第2話;朝露 (Dewdrop) -③
アクセス頂きありがとうございます。
拙い文章です、ご容赦ください。
三限目はリヴ学。教えるのは我が1ーAの担当教員、碁間。
カツカツコッサーコッ────。
黒板へ不規則に刻むリズムとその耳に優しい筆音が絶妙に脳波を刺激し昼食後の眠気を誘う。お天道様が天頂へそろそろ到着しそうなポカポカな温もりが更に意識を遠くへ送る。
生徒たちのシャープペンシルがノートを走る音や消しカスを払う音も混ざっていく。高得点の心地良さ。
「リヴァの身体的特徴の一つが、これだ」
先生の声もまるで子守唄のよう。聴覚がとろりと溶ける。
手元のクリッカーによって黒板がディスプレイへ切り替わり、画面には人間の前腕単体を撮影した写真が映し出される。
先生が示したのは、前腕の肌に描かれた黒い文字列だった。
「折角だし答えてもらおうかな。んー……窓部、君に決めた」
「あたしは〇ケモンか」
「出産時にも確認する、宿した能力を識別することが可能なこの身体的特徴を何と言う?」
「んと、AI2コード」
「うん正解だ、ありがとう。AI2コードは肌上に浮き出るタトゥーみたいなもんで、出現箇所は個人差、耳の裏だったり踝だったり、お尻に出ることだってある。だが常に浮き出ているわけじゃない。嬉嬉、悲痛、憤慨等、感情という感情が昂ったとき現れる。生まれたばかりの赤子は、はち切れんばかりの幸福を涙と一緒に表に出す為、AI2コードがほぼ百パー確認できる。試験で誤りがちだが、能力使用時じゃないからな、注意してくれ。そんじゃ教科書次のページ」
ぺらり。
「ちなみに、この写真のコードを見てどんなリヴか分かるか?……………そういうこった。こいつはリヴありき、紐づくリヴとその能力の内容を知らなければ、ただの落書きでしかない」
碁間はディスプレイを黒板へ戻すと、生徒たちを見渡した。
「ただし気をつけなきゃならんのが、1世紀以上に渡ってAI2コードとリヴの関係性について研究が続けられたせいで、いやおかげで、現在有名どころは識別されつつある。世界でも母数の多いリヴたちが特にそう。さて眠気覚ましがてら復習だ、世界で最も多いリヴのAI2コードを────っておいおい小日。月日の為に今までの総復習してるからって寝るのはいい度胸してるじゃねーか。起きろ起きろ」
「ふあ。んーだってここ三週間でやったばかりの内容ですよ?主夫にハンバーグの作り方教えてるようなもんです、私には意味がありません」
「ああ、この学校の生徒は秀才ばかりで俺は嬉しいぞ。じゃー小日、世界で一番多い────」
「ガーセ19-26です」
「二番目は?」
「ダイン135-21」
「うん。ガーセ19-26のリヴについて説明をしてみろ」
「ガーセ19-26は世界で一番多いリヴ『アンチ』のAI2コードです。リヴを無効化する区域・通称『アンリ』を作るリヴで大体十人に一人くらいの割合で世界中に存在しています。どんなに強いリヴでも区域内では使用不可となりますが、それは『アンチ』のリヴァ自身も等しく同様です。対処は生身の体術かリヴ未使用武器くらいで済みます」
「寝ててよし」
AI2コードは流石に覚えてなかったが、アンチに関してはアサヤも一般知識として有していた内容だった。
正式に了承を得た小日は机に再度突っ伏す。
女性にとっては超難関高校の古宵高校、学問的に秀でより高度な知識を渇望する彼女たちにとっては退屈な授業になってしまっている。情報科目のように一般常識になりつつあるような内容も含むと猶更だろう。
現にこうやって生徒の半数が突っ伏し始めた。ネガティブな未来を思い描いた碁間は大焦りし始めた。
「やっぱ今のナシ。ほら次の章から深い話に入るからさ。分かった、次の試験で出す問題一つ示唆するから許して。いや二つ、二つでどうだ」
面白半分でやっていた彼女たちはすぐに笑いながら顔を上げた。クラスの担当教員であるからか、彼の授業は他の授業よりも生徒たちの雰囲気が柔らかく感じる
小日もしっかり座り直していたので本当に退屈していただけなのだろう。
俺のせいですみませんとアサヤは碁間に手を合わせ、彼は手で気にすんなと応えた。
チョークの音が再開し、黒板には奇妙なイラストたちが並ぶ。
「次の章だ、今話に出たアンリについて詳しく説明する。小日が説明した通り、アンリの内側ではリヴが使えない。一度は体験してるだろう、鼻かんでも鼻水が出てくれないみたいな感覚だ。では外側からアンリに向けてリヴを使った場合、例えば火球を放った場合、この火球はどうなる?みたいなリヴの原理や法則を掘り下げていく。───あ、ごめん。一ページ前の最後に大事な話が書いてあったわ。これ、えー綴読んでくれるか?」
「はい」
背中側から男性の声がした。このクラスに二人いる男子生徒の一人だろう。
アサヤは教科書の該当箇所にある文章を目で追いつつ、彼の音読を聞いた。
「AI2コードは個人情報に含まれませんが、実技試験で対人戦を行う場合等で手の内を明かしかねない情報となる為、自身のAI2コードはよく考えて取り扱うようにしましょう。また、感情が昂った場合にのみ出現するので、特に露出してしまう部位に存在する場合は、感情を制御する意識を心がけましょう」
「個人情報には含まれないか、へ~。うわ、ここ割と重要かもな、へ~」
・・・
「つーわけでよろしく!アサヤ!」
校内外れにある静かな教室、椅子に座り足を組む男子生徒は笑顔でアサヤへ挨拶する。
整えられた黒短髪と笑顔を際立たせる緑主体の眼鏡、なぜタレントでないのか不思議な程に天然イケメンなご尊顔をしている彼は硬派な印象より思ったよりチャラそうだ。弁当を開けようとしていたアサヤは中断し、正面の彼へ挨拶を返した。
「よろしく、綴君」
「フルネームは綴開、君なんて要らないよあさっち。ただのキザ眼鏡だよ」「開で~す、コンタクト怖いで~す」
古宵高校の授業時間は一時間、その後十分の休憩をはさむ。このセットを六回繰り返す。
午前八時二十分に朝のホームルームがあって四十分に一限目がスタートする。十二時十分に三限目が終わりお昼休みが午後一時まで。四五六限目まで授業を行ったらそのまま帰りのホームルーム、終わり次第掃除が始まる。
そして現在は高校生たちのハーフタイムであるお昼休み、主にお弁当を食べる時間だ。
昼食を一緒にしたい同級生たちを振り切ってまでアサヤたちは予備教室へ移動してきた目的は、勿論、彼女の「メンバーに入って」という勧誘の詳細だ。
教室内には自分を含む四人。くっつけはせず一対三で向かい合って並べられた机に座り、各々いただきますをする。
本題を切り出す前にアサヤはもう一人、まだ一言も発していない二人目の男子生徒に視線を向けた。
「えっと、お顔に『僕は許可しない』って書いてあるんだけど、お名前聞いてもいい?」
頭部を覆う白いフルフェイスヘルメットはポリカーボネート製、顔のラインに合わせた特注品で造形が男子心をくすぐる。メットは毎日磨かれてピッカピカ、フルフェイスの前面にはどういった仕組みか文字が表示されており、本人も腕を組んでこちらを凝視している。
先生が例に挙げてたフルフェイスって彼のことか。ごはんはどうやって食べるのだろう。
「彼は新井田雪兎、開と同じく一年生の男性リヴァの一人。喋らない代わりに顔の字面で会話できるんだけど、もう見ての通りお堅い性格だから頑張って解してあげて。あと昼食は気付いたら食べ終わってる」
「文字は手元のセパレートキーボードでタイピングしているんだ。そしてリヴ博士でもある」
「<恥ずかしいからやめろ>」
「新井田君ね、よろしく」
「<こんにちは!>」「あ、恐れ入ります」
「定型文の勢いがギャップなんだけど、頑なに変えないんだよコイツ」
「変な人だね。リヴに関して博識なんだ、それこそAI2コード暗記してたりするの?」
「そそ!さっきの授業で先生が聞いてたのとか分かってたでしょ」
「<あれは答える場面ではなかっただろう>」
「え、俺のリヴのことも相談してみたいかも」
「<僕は許可しない>」
「あれ?」
クラスの男性リヴァ二人と挨拶できたところで、本題に入ろう。
アサヤは一度弁当の上へ箸を置き、パンを咥える廿日春へ問いかけた。
「それで、メンバーになったら許すって言われたんだけど、三人は何かのグループに所属しているの?」
「ううん、そんな大それたことをやっているわけじゃないの。私たちはこの学校で生徒のお悩みを解決する活動をしてて。今のメンバーはこの三人だけ」
「もちろん非公式だけどね」
「こんーなに大きなマンモス校だし、先生たちも全生徒に手が行き届くわけではないはずだから、悩める生徒たちの役に立てればと思って。元々はね───」
「遮ってごめん、経緯は長くなっちゃうから後回しにするとして、つまりは俺にその活動へ参加してほしいってことだよね?」
「そ!ほらパンもあげるし……」
「鬼でも倒しにいこう」「<よく見ろ。奴は雉じゃない、キジバトだ>」
面接官のように横並び、わちゃわちゃあーだこーだを言い合っている三人がとても微笑ましく眩しく。
俺らもこんな感じだったのだろう。アサヤは準備していた答えを口にした。
「ありがたいけど、メンバーになるのは遠慮しておくよ」
「雪兎がこう言ってるから?俺は大賛成だよ」
「ううん、入りたかったら新井田君を説得すると思うよ」
「<ほう?>」
「単に秘密主義なだけなんだ、腹割って話せない人間を信用してもらおうと思わない」
葉柄高校に在籍していた際はここまで厳しい方針にはしていなかったのだが、テロの一件や自身のリヴのこと、何よりマヒルとヨイチのことはむやみやたらに話したくはない、というより許可なく話せないこともあり、碌に情報共有もできない状態で団体に所属はしない方が良いだろうと彼は考えたのだ。
メンバーである新井田も許可していないようだし、無理に引き込むつもりはないだろう。
しかし。情報を収集する為の器かつ希少な男性リヴァの情報を取得する機会、逃すのは惜しい。アサヤは折衷案を提示する。
「だから、『協力者』になるのはどうだろう」
「互いに詮索はせず、あくまで互恵関係ってことか。なるほどね、それでも全然問題ないな」
「<グレーなラインだが、まぁいいだろう>」
「えぇー別に秘密主義でも気にしないんだけどな~。二人が承諾するなら決まりでいいけどさぁ!」
良い落としどころだと思う。アサヤは再び箸を手に取り、昼食を再開する。
廿日春はパン一個で十分だったようで足をぷらぷらさせ、彼が食べる様子を眺めていたが、「ねぇねぇ」とその足を止めて言う。
「あさっちへはどのくらい聞いてもいいの?ジャンルとか量とか」
「都度判断するけど日常会話程度なら全く問題ないよ」
「えじゃー試しに聞いてみてもいい!?」
「どうぞ」
「じゃー好きな食べ物!」
「うどん」
「好きな女性のタイプ!」
「常識とリテラシーがある人?かな」
「次は俺。レベル上げて、住所は?」
「もっと仲良くなってから。でも言えるよ」
「<次は僕。今朝ホームルーム終わった後どこに行っていた?>」
「職員室、は答えになってないかな?」
「むずっ!」「<ふん>」
「俺からもいい?三人の活動実績があれば教えてよ」
アサヤからの質問に三人は顔を見合わせた。
相談している様子も新井田の顔に文字が表示されてもいなかったが、すぐにこちらを見て廿日春はもじもじしながら回答した。
「実績は……今月は一人もなし……です」
「今月はってつまり高校に入ってまだ実績ゼロってことか」
「うん……張り紙はしたんだけど認知度が全くないのもあり……」
「はい!」
「はい、綴君」
「花波はアサヤの人気に肖ろうって言ってました!」
「ちょっと!なんで言っちゃうの!」
「<はい>」
「はい、新井田君」
「<千客万来のチャンス!ってサムズアップしてました>」
「はい!」
「はい、廿日春さん」
「調子乗りました、すみませんでしたぁぁ!」
「まぁ勿体ないし肖ってもらっていいんだけど、なんでこんな注目を浴びてるの?転校生が来るといつもこうなの?」
今朝の人の集まり様。アイドルでもない凡人なアサヤが人を惹き付けたことなど今まで一度もないし、いくら男性リヴァと言ったって他二人との扱いに差がありすぎる。
あまりに異常なことだと感じたが、不思議そうな顔をしている人がいなかったのを考えると、自分だけが知らない何かがあるのだろう。
思いもよらぬ質問に自信あり気に廿日春が腕を組み始めた。
「ふっふっふ。そりゃ最近までリヴレスだったら知らないかもね。雪兎!説明よろしく!」
「<リヴを賜るパターンは二通りある。先天的つまり生まれた瞬間に既にリヴァであるパターン。これをα型とも言うんだが、僕たち三人はα型だ>」
「タイピング速っ」
「<それに対してβ型が存在する>」
「後天的……」
「<そういうことだ。β型は成長の過程で身につくパターンで成人までに発症するのがほとんどを占める。知っての通り女性は必ずリヴァになるけど女性の場合、β型は一割もない。それはそれでレアなんだけど、男性に関しては話が全く違う>」
「もっとレアってことか」
「そう。生きてる間に本物に会うなんて無いと思ってたよ。男性リヴァですらこの国に百人程度しかいないのに、生存するβ型なんてアサヤしかいないんじゃないかな」
「だから一目見ようと興味本位で集まってきたってことか」
「そゆことー。生徒にはペナルティ付きで口外禁止って学校から通知されてるよ。あさっちの生活をマスコミとかが脅かしちゃうから。効力があるとはあまり思えないけど」
「そりゃ納得」
廿日春はアサヤを物珍しそうにつつくフリをする。綴もマネしてつついてくる。
アサヤ以外にもヨイチとマヒルが同じ分類であり、彼らのリヴは自然に発症したβ型ではなく、人工的に付与された新たなパターンとなる。Ω型とでも呼ぶとしよう。
Ω型は言わばドーピングだ。許されざること、そしてこの件は絶対口にできない。
「アサヤを独り占めするのも悪いし、ご飯食べ終わったら教室戻ろうか」
「そうだね。活動の広げ方はまた次回話し合おう」
四人全員が丁度食べ終わったので席を立ち、机を元の位置へ正しく配置し直す。
待ち受けるクラスメイトや大勢の生徒たちとのコミュニケーションを楽しみにしつつ、忘れ物がないか確認する。
「あ、あさっち今日放課後さ校舎の案内頼まれてるんだけど時間ある?」
「あるある。ぜひお願い、今朝も迷っちゃったし」
「どーんと任せんしゃい!残り二人は野暮用でいないけど」
「残念」「<ふん>」
机に引っ掛かりながら教室の出口へ向かう彼ら。
「廿日春さん、授業中は静かなんだね」
「待って。私半日でそんな偏見生み出してる?」
「新井田君はなんで娘の彼氏が挨拶に来た父みたいなの」
「趣味だろうね」
「趣深いね」
昼食の匂いが残る教室の扉を閉める。
廿日春、綴、新井田との邂逅はアサヤにどんな影響をもたらすのだろうか。
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