三組の双子は会話する
どこまでも真っ白い世界。足の下も頭の上も、何もなくただ白い。陽花と穂花の姉妹は、互いの手をしっかりと握り前後に位置する4人の少年の背中をただ見つめている。
「おや、可愛らしいお客様だ。これは、これは。大人になったら我の花嫁に相応しい。」
真っ白な世界のどこからか、不思議な声が響く。
人の声とも、機械音とも違う。
頭の中に響く声。
「いつか迎えに行くよ。我の花嫁。」
声は徐々に小さくなり、6人の周囲は濃霧が開けるように、景色が鮮明に視えてきた。
春、神田川の辺りはたくさんの桜の花びらが舞う。大学や病院、商店、雑居ビルに予備校。神社仏閣もあるこの周辺は、様々な人が利用する施設があり、歩く人も多種多様だ。地下鉄とJRの車両が交差する様子が見える橋の上は、たくさんの若者が笑顔で行き交う。
駅前の細い道。商業施設が入るビルの前を2人の少女、いや女性が楽しそうに歩く姿に、すれ違う人たちは誰もが振り向いていた。
神代陽花と穂花。今年から近くの大学の、薬学部と法学部に入学した双子の姉妹。陽花は長い髪を耳の下で二つに結び、穂花は後ろでポニーテールにしている。
2人を見分けるのは、この髪型と色違いの服だけ。
高校生までは制服姿だったので、髪型以外で見分けることができるのは、4人の同級生だけだった。
親でも見間違うことがあるほどそっくりな2人は、初めてつけた口紅の色も、ほんの少しだけ変えていた。
同じデザインの服は、陽花が薄い桃色で、穂花が薄い水色。桜の花びらを背に歩く姿は、まるで絵の中から抜け出てきたような光景だった。
これから色々なことを学び、もちろんメイクも覚えれば、きっと見間違えられることも少なくなるかも。などと2人は笑顔の中でお喋りしていた。
300人から400人に1人と言われる、一卵性双生児は遺伝的なものが高いと言われている。実際に2人の祖母も一卵性双生児で、亡くなった曽祖父も、一卵性双生児だった。
そんな祖母に生み育てられた父は、2人のことを珍しく感じることはなく、同じだけ大切にしてくれている。上にいる医学部の兄が一番だとは思うが。
神代家は神田明神の近くで代々続く医者の家系だ。祖父も、父も医師で、それを継ぐ医学部生の兄は、両親にとっても、きっと期待の星に違いない、と2人は常日頃から思っていた。しかも、彼はそれをプレッシャーと思うことなく、堂々とやって退けている。2人にとっても自慢の兄。
医歯薬系の学部の講義は橋の北側、文京区。文系学部は橋の南側の千代田区。理工農学部系は世田谷だが、まだ一年生の2人は一般教養もあるので、一緒に通えることもある。
昨日入学式を済ませたばかりのため、今週いっぱいはまだ新入生のオリエンテーションガイダンスだ。
ずっと一緒だった2人。でもこれから専門教科が増えるほど一緒にいられる時間は少なくなる。それが少しだけ寂しい。
キャンパスと言えるかどうかわからない、タワーのような大学の入り口に着くと、ちょうど中学から一緒の友人たちが待っていた。神月高嶺と和嶺。神先黎人と優人。この2組も双子だ。その中で、黎人と穂花は、高校卒業の時に晴れて恋人同士になったので、陽花と他の3人は、2人を前にし、後ろから着いていくように、大学の中に入った。
「うーっ、緊張するー。やっぱり大学ってでっかいよなー。」
一番後ろを歩いていた和嶺が言う。
「わかる!附属って言っても、高校までは豊島区だったしね。」
「同じ都内でも、なんか雰囲気違うー!さすが大学。」
「建物の大きさも、段違いだよ。」
「特に図書館棟。これに憧れて入学する人かいるくらいだもの。」
何度か見学や受験で来ていたものの、やはりキョロキョロしてしまうのは否めない。それは皆同じなのか、まだ真新しい私服姿の一年生たちの、落ち着かない様子が伝わってくる。
特に、高校から1人で入学しできた学生は、まだ知人もいないためか緊張の度合いが桁外れで、キョロキョロ度もさらに増していた。
そんな中、何人かの学生の後ろや隣に透明度の高いモヤのようなモノが見えたり、ハッキリと見えたりするモノがある。それが視えることが、6人の共通点だった。
「あ、あの人、おばあちゃんかな。孫のこと、すごく心配してるね。」
高嶺が隣を歩く陽花に小声で囁く。
「結構いるな。やっぱり家族や親族はみんな心配なんだよ。」
後ろを歩く4人は小声で話しながら、軽く微笑んでいた。特に、悪いモノだと陽花は怯えてしまうが、守護しているモノたちはいずれも優しさがあり、周囲の空気も良くする。
ごった返している、一階のエレベーター前にも似たような光景が見られる。
6人は穏やかな空気を背に、ガイダンス教室まで階段で上がっていくことにした。
大学の講義の取り方は、大学はもちろん、学部学科によっても違うが、東皇大学は1年次の一般教養だけは、学部学科に関係なく、全員が先に履修するよう決められていた。
さらに入学半年は特殊な例をのぞいてアルバイト禁止。前期は全員がもれなく語学、体育を履修完了するように説明を受ける。
午後は奨学金と寮生活者のガイダンスなので、関係のない6人は、そのまま近くのお店で昼食を摂ることにした。
「お昼どこで食べる?」
「17階のスカイラウンジにしようよ。」
「おれ、外の定食屋行ってみたい!」
「わたし、奨学金の説明あるから、1階のカフェで簡単に済ませる。」
ガイダンス教室から出てきた学生たちは、初めての大学の昼食に胸躍らせていた。
また下へ降りるエレベーターの行列ができていたので、6人は階段で降りることにした。
ガイダンスは5階教室だったので、上がる時よりも降りる時の方が楽だからか、同じように階段を使う学生は他にもいた。
しかし、しばらく経つと、いつのまにか他の学生は姿が見えなくなり、周囲を囲っていた壁と階段の手摺りが無くなっていることに気がつく。
「ッ‥。」
知らず知らずのうちに6人は息を飲み無言になっていた。こんな経験、前にもあった。確か5年前、修学旅行で奈良に行った時だ。
しかしここは大学のキャンパス。しかも都心のど真ん中だ。
「いやいやいや。6人が久しぶりに揃ったと思ったら、こんな街のど真ん中だなんて。でも周りにたくさん神域があるおかげで、降りやすかったよ。」
どこからともなく、嗄れた声が聞こえる。
周囲を見渡すように背中合わせに円を作る4人は、無意識に陽花と穂花を背中に守っていた。
「おー、あの時と同じ。さすが紳士だなー。」
声の主は4人の男子学生を嘲笑うかのように言うが、その間に、真ん中の2人は宙に浮くように持ち上げられていた。
「えっ?浮いて‥?」
「やだっ、怖い!」
2人は互いの体を寄せて、4人の頭の上で座り込んでいる。
「怖くない、怖くない。大事な花嫁たちを傷つけたりしないよう。」
声の主は意地悪そうな笑い声を響かせた。
一瞬、6人は顔を見合わせるように固まった。
(花嫁?)
(今、花嫁って言った?)
(だれの?)
(誰が?)
「だっ、ダメだっ。穂花は、オレのだ!モン?」
黎人は焦って言い間違え、可愛らしい受け答えになり、顔を赤くしたり蒼くしたりしている。
(え?もんだって言いたかったんだよね。)
(たぶん。)
黎人の答えがあまりにも可笑しかったのか、謎の声の主は徐々に姿を現した。
その姿は真っ白い長髪に白装束、そして犬のような耳を持つ、超超イケメン青年だった。
「そっかそっか。1人は君のものか。それでは1人だけで諦めるか。」
彼がそう答えると、
「ダメだ!」
「ふざけるな!」
「ハアッ!?」
黎人以外の3人が同時に答える。
しばらく、目を丸くした青年は
「うーん、神様の花嫁になるのは、女性としては最上の喜びだと思うのだが。」
と顎に手を当てて唸る。
(神様?)
(今、神様って言ったよなー。)
(どこが神様だ?)
(妖怪じゃね?)
心の中で会話する6人の声は、さすが神様にも聞こえているようで、6人を睨んできた。
「まあ、人間から見たら神様も妖怪も似たように視えるかもしれませんねー。」
とため息をついた。
「とりあえず、そちらの1人は神域にお連れしますので、お手を。」
と青年が差し出した手を、陽花は思い切り拳で払った。
「バッ、バカにしないでッ、下さいッ!」
陽花は可愛い顔をこれでもかと怖く視えるように、青年を睨みつけた。
「んー。」
しばらく陽花の前に払われた手を出したまま、神様と名乗った青年?は首を捻っていた。
「わかった。では、こうしよう。君たちがこの世界で言うところの、社会に出て職業というものを持つまでに、これから起こる事件や問題を、全て解決できたら考えなくもない。我は神ゆえ、温厚篤実、時間も無限にあり、心も広く焦ることもないのだ。」
温厚篤実と言いながら、かなり強引で不遜な態度に納得できない6人だったが、とりあえず時間稼ぎの条件を出せたことに安堵する。
「なら、陽花は薬学部だから最低6年は待つってことだよな。」
自称神様を睨みつけながら、高嶺が低い声で言い放った。
「そうだねー。とりあえず、今後のこともあるので、我の名だけは教えてあげよう。」
別に用はないと、6人は思ったが仕方ない。
「我は大神。大神朔夜とでも呼んでくれ。」
そう告げると、徐々に姿は見えなくなる。
気づくと6人は、大学の階段の1階まで降りていた。
学生たちの声が響く中で。




