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悪女と呼ばれた月下の真珠は、野獣辺境伯の妻になりました  作者: まるちーるだ


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Act.43 見なかったことの、その先


Side オリバー


「この度は――」


そこで、隣のグルドの声が止まった。


ほんの一拍。

けれど、花嫁の隣で言葉に詰まるには十分な長さだった。


オリバーは胸の内で小さくため息をつく。


仕方のない人。


「……私たちの結婚式に『ご配慮』いただき、感謝いたします」


そう言って、丁寧に礼を取る。


その瞬間だった。


王妃様と国王陛下が、ほんの僅かに眉を動かした。

言葉の選び方に気づいたのだろう。


お忍びですから、とも申しません。

ですが、ただの親戚として済ませるには無理があります。

だからこその『ご配慮』。


それで全てを含ませたつもりだった。


二人が一瞬だけ目を合わせる。

それに対して、王太子夫妻の方は隠しもせずに口元を緩めていた。


特にアレックス殿下。

あの人が露骨に面白がる顔をするのは珍しい。


先に口を開いたのは王妃様だった。


「ええ。『姪っ子』の結婚式ですものね?」


その言い方に、胸の奥がわずかに揺れる。


姪っ子。


王妃様は昔から、オリバーに対して妙に率直だ。

甘やかすのでもなく、切り捨てるのでもなく、ただ事実として血縁を口にする。


それが今は、不思議とありがたかった。


「ああ」


国王陛下も、穏やかに続ける。


「グレースがどうしてもと言うからな」


「陛下」


王妃様が楽しそうに国王陛下を見上げる。

そのやり取りは、立場を忘れそうになるくらい自然だった。


オリバーはそこで、ずっと胸に引っかかっていたことを口にした。


「グレース様……妹にヴェールを掛けてくださったそうで……ありがとうございます」


王妃様は、ぱちりと目を瞬いた。

それから、ひどく柔らかく笑う。


「こちらこそよ」


その答えは思っていた以上に軽やかだった。


「ありがたいことに、息子しかいない私に、息子の嫁にヴェールを掛けさせてもらえるとは思わなくて、逆に感謝しているくらいだわ」


その声には、少しも作為がなかった。


「こちらの息子の嫁――エレーナのヴェールは、彼女の祖母へお譲りしましたからね」


そう言って、王妃様はエレーナを見る。


エレーナは少し照れたように頬を染めていた。

その隣で、アレックス殿下が肩をすくめる。


「母上は、ああいう役目に妙に本気になるからな」


「当然でしょう。嫁ぐ娘のヴェールを掛けるのは、女にとって一度はやってみたいものよ」


「その対象が増えてよかったですね、母上」


王太子の言葉に、王妃様がぱっと笑う。


そこへ国王陛下が、ふとグルドへ視線を向けた。


空気が少しだけ変わった。


「バントス辺境伯」


「はっ」


グルドの声が、先ほどより幾分か硬くなる。


「君の父上、兄上は、王国の盾として立派であった」


その言葉に、グルドはわずかに目を伏せた。


父と兄。

どちらも、国のために立ち、死んだ。


辺境伯家の栄誉であり、同時に痛みでもある名だ。


「ただ」


国王陛下の声音は穏やかなままだった。


「まだ法律の落とし穴で、君には負担を掛ける」


「いえ」


グルドが短く答える。

だが、国王陛下は静かに首を振った。


「しかし、理解してほしい」


その言葉に、オリバーははっとした。


ああ、そうか、と。

胸の中で、ひとつ筋が通る。


「……その法律があるからこそ、利権をめぐっての『変死』が防がれるのです」


オリバーがそう口にした瞬間、四人が揃って目を瞠った。


グルドが横で、少し遅れて息を呑む。


きっと今、彼も繋がったのだろう。


何故、指名された者が死ねば、次の指名者はその直系でなければならないのか。

何故、そこに妙な猶予や例外が少ないのか。


もしそうでなければ、弟が、妹が、叔父が、従兄弟が。

『次は自分だ』と思った者から順に、当主の座を巡って暗躍し始める。


事故。病死。失踪。

そうしたものが、どれだけ“都合よく”起こるか分からない。


我が家――いえ、グルドの家のように、比較的穏やかに済む方が珍しいのかもしれない。


国王陛下は、しばらくオリバーを見ていた。

それから、ほんの少しだけ口元を緩める。


「よく見ているな」


「……恐れ入ります」


「理解してもらえるなら助かる」


その言葉に、グルドもようやく低く答えた。


「承知しております」


国王陛下は頷いた。


それで、その話は終わりだった。

深く詫びるでもなく、言い訳するでもなく、ただ必要なことだけを伝える。


けれど、それが王の言葉なのだろうと思った。


その後で、王妃様がふとオリバーのヴェールへ目を留める。


「本当によく似合っているわ」


オリバーは、思わずその白いレースへ触れた。


母の手。

妹の手。

王家から下賜された証。

そして今、こうして王妃自らそれを認めてくれる。


そのひとつひとつが重なって、ようやく実感になる。


自分はもう、過去の噂だけで立っている女ではないのだと。


王家に見られ、

家族に送り出され、

夫の隣へ立つことを許された女なのだと。


エレーナがそこで、堪えきれなくなったように身を乗り出す。


「お姉さま、本当にお綺麗ですわ」


その声音があまりにも素直で、オリバーは少しだけ困ったように笑った。


「貴女までそういうことを言うの」


「だって、本当ですもの」


「そういうところは昔から変わらないわね」


「お姉さまが昔よりお優しくなったのです」


思わぬ反撃に、オリバーは一瞬だけ言葉を失った。

その隣でアレックスが、面白そうに目を細めている。


「見ろ、義姉上が押されている」


「アレックス様」


「事実だろう?」


王家の方々が、こうして笑う。

その場に自分がいて、しかも怯えきらずにいられる。


少し前の自分なら、考えられなかったことだった。


その時、背後から大きな声が飛んだ。


「いい嫁を貰ったじゃないか!」


振り返ると、騎士総長だった。

騎士団の頂点に立つその人は、そんなことなど気にもせず、グルドに腕を回して笑っていた。


大きい。

声も大きい。

でも、グルドを祝福しているのがすぐに伝わってくる。


「総長、声が」


「めでたい場で遠慮してどうする!」


そう言った騎士総長はオリバーを見て笑った。


「初めましてだ、新しき『バントス辺境伯夫人』。ま、コイツの元上司だ」


そう言って騎士総長は、グルドにぐいと身を寄せてきて、こそっと言った。


「儂が来たのは、あちらのご夫妻がどうしても見たいっていうものだから巻き込まれただけだ」


その言葉はオリバーにも届くように、でも小声で伝えられた。


「それに、儂はコイツが入団当時に騎士団長になったばかりでな、なかなか教育に苦労した」


その言葉の後に騎士団長は楽しそうに笑う。

グルドも恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。


その視線が、こちらへ向いた。


『笑うな』


そう視線だけで言ってくるグルドに少し笑ってしまった。


騎士総長と仲良くしている夫は、少々心臓に悪すぎますわ。


「やあやあ、相変わらず巻き込まれ体質だな、総長殿」


聞き慣れた呑気な声が割って入った。


振り返れば、バルクが面白そうな顔で立っている。

その視線は一瞬だけ庭の奥――お忍びの王家の方へ流れた。

ほんの一瞬。だが、それで十分だった。


この人、気づいている。


しかも気づいたうえで、何でもない顔をしている。


「何だバルク、お前も知っていたのか」


「何のことだ?」


バルクはにこにこと笑う。


「今日は身内だけの穏やかな茶会だろう?」


「そうだな。どこにでもいる、ちょっと品のいいご夫妻と若夫婦だ」


騎士総長まで乗ってきた。

そのとぼけ方は絶対に分かったうえでやっている。


オリバーは思わず口元を押さえた。

可笑しさと、場の綱渡りめいた緊張と、そのすべてをひっくるめて。


すると隣で、グルドが小さく呟く。


「……俺だけ本気で胃が痛いんだが」


その声音があまりにも本気で、オリバーはとうとう小さく笑ってしまった。


式のあと、張りつめていたものが少しずつほどけていく。

笑ってもいいのだと、身体がようやく思い出していく。


王家に見られても、

社交のど真ん中に立っても、

自分はもう一人ではない。


その事実が、何より心強かった。


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