第5話:不本意な雑用係
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翌日、魔導実習棟のロビーには、多くの生徒が集まっていた。
シリウス様はそこで穏やかに「天使の微笑み」を浮かべながら言った。
「皆、聞いてくれるかな? 僕はエリナ嬢を僕の個人研究室の専属雑用係に指名させてもらったんだ。一応、皆には伝えておこうと思ってね」
それに周囲の貴族生徒たちが、ざわざわとどよめきながら、シリウス様を大絶賛した。
「さすがはシリウス様だ! なんて慈悲深い……!」
「不遇な平民を救うために、わざわざご自分が匿うなんて、まるで聖職者のようだわ!」
そんな周囲の絶賛を浴びながら、私は激しく頭を抱えていた。
(……みんな騙されてるよ! この人の本性は天使とか聖職者の正反対だから!!)
私はそんなことを考えながら、昨日の放課後にあったことを思い出していた。
◇◇◇(回想)
幼虫を人質(虫質)に取られた私に、シリウス様は笑顔でこう言い放った。
「君には今日から、僕の犬になってもらうよ。良いね?」
(……は? 良くないよ〜!? 犬って何、犬って!?)
私はシリウス様の脅迫のようなパートナー契約(拉致監禁に近い)に驚き、完全に固まってしまった。
◇◇◇
しかし周囲の令嬢たちのなかには、面白くないのか、ヒソヒソと嫉妬と敵意を向けてくる者もいた。
「……まあ。シリウス様に取り入るなんて、不相応すぎますわ!?」
「本当ですわ! なんて生意気な平民なの!?」
(……なんで私が睨まれないといけないの〜! り、理不尽すぎる!)
私は令嬢たちの理不尽な言動に、「代われるなら代わってほしい!」と思いながら、遠い目をした。
その時、シリウス様が他の生徒からは見えない絶妙な角度で、私にだけ聞こえる低い声音で囁きかけてきた。
「……随分と顔色が悪いね。僕の補佐をするのがそんなに嫌かい?」
私はその愉悦を孕んだ笑みに、反射的にシリウス様の方を見て驚いた。
(……この状況を、楽しんでいらっしゃる!?)
私はそのまま引きつった笑みを浮かべながら、震える声で返した。
「……まさか、そんな。精一杯励ませていただきます」
ーーそして放課後。
私は学園の最奥にある、特権階級専用の『アスラン公爵家専用研究室』へと向かっていた。
「……今すぐにでも帰りたい……」
そんな私の憂鬱な気持ちも知らずに、胸ポケットの幼虫は、昨日のシリウス様の「冥雷」を気に入ったのか、心なしか嬉しそうに蠢いている。
そして私は研究室の前に立ち、意を決して重厚なドアをノックした。
怪しげな魔導具やクリスタルが並ぶ、静謐な部屋へ一歩足を踏み入れる。
研究室のドアが完全に閉まった瞬間、シリウス様は瞬時に「天使の仮面」を脱ぎ捨てた。
「遅い。平民のくせに僕を待たせるなんて、いい度胸だな」
シリウス様は豪奢なソファに深く腰掛けたまま、本来の酷薄で妖艶な笑みを浮かべていた。
「さあ、君のアニマを出して」
私はシリウス様に催促され、おそるおそるアニマを差し出す。
そしてシリウス様が以前と同じように、指先から暗紫色の魔力を出し、幼虫に吸わせる実験(餌付け)を始める。
「今日もたっぷり吸わせて、その哀れな身体が破裂するかどうか観察してあげるよ」
「……え!? 破裂するんですか!?」
私はシリウス様の物騒な言葉に、一瞬で背筋が凍えた。
そんな私の怯えた様子を、シリウス様は「さあね?」と言いながら心底楽しそうに笑う。
そのままじわじわと近づいてきて、至近距離で見つめてきた。
(……ち、近い!!)
あまりの距離の近さに、私は少しドキドキしてしまった。
夕闇が室内に滑り込むなか、シリウス様は私の逃げ場を完全に塞ぐようにして、低く艶のある声で宣告した。
「……明日から放課後は毎日、僕の個人研究室に来ること。もし一日でも逃げたら、君のその大切な虫をどうするか……分かっているよね?」
私はその脅迫めいた言葉に、恐怖で声を詰まらせながらも、なんとか頷き返すことしかできなかった。
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