Act.1 傲慢な公爵令嬢
どうして私の人生は、後悔ばかりなのでしょう。
傲慢――。
自分の態度をそう名づけられた意味を知る頃には、もうすべてを失ったあとだった。
貴族でありながら、貴族としての義務を放棄した愚かな娘。
それが、かつての私、オリバー・オクレール公爵令嬢だ。
少しだけ、私の懺悔を聞いてほしい。
私は公爵令嬢だった。
美しい母と、宰相であった父を持つ長女。
艶やかな漆黒の髪を持ち、アメジストの瞳を持つ公爵令嬢。
母から受け継いだ美貌を武器に、高貴な男を射止め、何不自由なく幸せになる――そんな未来を、疑いもなく信じていた。
幸い、見た目だけなら私はそれなりに整っていた。
引く手は数多だった。
少なくとも、最初のうちは。
だが私は縁談を断り続けた。
もっと上がある。
もっと相応しい相手がいる。
母にそう囁かれ、その言葉を疑いもせず、私は声をかけてくれた相手へことごとく無礼な断り方をした。
気づいた時には、もう誰も私に声をかけなくなっていた。
そんな私には、二人の妹がいた。
一人は、同じ母から生まれた地味な妹。
もう一人は、違う母から生まれた汚れた妹。
……いいえ。
今なら分かる。
地味だったのではない。慎み深く、賢かったのだ。
汚れていたのでもない。ただ、私たちが勝手にそう呼び、そう扱っていただけだった。
けれど、あの頃の私は、それすら分からなかった。
同じ母から生まれた妹は第二王子に選ばれ、
違う母から生まれた妹は王太子に望まれた。
二人の結婚式は、どちらもこの世のものとは思えないほど美しかった――と、風の噂で聞いた。
私はその場にいない。
招かれる資格など、あるはずもなかった。
六年前、私はこの地へ送られた。
辺境の修道院。
冷たい風が吹き抜け、冬の朝は祈りの前に指先がかじかむほど寒い場所だ。
片方の妹には無関心で、もう片方の妹は虐げた。
母に倣ったのは事実だ。
けれど、同じ環境にいた妹はそうしなかった。
ならば私は、ただ弱く、愚かだったのだろう。
同じ母から生まれた妹が、この修道院を選んだのは最大の慈悲だったのだと、今は思う。
もしも行き先を決めたのが第二王子、あるいは王太子であったなら、私と母はもっと過酷な場所へ送られていたに違いない。
ここは規律こそ厳しいが、守るべきことを守れば生きてはいける。
固い黒パンと薄いスープでも腹は満たされ、雨風をしのげる屋根があり、祈る場所がある。
そして、罪を犯した者にも、働くことだけは許されている。
それだけでも、十分すぎるほどの慈悲だ。
「ふざけないでよ! 私は公爵夫人よ!!」
修道院の静けさを引き裂くように、母の金切り声が響いた。
「何度申し上げればお分かりになるのですか、クロエ。あなたはただのクロエであって、もはや公爵夫人ではありません」
静かに、けれど一切揺るがぬ声で答えたのは、初老のシスターだった。
院長の側に仕える、厳格な女性だ。
母は今もなお、自分がなぜここにいるのか理解していない。
理解しようともしていない。
じくじくと頬が痛んだ。
先ほど、母に打たれたばかりの場所だ。
痛い、と素直に思った。
けれど同時に、かつて私が見て見ぬふりをした痛みを思えば、これを不当だと嘆く資格が自分にあるのかも分からなかった。
「オリバー、大丈夫?」
声をかけてくれたのは、同じ頃に修道院へ入ったシスターのマリエだった。
平民の家に生まれたという彼女は、濡らした布をそっと私の頬に当ててくれる。
ひやりとした冷たさが、熱を持った皮膚にじわりと染みていった。
「大丈夫。でも、院長に申し訳ないわ。またお母様が暴れるなんて……」
「オリバーが謝る必要なんてないわ! 悪いのはクロエであって、オリバーじゃないもの!」
きっぱりと言い切るマリエに、私は少しだけ目を伏せた。
彼女は私にたくさんのことを教えてくれた。
洗濯の仕方も、床の磨き方も、食事の配膳も、祈りの時間に遅れないための身支度も。
私は本当に、何もできない人間だったのだと、ここへ来て初めて知った。
そして、もっと大切なことも知った。
皆、等しく人間なのだと。
貴族も平民も、身分の高い者も低い者も。
痛ければ顔をしかめ、寒ければ手をこすり合わせ、優しくされれば泣きたくなる。
そんな当たり前のことを、私は何ひとつ分かっていなかった。
「ごめんね、マリエ。院長にも申し訳ないわ。本当に……」
そう言うと、マリエは少し困ったように眉を寄せた。
きっと彼女は、私に謝罪よりも別の言葉を望んでいるのだろう。
それでも今の私にできるのは、まず頭を下げることしかない。
私がもっと早く、貴族としての義務を知っていれば。
母を止めるだけの強さがあれば。
妹たちを見て見ぬふりなどしなければ。
何か一つでも、変わっていたのだろうか。
そう思うことはある。
けれど、その問いを口にすることはしない。
泣いて許されるほど、私は優しい生き方をしてこなかった。
だから私は今日も祈る。
働く。
黙って頭を下げる。
許されたいからではない。
もう二度と、かつての私には戻らないために。
そしていつか、頭を下げるだけではなく、行いで償える人間になりたいと願うから。




