいる。特に一般教養の選択科目では、絶対というわけではない。理系でも学部学科によっては化学ではなく、数学や生物、地学、物理を履修している学生もいるので、単位を落としても大丈夫だ。しかし、このクラスの大半が、医歯薬なのでみんな必死だし、講師の先生もそれなりに難しいことを講義で取り上げていた。


講義が始まって半分ほど終わった頃、後ろの浮いた集団の姿が講義室から消えていた。

慣れない90分授業だが、途中で飽きるような学生はこのクラスにはいないはずなのに。

後ろの集団より少し前にいた学生が、徐に手を上げた。

「す、すみ、ません。」

学生は震えた声で、講師に声をかける。

「どうしたのかな?」

講師の先生は、話の腰を折られたと、あまり良い顔をしていない。しかし、その学生は本当に蒼い顔で、

「後ろの学生が、消え、ました。」

とヨロヨロと立ち上がり声を振り絞った。


誰も講義室を出た気配はないが、化学講師はどうせ飽きて集団でサボったのだろう、と適当な相槌を打って、その学生を座らせた。

しかし、その時間中、彼はずっと蒼い顔をしたままだった。

(誰も部屋からは出ていない。)

和嶺が言う。

(たしかに消えた、と思う。)

高嶺が答える。2人の会話を耳にし、陽花の顔はどんどん血の気を失って行った。




















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