エピローグ 悪女と呼ぶ者はもういない
むかしむかし、あるところに、悪女と呼ばれて追放された公爵令嬢がおりました。
彼女は、自分のしたことを悔いました。
たくさん悔いて、たくさん学びました。
赦されなくてもいい。
忘れられなくてもいい。
それでも、誰かの役に立ちたい。
そう願って、針を持ち、糸を結び、寒く貧しい土地で、少しずつ人の暮らしに寄り添う術を覚えていきました。
やがてその令嬢は、雪深い辺境で、一人の傷ある辺境伯と出会いました。
金色の髪に、氷のような青い目。
大きくて、無骨で、けれど誰よりもまっすぐな人でした。
令嬢は最初、その人を恐ろしい方だと思いました。
辺境伯は最初、その令嬢を厄介な人だと思っておりました。
けれど、怒って、笑って、叱って、助けて、助けられて。
そうして少しずつ、二人は互いを知っていきました。
やがて辺境伯は、令嬢に申しました。
――君を妻にしたい。
――君と一緒に、あの地へ帰りたい。
そして令嬢もまた、気づいたのでございます。
自分が帰りたいと思う場所が、もうあの辺境の屋敷になっていることに。
そうして二人は結ばれました。
修道院の小さな教会で挙げられた結婚式は、それはそれは美しいものでした。
花嫁は、月の光を縫い留めたような白いレースを纏い、
花婿は、誇らしげで、それでいて少しだけ照れた顔で、その隣に立っておりました。
子どもたちは目を丸くし、
シスターたちは目元を押さえ、
村の女たちは「まあ、なんて綺麗」と囁き合い、
男たちは「本当にあの辺境伯様か」と妙なところで感心しておりました。
誰かが言いました。
「美女と野獣だ」
するとまた誰かが言いました。
「違いない」
けれど、そこに悪意はございません。
皆、笑っておりました。
皆、心から祝福しておりました。
そのあとのガーデンパーティーでは、修道院の者も、孤児院の子どもたちも、村の人々も、屋敷の使用人たちも、みんなが思い思いに二人を囲みました。
泣きながら花嫁の手を握る者もいれば、
照れくさそうに花婿へ酒を勧める者もいて、
子どもたちは花嫁のレースに目を輝かせ、
侍女やメイドたちは「やはり、もっと着飾らせたかった」と悔しがっておりました。
けれど、その日そこにいた誰もが、同じことを願っていたのです。
どうか、この二人が幸せでありますように、と。
悪女と呼ばれた令嬢は、もう悪女ではありませんでした。
辺境では、彼女をそう呼ぶ者はおりません。
人々は彼女のことを、レースで暮らしを変えた人、
寒い土地に温かな仕事を連れてきた人、
そして辺境伯の、たった一人の花嫁として見ていたのです。
だからこのお話は、悪女が罰を受ける物語ではございません。
過ちを知ったひとりの娘が、
それでも誰かの役に立ちたいと願い、
やがて愛され、帰る場所を得るまでの物語でございます。
むかしむかし、あるところに、悪女と呼ばれた公爵令嬢がおりました。
けれど物語の終わりに、彼女をそう呼ぶ者は、もう誰もいなくなりました。
そのかわり、皆こう申したのです。
――辺境伯様は、とても良いお嫁さんをもらった。
――本当に、美女と野獣だったねえ。
――いやいや、あれは女神様と、女神様に惚れた野獣様でしょうよ。
そうして二人は、雪深く、けれどあたたかな土地で、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。




