Act.42 見なかったことに
Side グルド
結婚式のあとに用意されていたのは、ささやかなガーデンパーティーだった。
場所はオクレール公爵邸の庭園。
春の終わりの陽射しはやわらかく、白いクロスのかかった卓には軽食と茶器が整然と並べられている。
参加者は、ほとんど身内だけ。
――の、はずだった。
けれど、隣に立つオリバーは、式を終えたばかりの今でもまだ少し現実味が薄そうだった。
白いヴェールの重み。
妹の手。
祖父の差し出した手。
送り出される時に胸へ落ちた、あの静かな実感。
彼女はたしかに、花嫁としてここへ立っている。
そう思うたび、胸の奥がまだ少しだけ熱を持った。
だが今の状況に、さすがのグルドも少し気後れしている。
王都の社交は得意ではない。
毛嫌いするほどではないが、今日ここにいる『身内』の顔ぶれが、辺境基準だとだいぶおかしい。
まず、騎士時代の先輩――いや、先輩どころか、当時の騎士団長。
今は騎士総長。つまり騎士団で一番偉い人だ。
どうしてそんな男が、結婚式後の庭に当然みたいな顔で立っているのか。
しかもそれだけではない。
バランド公爵夫妻。
オリバーの伯父夫婦だという。
……ちなみに、現宰相閣下なのだ。
その隣にはバランド前公爵。オリバーの祖父。
さらに向こうには、ロジェ子爵夫妻とロジェ商会の若旦那夫妻。
どこまでを『身内だけ』で押し通すつもりなのか、もはや判断に困る顔ぶれだった。
あまりに不思議で、グルドが小声で尋ねてくる。
「……ロジェ子爵家がいるのは、どういう理屈なんだ」
オリバーは少しだけ視線を泳がせ、それから小さく答えた。
「複雑なのですが……私の異母妹、エレーナの母が、ロジェ子爵の娘です」
「ああ、王太子妃殿下の母君」
「……その、ロジェ子爵は、私も孫だと仰ってくださっていて」
そこでようやく、グルドは納得した。
だから、アクアマリンとの商談で、会長がわざわざ出向いたのか。
「経済の大物がなんで身内だけの結婚式にいるのか不思議だったが、そういうことか」
そう言いながら、ふと視線がオリバーの首元へ落ちる。
アクアマリンの首飾りが、陽を受けて静かに光っていた。
ロジェ子爵から買い付けた石だ。
グルドの目の色に似ていると、バルクにも散々からかわれた代物である。
だが、実際よく似合っていた。
白に近い花嫁衣装と、繊細なヴェール。
そこへ、静かな海みたいな青が落ちている。
「……似合ってる」
思わず漏れた本音に、オリバーが少しだけ目を瞬く。
それから、ほんのわずかに耳を赤くした。
「今さらですわ」
「本音だ」
「知っております」
その返しが妙に落ち着いていて、逆にグルドの方が落ち着かなくなる。
やっぱり、この女はずるい。
そう思っていた、その時だった。
オリバーが、ひゅっと小さく息を呑んだ。
何だ、と思って同じ方を見る。
四人いた。
年若い夫婦と、四十代後半ほどに見える夫婦。
親子か、と真っ先に思ったのは、男二人の顔立ちがよく似ていたからだ。
ただ、違和感があった。
どちらも本来は黒髪のはずの男たちが、今日は金色に近い髪へ変えている。
そのうえ、目の色はどちらも高貴なる灰色。
王家の色、と呼ばれる色だった。
流石にオリバーも、ひゅっと息を呑んだ。
その瞬間、若い男の方が、しー、と唇に指を当てた。
見なかったことにしろ、という顔だった。
無茶を言うな。
「……お忍び、ということです」
隣でオリバーが、ちょっと青ざめた声で言った。
お忍び。
なるほど。
そう言われて改めて見れば、女二人も髪色を変えている。
若い方――エレーナは本来の金髪を栗毛色に。
年上の方――王妃殿下もまた、本来の黒髪を栗毛色に変えていた。
そうして見ると、四人まとめてターシャ夫人側の親戚筋に紛れ込ませようとしたのだろうと分かる。
……分かるが、無理がある。
「あれは」
グルドが低く問うと、オリバーはほとんど口だけを動かした。
「見なかったことにしてくださいませ」
「無理だろ」
「気持ちは分かりますが、そこを何とか」
無茶苦茶である。
けれどオリバーは、次の瞬間にはもう淑女の顔へ戻っていた。
結婚式の朝、家族に送り出された時。
ヴェールに込められた母の手を知った時。
あの時、確かに何かが自分の中で変わったのだろう。
今ここにいるのは、ただ怯えるだけの元公爵令嬢ではない。
祝福を受け、送り出され、夫の隣に立つと決めた女だった。
「……行きますわよ」
小さくそう言うと、隣のグルドが低く唸るように返した。
「行くのか」
「行かないわけには参りませんでしょう」
「そうだが」
「そうだが、ではありません」
ぴしゃりと言われたが、グルドは眉を寄せた。
オリバーの顔には、さっきまでの余裕がほとんど残っていない。
この人は、王家を前にしたから緊張しているのではない。
『お忍びの王家に、どういう顔で挨拶すれば無難か分からない』から緊張しているのだ。
そこが何ともオリバーらしくて、少しだけ笑いそうになる。
「……何だ」
「いいえ。やはり貴方は正直なお方だと思っただけです」
「褒めてないだろ、それ」
「さあ、どうでしょう」
そう言ってオリバーは歩き出した。
グルドも、観念したようにその隣に並ぶ。
庭の奥、陽のよく当たる白い卓の傍で、四人はまるで何でもない談笑の最中に見えた。
王妃様――いえ、今は『栗毛のご婦人』。
その隣に立つ『金髪の紳士』は国王陛下。
そして、その少し前に王太子夫妻。
「この度は――」
そこで、俺は言葉がすっ飛んだ。
何と言えばいい。




